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低価格の介護付有料老人ホームが直面する慢性的スタッフ不足


低価格の介護付有料老人ホームが直面している「介護スタッフ不足」。介護ビジネスは、介護スタッフの質が介護サービスの質であり、従業員満足度(ES)が顧客満足度(CS)に直結する。安全な労働環境が確保できない高齢者住宅は経営・サービスの維持が困難になる。

【連 載】 超高齢社会に、なぜ高齢者住宅の倒産が増えるのか 021 (全 29回)


「入居者の確保」「介護スタッフの確保」は高齢者住宅事業の両輪です。
どちらの輪が外れても、事業を維持・継続することはできません。
85歳以上の後後期高齢者の激増、労働人口の激減が進む中で、これからどちらがより難しくなるかといえば、言うまでもなく後者です。

介護労働者不足が社会問題となるにつれ、「排泄介助、入浴介助など大変な仕事だから介護報酬を上げるべき」といった、報道が増えています。介護労働の待遇改善を支援していただけるのはありがたいのですが、介護業界は「家族の代わりに、大変な介護を担っているのだから、給与を上げろ」と言っているのではありません。

介護は、介助技術・知識など専門性の高い仕事であり、一瞬のミス、過失が骨折や死亡につながる法的責任の重い仕事です。また、家族の介護とプロの介護は基本的に違うものです。歳をとって要介護状態や認知症になった時に、専門性の高いプロの介護を受けたいのであれば、その専門性やリスクをきちんと評価し、優秀な人材が介護労働を目指すよう、社会の責任・仕組みとして、その体制を整えてほしいと訴えているにすぎません。【介護の仕事に未来がないと考える人へ 参照】

実際、介護付有料老人ホームに介護スタッフが集まらない理由、介護労働に人気のない理由は、介護報酬の低さだけではありません。最大の理由は、その専門性を一番理解していない、軽んじているのが、当の介護サービス事業、高齢者住宅事業の経営者・事業者だからです。

その顕著な例が、急増した低価格の介護付有料老人ホームです。
これまで、有料老人ホームと言えば、入居一時金が数千万円、月額費用も30万円~40万円という高額な価格設定のものが中心でした。これに対して、介護保険制度以降は、入居一時金がゼロ、月額費用も20万円程度という、中間層を対象にした介護付有料老人ホームが増えてきました。

低価格の介護付き有料老人ホームの特徴
■ 居室は18㎡~25㎡の一人用個室(食堂・浴室は共同)
■ 介護システムは特定施設入居者生活介護の指定基準配置(【3:1配置】)
■ 月額費用は20万円前後 (介護保険自己負担を含む)
■ 認知症高齢者、重度要介護高齢者、医療対応高齢者も受け入れOK

もちろん、高齢者住宅事業に関わらず、経営努力・企業努力によって、「より質の高い商品・サービスを、より安い価格で提供する」というのは、市場経済で活動する企業のあるべき姿です。
しかし、現在の低価格の介護付有料老人ホームの多くは、企業努力ではなく、その負担を、介護スタッフに押し付けるというビジネスモデルになっているのです。

低価格の介護付有料老人ホームが直面する介護スタッフ不足

介護付有料老人ホームの運営コストで最も大きいのは、介護・看護サービスの人件費です。
低価格化を推し進めるためには、人件費の総額を低く抑える必要があります。
しかし、一人当たりの給与を下げると介護スタッフが集まらなくなりますから、少ない介護スタッフ数で介護するという方法を取っています。そのため、低価格の介護付有料老人ホームの人員配置は、ほとんどが、特定施設入居者生活介護の指定基準(最低基準)の【3:1配置】です。

