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業務シミュレーションの条件 ② ~サービス・業務~


高齢者住宅は個別ケアが前提だが、一日の生活の流れはある程度決まってくる。朝、昼、夕、深夜と一日の中で、介護の業務内容もサービス量も変化する。安定した質の高い介護システムを構築するには、それぞれの時間帯に必要な介護スタッフ数をシミュレーションすることが必要

高齢者住宅開設者向け 連載 『社会価値・市場価値の高い高齢者住宅をつくる』 041


業務シミュレーションは、入居者の生活の流れ、サービスの流れ、介護看護スタッフの業務の流れ、動きをシミュレーションするものです。 業務シミュレーションの条件 ~対象者の整理~🔗 で示した対象者選定と合わせ、その条件設定でもう一つの柱になるのが、サービス・業務、勤務体系の整理です。

「高齢者住宅は施設ではないのだから、個別の生活リズム、個別ニーズに沿ってケアをする」と声高に叫ぶ人がいますが、高齢者住宅だから…、介護保険施設だから…、というのは全く関係ありません。包括算定の特定施設入居者生活介護は施設的だからダメで、出来高算定の区分支給限度額方式であるべき…というのも介護現場を知らない、まったく見当違いの意見です。
個別ケアは、適切なアセスメント、ケアマネジメントに基づいて介護、看護などの生活支援をおこなっているか否かできまります。特養ホームや老健施設などの介護保険施設でも、ケアマネジメントに基づいて個別ケアを行っていますし、逆に、区分支給限度額方式の住宅型有料老人ホームやサ高住の方が、個別ケアを無視した「囲い込み・押し売りサービス」が目立ちます。

ただ「個別ニーズに対応」といっても「どんな希望にも対応できる」というわけではありません。
「朝食は起きた時間にいつでも食べられる」「お風呂は入りたいときにいつでも入れる」というのは理想ですが、要介護高齢者は、すべての生活行動に何等かのケア・介護が必要となります。日々変化する起床時間や入浴希望に合わせて介助を行うためには、24時間365日、ほぼマンツーマンでの介護スタッフ配置を行わなければなりません。できないわけではありませんが、自己負担の月額費用は恐らく100万円近くになります。(金銭的に可能なら、自宅で24時間365日体制で介護+家政婦の配置をした方が良いでしょう)

また、介護看護スタッフは交代勤務ですが、工場の製造ラインのように、24時間365日、同じ業務・作業を繰り返しているわけではありません。朝、昼、夕、深夜と24時間の生活の流れの中で、介護業務の内容もサービス量も変化します。
そのため、一日の生活の流れや、それに応じたサービス・業務量の変化を整理する必要があるのです。


介助項目・介助内容の整理

まず一つは、月額費用内で行う、介助項目・介助内容の整理です。
「毎日お風呂に入りたい」「寝る前の22時に入浴したい」と言われても、月額費用内ですべてのニーズに応えることはできません。入浴回数や個別外出など、別途介護費用を徴収する場合でも、「どこまで月額費用内で対応するのか」「どこから追加サービスとするのか」を、それぞれに分類、整理しておかなければなりません。
その一覧、概要を整理したのが、下の表です。


有料老人ホームの重要事項説明書では、これを要介護度別に記入することになっています。
上記の例で言えば、入浴は週二回に設定しています。
これを全入居者、週三回に設定すれば、総入浴回数は1.5倍になりますから、それだけ浴室・脱衣室の数を整備しなければなりませんし、それに対応する介護スタッフの配置も必要になります。あくまでも上記のものは一例です。これが介護サービス量を検討する上でのベースとなります。


