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「安心・快適」の基礎は、火災・災害への安全性の確保


高齢者・要介護高齢者は災害弱者であり、火災や地震などの自然災害が発生すれば多くの人が逃げ遅れ大惨事となる。防災は高齢者住宅の建物設備設計の基本中の基本。「サ高住は制度基準が緩い」「最低基準に合致している」と安易に考えている事業者は、参入する資格なし

高齢者住宅開設者向け 連載 『社会価値・市場価値の高い高齢者住宅をつくる』 016


ほとんどの高齢者住宅は、「安心・快適」というイメージでセールスされています。
ただ、安心・快適というのは、入居者の評価・心情であり、事業者が提供できるものではありません。
事業者が提供できるものがあるとすれば、「安心・快適」の基礎となる安全です。
しかし、残念ながら、現在、開設されている高齢者住宅を見ると、「安心・快適」と標榜しながら、「安全対策は不十分、後回し」と言うところが少なくありません。

火災や自然災害への対策は、高齢者住宅の建物設備設計の基礎中の基礎です。
いくつかのポイントを整理します。


地震・自然災害への安全性の確保

日本は、地震、津波、火山噴火、土砂災害、ゲリラ豪雨、降雪などの災害大国であり、高齢者は身体機能の低下した災害弱者です。高齢者住宅は老人福祉施設ではありませんが、そのリスク・責任は同じです。自然災害への備え、安全性の確保及び、災害発生後の生命・生活を維持するための措置を十分に講じておかなければなりません。

その一つは耐震性能です。
建築基準法に基づく耐震性が確保されていることは言うまでもありませんが、車いすなどの避難できない高齢者が多く生活していることから、住宅性能表示制度に基づく耐震等級(倒壊等防止)2以上の水準の耐震性能が確保されていることが望ましいと言えます。最近は改修物件の高齢者住宅も増えていますが、その前提として耐震診断や耐震改修の実施が不可欠です。


また、大規模災害の場合、流通機能やライフラインが止まることから、飲料水や食料品、衛生用品、職員用寝具などの備蓄も重要です。一定の広さを持った専用の備蓄倉庫が必要になりますから、これらは運営後に考えることではなく、備蓄内容とその容量を含め、設計の段階で検討すべき事項です。
その他、要介護高齢者の中には、医療用酸素機器などを利用する高齢者もいることから、自家発電装置やポータブル発電機などの設置も検討しなければなりません。


火災(失火・放火・類焼)への安全性の確保

火災への対策も重要です。
事業所、入居者からの失火だけでなく、放火や類焼など、原因を問わず、火災になれば、ほとんどの高齢者が逃げ出すことができず、大惨事に発展します。そのため、「防火地域、準防火地域」などの制度基準に関わらず、建物設備設計の段階で、建物の十分な耐火性の確保や不燃性の内装材の使用など、延焼拡大防止策を十分に検討しなければなりません。


同様に重要なのが、早期感知・早期消化の対策です。
特養ホーム、有料老人ホーム、サ高住などの制度による防災設備基準の違いは、縦割り行政の制度矛盾でしかありません。法律上、設置が必要とされない場合であっても、スタッフルームには共同住宅用自動火災報知設備、厨房・食堂・談話室などの共用部、及びすべての居室に、「防災報知設備」「スプリンクラー」は不可欠です。また早期に火災を感知し、全住戸、全スタッフに警報を発するための設備が設置されていなければなりません。

初期消火のための、共用廊下など持ち出しやすい場所への消化器設置も必要です。
これは建設後に設置しようとすると、車いすや伝い歩きの高齢者の通行には邪魔になるため、設計の段階でその位置や設置場所について十分に検討しておかなければなりません。
その他、放火防止のため、敷地内の建物外にゴミ置き場を設置する場合でも、部外者が侵入できない位置に設置し、他の部分との塀、施錠可能な扉等で区画されたものとするとともに、照明設備(常夜灯又はセンサーライト)等を設置したものとすることなどの工夫が必要となります。


避難安全性の確保

三点目は、火災や自然災害の発生時の避難の安全性の確保です。
火災の発生で、多くの高齢者が亡くなるのは逃げ遅れるからです。
ほとんどの高齢者住宅は、2階建て以上の建物で、移動や移乗介助の必要な車椅子などの要介護高齢者が大半です。特に夜間帯は、働いているスタッフも限られるため、すべての入居者を建物から外に避難させることは実質的に不可能です。そのため、バルコニーや階段室など一時的な避難区画を定め、消防隊が到着するまでの一時避難場所を検討しなければなりません。
建物のどのエリアから出火する可能性が高いのか、どちらの方角に近隣の住宅が密集しているのかなどを検討し、避難経路や誘導設備などと一体的に検討しなければなりません。