ただ、高齢者介護は、労働集約的な事業です。一台の車椅子を押すには、一人の介護スタッフが必要です。重度要介護高齢者が増えれば、必要なサービス量はどんどん増えていきますから、必ず介護スタッフの増員が必要です。実際の業務を考えると、指定基準の【3:1配置】程度では、軽度要介護高齢者が中心であれば、適切な介護サービス提供が可能ですが、重度要介護高齢者が増えてきた場合、その人数で供給できる介護サービス量を超えるため、必要なサービスの提供が困難になります。

その一方で、低価格化のためには、軽度要介護高齢者ではなく、介護報酬の高い要介護3以上の「重度要介護高齢者」「認知症高齢者」も積極的に受け入れなければなりません。
つまり、低価格の介護付有料老人ホームは、軽度要介護高齢者にしか対応できないのに、重度要介護高齢者や認知症高齢者もたくさん受け入れることが前提という、歪んだビジネスモデルになっているのです。
なぜ、こんなことになっているのかと言えば、高齢者住宅の介護の現場で実際に働いた経験のない人が、机上の空論で収益ありきの事業計画を立てるからです。

介護付有料老人ホームから逃げ出す介護労働者

これは、数字にも表れています。
介護業界は離職率が高いと言われていますが、介護労働安定センターの「介護労働実態調査」(平成29年度)を見ると、介護スタッフの一年間の平均離職率は16.2%、介護職員・正職員に限定すると14.3%です。全産業の平均離職率は15%ですから、顕著に高い数字だとは言えません。
その特徴は、介護業界の中で、離職率が二極化しているということです。

表のように、介護労働者(正規職員)の離職率が10%未満の事業者が全体の4割に上る一方で、離職率が30%以上という事業所も20%を超えます。
これを業態別に見ると、離職率30%以上の割合が顕著に高いのが介護付有料老人ホームです。全体の3割の介護付有料老人ホームが30%以上の離職率になっているのです。
同じ介護スタッフといっても、訪問サービスや通所サービスなど、業態によってその業務内容は違いますが、特養ホーム、老健施設、介護付有料老人ホームは、業務内容も勤務形態もほとんど同じです。
しかし、表のように介護付有料老人ホームの離職率30%以上の事業者割合は、突出しているのです。

インターネットなどでも、「介護の仕事は大変だ・・」「給与が少ないブラックだ・・」という声があふれています。ただ、実際に介護の仕事が大変だと離職した人の話を聞くと、「介護の仕事が忙しい」のではなく、「最低限必要な介護スタッフ数が足りていない」「その労働環境が劣悪」というケースがほとんどです。中には、「要介護高齢者5人の入浴介助に、介護スタッフ3人で対応」「80人の要介護高齢者・認知症高齢者に夜勤3人」などというところもあります。それでは、基本的な介護というよりも、最低限の安全を確保することさえできません。

夜間には、次々とスタッフコールが鳴り響き、介護スタッフは、たくさんの業務量をこなすために走り回ることになります。介護スタッフが不足すれば、残業だけでなく夜勤の回数も増え、生活リズムが崩れ、体を壊す介護スタッフが増えます。「心のこもった介護がしたい」「人に優しい仕事がしたい」と介護業界に入った多くの人が、精神的・肉体的に疲弊し、「こんなはずではなかった」と倒れるように退職しているのです。

低価格の介護付有料老人ホームで激増する事故・トラブル

これは、今だけの問題ではありません。
今後、加齢によって、更に、すべての高齢者住宅で、入居者の要介護状態は重度化していきます。身体的な重度要介護だけでなく認知症の高齢者も増加します。
その結果、確実に増えるのが、入居者の事故です。

「低価格なのだから、基本的・最低限の介護サービスだということはわかっている」
「手厚い介護サービスを希望する人は、高額の介護付有料老人ホームに入ればいい」
というのは、その通りです。
しかし、サービス提供責任、事故の法的責任の観点でみれば、そう単純な話ではありません。「転倒による骨折」「溺水・窒息による死亡」など重大事故が発生した場合の法的責任は、「過失があったか否か」だけで、低価格だから・・、指定基準だから・・というのは、まったく関係ないからです。