一日の生活の流れ、スタッフ配置の整理

二つめは、一日の生活の流れと、それに対応する必要なケアです。
朝食(7時~8時頃)、昼食(12時~13時頃)、夕食(18時~19時頃)と、食事の時間帯は、おおよそ決まっています。そうすると朝食に間に合うように、何時頃に起床介助を行うのかも決まりますし、入浴可能な時間帯も定まってきます。通院介助を行う場合、診察時間は午前中のところが多いため、この時間帯も制限されます。また、この一日の生活の流れに沿った「起床介助」「入浴介助」「通院介助」「就寝介助」とは別に、24時間体制で必要な排せつ介助や見守り介助、コール対応、また、時間を定めての定期巡回、特別に時間を設定しない「洗濯・掃除」「リネン交換」などもあります。
それを示したのが下の図です。この一日の生活の流れに、介護看護サービスが対応できるよう介護看護スタッフの勤務体制、配置を決めていきます。

労働基準法によって、労働者が働ける時間は一日8時間、週40時間です。
下記の例は、一般的に二交代と呼ばれる勤務体制です。日勤帯の業務は8時間勤務、夜勤帯の業務は8時間×2の業務を連続して行います。日勤勤務は、通常の日勤勤務(9時~18時)の他、早出勤務(7時~16時)、遅出勤務(12時~21時)があります(1時間は休憩)。

これに対して、24時間を3つに分けて、日勤勤務(8時~17時)、準夜勤務(15時~24時)、深夜勤務(23時半~8時半)などと三交代勤務にしているところもあります。
休憩時間をはさんでも、16時間も継続的に勤務することは体力的に厳しいことから、三交代はメリットもあるのですが、通勤時間が深夜帯に入りますので通勤手段の確保が必要になります。


業務シミュレーションのチェックポイント

この入居者の一日の生活の流れと、交代勤務体制がイメージができると、一日の流れの中で、どの時間帯に介護業務が集中するのかが見えてきます。
いくつかのチェックポイントを挙げてみます。

① 起床時間(6時~8時)のスタッフ配置
起床介助と就寝介助を比較すると、介護サービス量は同じで逆のことを行うイメージですが、実際には違います。就寝介助の場合、あとは眠るだけですから、それぞれの生活リズムや日々の体調を見ながら、車いすでうとうと眠そうにしている人から「そろそろ寝ましょうか」と順番に介助することができます。
しかし、早朝介助は、朝食時間が決まっています。起床介助、整容介助、寝間着からの着脱介助だけでなく、排せつ介助、食事の準備、食堂への移動介助など、様々な介助が一気に集中します。朝食の時間がずれてくると、その後の通院介助や入浴介助などの業務の遅れにもつながります。
朝の時間帯は、私たちの生活でも、ばたばたしますが、それは高齢者住宅でも同じです。きちんとしたスタッフ配置が検討されていないと、「毎朝3時半起床」といった非人間的な生活を入居者に強いることになります。

② 食事時間帯のスタッフ配置
朝・昼・夕のそれぞれの食事時間帯も、サービス量に応じた介護スタッフ配置が必要です。
要介護3以上になると、介護スタッフが隣に座っての直接介助となります。マンツーマンでなくとも、2人に一人の介助スタッフは必要です。また、食事時間は、誤嚥や窒息などの事故リスクが高い生活行動ですから、直接介助で忙しく、誰も見ていない間に窒息し、発見が遅れ亡くなるというケースも少なくありません。直接介助を行わない要介護1,2の高齢者が多くても、早期発見のための見守り、声掛け、緊急対応のための適切なスタッフ配置を検討しなければなりません。

③ 入浴介助・通院介助
介護業務の中で、最も大きな負担がかかるのが入浴介助です。
入浴は、衛生の維持だけでなく、リラックス効果もあり要介護高齢者にとって大きな楽しみの一つです。しかし、一方で床が滑りやすいために骨折や頭部打撲につながる転倒事故、ストレッチャーや車いすからの転落、入浴中の溺水、熱傷など、一瞬のスキが死亡事故などの重大事故につながるリスクの高い生活行動、介助項目です。特に冬場はヒートショックによる心筋梗塞や脳血管障害など、状態の急変が発生しやすいという特徴もあります。
入居者が入浴中の事故で無くなった場合、必ず警察が入りますし、損害賠償だけでなく介護スタッフが業務上過失致死に問われるケースもあります。
詳細は後述しますが、要介護高齢者の入浴は、大浴槽・集合入浴介助から、個別浴槽・個別入浴介助に変化しています。要介護高齢者住宅では、軽度・重度に関わらずマンツーマンで行うのが基本です。