その他、居室内・共用部の備品の転倒防止、落下防止、ガラスの飛散防止などの対策も有効な手段です。
設計の段階で検討すれば、「リビングのテレビの設置」「書棚の位置」と一体的に検討できます。


防犯安全性の確保

災害や火災と同様に、もう一つ重要になるのが防犯安全性への確保です。
高齢者住宅は、入居者が高齢であることや、家族・職員・関連サービス事業者、物品搬入業者など様々な関係者が出入りするため、家族を装った窃盗などの犯罪も多数、発生しています。
事務室やスタッフルームから、玄関ポーチやエントランスが見え、常に人の出入りが確認できるよう大きな窓が設置されていることや、受付窓口や出入りを感知するチャイムが設置されていること、更には、玄関ポーチ、エントランス、エレベーターホール、エレベーター等に、防犯(監視)カメラや夜間自動照明等の防犯設備が導入されていることが望ましいと言えます。




以上、災害や火災など4つの視点から、安全性確保のポイントを挙げました。
述べたように、高齢者住宅への入居を検討する高齢者・家族の最大の希望は、介護が必要になっても安心して、安全に生活できることです。制度上必要か否かと、商品上必要か否かは、基本的に違います。
現状における制度上の違いは、単なる制度矛盾でしかありません。施設、住宅などの類型に関わらず、同じ「要介護高齢者の住まい」であれば、それに応じた質の高い安全性の確保が必要です。

ただ、有料老人ホーム、サ高住などで建築基準法、消防法などの取り扱いが違うこともあり、設計士や建設会社に建物設備設計に丸投げをしてしまうと、制度上の最低基準に沿ったものしか出来上がってきません。建築コストの削減だけが目的となると、「災害対策が必要ないので、サ高住の方がメリットは大きい」と、全く正反対の考え方をする人もいます。
そのため、事業者は「対象は要介護高齢者なので、防災対策をキチンと考えてほしい」と、設計士・設計会社しっかり伝えることが必要です。

防災対策の不備は、今後、大きな商品性の瑕疵となります。
高齢者住宅での火災や災害の発生によって、必ず基準は厳しくなります。
猶予期間が認められても、入居希望者に対して、「スプリンクラー未設置」「自動通報装置なし」という情報公開は必ず求められますし、途中で設置するとなると建築時の数倍の費用がかかります。また、途中改修によって生活のしやすさ、介護のしやすさが阻害されるということにもなりかねません。

また、「耐火耐震建物か否か」「スプリンクラーや自動通報装置が設置されているか否か」は、〇か×かで、すぐにわかりますから、これからの高齢者住宅選びの最もわかりやすいチェックポイントでもあります。「安心・快適」と声高に標榜しながら、「安全対策には無関心」では、その時点で「全く信用できない・・」と言われても仕方ありません。
この建物設備の防災対策、安全性の確保は、高齢者住宅の経営ノウハウ、事業者の資質が現れる、単純で最重要ポイントなのです。


要介護高齢者住宅の商品設計 ~建物設備設計の鉄則~

  ⇒ 高齢者住宅 建物設備設計の基礎となる5つの視点
  ⇒ 「安心・快適」の基礎は火災・災害への安全性の確保
  ⇒ 建物設備設計の工夫で事故は確実に減らすことかできる 
  ⇒ 高齢者住宅設計に不可欠な「可変性」「汎用性」の視点 
  ⇒ 要介護高齢者住宅は「居室」「食堂」は同一フロアが鉄則 
  ⇒ 大きく変わる高齢者住宅の浴室脱衣室設計・入浴設備 
  ⇒ ユニットケアの利点と課題から見えてきた高齢者住宅設計 
  ⇒ 長期安定経営に不可欠なローコスト化と修繕対策の検討
  ⇒ 高齢者住宅事業の成否のカギを握る「設計事務所」の選択 

要介護高齢者住宅の基本設計 ~介護システム設計の鉄則~

  ⇒   「特定施設の指定配置基準=基本介護システム」という誤解
  ⇒ 区分支給限度額方式では、介護システムは構築できない
  ⇒ 現行制度継続を前提にして介護システムを構築してはいけない 
  ⇒ 運営中の高齢者住宅「介護システムの脆弱性」を指摘する 
  ⇒ 重度要介護高齢者に対応できる介護システム 4つの鉄則 
  ⇒ 介護システム構築 ツールとしての特定施設入居者生活介護 
  ⇒ 要介護高齢者住宅 基本介護システムのモデルは二種類 
  ⇒ 高齢者住宅では対応できない「非対象」高齢者を理解する 
  ⇒ 要介護高齢者住宅の介護システム 構築から運用への視点 
  ⇒ 介護システム 避けて通れない「看取りケア」の議論 
  ⇒ 労働人口激減というリスクに介護はどう立ち向かうか ① 
  ⇒ 労働人口激減というリスクに介護はどう立ち向かうか ② 



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