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「地域包括ケア時代」の高齢者住宅に不可欠な二つのシステム


【連 載】 超高齢社会に、なぜ高齢者住宅の倒産が増えるのか 028 (全 29回)

地域包括ケア時代に、各自治体で質の高い高齢者の住まいを継続的・安定的に整備・育成していくためには、「事業者間ネットワーク」の構築と「高齢者の住まい相談支援センター」の設置は不可欠。その役割と目的、機能について検討、整理する。


これからの高齢者介護を語るうえで、欠かせないキーワードが「地域包括ケア」です。
テレビや新聞などのマスコミでも、よく出てくる言葉です。
厚生労働省は、「重度な要介護状態になっても、住み慣れた地域で自分らしい暮らしを人生の最後まで続けることができるよう、住まい・医療・介護・予防・生活支援が一体的に提供される地域包括ケアシステムの構築を推進する」としています。

言葉にすれば、「何をいまさら・・当たり前のことじゃないか・・」という気がします。ただ、これは、これまで国の主導で全国一律に行ってきた高齢者の介護・医療・住宅対策を、これからは市町村などの基礎自治体が、それぞれの地域ニーズに沿って計画・推進していくという、社会保障政策の大転換であることは間違いありません。(地域包括ケアシステムについては、「地域包括ケアとはなにか🔗参照」)

人口が集中している大都市部と地方の山間部では、必要な介護サービスの内容、量は違ってきます。都市部では「通所介護」がすでに過当競争になっていますが、山間部や農村部では、利用者が広範囲にわたるため、事業効率が低く、民間企業が入らないようなところもあります。要介護高齢者の増加だけでなく、その平均資産や家族との同居率によっても、高齢者住宅や介護保険施設の整備状況は変わってきます。同じ市内でも「高齢化の激しい旧ニュータウンエリア」「新興住宅地」など、それぞれのエリアに合わせて、きめ細かな対策が必要になります。
介護システムや医療システムは、市町村などの基礎自治体で、その地域の特性に合わせて、それぞれ個別に作り上げていくものです。

ただなぜ、国が、今になって、突然このようなことを言い出したかと言えば、お金がないからです。
これまで社会保障政策の権限や財源を握って、バラマキの放漫経営をしていた国の財源が枯渇し、ここまで述べてきたような素人事業者が激増したため、市町村に「規制緩和し、財源と権限を委譲するので、後はよろしく」と言っているに過ぎません。
もちろん、権限や財源の一部が移譲されても、自治体では収入以上に社会保障にかかる支出が増えていきますから、自治体にとってはありがたい話ではありません。

ただ、これは「地方分権」にもつながる、これからの日本の大きな流れです。
端的に言えば、地域包括ケアの目的は、各市町村がマネジメント力を強化し、その地域ごとに限られた財源や人材を最大限に効率的・効果的に運用することによって、社会保障費の増大を抑制することです。
多くの市町村は、まだ「実務については国からの指示待ち」「高齢者が二割増えるので、今のサービスをそのまま二割増やします」と呑気に構えていますが、社会保障費の増大は、これからの市町村にとっては最大のリスクです。社会保障財政の問題は、国ではなく、自治体の課題・リスクになるということです。効率的、効果的な地域包括ケアシステムの構築ができない市町村では、介護保険料、国民健康保険料は上がり、介護医療サービスは低下、更には市町村の財政は破綻し、確実に消滅する方向に向かいます。

このシステム構築にあたっては、自治体が積極的にリーダーシップをとらなければなりません。老人福祉協議会、医師会など各種団体と協議することは重要ですが、利権争いとなると「あれも必要、これも大切」とやるべきことが広がるばかりで、社会保障費の削減はできません。
それぞれの自治体の高齢化率や財政状況、人材確保状況などによって対策は変わってきますが、高齢者住宅の整備にかかり、導入すべき二つのシステムについて考えます。

介護医療サービスの事業者間のネットワーク化

地域包括ケアというのは、実務的にみれば、「地域の介護・医療のネットワーク化」です。
介護や医療サービスを要介護高齢者の増加に比例して増やすことはできません。そのため今後、重要になるのは、「ミスマッチ」「サービスのロス」を最大限に減らして、現在のサービスを効率的、効果的につなぐ事業者間のネットワークの構築です。

例えばショースステイは、「家族の介護疲労の緩和」だけでなく、「介助していた家族が入院した」「親族に不幸があり出かけなればならない」など、緊急利用の依頼も多いサービスです。
しかし、数か月前から予約で埋まってしまうなど、人気が高く、緊急対応がうまくできない地域も少なくありません。緊急の依頼があった場合、ケアマネジャーが近隣のサービス事業者に片っ端から電話をかけ、確認依・依頼をするというのが一般的です。

一方のショーステイ事業者も、事前予約で詰まっていても、病院に入院した、特養ホームに入所したなどで、突然キャンセルになるケースもたくさんあります。ショーステイの事業者は、空状況をFAXで居宅支援事業所(ケアマネジャー事業所)に連絡をするという方式をとっていますが、多くの場合、その枠を埋められないまま、収入が減るということになっています。
これは通所介護や訪問介護、高齢者住宅でも同じです。

