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災害発生時の避難安全性の設計ポイントとその視点


火災・災害において高齢者住宅での被害が拡大する最大の理由は、身体機能の低下した高齢者には自立避難が困難だから。家具・電化製品の固定、避難に有効なバルコニーの設置など、災害時に入居者・スタッフの生命を守るための安全な避難動線・避難経路・避難誘導方法を検討する

高齢者住宅開設者向け 連載 『社会価値・市場価値の高い高齢者住宅をつくる』 059


私たちは、「火事だ」と聞くと慌てて外へ飛び出します。「グラッ」とくれば頭を防御したり、子供の頃の防災訓練で習ったように机やテーブルの下に隠れる行動もできます。
しかし、身体機能の低下した高齢者は即座に俊敏な行動を起こすことが難しく、認知症などで判断力が著しく低下している人もいます。また車いす利用の場合、避難しようと思っても、通路にタンスが倒れていたり、書籍や日用品が散乱したりしているだけで、その先には進めなくなります。
安全な避難動線の確保、避難誘導設備の設置は、災害時に入居者たけでなくスタッフの生命を守るためにも不可欠なものです。

命を守るために、安全に避難できる動線の確保

まずは、避難動線の確保です。
25年前の阪神淡路大震災で亡くなった人(6434人)のうち、地震による直接死は5500人程度、その八割にあたる4400人は家屋倒壊や家具等が倒れてきたことによる圧死・窒息死であったことが知られています。それは、建物の耐震化や家具の固定など事前の備えをきちんと行っていれば、たくさんの命が助かるということを示しています。
それは、死亡だけでなく負傷原因にも関わってきます。同震災で、負傷を負った人の原因を見ると、家具や電化製品の下敷きになった人が46%、割れたガラスや飛び散った金属の破片で負傷した人が25%と、負傷原因の7割は家具・電化製品・ガラスが占めています。同様に、これも事前の備えによって相当数減らすことのできるものです。

高齢者住宅で地震が発生した場合、倒れたテレビや家具を避けながら、車いすの高齢者を非難させるには相当の時間がかかります。ガラスが割れて飛散すると、清掃やその応急対応だけでも手を取られますし、ガラス片で介護スタッフがケガをすると、助ける側から助けられる側になってしまい、避難誘導や復旧はさらに遅れることになります。家具や電化製品の転倒・転落防止やガラスの飛散防止は、即効性と減災効果の高い取り組みであり、これは事業者の設備備品だけでなく、入居者が居室に持ち込む電化製品や家具、ガラス製品においても、十分な対策を行う必要があります。

【安全な避難動線の確保】
<備品・電化製品等の転倒防止>
 ◆ 共用部分の設備、家具、電化製品等については、転倒防止措置を施していること。
 ◆ 各住戸専用部分家具(タンス、机、本棚など)や電化製品(冷蔵庫、テレビなど)についても、入居者に転倒防止措置を講じることを推奨すること。

<備品・電化製品等の落下防止>
 ◆ 地震発生時に共用部分の備品、電化製品、食器等が落下しないよう、固定器具や扉ストッパーなどの落下防止策を講じていること。
 ◆ 各住戸専用部分の備品、電化製品、食器等についても、入居者に落下防止措置を講じることを推奨すること。

<ガラスの飛散防止>
 ◆ 建物内の全てのガラスについて、地震によるガラス飛散防止の措置を施していること。
 ◆ 共用部分の食器棚、本棚などのガラスについても、飛散防止措置を施していること。
 ◆ 各住戸専用部分の食器棚、本棚等のガラスについても、入居者にガラス飛散防止措置を推奨すること。

火災時の避難誘導は、 火災に強い高齢者住宅設計のポイントとその基準 Ⅰ 🔗 で述べた耐火性能ともかかわってきます。高齢者は避難する、避難させるのに相当の時間がかかりますから、延焼の恐れがある開口部においては、火災による火炎を遮る時間の長さが60分以上(住宅性能基準の等級3)であることが望ましいと考えています。


限られた時間で何ができるか、円滑な避難経路の検討

もう一つは、避難誘導の経路の検討です。
繰り返し述べているように、身体機能の低下した高齢者は自力避難ができません。火災が発生した場合、多くの入居者を限られた時間と限られた介護スタッフで、入居者を安全に避難させなければなりません。しかし、火災や自然災害の発生時には、エレベーターは使えませんし、車いす利用などの高齢者が増えると階段の利用もできません。夜勤帯など特に介護スタッフ数が少ない時間帯に火災が発生すれば、相当の混乱と困難が予想されます。
火災時に安全な場所と言えば、建物から離れた駐車場などが想定されますが、短時間で全員をそこまで退避させることは実質的に不可能です。そのため、火災だけでなく、地震、浸水被害、土砂崩れなどの自然災害のリスクに応じて、円滑に避難誘導できる建物設計上の工夫とともに、「どこに避難させるのか」を事前に十分に検討しておく必要があります。