④ 夜 勤 介 助
夜勤帯の介護スタッフ配置も重要ポイントの一つです。
夜勤帯は、高齢者は就寝中ですから、日勤帯と比べて介護スタッフの数は少なくなります。ただし、定期巡回や排せつ介助、コール対応、翌日の準備などの業務は必要ですし、急変や転倒があった場合は、救急措置、救急車の手配、家族への連絡などで、ばたばたと忙しい夜になります。
基本的に要介護高齢者を対象とした場合、少なくとも20人に1人程度のスタッフは必要です。また一時間以上の休憩時間は取れるのかや、急変時や事故発生時の対応もある程度想定して、必要な夜勤スタッフを確保しなければなりません。

⑤ 看護スタッフの配置
看護スタッフ配置も、重要なチェックポイントです。
医療的ケアが必要な高齢者を対象としていなくても、心筋梗塞で急変したり、窒息や誤嚥、転倒などのリスクはあります。また、薬剤の管理は高齢者本人ができないために、看護師が薬の管理を行っています。「眠前薬だけで夕食後でもいいか」「お昼に飲み忘れたから夕食後に二つ飲めばいいか・・」といった安易な対応は、入居者の生命に関わる重大事故を引き起こします。服薬の時間指定が行われることの多い食前食後、就寝前には看護師が常駐していることが望ましいと言えます。
また、医療依存度の高い高齢者を対象とする場合や、看取りケアを行う場合は、それに応じた手厚い看護スタッフの配置が必要となります。



以上、5つのチェックポイントを挙げました。
これらは「サービス量が多くなる時間帯」ということだけでなく、スタッフの数が足りないと事故や急変などのリスクが高くなる介護・時間帯です。
それは入居者にとってのリスクだけでなく、スタッフ・事業者にとってのリスクでもあります。

何度も繰り返しますが、「要介護高齢者が安全・快適に暮らせる生活環境」は、「介護スタッフが安全・快適に介護ができる労働環境」です。介護は労働集約的な仕事ですから、安定した質の高い介護サービスを提供するためには、それぞれの時間帯に必要な介護スタッフ数がきちんと配置されていることが大前提です。要介護高齢者の変化、一日の生活の流れに合わせて、その配置検討を行うのが業務シミュレーションなのです。



高齢者住宅 事業計画の基礎は業務シミュレーション

  ⇒ 大半の高齢者住宅は事業計画の段階で失敗している 
  ⇒ 「一体的検討」と「事業性検討」中心の事業計画へ
  ⇒ 事業シミュレーションの「種類」と「目的」を理解する  
  ⇒ 業務シミュレーションの目的は「強い商品性の探求」
  ⇒ 業務シミュレーションの条件 ① ~対象者の整理~
  ⇒ 業務シミュレーションの条件 ② ~サービス・業務~
  ⇒ 高齢者住宅のトイレ ~トイレ設計×排泄介助 考~
  ⇒ 高齢者住宅の食堂 ~食堂設計 × 食事介助 考~
  ⇒ 高齢者住宅の浴室 ~浴室設計 × 入浴介助 考~

「建物設計」×「介護システム設計」 (基本編)

  ⇒ 要介護高齢者住宅 業務シミュレーションのポイント
  ⇒ ユニット型特養ホームは基準配置では介護できない (証明)
  ⇒ 小規模の地域密着型は【2:1配置】でも対応不可 (証明)
  ⇒ ユニット型特養ホームに必要な人員は基準の二倍以上 (証明)
  ⇒ 居室・食堂分離型の建物で【3:1配置】は欠陥商品 (証明) 
  ⇒ 居室・食堂分離型建物では介護システム構築が困難 (証明)
  ⇒ 業務シミュレーションからわかること ~制度基準とは何か~
  ⇒ 業務シミュレーションからわかること ~建物と介護~



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