要介護高齢者が増えると、見守り、声かけなどの事故予防策が十分に取れないため、転倒・転落、誤嚥・窒息などの事故が増加します。また、介護スタッフの不足によって、居室や共用部の掃除などの衛生管理、入居者の状態把握がおざなりになり、熱発や皮膚病の斑点などの早期発見が遅れるため、感染症や食中毒の発生リスクも高まります。

しかし、低価格の介護付有料老人ホームでは、介護スタッフは日々の介護業務をこなすだけでバタバタと走り回るように働いていますから、これら「生活上のリスク」への予防対策は後回しになっています。
また、サービス管理者も「介護が必要になっても安心・快適」というだけで、実際の「事故リスクの可能性」「事故予防策と発生時の対応策」「高齢者住宅の責任の範囲」「生活上の注意」について、入居者や家族にきちんと説明できません。
その結果、骨折や窒息事故が発生すると、「高齢者住宅には無関係」と責任逃れに終始し、「ちゃんと介護してもらっていたのか」「安心・快適じゃなかったのか」と大きなトラブルになるのです。

また、この事故やトラブルの矢面に立たされるのは介護スタッフです。「要介護高齢者5人の入浴介助に、介護スタッフ3人で対応」という配置で、入浴中の見守り不十分で入居者が亡くなった場合、当該介護スタッフは、業務上過失致死に問われることになります。「事故を防げなかった」「介護の仕事が怖くなった」と真面目でやる気のある介護スタッフが離職し、「年寄りの転倒は仕方ない」「家族がうるさい」「嫌だったら自分で介護しろ」というタイプの介護スタッフばかりが残ります。

スタッフ不足が慢性化すると、「来るもの拒まず」となり、加えて教育訓練も十分にできないため、事故やトラブルがさらに増えるという負のスパイラルに陥ることになります。その結果、大事故やスタッフによる虐待事件、殺人事件が発生し、経営の維持が困難になっていくのです。

介護労働市場が変化しても、低価格の介護付には介護スタッフは戻ってこない

現在、労働者が不足しているのは介護業界だけではありません。
労働市場は景気の波とリンクしますから、景気が鈍化すれば、また買い手市場に戻ります。また、労働人口は減少していきますが、反面、社会のIT化、AI化、ロボット化が進めば、あらゆる業界、産業で、人工知能やロボットが人間に変わって活躍することになるでしょう。

介護という仕事は、ロボットにも人工知能にもできない専門性の高い仕事です。「超高齢社会だから、介護の仕事には未来があるぞ・・」などという気はありませんが、専門性の高い介護のプロは、ますます引く手あまたになり、大きな未来が広がっていることは間違いありません。

ただ、介護労働者が戻ってきても、劣悪な労働環境の高齢者住宅には人は戻ってきません。
「介護の仕事が大変だ、未来がない・・」というのではなく、「その事業所の仕事がブラックだ・・」「その事業所で働いても未来がない」ということに、介護労働市場、優秀な介護スタッフは気づき始めているからです。介護報酬云々ではなく、給与が1万円、2万円上がったからといって、そんなリスクの高い事業所で働きたいとは思わないでしょう。

ビジネス用語に、ES(従業者満足度)という言葉がありますが、介護ビジネスは、介護スタッフの質が介護サービスの質ですから、ESがCS(顧客満足度)に直結します。介護ビジネス、高齢者住宅経営は、「介護スタッフが安全に働ける労働環境を整備すること」、ただ一点に尽きるといっても過言ではありません。

もちろん、「低価格の介護付有料老人ホームは全てダメ」と言っているのではありません。
囲い込み型サ高住にも同じことが言えますが、安全な労働環境の整備が確保できない高齢者住宅は、ますます介護スタッフ不足が加速し、確実に経営・サービスの維持が困難になるのです。



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