まだ、多くの市町村でこのようなケアマネジャーやサービス事業者の担当者の人間関係に頼ったアナログで非効率な手法に頼っているため、サービスのロスが大きいのです。
これを、インターネットを使ってネットワーク化すれば、「いまどこのショートステイが空いているか」だけでなく、男性・女性どちらでも可能か、車いす利用者に迎えに来てもらえるか、医療対応はどこまで可能かといった条件でも絞り込みができます。このマッチング機能の強化によって、限られた介護サービスを最大限に利用することができますし、それは各事業者の収益の向上にもつながります。
また、その情報を集約することによって、「ショートステイの緊急利用に対応できていない」「どのエリアにデイサービスが足りないか」というその地域の介護サービスの需要と供給のバランスを、リアルタイムで把握することができます。更には、「情報共有の在り方」「緊急利用の場合の利用者・家族への十分な説明」など、市町村全体のノウハウの向上が進みます。
このインターネットのクラウドサービスを使った地域包括ケアのネットワークシステムは、筆者も参画し検討がスタートしています。地域包括ケアシステムの推進には、それぞれの地域にあった情報共有システムの構築が基礎となります。

介護保険施設・高齢者住宅の相談・指導体制の一本化

もう一つが、高齢者施設・高齢者住宅の「入居相談」「トラブル対応」「指導監査」を一本化した、「高齢者の住まい相談支援センター」の設置です。
その役割は、大きく三つに分かれます。

一つは、入居相談対応の強化です。
「自宅で生活できないから高齢者住宅を探す」となっても、誰に相談すればわからないのが現実です。また、今後は独居高齢者や高齢夫婦世帯が増えてきます。それぞれの要介護状態や生活実態ごとに、「施設の対象なのか」「高齢者住宅が適しているのか」も判断できません。
現在、民間の高齢者住宅の紹介業者が激増していますが、宅建業法と違い、法的整備が全く整っていないため、その多くは「安心・快適」と美辞麗句を並べて、関連する老人ホームへ押し込むブローカーと化しているのが実態です。
今後、高齢者住宅で生活する重度要介護高齢者が激増しますから、中立的な立場で制度やサービス内容、費用を説明する相談対応の強化は不可欠です。
また、特養ホームや老健施設など高齢者施設と高齢者住宅の入居相談を一本化することによって、その高齢者・家族にあった高齢者住宅・老人福祉施設を紹介することができます。それは、高齢者施設と高齢者住宅、それぞれの役割を明確にし、限られた社会資本・財政・人材を効率的に運用するという視点からも必要です。

二つ目の役割が、「トラブル相談・トラブル調整」です。
高齢者住宅は利用するサービスではなく、生活の根幹となる事業です。また、その性格上、「追い出されれば他に行き場所がない」「家族が嫌な思いをするのではないか」と、入居者や家族が弱い立場に立たされやすくなります。
実際は、「スタッフの言葉遣いが悪い」といったクレームだけでなく、「契約通りにサービスが提供されていない」「最初に聞いた金額と違う」「聞いた通りのスタッフが配置されていない」といった契約内容に関するトラブルも少なくありません。
その問題を解決するには、裁判に訴えるしかありませんが、実際に家族が入居している中で実際にそこまで行うことは容易ではありません。
そのため、入居中にトラブルが表面化することは非常に稀で、泣き寝入りとなるケースがほとんどです。現在表面化しているトラブルやクレームは氷山の一角だと言ってよいでしょう。入居者・家族、事業者の双方を聞いて、中立的な立場からトラブルを調整・解決する第三者機関が必ず必要です。

三つ目が、「実務的・継続的な指導監査の実施」です。
指導監査の目的の一つは「問題点の洗い出し」ですから、運営している事業者よりも高齢者住宅事業やその経営・サービスに精通していなければ、問題点を見つけることはできません。
また、現在の行政監査は、監査日時、監査ポイントが示され、事前に資料を提出するというのが基本です。「暴行など虐待が横行している」「不正請求がある」という疑いがある事業者に対して、事前にその目的と日時を指定して立入監査を行っても、その日に拘束されている入居者はいないでしょうし、その日だけは指摘を受けないように業務を行うでしょう。

長期的な視点からの改善も必要です。
現在の高齢者住宅事業は制度や基準が混乱し、無法状態となっている無届施設やサ高住あることから、その時点の問題項目を抽出することだけではなく、その後の改善を詳細に追っていく必要があります。すぐに修正できない防災設備や囲い込みなど建物設備や商品設計にかかる問題も、長期計画を立て改善していかなければなりません。
高齢者住宅の指導監査体制を一本化、強化は不可欠ですが、現在の担当部局が監査・指導を行うという体制では、その強化に限界があります。
専門の人員を配置し、そのノウハウを構築していかなければなりません。

相談支援センターの機能として『入居相談』『トラブル相談』『監査指導』の三点を挙げましたが、これらの機能はそれぞれが分離しているものではありません。一体として提供されることによって相乗効果を生み、その地域の高齢者住宅事業の質の向上につながるものです。
それは地域介護・福祉ネットワークの構築、財政や人材の効率的利用にも重要な機能なのです。

これら二つのシステム・仕組みの構築は、自治体がリーダーシップとって整備しなければなりません。
地域包括ケアは、「地域連携の強化」「地域ニーズの発掘」「地域ケア会議」など、ボトムアップの手法ばかりが注目されますが、最も重要なのは自治体のマネジメント、リーダーシップです。「関係者の皆さんと協議しながら・・」と悠長に構えていられるほど、時間もお金もないのです。




高齢者住宅の制度・商品の未来を読み解く

  ⇒ 高齢者住宅の制度・商品の方向付ける4つのベクトル 🔗
  ⇒ 現在の特養ホーム・老人福祉施設はどこに向かうのか 🔗
  ⇒ 高齢者住宅に適用される介護保険はどうなっていくのか 🔗
  ⇒ 高齢者住宅の商品性・ビジネスモデルはどこに向かうのか 🔗
  ⇒ 低所得・重度要介護の高齢者住宅をどう整備していくのか 🔗
  ⇒ これからの「地域包括ケア時代」に不可欠な二つのシステム 🔗



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