介護の仕事はブラック・・介護の仕事には未来がない・・というイメージが蔓延し、敬遠される介護労働。しかし、介護の仕事に未来がないのではなく、「最低限の労働環境さえ整っていない素人事業者が多い」というのが現実。介護を知らない素人事業者が介護労働の未来を潰している。
【連 載】 超高齢社会に、なぜ高齢者住宅の倒産が増えるのか 017 (全 29回)
素人事業者増加の影響を受けているのは、高齢者・家族だけではありません。
もう一人の被害者は、介護スタッフです。
「介護の労働環境は劣悪だ…」とよく言われますが、それは間違いです。
介護の仕事はやりがいのある反面、身体的・精神的にも厳しい仕事であることは事実ですが、「労働環境が劣悪か否か」は事業者によって決まります。
介護労働者離れの最大の原因は、安全な介護労働環境を整えることができない素人事業者の増加です。介護の仕事に問題があるのではなく、介護スタッフが安心して働くことのできない事業者が多いのです。
ここでは、労働環境が劣悪な高齢者住宅事業者の3つの特徴を挙げます。
コンプライアンス・法令順守の意識が乏しい
一つは、法令順守の意識の低下です。
コンプライアンスが麻痺した素人事業者?の中で、囲い込みのビジネスモデルの影には、「介護認定調査の不正」「サービス利用に対する不正」「介護報酬の不正請求」があると述べました。
医療の分野でも、医師による診療報酬の不正請求の問題がニュースになることがありますが、この場合、その病院、診療所の経営者は、不正を行った医師であり、刑事、民事、行政などの直接的な罰を受けるのも、その返還請求の義務があるのも、すべて当該医師です。
しかし、介護の場合は違います。
明らかに、法人・企業の利益のために行った組織的な不正ですが、多くの経営者は、専門職種ではないため、「不正を指示していない」「現場のケアマネジャーやホームヘルパーの問題」と責任を回避します。
逆に、経営者に指示されていたとはいえ、ケアマネジャーやホームヘルパーは公的資格を持った専門職種ですから、「経営者に指示された」「知らなかった」ではすみません。不正が発覚すれば、資格の停止や資格はく奪になるのはケアマネジャーやホームヘルパーなどの労働者です。
特に、本体の高齢者住宅と別法人の場合、名義上であっても経営者やサービス管理者は、莫大な金額の介護報酬の返還を個人が連帯して背負うことになります。また、万一、高齢者住宅内で、入居者が転倒して亡くなった場合、書類と実際の介護サービス内容に違いがあると「適切にサービスを提供していなかった」と、個人が刑事罰(業務上過失致死)に問われる可能性が高くなります。今後、規制や罰則は厳しくなっていきますから、指導監査などで発覚すれば、不正請求などで、詐欺罪などに問われる人も増えてくるでしょう。
これは、「介護の仕事が大変…」「介護の労働環境が…」という話ではありません。
不正がわかっていながら、それに手を染めるケアマネジャー、ホームヘルパーも問題ですが、経営者が安全な場所にいて利益をむさぼりながら、「ご利用者のために・・」という現場のスタッフの善意を逆手に、不正を強いるなどブラック企業というより暗黒企業です。
みんなやってる、そんな大ごとだと知らなかった…ですむ話ではありません。
過重労働が日常的、過酷で劣悪な労働環境
「介護の仕事は、排せつや食事、入浴の介助など大変だ」という声をよく聞きます。
もちろん、身体的にも精神的にも厳しい仕事であることは事実ですが、単純に「忙しい」ということと、「絶対的に介護スタッフが不足している」という状況は違います。
現在、多くの高齢者住宅で過重労働となっている最大の原因は、過度な低価格化です。
介護付有料老人ホームでも、20万円程度の低価格のものが増えていますが、その価格を実現するためには、人件費の総額を抑える必要があります。ただ、一人当たりの給与を下げるには限界がありますから、低価格化のためには働くスタッフの数を抑えなければなりません。
つまり、同程度の要介護高齢者数、介護サービス量でも、より少ない人数で対応しなければならないため、一人一人の業務負担が重くなるのです。
