高齢者住宅で多発する経営悪化・トラブル。その原因は経営管理、サービス管理のノウハウ不足ではなく、「商品・サービスに瑕疵がある」「計画自体の段階で破綻している」というケースが大半。「高齢者住宅は儲かる」と過剰な期待が作り出す「同床異夢」「開設ありき」の事業計画
高齢者住宅開設者向け 連載 『社会価値・市場価値の高い高齢者住宅をつくる』 036
高齢者住宅事業に参入したものの、入居者、スタッフが集まらず、経営が悪化している有料老人ホーム、サ高住が増えています。サービスに対する苦情、事故による操作や裁判、介護スタッフによる虐待や殺人の増加も報道されている通りです。
サービスを見直したい、経営を改善したいという相談は多いのですが、それはそう容易ではありません。高齢者住宅の経営悪化は、経営管理、サービス管理のノウハウが不足しているのではなく、「商品・サービスに瑕疵がある」「計画自体の段階で破綻している」というケースが大半だからです。
商品設計に失敗する最大の原因は、事業計画において、その基礎となる業務シミュレーションがまったく行われていないということです。
ここまで、高齢者住宅の建物設備設計( 高齢者住宅 建物設備設計の鉄則?)、介護システム設計( 介護システム設計の鉄則?)の基本について述べてきましたが、それぞれを別々に検討すればよいというものではありません。これらを一つの商品として統合する作業が必要です。
それが業務シミュレーションです。
業務シミュレーションは、商品シミュレーション、収支シミュレーションと並ぶ、事業シミュレーションの一つです。これがないと、介護サービス量変化への対応や介護看護スタッフ配置検討だけでなく、収支計画・収支シミュレーションも作成することもできません。
それは言いかえれば、現在の「制度ありき・保険依存」「横並び商品」の高齢者住宅から、強い商品性検討への未来の扉を開くものでもあります。業務シミュレーションは、混迷する高齢者住宅業界の中で勝ち抜くための、最大の武器でもあるのです。
ここからは、現在の高齢者住宅の事業計画はどこが間違っているのか、またこれからの要介護高齢者住宅の商品設計においてその核となる「業務シミュレーションの基本」について整理します。
同床異夢・バラバラの事業計画
【p003】「自立・軽度要介護」と「重度要介護」では商品が違う? で述べたように、同じ高齢者住宅といっても、自立・軽度要介護に必要な生活環境と、中度・重度要介護高齢者に必要な生活環境は別のものです。それは同じ学校と言っても、小学校と大学は商品が根本的に違うのと同じです。
例えば、自立・要支援高齢者の住宅の場合、居室内にトイレや浴室、キッチンなどが必要になりますが、中度・重度要介護高齢者の場合、居室内設備よりも、エレベーターや生活・介護動線、共用の入浴設備や食堂など共用部の詳細検討が必要になります。介護保険利用も、要支援の場合は区分支給限度額方式の方が適していますが、中度・重度要介護高齢者には、ポイント介助だけでは対応できないため、特定施設入居者生活介護の指定が必須です。
ただ、どちらの商品も、その商品設計において必要なのは、「生活支援サービス」と「住宅サービス」の一体的な検討です。
しかし、これまで高齢者住宅は、サービス付き高齢者向け住宅に代表されるように、「サ高住は施設ではない、介護や食事などの生活支援サービスは選択による別途契約であるべき」という、一部の識者の「脱施設=サービスの個別契約」という間違った思い込みが声高に叫ばれてきました。
その結果、「建物設備設計は設計・建築業者」「生活相談・定期巡回は高齢者住宅」「介護看護サービスはそれぞれの介護事業者」と、それぞれのサービスがバラバラに検討、計画されています。
それは、サ高住だけでなく、介護付有料老人ホームでも同じです。
介護付有料老人ホームの場合、サ高住と違い、事業者が一体的に検討できるはずです。しかし、新規参入業者が多いため、「建物設備は設計建築業者にお任せ」「制度基準さえクリアすればよい」となり、一つの商品として統合されていません。その結果「介護付だから、介護が必要になっても安心」と言いながら、要介護高齢者の生活には適さない「居室・食堂フロア分離」の建物が多くなり、「生活しにくい介護付」「介護できない介護付」ばかりが増えているのです。
経営実務無視・開設ありきの事業計画
もう一つの問題は、事業計画が初めから開設が目的となっているということです。
事業の目的は開設することではなく、長期安定的に経営を続けることです。しかし、大手、中小、個人事業者に関わらず、高齢者住宅の事業計画を見ると、「高齢者住宅が足りない」「需要は高くなる」という過剰な期待を背景とした「開設ありき」の事業計画であることがわかります。
