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高齢者住宅事業の成否は、「リスクマネジメント」で決まる


高齢者住宅の長期安定経営のためには、「経営上のリスク」と「業務上のリスク」を理解、予防、対策が不可欠。しかし、リスクマネジメントは、経営実務ではなく、商品設計・プランニング上の課題。言い換えれば、商品設計・事業計画の段階で、事業の成否は決まるということ。

高齢者住宅開設者向け 連載 『社会価値・市場価値の高い高齢者住宅をつくる』 006


「企業の目的は利益ではない」と言ったのは、「マネジメント」という言葉を世に知らしめたドイツの経営学者、ピーター・ドラッカーです。「利益が重要ではない」ときれいごとを言ったのではなく、「利益は企業が継続して社会の役に立つための条件である」と述べています。

一時的に調子のよい会社、エキセントリックな経営者を「時代の寵児」などとマスコミはもてはやしますが、そのほとんどの人はあっという間に消えていきます。社会のニーズや経営環境が目まぐるしく変化する時代においては、一時的に高い利益を上げることよりも、長期的に安定した利益を出し続ける方が難しく、それができるのが本当のプロの経営者だといって良いでしょう。

特に、高齢者住宅は、高齢者・要介護高齢者の生活の基礎となる住宅事業です。「需要が高くなりそうだからやってみよう」「利益がでなかったら撤退しよう」というタイプのものではありません。経営が悪化し、倒産すれば行き場のない要介護高齢者が大量に発生し、サービスが止まれば、その生活を崩壊させ、生命にまで影響を及ぼすことになります。

この「長期安定経営」の鍵となるのが、リスクマネジメントです。
それは介護ビジネスでも、その他、すべての会社経営でも同じです。
特に、高齢者住宅や介護サービス事業は、「アイデア勝負」「ニッチに食い込む」というビジネスではなく、超高齢社会の中で確実に需要が高まる事業です。その事業特性を理解し、サービス提供上、発生しうる様々なリスクを予測、削減、管理できるか否かが、経営の最重要課題だといっても良いでしょう。


経営上のリスク・業務上のリスクの理解

高齢者住宅の安定経営を阻害するリスクは、「経営上のリスク」と「業務上のリスク」に分かれます。
経営リスクは、「入居者募集の失敗」「介護スタッフ募集の失敗」「人件費・支出の高騰」など、の経営終始悪化の直接要因となるリスク、業務上のリスクは、転倒などの事故発生、入居者・家族からのクレーム、感染症の発生、自然災害など、サービス提供上発生するリスクです。


これらのリスクは、相互に関係し合っています。
例えば、現在、多くの事業者が直面しているリスクが、介護スタッフ不足です。高齢者住宅も介護サービス事業の一つですから、介護スタッフが確保できなければ、入居希望者がいても受け入れることはできません。また、必要な介護看護スタッフ数が集まらない場合、給与などの労働条件を上げたり、募集広告を出したり、派遣会社に依頼するなどの対策が必要となるため、コストが大きく上がります。

コンプライアンス違反も、比例して増加する経営リスクの一つです。
入居者との契約で、入居者2人に一人の介護看護スタッフを配置する【2:1配置】だとしている場合、常にそれに見合うスタッフ数を確保しておかなければなりません。しかし、ギリギリのスタッフ配置で運営している場合、突然、看護師やスタッフが退職すると、契約で定めたその配置を満たせなくなります。それを入居者・家族に隠したまま運営を続けると契約違反です。特定施設の指定基準を満たさない場合、介護報酬は減算になりますし、それを誤魔化して請求すると不正請求、最悪の場合、指定取り消しとなり、事業が継続できなくなります。

スタッフ不足は、業務上のリスクの発生要因でもあります。
介護スタッフが集まらなければ、一人ひとりのスタッフの負担が重くなります。夜勤では鳴り続けるコールに走り回り、連携不足から介護事故やトラブルが増加し、感染症や食中毒などのリスクも増えていきます。無理な業務が重なりますから、腰痛などの労務災害の原因にもなります。
更に、スタッフが少なくなると「厳しいことを言って辞められると困る」という意識が強く働くため、サービス改善やスタッフ教育が十分にできなくなります。その結果、サービスの質は大きく低下し、スタッフによる入居者への介護虐待などの問題が発生する土壌となるのです。


リスクマネジメントはプランニング上の課題

経営者の中には、リスクマネジメントは、開設後の「経営上の課題」「サービス現場の課題」だと考えている人が多いのですが、それは大きな間違いです。経営上のリスクだけでなく、業務上のリスクにおいても、そのリスク顕在化の原因はプランニング、つまり商品設計にあります。

例えば、「高齢者・要介護高齢者が増加する」と高齢者住宅事業に参入したけれど、半年、一年立っても、半分の入居者も確保できていないという事業者はたくさんあります。その原因は、商品設計・事業計画の甘さです。マーケティング・ターゲット選定が十分に検討されていない、価格設定が周辺事業所と比較して高額である、サービス内容・セールスポイントに特徴がない等、商品設計上の課題によって入居者が集まらないのです。

介護スタッフの確保も同じことが言えます。
「介護業界は離職率が高い」「大変な仕事なのに給与が安いからだ・・」と言われますが、全産業の離職率平均が15.0%なのに対して、介護業界は16.7%と、それほど大きな開きがあるわけではありません。
介護業界の特徴は、事業所によって離職率が二極化しているということです。
離職率が10%未満の事業者が約4割を占める一方で、30%以上の事業者も24%になります。業種によっても大きな差があり、30%以上の離職率の事業所の割合は、特養ホームの8.6%、老健施設の9.8%に対して、介護付有料老人ホームは、29.9%になります。


その最大の原因は、無理な低価格化です。
介護報酬は一定ですから、入居者の月額費用を下げるには人件費を抑えるしかありません。【3:1配置】の基準配置程度の少ない配置で業務を行うため、一人一人の介護スタッフへの負担が大きく、過重労働になるのです。
加えて、建物設備が要介護高齢者対応になっていない場合、介護スタッフは業務に追われ、老人ホーム内を走り回ることになり、事故やトラブルも増加します。その結果、「給与は安いのに、こんな大変で責任に重い仕事はできない・・」と次々とやめてしまうのです。今後、加齢によって重度要介護高齢者が増えてきた場合、介護スタッフ不足はより深刻になっていくでしょう。

しかし、高齢者住宅は、これらのリスクが顕在化しても、途中でその商品性、ビジネスモデルを変えることはできません
一旦開設し、入居者が生活をスタートさせれば、エレベーターを増設することもできませんし、食堂を広げることもできません。介護スタッフを増員するためには利用料を大幅に値上げしなければなりませんが、「低価格化路線」で入居者を集めている事業者は、入居者や家族の同意を得ることは容易ではありません。
入居者不足、人材不足だけでなく、事故やトラブルなどのリスクマネジメントも、「経営上の課題」「サービス現場の課題」ではなく、「商品設計上・プランニング上の課題」なのです。

事業の成否は、プランニング、商品設計で決まるといった意味がわかるでしょう。


高齢者住宅事業の成否は「プランニング=商品」で決まる。

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