【安全な避難経路の確保・検討】
<火災発生時の避難経路の検討>
 ◆ 複数の火災発生場所を想定し、二以上の異なった避難経路を確保しておくこと。
 ◆ 火災発生場所を想定し、避難上有効なバルコニーなど一時避難の場所を利用し、そこから安全に避難できる経路を確保しておくこと。
 ◆ 住戸専用部分内または共用廊下などの見やすい位置に、各住戸専用部分から非常口までの経路、及び非常口から避難場所(道路・駐車場等)までの経路を表示していること。

<浸水・土砂災害などの避難経路の検討>
 ◆ ゲリラ豪雨・土砂崩れなどが予測される場合、「どこまで避難させるのか」「どのように避難させるのか」「いつの時点で避難させるのか」「誰がそれを決定するのか」を十分に検討しておくこと。
 ◆ 屋内(階上への退避)だけでなく、屋外への退避方法も含め検討しておくこと。

<地震発生時の避難経路の検討>
 ◆ 地震発生時、津波の襲来が予測される場合、「どこまで避難させるのか」「どのように避難させるのか」「いつの時点で避難させるのか」を十分に検討しておくこと。
 ◆ 屋内(階上への退避)だけでなく、屋外への退避方法も含め検討しておくこと。

火災時の一時避難場所、避難経路として重要になるのが、「バルコニー」です。屋外に開放された場所に、車いすでも退避できる80㎝~90㎝幅の広い幅員のバルコニーを設置し、そこに一時退避させることができれば、消防隊が到着した場合に、早期の救助が可能となります。1フロア2ユニット型の建物配置で、一方のユニット内で火災が発生時に、もう一方のユニットに入居者を退避させる場合でも、「どこから消防隊が入るのか」「どのように避難させるのか」を考えて置く必要があります。

加えて、安全な避難誘導のために必要となるのが、非常放送設備や誘導設備です。
火災報知器が発報した場合、一気に緊張が高まりますが、「誤報」の可能性もありますし、迅速な初期消火によってすぐに鎮火することもあります。その時に他の入居者には、丁寧に伝達しなければなりません。何事もなかったかのようにおざなりにすると、火災報知器が鳴っても「うるさいな…また誤報だろう…」と、入居者もスタッフも危機意識が低下していきます。また、地震が発生しても、建物の耐震性に問題がなく、かつ津波の恐れもない場合は、そのまま部屋で待機して、居室内の安全な場所で布団をかぶるなどして、余震に備えてもらうというのが適切な方法です。それを、きちんと入居者に伝えなければ、「私はどうすれば良いのだろう…」と不安な入居者が部屋から出てきて、そこで余震が起こって転倒・骨折ということになってしまいます。
高齢者住宅の場合、共用廊下や共用室だけでなく、各居室(住戸専有部内)にも一斉放送ができる放送設備が必要です。

【非常放送設備の設置・機能】
  ◆ 各階の共用廊下及び共用室に非常放送設備等が設置されていること。
  ◆ 非常放送内容が各住戸専用部分内にも確実に伝わるための放送設備(スピーカ機能付きのインターホン等)が設置されていること

最後の一つは、誘導設備・点灯設備の設置です。
高齢者は、視覚や聴力なども衰えていきますし、避難介助できる介護スタッフは絶対的に足りません。自力避難が少しでも可能な高齢者は、光や文字、または音声などで、できるかぎり避難設備を使って、円滑に誘導できるように検討しなければなりません。停電時にも、真っ暗にならないよう、足元灯などが設けられていることが必要です。

【誘導設備・点灯設備の設置・機能】
 ◆ 共用廊下に、光、文字又は音声により避難誘導する設備(誘導灯、誘導標識など)が設けられていること。
 ◆ 共用廊下、共用階段及び敷地内の通路等の避難動線上には、停電時に点灯する足元灯等が設けられていること。

ここまで、安全な避難動線・避難経路、その誘導設備について考えてきました。
この避難動線については、事業者の備品や電化製品だけでなく、入居者が持ち込む備品や電化製品、またその設置にも影響しますから、契約事項や入居にあたっての事前説明のポイントにも関わってきます。また避難経路の検討においては、火災や地震、水害などのリスクに合わせて作成する「防災計画」、さらにはそれを土台として行う「防災訓練」にも大きく関わってきます。
防災の土台となるのは「建物設備」です。実際の業務・防災の運用をきちんと意識しながら、建物設備を設計、備品を選定していく必要があるのです。



高齢者住宅 防火・防災の安全設計について徹底的に考える

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