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食堂設計から介護システム設計へ ~ビジネスモデル考~ 

高齢者は急死ではない限り、自立・要支援の高齢者も加齢や疾病によって要介護状態になる。「どの程度の人数までなら、分離型でも要介護に対応できるのか」という命題は、「特定施設入居者生活介護」「区分支給限度額方式」などの介護システム構築と一体的に考える必要がある

高齢者住宅開設者向け 連載 『社会価値・市場価値の高い高齢者住宅をつくる』

ここまで二回に渡って、「自立・要支援向け住宅」と「要介護向け住宅」は建物設備設計の考え方が根本的に違うということ、特に食堂設計、食堂配置が基本的に違ってくるということを述べてきました。
これは、老人福祉施設の設計でも同じです。
自立~要支援高齢者が対象のケアハウスでは、「食堂・居室フロア分離型」が適していると言えますし、重度要介護高齢者、認知症高齢者を対象とした特別養護老人ホームの場合は、「食堂・居室フロア一体型」となっています。

図のように、自立・要支援高齢者の場合は、食事介助だけでなく、食堂までの移動に介助が必要ないため、集まって食事をしてもらう方が、少ない介護看護スタッフ数で効率的・効果的に見守りや配膳下膳・後片づけをすることが可能ですし、またプライベートエリアとパブリックエリアを分離することで、生活リズムにメリハリをつけ、「介護予防」に役立つという側面もあります。

一方、車いす利用の要介護高齢者の場合は、食事介助よりも大きな負担となるのが、食堂までの移動介助です。全入居者を朝食、昼食、夕食と、エレベーターを使って居室から食堂まで移動させ、また居室に戻ってもらうというだけで、一日に六時間以上、延べ15人以上の介護スタッフが必要になります。そのため居室空間と食堂を同一フロアにすることが鉄則なのです。
また、これは要介護高齢者であっても、それぞれの要介護状態や残存機能、生活リズムに合わせて介護、ケアすると言う視点からも、重要なことです。

「どの程度の人数までなら、分離型でも介護できますか?」

この話をセミナーですると、必ず手が上がる質問が「どの程度の人数までならば、分離型でも対応できますか?」というものです。
高齢者は、入居時は自立・要支援であっても、心筋梗塞などの急死ではない限り、加齢や疾病によって要介護状態になり、その要介護状態は重くなっていきます。スタスタと歩いていた人でも、数年経過すれば杖歩行になり、転倒や骨折があれば車いすになります。最初はなんとか移乗も一人ででき、自分で車いすを操作していた人も、車いすからベッド、車いすからトイレへの移乗ができなくなり、上半身の筋力が低下して、介助が必要になります。
同じ脳梗塞・脳出血で、半身麻痺になった人も、若年層の場合は障害が固定し、リハビリによって片手でも上手く車いすを操作できるようになる人は多いのですが、高齢者の場合は、健側(麻痺のない側)の筋力も低下していきますから、一気に介助車いすになります。

では、どの程度の人数までなら、分離型でも介護できるのか・・・。
実は、この命題には、介護システムと一体的に考える必要があります。
介護付有料老人ホームは、基本的に「要介護高齢者」を対象とした高齢者住宅です。
ただ、介護付有料老人ホームでも、ほとんどの人は要介護1程度、ふらつきはあるものの自立歩行、見守り程度で介助が必要ない場合、また軽度認知症で身体機能には問題なく、声掛けや誘導をすれば、一人で食堂まで行きかえりのできるは、エレベーターの障壁はそれほど大きな問題にはならないでしょう。

一方の区分支給限度額方式の住宅型やサ高住は、「自立・要支援高齢者」を対象とした高齢者住宅です。
ただこれも、「食堂・居室フロア分離型」に入居中のAさんが転倒・骨折して、自走車いすに乗って退院してきた場合でも、ほとんどの高齢者が自立・要支援であれば問題はありません。また、脳梗塞で半身麻痺が残って、起床介助や食事介助が必要になっても、その時には訪問介護を導入すればよいだけです。
マンツーマンで訪問介護が付ききりで食事介護するのであれば、わざわざ食堂に降りなくても、訪問介護のヘルパーが、厨房まで食事をとりに行って、自分の居室内で介助を受けながら食べると言うことも可能ですから、エレベーターの容量や食堂の広さは、それほど影響しないかもしれません。

ただ、これは、個々人の話だけではありません。
みんな同じように時間は経過し、歳をとるのですから、最初は独歩・杖歩行の人が多くても、一年経てば数人の人は車いすになり、三年経てば十人規模に、5年経過すれば半数近くの人が車椅子・要介護状態になっていきます。
実は、重度化対応力は、個々の入居者の重度化(個別の重度化)に対応できても、この重度要介護の割合が高くなっていくこと(全体の重度化)への対応が難しいのです。これは高齢者住宅だけでなく、ケアハウス・養護老人ホームなどの老人福祉施設でも同じです。
ただ、ケアハウスや養護老人ホームを運営している社会福祉法人は、同時に要介護高齢者を対象とした特養ホームを運営していますから、訪問介護のポイント介助だけで対応が難しくなれば、同程度の月額費用で利用できる特養ホームに住み替えることになります。制度的に「自立・要支援向け」と「要介護向け」のすみ分けができています。

一方の有料老人ホームやサ高住などの民間の高齢者住宅の場合、そのすみ分けは、制度上ではなく、ビジネスモデル上の課題です。
つまり、高齢者住宅で「どの程度の人数までなら、分離型でも対応できますか?」という質問は、
① 介護付で「居室・食堂フロア分離型」の場合、どのくらいの介護スタッフが必要になるのか
② 住宅型・サ高住で、車いす利用などの中度~重度要介護高齢者が増えてきた場合にどうなるのか

という二つの命題に集約されていくのです。
次回からは、この建物設備と介護システムの関係について、もう少し掘り下げて考えてみます。




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