高齢者住宅の「火災・自然災害のリスク」は、その土地の特性・立地環境(ロケーション)と大きく関わっている。土地にはそれぞれに履歴・特徴があり、価格や広さ、形状だけでなく、「高齢者住宅建設の候補地」としてふさわしいか否かを、安全性という視点から厳しくチェック・評価する必要がある
高齢者住宅開設者向け 連載 『社会価値・市場価値の高い高齢者住宅をつくる』 054
日本は、地震やゲリラ豪雨、台風などの自然災害の多い「災害大国」です。
温暖化の影響もあり、10年に一度、50年に一度と言われるような災害が、各地で毎年のように発生しています。高齢者住宅は、身体機能の低下した高齢者・要介護高齢者(災害弱者)が集まって生活していますから、火災や自然災害が発生すれば、その被害は甚大なものとなります。
ただ、それぞれの自治体・地域によって想定される自然災害の種類は違いますし、同じ市町村内でも立地によってそのリスクも変わってきます。裏山が崩れて一階フロアが埋まってしまった老人ホームや、河川の氾濫で床上浸水となった高齢者住宅の災害報道を目にすると、お気の毒に…と思う反面、「どうしてそんな場所に作ったのか?」「他に適切な場所がなかったのか?」と感じる人は多いでしょう。
まずは、自然災害の安全性からみた土地の選定ポイントについて、考えることからスタートします。
災害に対する安全性は「立地」が大きく関わってくる
災害報道などで、最近よく耳にする言葉が「ハザードマップ」です。被害予測地図・被害想定地図とも言われ、自然災害による被害の軽減や防災対策に使用する目的で、被災想定区域や避難場所・避難経路などの防災関係施設の位置などを表示したものです。「河川浸水洪水」「土砂災害」「地震災害」「火山防災」「津波・高潮」などに分かれており、予測される災害の発生地点、被害の拡大範囲および被害程度、さらには避難経路、避難場所などの情報が既存の地図上に図示されています。
もちろん、「想定外」という言葉がよくつかわれるように、自然災害の発生地点や発生規模を予測することは難しいのですが、高齢者住宅や介護保険施設の土地の選定にあたっては、その活用は必須です。このハザードマップを基礎に「災害安全性」から土地の選定にあたって必要なポイントを見ていきましょう。
Ⅰ 地盤の安全性
まずは、土台となる地盤の安全性です。
建物の強度というものは、その土地の地盤の固さによって大きく左右されます。
住宅造成地の場合、その多くは丘陵地などの斜面を切り取って平らにした「切土」、もしくは谷や水田などの上に新しい土を入れた「盛土」に分かれます。
切土は自然の地面を削ったものですから、地盤は均質で締まって固くなっています。これに対し、人工的に埋め立てられた「盛土」の地盤は不均質で弱く、特に、沼地や水田、河口付近に近いエリアに作られた造成地では、地盤の強度に十分な注意が必要です。また、「切土・盛土」による造成は、通常その斜面から切り出した土を低い部分に盛土をして平らにするという手法が行われます。高齢者住宅の場合、一般住宅と比較して広い土地が必要となるため、土地が切土と盛土にまたがる場合、その強度にばらつきができるため、地盤沈下が起こると建物がきしみ傾きます。
そのため、土地の選定においては、その造成の履歴を確認しなければなりせん。不安がある場合、地盤調査を行い、地盤の許容応力度、許容支持力といった数値に基づき判断することが必要です。また、地盤改良が行われている場合には、どのような方法が採られているのかも併せて確認します。
「安いから・便利な土地だから」と飛びついて購入すると、追加の地盤改良が必要となったり、土台となる杭を地中深くまで埋めなければならないなど、調査費用とは比較にならないほど建築費用は高額になります。更に、小さな地震でも建物が歪んだり、壁に大きなひび割れができたりと、建物の耐震性や耐用年数にも影響し、最悪の場合、途中で事業の継続が困難になります。
建設予定地を購入、また長期で定期借地を検討する場合、売り主または仲介業者に対して、履歴や地盤調査について図面やデータをもとに丁寧な説明を受けることが必要です。所有地に高齢者住宅を検討する場合でも、土地の履歴や地盤の強度について、しっかり調査・確認しましょう。
【地盤の安全性の検討】
