SOCIAL

序 Ⅰ 介護離職が激増する社会

 親の介護、それはある日、突然やってきます。
 第一生命経済研究所の調査によれば、四〇代、五〇代(両親とも死去した人を除く)を対象に将来の親の介護について聞いたところ、およそ四分の三(75.8%)が「不安がある」と答えています。

 わたしが一般の人を対象に行っている介護セミナー、高齢者の住まいセミナーにも、子供世代の姿が増えており、「突然の親の介護に慌てないよう、どんな準備をしておけばよいか?」という質問が多数、寄せられます。



 しかし、それに一般論として答えることは、できません。
 要介護状態になるといっても、「病気やケガで突然重い要介護状態になる」「少しずつ身体機能が低下していく」「認知症になる」など事情や環境はバラバラです。その時の親の年齢、子供家族の年齢や生活状況、資産や所得水準、同居か別居か、近くに住んでいるか遠くに住んでいるか、協力しあえる兄弟や親族の有無よっても、必要な対策、できることは変わってきます。親の介護問題は千差万別、百人百様であり、さらにその個別の事情や環境も変化するため、あらゆるケースを想定して「事前に万全の準備をする」ということは難しいのです。

 わたしたちが、真の介護問題に直面するのはこれからです。
 認知症発症率、重度要介護発生率の高くなる85歳以上の後後期高齢者は、2020年の600万人から、2040年には一気に1000万人に到達します。核家族化の進展によって、その七割は独居または高齢夫婦のみの世帯であり、子供世帯との遠距離化が進み、少子化によって兄弟姉妹は少なくなっています。父・母ともに要介護、また実母、義父など遠方に暮らす複数の親の介護期間がダブル・トリプルで重なることも珍しくはありません。
 合わせて、高齢者の増加によって、医療介護費用は右肩上がりで増えていきます。
 現在、社会保障関連予算が国の一般歳出に占める割合は五割、現行制度のまま推移すれば2040年には税収の八割、九割に達することになります。さらに、少子化によって、介護人材不足、地方財政悪化にも拍車がかかります。現行の高齢者の介護医療制度が、財政的にも人的にもあと10年も維持できないことは、誰の目から見ても明らかです。

 このような社会情勢を考えた時、今後、確実に激増すると考えられているのが「介護離職」です。要支援・要介護は、日常生活に何らかの支援・介護が必要な状態です。寝たきりなどの重度要介護、重い認知症になると、一人では食事をとることも排泄することもできないため、24時間365日、誰かが付き添って介護しなければなりません。しかし、頼みの介護サービス、老人ホームも、これから自己負担が上がったり、サービスが抑制される可能性は高くなります。



 育児とは正反対に、要介護高齢者はできないことが増えていきます。
 また、それが5年続くのか、10年続くのか、それ以上になる可能性もあります。介護をしていると、介護による腰痛や怪我、寝不足となり、高血圧やアルコール依存、鬱になる人もいます。体調が悪くても、病院にいけず、ガンなど重篤な病気の早期発見が遅れて、介護している家族が先に亡くなるケースもあります。
 多くの介護離職者が直面するのは経済的困窮です。収入がなくなるとお金は出ていく一方です。「親の年金や蓄えがある」といっても、親が亡くなると年金はなくなります。その時あなたは60代。そこから仕事を見つけることは容易ではありません。親の貯金や退職金も使い果たし、早期退職で年金額も少ないため、そのまま生活保護申請というケースもあります。それは子供世代だけでなく、孫世代の就職や進学にも影響してきます。
 夫婦の場合、そのまま「介護別居」「介護離婚」というケースも少なくありません。「親の介護で人生が狂った」「自分一人が貧乏くじを引かされた」とストレスや不満、将来の不安が積み重なり、「親のために」と仕事を辞めたはずなのに、イライラして暴言を吐いたり、虐待したり、殺してしまったり、心中したりという悲惨な事件も増えているのです。

 その影響は、個人・家族だけでなく、経済・社会にも及びます。
 日本の直面する少子高齢社会のリスクの根幹は、支える人と支えられる人のバランスが崩れることです。年齢を問わず、働ける間はできるだけ働いてもらう、社会を支える側にいてもらうというのが、超高齢社会の基本です。しかし、今後、介護離職者は、年間、50万人、親の介護が原因で働けない、常勤で働けないという人は、勤労世代の一割、500万人に達するという試算もあります。40代、50代の働き盛り世代、管理職世代の介護離職が増えると、企業活動にも影響してきます。そうなれば、税収や社会保険料は更に減少、更に社会保障システムは先細りとなり、増加するのは生活保護世帯だけという、負のスパイラルに突入するのです。



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