要介護高齢者向け住宅は「居室・食堂フロア一体型」が絶対原則。「居室・食堂フロア分離型」で車いすの高齢者が多くなれば、エレベーターが大きなバリアとなり、車いすの入居者を食堂まで移動させるだけで時間と手間が必要になるため、日常生活も介護も困難になる
高齢者住宅開設者向け 連載 『社会価値・市場価値の高い高齢者住宅をつくる』
前回、「自立・要支援向け住宅」と「要介護向け住宅」は建物設備設計の考え方が根本的に違うということ、特に食堂設計、食堂配置が違ってくるということ、そして「自立・要支援向け住宅」には、介助の効率性の視点からも、介護予防の観点からも、食堂・居室フロア分離型が適していると述べました。
食堂設計・食事介助と言えば、隣に座ってスプーンを口に運ぶというイメージ画像が頭に浮かびますが、実際はその前後、つまりテーブルに座るまで、食事が終わってからテーブルを離れてからの生活動作・介助負担が大きいのです。「食事介助が必要か否か」以上に、「食堂までの移動に介助が必要か否か」が、自立要支援向け住宅と要介護向け住宅の最も大きな違いだと言っても良いかもしれません。
食堂・居室フロア一体型は、「要介護向け住宅」に適している。
「居室・食堂フロア分離型」は自立要支援向け住宅に適しているとお話しましたが、「要介護高齢者向け住宅」は全く逆です。車いすの高齢者が多くなれば「居室・食堂フロア分離型」では正常な生活も適切な介護もできなくなります。
まずは、「要介護高齢者の食事×居室・食堂フロア一体型」から考えてみましょう。
ここで例に挙げるのは、ユニット型特養ホームの配置例です。
ユニット内に10名の居室と、食堂・リビング、浴室脱衣室が設置されています。
食堂が厨房と一体化しておらず、6ケ所に分かれていますから、それぞれの食堂・パントリーまで食事カートに乗せて各フロアまで運ぶ必要があります。カート移動は厨房の調理の方にお願いするとしても、その準備に加え、手洗い・消毒、食事介助の他、見守りや声掛け、緊急対応も必要になりますから、各食事毎、各ユニットに2人のスタッフ配置が必要となります。
ただ、この配置の最大のメリットは、移動介助に時間・労力がほとんどかからないということです。
目の前が食堂ですから、「そろそろご飯ですよ…」と声をかければ、自走車いすの高齢者は自分で出てくることができますし、移乗介助だけが必要な高齢者も、移乗だけをすれば自分で何とか出てくる人もいるでしょう。認知症高齢者の場合、リビングでテレビを見たり、うとうとしたりという人もいるでしょうし、お風呂からでてきて少し休憩して、そのまま食事という人もいるかもしれません。いずれにしても、一連の生活行動の中でも短時間介助ですから、2人いれば、一人のスタッフが声をかけたり、移乗・移動介助して、もう一人が食事の準備をするなどの役割分担も可能です。
また、食堂という入口出口のある閉鎖空間ではなく、オープンスペースですから、どこからでも自由に出入りすることが可能です。自走車いすでも、介助車いすでも、食事が終わった人から部屋に戻ったり、そのままリビングでテレビをみたり、コーヒーを飲んだりすることができます。
一方の「居室・食堂フロア分離型」ではどうでしょう。
同じ60名ですが、一階に60名分の食堂があり、二階~五階にそれぞれ20名の高齢者が住んでいます。
半数の高齢者が車いす利用(30名)、その半分が介助車いす(15名)だと想定してみましょう。
この場合、各フロアに専任の移動介助のスタッフを配置してなければなりません。
福祉エレベーターの場合、最大4人まで乗せることができますが、自走車いすでも、きちんと介護スタッフが介助をして籠の中に詰める必要がありますし、一階の食堂フロアでも、エレベーター前に1~2名の移動介助専門のスタッフを配置し、エレベーターから降ろして誘導・介助しなければなりません。介助がなければ無理に乗り込んだり、我先にでようとして、車いす同士の挟み込み事故や、歩行高齢者とのぶつかり事故による転倒事故のリスクが高くなるからです。
食堂への行きだけでなく、帰りも同様の作業が必要になります。
更に、このような集合型の食堂の場合、出入り口が一か所ですから、奥のテーブルの人が先に入って、最後にでることになります。そのため、奥のテーブルの人は先に食事が終わっても、出入り口付近の人が食べ終わるまで待っていなければなりません。その移動介助だけに、朝・昼・夕とそれぞれ4人~5人の移動専門の介護スタッフがついて、食堂までの片道一時間、往復で二時間必要になるのです。
特に、大変になるのが、朝食時の介助です。
朝は、要介護の入居者を起こして、着替え、洗面、整容、排泄など、様々な介助が集中します。
ただ、すべて介護スタッフが付ききりで介助しなければならない人もいれば、着替えだけで洗面・整容は自分でできる、車いす、トイレへの移乗だけという人もいます。「食堂・居室フロア一体型」の場合、できないことだけをケアすれば、自分のリズムで、ゆっくりと衣服を整え、あとは食事の時間まで部屋で過ごすなり、リビングにでてきてお話しをするなり、自由に過ごすことができます。
一方の「食堂・居室フロア分離型」の場合、エレベータ―を使って食堂まで行く必要があるので、介護スタッフの行う一斉の移動時間に間に合うように準備する必要があります。60名の高齢者住宅で、夜勤者が三人しかいなければ、一人、20人の入居者を起こして、食堂に降りるまでの準備を整えておかなければならないのです。
イメージとしては、小学校の年に一度の朝4時半起き、6時集合の社会見学の準備を、20人の入居者を対象にして毎日やるようなものです。実際、この「食堂・居室フロア分離型」の介護付有料老人ホームでは、要介護高齢者が増えてくると、毎朝4時前に起こし始め、4時過ぎには奥のテーブルの人は食堂に降ろすと言います。
更に、八時まで四時間も食堂で待機、食事が終わるのが九時前として、そこから居室に戻ってもまた11時前に食堂に降りてくることになるので、そのまま食堂に放置…というところもあります。
それが年に一度の遠足の日だけでなく、365日毎日続くのです。
それは通常の人間の生活ではないと言っても過言ではありません。
これは、要介護高齢者の身体機能の低下、及び介護量の増加に拍車をかけることになります。
前回、自立・要支援高齢者にとって、日常生活でパジャマを着替えたり、エレベーターに乗って食堂に行ったり、少し散歩したり、いろいろな人と話をしたり…という当たり前のことが、「介護予防」という側面からとても重要であり、そのためには、「居室・食堂フロア分離型」が望ましいと述べました。
要介護高齢者にとっての「居室・食堂フロア一体型」も同じことが言えます。
「居室・食堂フロア一体型」の場合、要介護高齢者であっても、整容や歯磨き、着替えなど自分でできることは、自分の生活リズムに合わせてやることになりますし、長距離やエレベーター移動は難しくても、居室前の食堂までなら自分で車いすを操作して食堂まで移動できる人はおおいでしょう。
しかし、「居室・食堂フロア分離型」の場合、それでは移動時間に間に合わないため、本人の残存機能や生活リズムを無視し、すべて介護スタッフが行うことになります。そうすれば、介護予防とは逆に、過剰介護によって要介護高齢者は依存度が高くなり、できることもできなくなってしまうのです。
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