例えば、50名の介護付有料老人ホームでも、夜勤スタッフが2人なのか、3人なのかによって、一人あたりの業務量は単純に1.5倍になります。ただ、ゆっくり休憩をとれるか、事故が起こったときの対応力などを含めると、身体的・精神的な負担は少なくとも3~4倍にはなるでしょう。また、介護スタッフ数が少ないと、見守りや声かけができないため、事故やトラブルが増加し、更に業務負担や精神的な負担が重くなります。
ある大手の介護付有料老人ホームでは、業務効率化の掛け声のもと、「一時間に10人は排泄介助ができる」という業務マニュアルのもとで仕事を行っていますが、このような業務体系では、スタッフコールや入居者の急変に対応することはできません。そのため介護スタッフは、入居者の声を聴いたり、顔を見ることもできず、「あれもできていない」「これもできていない」と、時間と業務に追われて、走り回ることになります。そして、「あの入居者は言うこと聞かない…」「忙しい時に、何度もコールするな…」と入居者にその怒りを転化してしまい、それが暴言や虐待の誘因になるのです。
入居者が安心・安全に暮らせる生活環境を整えるということは、介護スタッフが安心・安全に働ける労働環境を整えるということです。その責任・義務は事業者にあります。安心して働けない、休憩もとれない、残業が多いというのは、介護の業務云々の話ではなく、その企業・事業者の質の問題です。
介護の現場を知らない人が、低価格競争力だけを目標にして介護付有料老人ホームを作ると、その負担がすべて介護スタッフに圧し掛かっていくのです。
働いても給与も上がらず、キャリアアップもできない
離職する介護労働者と話をすると、「介護の仕事を続けていても未来が見えない」「介護の仕事には将来性がない」という嘆きの声は少なくありません。
その理由は、人事教育システムが整っていないからです。
高齢者介護という仕事は、高い技術や知識が求められる専門的な仕事です。排せつ介助は、単なるオムツ交換ではなく、「排尿の量や色は適切か」「皮膚のかぶれや斑点などないか」といったチェックも行います。転倒や誤嚥、溺水、感染症や食中毒など業務上のリスクマネジメントも重要です。
介護報酬を上げてほしい…と業界が求めているのは、「介護は大変な仕事だから…」ではなく「介護は高度な専門的業務だから…」です。
しかし、それを一番わかっていないのが、かれら素人経営者です。
介護の仕事をしたことのない素人事業者では、「家族でもやっているのだから。。」とその専門性を軽くみています。更に、慢性的な介護スタッフ不足に加え、教育システムが整っていないため、業務の流れを先輩について教えられるだけで、すぐに一人で通常業務、夜勤業務につかされます。そのため、「介護のプロになりたい」と意欲をもって介護の仕事を始めても、事故やトラブルに直面し、真面目な人ほど疲弊し、すぐに辞めてしまうのです。
また、介護スタッフの教育ができないということは、適切な人事評価の制度もないということです。
「昇給や昇格」もありませんから、どれだけ働いても知識も給与もあがりません。
以上、3つの課題を挙げました。
このように見ていくと、「介護の仕事には未来がない」のではなく、「介護労働者の未来をつぶす素人事業者が多い」ということがわかるでしょう。
高齢者介護は離職率が高いと言われますが、実際は離職率は一般企業の平均値とほとんど変わりません。
ただ、その特徴は、離職率の低い事業者と、離職率の高い事業者に二極化していることにあります。それは介護の労働環境が二極化しているということです。
中でも、離職率が突出して高いのが、過度な低価格路線の「介護付有料老人ホーム」です。
「低価格で高品質なものを・・」と企業家が求めるのは当然ですが、それは企業努力や経営ノウハウによって行うべきもので、介護労働者の過重労働によって生み出されるものではありません。
素人事業者の激増は、入居者の生活を不安定にするだけでなく、介護スタッフの人生を脅かし、ひいては、介護業界、介護スタッフの地位を押し下げているのです。
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