地盤の安定性の確保に向けて、次の各視点を踏まえて、土地を選定すること。
① 立地する土地の履歴を確認していること。
② 地盤の許容応力度又は許容支持力のいずれかの数値及びその根拠となる地盤調査方法等を明示していること。
③ 地盤改良を行っている場合は、改良の方法を明示していること。
Ⅱ 土砂災害からの安全性
二つめは、土砂災害にかかる安全性です。
この土砂災害とは、「土石流」「地すべり」「がけ崩れ」のことで、この3つの被害の恐れのある場所を、それぞれ「土石流危険渓流」「地すべり危険箇所」「急傾斜地崩壊危険箇所」と呼び、これら3つを総称して「土砂災害危険箇所」と呼ばれています。現在は、この「土砂災害危険個所」に変わって、土砂災害防止法に基づいて、土砂災害警戒区域(イエローゾーン)・土砂災害特別警戒区域(レッドゾーン)の指定が進められています。
レッドゾーンの「土砂災害特別警戒区域」では、防災上の配慮を要する社会福祉施設や病院などの建設には、「土砂災害の防止のための必要な技術的対策が行われていると都道府県知事が判断した場合」のみの許可制となっています。「サ高住は福祉施設ではないので許可制ではない」という自治体もあるかもしれませんが、災害弱者である高齢者・要介護高齢者の集合住宅であることは変わりません。
一方のイエローゾーンである土砂災害警戒区域においても避けるべきですが、やむを得ない場合、「土石流」「地すべり」「がけ崩れ」など想定されるリスクに対して、「一階は居室フロアにしない」「鉄筋コンクリート製の強い防護壁を屋外につくる」といった、十分な対策をとるとともに、土砂災害を想定した事前避難マニュアル、防災訓練の実施が求められます。
【土砂災害からの安全性の検討】
土砂災害からの安全性の確保のため、次の各視点を踏まえて、土地を選定すること。
① 土砂災害特別警戒区域内(レッドゾーン)ではないこと。
② 土砂災害警戒区域(イエローゾーン)ではないこと。
③ やむを得ず、土砂災害警戒区域内(イエローゾーン)に立地する場合は、土砂災害防止のために建築上、必要な技術的措置を講じるとともに、土砂災害を想定した避難マニュアルを策定し、入居者・家族・職員に周知するとともに、土砂災害を想定した避難訓練を年一回以上実施すること。
Ⅲ 河川氾濫・津波・高潮等の浸水災害からの安全性
三つ目は、河川氾濫・津波・高潮などの浸水等の災害にかかる安全性です。
記憶に新しい東日本大震災での津波被害や、広島県西部を襲った豪雨など、水にかかる災害が増えています。温暖化の影響もあり、台風やゲリラ豪雨などの集中豪雨によって、短時間で河川が増水、堤防が決壊して家が流される、床上まで浸水して住めなくなるといった被害が頻発しています。
この浸水被害の予測も、土地選択の重要なポイントです。
一つは、ゲリラ豪雨等による河川の氾濫を想定した「浸水想定区域」の指定です。
浸水想定区域とは、国土交通省及び都道府県が「洪水予報河川」「水位周知河川」に指定した河川について、「想定し得る最大規模の降雨」に加えて「河川整備の目標とする降雨」によりその河川が氾濫した場合に浸水が想定される区域として指定したものです。
また、同じ浸水被害といっても「津波・高潮」が予測される区域は、浸水想定区域とは別にハザードマップで示されています。南海トラフなどの地震ではその被害予測は広範囲にわたりますから十分に確認をしましょう。
これら浸水災害のリスクの高い場所は避けるべきですが、やむを得ない場合、「河川氾濫」「津波による浸水」など想定されるリスクに対して、「一階は居室フロアにしない」「基礎を高くする」「建物の防水性を高める」といった必要な対策をとるとともに、浸水災害を想定した事前避難マニュアル、防災訓練の実施が求められます。
【河川氾濫等 浸水災害からの安全性】
洪水や津波・高潮・河川氾濫からの安全性の確保のため、次の各視点を踏まえて、土地を選定すること。
① 河川氾濫等による浸水想定区域ではないこと。
② 津波・高潮のリスクの高い場所ではないこと。
③ やむなく浸水想定区域等に立地する場合は、浸水被害防止のために建築上、必要な技術的措置を講じるとともに、浸水災害を想定した避難マニュアルを策定し、入居者・家族・職員に周知するとともに、浸水を想定した防災訓練を、年1回以上実施すること。
