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区分支給限度額方式の訪問介護だけでは、食事介助は不可 Ⅰ

区分支給限度額方式の訪問介護(定期巡回随時対応型含む)では、入浴介助・排泄介助に対応できても、「複数介助」「複合介助」が中心となる食事介助には対応できない。また訪問介護は、移動移乗介助、見守り・声掛け介助だけの高齢者には算定対象外で自費対応となる

高齢者住宅開設者向け 連載 『社会価値・市場価値の高い高齢者住宅をつくる』

「居室・食堂フロア分離型」でどこまで介護できるのか・・・。
この命題には、介護システムが大きく関わってきます。
ひとつは、前々回、前回に解説した特定施設入居者生活介護のような日額包括算定の介護システムです。
指定基準の【3:1配置】ではとても無理、基準の1.5倍の手厚い配置の【2:1配置】でも、移動ばかりに時間がかかり、起床介助、移動介助や食事介助などの複数の介助が輻輳し、生活動線・介護動線も混乱するため、事故なトラブルの原因になります。車いす利用の要介護高齢者の生活環境としても、それを支える介護スタッフの労働環境としても、不適格だと言わざるを得ないでしょう。

では、区分支給限度額方式の訪問介護ではどうでしょう。
一時期、「要介護になってからよりも、元気な時に高齢者住宅に住み替えて、住み慣れた環境で要介護になる方が安心・快適」というセールストークの「早めの住み替えニーズ」という言葉が流行しました。
例えば、「食堂・居室フロア分離型」のサ高住に入居中のAさんが転倒・骨折して、自走車いすに乗って退院してきた場合、Aさん以外の高齢者が自立要支援であれば何も問題はありません。脳梗塞で半身麻痺が残り、起床介助や食事介助が必要になっても、その時は訪問介護を導入すればよいだけです。
これが5人になっても、10人になっても、朝・昼・夕に、それぞれ一時間ほどの5人、10人の訪問介護サービスを導入することができれば支障はありません。食事の時間帯は、マンツーマンで訪問介護が付ききりで介護するのですから、訪問介護のヘルパーが一階まで食事をとりに行って、自分の居室内で介助を受けながら食べることも可能です。エレベーターの容量や食堂の広さは、それほど影響しないでしょう。
しかし、それが実際に可能かと言えば、いくつかの致命的な問題があります。

「訪問介護」は、見守り・声掛け・移動介助のみは対象にならない

まず、特養ホームや介護付有料老人ホームで行われている食事介助をイメージしてみましょう。
食事の場面では、移動や移乗、食事などの直接介助と、見守り・声掛けなどの間接介助が混在しています。一人の全介助の高齢者の隣に座ってスプーンで口に運びながら、その隣の高齢者に一部介助したり、一人で食べることのできる高齢者にも「急いで食べずにゆっくり食べて下さいね…」と声をかけたり、異変はないか誤嚥や窒息などしていないかを見守ります。それ以外にも、きちんとお薬を飲めているのかを確認したり、食事が終わって動き出そうとした高齢者に「もう少し待ってください」と指示をしたり、食べ終わった人から順番に居室に移動介助したりしています。この一人の介護スタッフが「複数介助」と「複合介助」を行うのが、食事介助の特徴です。
では、同じことを訪問介護を使ってできるか…といえば、できません。
そこには3つの理由があります。

① 訪問介護では、「複数介助」はできない
特養ホームや介護付有料老人ホーム(特定施設入居者生活介護)などの介護報酬は包括算定ですから、提供すべきサービス内容やサービス上の注意点は決められていますが、その時間まで厳格に決められていません。だから、介護スタッフのAさんは、複数の高齢者に対して臨機応変に食事介助や移動介助、見守り、声掛けをすることができるのです。

これに対して、区分支給限度額方式は、訪問介護サービス事業者と個々の要介護高齢者との個別契約・個別算定です。ケアプランで、そのサービス内容・サービス時間を明確に設定し、その内容・時間通りに介助することが絶対原則です。
そのため、「ヘルパーBさんが、8時~9時半まで山下さんの食事介助」となっていれば、その間はBさんは、山下さん以外の高齢者の食事介助や移動介助をすることはできません。もしそれをやると、山下さんとの契約違反・ケアブランの違反ということになりますから介護報酬を請求すると不正請求になります。
「本人にも、家族にも承諾を得ている・・・」と頓珍漢な説明をする事業者がいますが、山下さんの健康保険を使って、近所の佐藤さんのお薬を出すのが認められないのと同じです。

② 訪問介護では、「複合介助」はできない
二つ目は、特定施設入居者生活介護と区分支給限度額方式に基づく訪問介護は、介護報酬請求の対象となる介護サービスの範囲が違うということです。
述べたように、食事介助には、移動や移乗、食事などの直接介助と、見守り・声掛けなどの間接介助が混在しています。介護付有料老人ホームに適用される特定施設入居者生活介護は日額包括算定ですから、食事介助から食堂までの移動移乗介助、見守り介助、声掛け介助、緊急対応などすべての介助が介護報酬の算定対象となります。

一方の訪問介護の対象になるのは食事介助だけです。
移動介助については、隣に座って食事の介助が必要な中度~重度要介護高齢者への「食事介助に伴う移動介助」に対しては対象となりますが、「食事介助は必要ないが、食堂までの移動介助だけが必要」という高齢者は、訪問介護の算定対象にはなりません。また、一人で食事できるけれど、誤嚥があるため見守り介助や注意、促しなどの声掛け介助などの間接介助だけが必要という高齢者も対象にはなりません。

これは通常の訪問介護だけでなく、定期巡回随時対応型の訪問介護でも同じです。
定期巡回随時対応型も包括算定なので、「特定施設入居者生活介護と同じだ」と勘違いしているケアマネジャー、事業者は多いのですが、この報酬はサービス内容・サービス時間を設定した訪問介護の順守が前提で、プラス随時対応・巡回対応というだけです。特定施設入居者生活介護のように日額包括算定ではなく、臨機応変に介護をすることを前提としたものではありません。
だから、通常の訪問介護も定期巡回随時対応型も、どちらも対象外なのです。
それは当然のことで、一人の介助車いす高齢者の食堂まで移動だけ、移乗だけであれば数分程度ですから、それに対応できる介護報酬はありませんし「見守り・声掛け」といった複数の高齢者に適用される間接介護に対応する介護報酬もありません。
「移動介助が必要な高齢者は、食事介助も必要なことにしている」と当たり前のように答えるケアマネジャーがいますが、それは明確な介護保険法違反、違法ケアプランであり、「この人に食事介助は必要ですか?」「一人で食べられていますよね…」「実際には食事介助してませんね…」と指摘されれば、ケアプランの違反として報酬返還を命じられます。

このように整理をすると、住宅型有料老人ホームやサ高住のような区分支給限度額方式の高齢者住宅では、介護付有料老人ホームや特養ホームのような、一人の介護スタッフが臨機応変に多数の高齢者に介護をする「複数介助」も、食事介助だけでなく、移動・移乗介助、見守り介助、声掛け介助などの様々な「複合介助」もできないということがわかるでしょう。
訪問介護は、離れた自宅を一軒、一軒、訪問して介護をすることを前提とした介護報酬です。「サ高住や住宅型は自宅と同じ・・・」という決まり文句を発する事業者は多いのですが、そうなのであれば、自宅と同じように介護報酬算定をするということが大前提なのです。



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