子供が親の介護を行うためには、「気持ちの余裕」「時間の余裕」「体力の余裕」「金銭の余裕」という、四つの余裕が必要になると述べました。
しかし、これらすべて揃っている人は、ほとんどいません。
まず、「時間の余裕」は、サラリーマンにはありません。同居、近居していたとしても、昼間は外で仕事をして、夜は家で、オムツを替えたり、お風呂に入れたり、食事の準備をして介護を続けるということは、現実的にも、体力的にも不可能です。
「体力の余裕」というのは、お風呂に入れたり、オムツを替えたりということだけではありません。平日は介護サービスを利用できても、毎週末、朝早く起きて、車や電車で何時間もかけて介護のために帰省するとなると疲労・ストレスが溜まっていきます。それが二~三ヶ月であれば可能でしょうが、何年、十何年も続けられるものではありません。実際、親の介護からの帰りに、極度の疲労からの居眠り運転で子供夫婦が亡くなるという悲惨な交通事故も起きています。
「金銭の余裕」については、一人ひとり違います。金銭的な余裕がたくさんある人は、利用できるサービスが増え、時間や体力の不足をある程度はカバーすることが可能です。ただ介護期間は五年になるか、一〇年になるかわかりませんから、「糸目をつけずに何でもできる」という人は一部に限られるでしょう。また「入居一時金数千万円の高級老人ホームに入居したが、途中で倒産し大混乱」という事例もあり、お金があっても安心・快適とは限りません。

このように、核家族化、遠距離化が進んだ現代の一般サラリーマン家庭には、親を介護する余力はないのです。それは介護休業を取得しても、同じです。93日間の介護休業を取得すれば、その期間は介護できるかもしれませんが、その後どうするのかわかりません。
ある日突然の介護に、気持ちの余裕まで失ってしまう
最後に残った最後の希望は、『気持ちの余裕』です。
それは、すべての人の公平に与えられるものです。
しかし、多くの人は突然親の介護が必要になると、お金もない、時間もない、体力もないと、不安が一気に押し寄せ、ほとんどの人が頭を抱えパニックになってしまいます。
この焦り、不安、混乱が、介護を失敗させる最大の原因です。
多くのサラリーマンは、「会社に迷惑がかかるから」と、週末の休みだけ、短期の有給休暇だけで対応しようとします。そうすると、利用できる制度やサービスについてゆっくり考える時間もなく、地域包括支援センターへの相談、病院からの退院と、言われるままにバタバタと過ぎていきます。そのため、新しい介護生活が始まっても、「あれが足りない」「これもできていない」「また転倒した」と次々に問題が発生。毎週末帰省しなければならず、携帯にも頻繁に電話がかかり、仕事にも支障をきたすことになります。
また、自宅で一人生活するのは難しい、同居も難しい、仕事も休めないとなると、「重度要介護、認知症対応、安心・快適」「地域最安値、すぐに入居できます」という高齢者住宅の広告に目を引かれます。無理やり説得して入居させたものの、当初の生活イメージと違い、追加費用もたくさんかかります。あれもこれもと事業者の勝手にサービスを入れられ、「聞いた話と違う」と不信を抱いても退居させることは容易ではありませんか。「こんなところは嫌だ」「家に帰りたい」と泣かれ、「親に申し訳ないことをした」「もう少し、きちんと考えれば良かった」と、親が亡くなった後もずっと後悔し続けることになります。
介護離職も、その一つです。
「自分で介護するしかない」と、将来の見通しのないまま仕事を辞めてしまうと、「こんなはずではなかった」「親の介護で人生が狂った」と必ず後悔することになります。それは親にとっても子供にとっても最大の不幸です。
突然の介護で最も重要なのは気持ちの余裕
親の介護は事前に十全の準備はできません。
どんな要介護状態になるのか、認知症か身体介護か、自宅で生活できないのか・できるのか、金銭的が余裕はどの程度あるのか・ないのか、どこまで家族は金銭的な支援ができるのか…等々、親本人、家族ともに置かれた環境は違うからです。
また、突然、親に介護が必要になれば、誰でもショックを受け、慌てます。
それは当然のことです。誰でも、わたしでも同じです。

ただ、その時に最も重要なことは、気持ちの余裕をもって親の介護・生活環境を考え、整えることのできる気持ちの余裕と、その時間を確保することなのです。
親の介護は一ヶ月、二ヶ月という短期決戦ではなく、五年、一〇年と続く、腰をしっかりと据えて取り組むべき長期的な課題です。また、介護への対応方法は、親の年齢や要介護状態、同居なのか別居なのか、遠距離か近距離か、お金の有無などによって、できること、すべきことは一人一人違います。
「100%の希望を満たす」ことはできなくても、それぞれの事情・ニーズに合わせて、限られた環境の中で、ベストな方法を見つけ出すことは必ずできます。また、それは家族にしかできないのです。
一度、立ち止まって、整理して冷静に考えること。
その気持ちの余裕を確保するために不可欠なのが、介護休業制度なのです。
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