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リスクマネジメントから見た食堂設計の重要性

高齢者住宅と言っても「自立・要支援向け住宅」と「中度~重度要介護向け住宅」の建物設備は基本的に別のもの。その最も大きな違いは「食堂設計」。食堂を見るだけでその高齢者住宅が自立向けか要介護向けかわかる。ここでは食堂設計と食事介助の関係について徹底的に考える

高齢者住宅開設者向け 連載 『社会価値・市場価値の高い高齢者住宅をつくる』

住宅建築には「建築基準法」「消防法」などに基づく建築基準があります。
加えて老人福祉施設・介護保険施設だけでなく、有料老人ホームやサ高住などの営利目的の民間の高齢者住宅にも、高齢者・要介護高齢者が安全、快適に暮らせるように建物設備設計の基準(最低基準)が設けられています。
新しく有料老人ホームを開設する場合、「有料老人ホーム設置運営標準指導指針」の基準をクリアしていなければ届け出を受け付けてもらえませんし、サービス付き高齢者向け住宅でも登録できません。
ただ、指針や基準に合致しているだけでは、開設することはできても、それだけで長期安定的に運営することは困難です。それは、「自立~要支援高齢者向け住宅」と「要介護高齢者向け住宅」とは、建物設計の考え方が全く違うからです。
サ高住の設置基準は、その成り立ちから見ても、一般の賃貸アパートに毛が生えた程度の自立~要支援高齢者向け住宅の基準ですし、有料老人ホームの指導指針も「どのような設備が必要か…」というだけで、要介護高齢者向けに特化した基準ではありません。

そのことをわかっていない事業者、設計士があまりにも多いのです。
そのため、いまのサ高住のほぼすべて、有料老人ホームでも半分以上は、車いす利用など要介護高齢者の生活・介護に適した設計になっていません。また、高齢者は若年層の障害者(進行性の疾病を除く)とは違い、当初は自立歩行でも加齢や疾病によって、短期間のうちに要介護状態が重くなっていきます。それがわからずに、「自立~重度まで対応可」「要介護になっても安心快適」「重度・認知症でも対応可」としているから、スタッフは疲弊し事故やトラブルが多発しているのです。

「自立~要支援高齢者向け住宅」と「要介護高齢者向け住宅」の建物は何が違うのか・・・
最も大きな違いは、「食堂設計」と「浴室・脱衣室設計」です。
つまり、食堂と浴室を見るだけで、その高齢者住宅が自立向けか要介護向けかわかる、もう少し厳しく言えば、ノウハウのない素人事業者だということがわかる・・・ということです。
ここでは、要介護高齢者向け住宅の「食堂設計及び、食事介助について、徹底的に考えます。

事故リスク・死亡リスクの高い食事行動

なぜ、食堂設計が重要なのかと言えば、介護事故や感染症などのリスクが大きいからです。
リスクマネジメントのコラムでも詳しく述べていますが、高齢者介護は、その対象が身体機能、認知機能、判断力の低下した高齢者です。日常生活において転倒、転落、誤嚥、溺水などの様々な事故が発生します。
高齢者の不慮の事故と言えば、交通事故をイメージする人が多いのですが、実際は死亡者数のうち交通事故死は一割程度で、転倒骨折や溺水、誤嚥窒息などの自宅内、日常生活上の事故死が八割を超えることが分かっています。

介護保険施設や高齢者住宅での、入所者・入居者の生活行動から、どの場所でどのような事故が発生しているのかを分析することは可能です。食堂内で発生している高齢者・要介護高齢者の事故の特徴は二つあります。

一つは、事故の種類が多いこと。
転倒・転落から誤嚥・窒息、認知症高齢者が食事以外のものを口にいれる異食、熱いお茶やお味噌汁をこぼして熱傷、飲むべき薬を飲み忘れた、飲まし忘れたという誤薬、移動時のぶつかり事故、挟み込み事故など、様々な事故が発生しています。それだけ多様な生活行動を行っているということです。

二つ目の特徴は、骨折や死亡など重大事故に発展する可能性・リスクが高いということです。
消費者庁の資料(人口動態調査 平成30年)によれば、高齢者の誤嚥による死亡は年間8000人、転倒・転落による死亡は8803人と、それぞれ交通事故死の2646人の3倍以上の数に上っています。
ヒートショックなどによる高齢者の入浴中の溺死のリスクが報道されることがありますが、それでも7088人ですから、食事中の誤嚥・窒息による死亡者はそれよりも多いということがわかるでしょう。
高齢者の誤嚥・窒息による死亡事故は、「お餅」による窒息が最も多く、そのため死亡事故は一月に集中しています。
最近は、そのことが周知されていることから、窒息死亡事故そのものは減っていますが、唾液が少なく、嚥下能力が低下していることら、ドーナッツや食パンなどでも窒息のリスクはあり、水やお茶でも誤嚥性肺炎を併発し、亡くなる高齢者は少なくありません(その人数は事故死者数にカウントされていません)。

感染リスクの高い食事行動

もう一つは、食中毒や感染症のリスクです。
食中毒は、食べ物を媒介して細菌やウイルス、毒素などが体内に入って病症を引き起こすもの、感染症は人を媒体として最近やウイルスが広がっていくものです。サルモネラ菌やカビ菌、寄生虫のように、食材の問題だけでなく、O157、ノロウイルスなどのように、食中毒が起因となって感染症を引き起こすものもあります。
特に、高齢者住宅や老人ホームの食事で問題となる感染症は、食中毒による感染症だけではありません。
コロナ限られたエリア・介護スタッフの中で食事介助を行うため、個別のテーブルで時間を分けて食事を提供することはできませんし、介助が必要な高齢者がいればレストランのような衝立やパーテーションで仕切りをすることも難しくなります。

「介護事故と建物設備の関係はわかるけど、感染症は建物設備と関係ないだろう・・・」と思っている人は多いのですが、そうではありません。例えば、洗面台・手洗い台の場所やアクセスによって、手洗いの回数は確実に変わってきますし、消毒ポンプ・手洗カランの形状によっては、それが感染拡大の原因となることがあります。手すりを抗ウイルス材を使ったものにしているか、加湿器を設置しているか否かによっても、代わってきます。
また、残念ながら、この入居者・スタッフの手洗いやテーブルの拭き掃除は、日々の業務が忙しくなってくれば、一番最初におざなりにしてしまう、後回しにされるところでもあります。そう考えると、食堂内だけの設計に関わらず、効率的・効果的な生活動線や介護動線が検討されているのかも、感染症対策に大きく関わってくることがわかるでしょう。

ここでは、食堂で実際にどのような事故が発生しているのか、その原因は何かを十分に検討し、自立歩行、自走車いす、介助車いす、また認知症による判断力低下や行動もイメージしながら、感染対策も含め、安全に生活・介助できる食事設計を徹底的に考えていきます。

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【Plan 67】 リスクマネジメントから見た食堂設計の重要性 🔗
【Plan 68】 「食堂設計」×「食事介助」の特性について考える 🔗
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