その最大の問題は収支やリスクの見積もりが甘くなってしまうということです。
「予想利回り」「実質利回り」など、利益予想中心で作られている収支計画書をよく見ますが、その大半は利益がでるように操作されたものです。例えば、50名定員の有料老人ホームで、平均要介護度が一つ違えば介護保険収入は2千万円、入居一時金が100万円違えばキャッシュフロー予測は5千万円、入居率や人件費単価の設定によっては、年間の収支差は数億円となります。
その一方で、「この人件費でスタッフが集まるのか」「地域の類似住宅の入居率はどうか」「夜間のスタッフ配置は適切なものか」「事故やトラブルに対してどのように対応するのか」といった実務に基づくリスクの検討はまったく行われていません。入居一時金経営でも償却期間内にほとんどの高齢者が退居し、すぐに新しい入居者が見つかる想定になっていますし、長期的な修繕計画さえも立てられていません。
実績値や経験値が不足しているため、事業計画を策定する人が「どうしても開設したい(または開設してほしい)」と思っている場合、物理的・制度的な問題が存在しない限り、事業計画の段階では必ず「高い利益がでる」「事業推進すべし」という結果がでるのです。
この「バラバラの事業計画」「開設ありきの事業計画」が最も顕著なのが、低価格の介護付有料老人ホームやサービス付き高齢者向け住宅です。
「低価格ありき、開設ありき」の介護付有料老人ホームの収支計画を見ると、前提条件が【3:1配置】【平均要介護度3】というものが多く、かつ価格を抑えるためにパートスタッフを多用するなど介護スタッフの人件費総額が低く抑えられています。サ高住でも入居者はどんどん集まり、要介護状態に関わらず、併設の介護サービスを全額利用してもらうということが前提になっています。
このような事業計画がどのようなものなのか、ラーメン店の出店計画に例えると、
「1人20分程度の食事時間として、1時間に3人入店」
「客数20席あるので、1時間に60人、営業時間10時間で600人」
「客単価800円×600人で、一日売り上げ予想48万円」
「まぁ、100%稼働でなくても一日40万円、月に1000万円はかたいだろう・・」
「調理二人と接客一人で、3人で大丈夫だろう、一人はパートでいいだろう・・・」
「ざっと、粗利益で月500万円はいくはずだ」
といったレベルのものです。
計画収支上は莫大な利益がでますが、「そんな上手くいくわけないよ」「そんな簡単ならだれでもやるよ」と思うでしょう。大げさに表現していると思うかもしれませんが、高齢者住宅の事業計画は、本当にこのレベルで開設されているものが多いのです。
特に、サ高住には補助金がでることから、一部のデベロッパーやコンサルタントが全く何も知らない土地所有者に対して「土地の有効利用」「相続税対策」などとしてサ高住の提案をしていますが、それはほぼこのレベルの事業計画か、それ以下です。
この杜撰な事業計画のしわ寄せは、すべて開設後の経営実務、サービス実務にかかってきます。
「入居者が集まらない、スタッフも全く集まらない」
「給与が安く、過重労働でスタッフがすぐに辞めてしまう」
「想定は要介護3なのに、実際は要介護1程度の人が多く、収支が安定しない」
など、発生している経営悪化、トラブルのほとんどは、この杜撰な事業計画、商品設計に起因しています。そのため、当初の事業計画を一緒に見てみると「これではねぇ…」と、絶句してしまうのです。
最大の問題は、高齢者住宅は、事業や商品性を途中で変更できないということです。
ラーメン店の場合、店員の配置を変えたり、単価やメニューを変更することができますし、最悪の場合、店を締めれば良いことです。
しかし、高齢者住宅の場合、生活動線、介護動線など建物設備の根幹となる部分の変更はできません。介護スタッフを増員したり、給与や待遇を改善するには収入の増加が必要ですが、月額費用の値上げをするためには契約変更が必要となるため、入居者・家族の承諾を得る必要があります。また、入居者が数名でも生活している以上、居住権の問題がありますから、そう簡単に撤退することはできません。
つまり、事業計画、商品設計の段階で失敗すれば、経営管理やサービス管理のノウハウがあっても、再生できないのです。
高齢者住宅 事業計画の基礎は業務シミュレーション
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「建物設計」×「介護システム設計」 (基本編)
⇒ 要介護高齢者住宅 業務シミュレーションのポイント
⇒ ユニット型特養ホームは基準配置では介護できない (証明)
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