Ⅳ 土壌汚染からの安定性
土地の安全性は、自然災害だけではありません。
一つは、土壌に含まれる有害物質による健康被害の有無の調査です。
化学工場の跡地などで、鉛などの有害物質含有の濃度が基準値を超え、健康被害が生じる被害のある土地は「要措置区域」として指定されています。これは「現状、要措置区域でないからOK」という話ではなく、その土地の履歴を確認し、土壌汚染の恐れがないかを調査する必要があります。「化学工場やメッキ工場の跡地」だけでなく、ロードサイドなどに多いガソリンスタンドの跡地も有害物質の土壌汚染のリスクが指摘されています。「今は更地だから…」「資材置き場だったから…」ではなく、これまでその土地がどのように活用されてきたのかを確認することが必要です。
もちろん、「ガソリンスタンドの跡地は避けた方が良い」という単純なものではなく、「土壌汚染調査」を行い基準値以内であれば問題はありません。ただ、油の臭いが残っているなどの問題もありますし、地下タンクの埋め戻しによる地盤の安定性などの問題もありますから、現地へ行って確認するとともに、土壌改良や地盤強化などが行われている場合、どのような方法で行われたのか、何が問題だったのか、前後での数値の違いなど、明確なデータ・数値をもとに、判断することが求められます。
【土壌汚染にかかる安全性】
土壌汚染を原因とする健康被害を防ぐため、次の各視点を踏まえて、土地を選定すること。
① 土壌汚染対策法にかかる要措置区域内に立地していないこと。
② 土壌汚染の可能性のある土地履歴(化学工場やメッキ工場跡等)を確認していること。
③ ②で土壌汚染の可能性がある場合は、試料採取などの調査を行い、その数値及び健康上問題がないことを明らかにしていること。
④ 土壌改良を行っている場合は、改良の方法及びその後の数値を明示していること。
Ⅳ 被曝・爆発・類焼からの安定性
最後の一つは、土地そのものではなく、近隣の立地環境です。
例えば、有毒物質や有毒ガスなどの発生リスクのある「化学メッキ工場」の隣地などは、高齢者住宅だけでなく、一般住宅の候補地としてもふさわしいとは言えません。また、古い家屋が密集している地域は、近隣で火災が発生すれば類焼のリスクが高くなります。その他東日本大震災で問題になった、「原子力発電所の放射能汚染」も検討しておくリスク・課題の一つです。
もちろん、「汚染可能性のある区域はダメ」ということになれば、原発近隣の自治体では建設できなくなりますから、そのリスクを理解した上で、建築上どのような工夫ができるのか、火災や有事の際にどのような避難行動を起こすのかを含め、建設の段階で自治体とも十分に協議しておく必要があるのです。
【爆発・類焼などにかかる安全性】
近隣での爆発や火災に伴う被害を防ぐため、次の各視点を踏まえて土地を選定すること。
① 近隣に爆発火災や有毒ガス発生の可能性がある化学工場などがないこと。
② 類焼を防ぐため、近隣の住宅と過度に密着していないこと。
以上、火災・自然災害などの安全性からみた6つの土地の選定ポイントを挙げました。
土地の持つ災害リスクは「土砂災害特別警戒区域」「浸水想定区域」など、行政がエリアを指定し、ホームページ等で公開しているものや、「許容応力度」「土壌汚染基準」などデータや数値で明確にしめすことができるもの、逆に「近隣との密集度」「化学工場との距離」「履歴」など、数値では示すことのできないものもあります。
また、地震や津波などその地域・自治体の広範囲にリスクが及ぶものと、「地盤の強度」「土砂災害」「土壌汚染」など、ピンポイントのリスクもあります。
こうして整理をすると高齢者住宅の「災害リスク」は、その土地の特性・立地環境(ロケーション)と大きく関わっていることがわかるでしょう。土地にはそれぞれの特徴があり、価格や広さだけでなく「高齢者住宅建設の候補地」としてふさわしいか否かを、安全性という視点から整理し、正しく評価する必要があるのです。
高齢者住宅 防火・防災の安全設計について徹底的に考える
➾ 高齢者住宅の防火・防災設計について徹底的に考える
➾ 災害安全性の高い土地の選定ポイントとその視点
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