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なぜ、七〇代からの介護準備が必要なのか



 60代・70代の高齢者を対象とした介護準備セミナーで、「50年後も自分はまだ生きているだと自信のある人はおられますか?」と聞くと、笑い声とともに手があがることはありません。
 「20年後はどうでしょう」と問うと、勢いよく多くの手があがります。
 「では、その時にも認知症や重い介護が必要な状態になっていない…と自信のある人はそのまま手を挙げてて置いてください」と、意地の悪い質問を重ねると、周囲を見渡しながら、「自信はないけれど手を下ろしたくない…」という微妙な雰囲気になります。
 この『70歳から始める介護準備』という本を手に取られた方の多くは、同じように70代、または60代後半だと思いますが、あなたはどうでしょう。

 近年、「多死社会」という言葉が聞かれるようになり、葬儀やお墓の準備、財産整理、遺言書作成などの、いわゆる「終活」をする人が増えています。しかし、「子供や周囲の人が困らないように…」と自分がいなくなった後のことを考えている人でも、要介護や認知症になることを想定し、その準備を始めているという人は多くありません。
 その気持ちは、よくわかります。自分が寝たきりになってオムツ介助が必要になったり、認知症になって他の人に迷惑をかけたり、と言うことは、誰も考えたくはないからです。

 しかし、高齢期なれば、心筋梗塞や交通事故などの突然死でない限り、期間の長短は別にして、身体機能の低下や、骨折などの怪我や脳梗塞、認知症の発症などにより、支援や介護がなければ生活できない、いわゆる「要介護」になります。生命保険文化センターの「生命保険に関する全国実態調査(2024年度)によると、要介護期間は平均5.5ヶ月。10年以上という人も28%に上ります。
 それは、だれも避けられないことなのです。

「いつ、何が原因で、どのような要介護状態になるのかわからない」
「介護問題は、要介護になってから考えるしかない」

 そう言う、訳知り顔の人がいますが、これはまったくの間違いです。
 なぜなら、この「介護対策」は要介護になる前に行わないと意味がないからです。
 介護準備のないまま要介護になると、自分では何も決められず、「何をすればよいかわからない」と自分だけでなく家族も巻き込んで、いわゆる「介護地獄」に陥ることになります。

 要介護になるルートは、四つあります。
   ①加齢による身体機能の低下   ② 脳梗塞や骨折などの病気や怪我
   ③認知症の初期症状       ④ 発見時には認知症が進んでいた


 このうち、①②③については避けることはできませんが、それぞれに必要な介護生活環境整備のポイントを知っていれば、慌てる必要はありません。困った状況になるのは、④の発見時には、徘徊など認知症がかなり進んでいたというケースですが、これは認知症を早期発見する方法を知っていれば、避けることができます。つまり、要介護は「避けられないけど準備はできる」「気をつけていれば避けられる」の二つのタイプがあるのです。
 「歳を取れば、誰でも要介護、認知症になる」と言う当たり前のことに、多くの高齢者や家族が上手く対応できないのは、この違いを理解せず、効果のない介護予防を含め、適切な介護準備をしていないために「イザ、介護」の時に冷静さを失い、してはいけないことばかりを選択してしまうからです。

 介護準備の誤解をもう一つ。
 週刊誌に、「介護地獄・介護崩壊」「介護離職・介護離婚」などの文字が躍る中、「介護問題で子供には迷惑をかけたくない」と考える高齢者は八割を超えています。
 その一方で、親の介護のために介護離職をする人は、年間10万人。
 ビジネスケアラー、ヤングケアラーと言う言葉の通り、子供夫婦が別居や離婚をしたり、孫が進学できなかったりというケースも枚挙にいとまがありません。また、いくら親が「介護問題で子供に迷惑を掛けたくない」と思っていても、要介護になれば子供や親族ほど頼りになるものはありませんし、子供側から見ても、「私たちには関係ない」と放置しておくこともできません。
 結果、「親の介護で人生終わった」と、親子ともに後悔することになるのです。

 今後10年以内に、医療介護費用の値上げ、制度の抜本的改正など、高齢者を取り巻く医療・介護環境は、いまよりずっと厳しくなっていきます。70代からの介護準備は、「要介護になった時に安心して安全に豊かな老後生活、介護生活を送るため…」というだけでなく、子供や家族に過度な負担をかけないためにも不可欠なものなのです。

ポイントは大きく分けて四つあります。

① 高齢期の生活について基本的な知識を得る
 一つは、基本的な知識を得るということです。
 それは「いまの介護や医療の制度を詳しく勉強する」ということではありません。
 実は、いまの医療や介護制度はあと10年も持ちません。そのため、70代の人は今の制度ではなく、自分が要介護になる「2040年の制度」がどうなっているのかをイメージしておかなければなりません。厳しい話になりますが、2040年にはどのような社会、制度になっているのか、自分の暮らしている市町村の介護対策、老後資金の考え方などを整理し、そこから逆算して、自分の老後生活を守るために今なにをすべきかを理解する必要があります。

① 要介護になる前にすべきことを理解する
 加齢によって、身体機能や認知機能が低下することは避けられませんが、介護予防対策や異変の早期発見によって、要介護になるのを遅らせることは十分に可能です。
 「介護予防」と言えば、高齢者の「脳トレ」「筋トレ」をイメージする人が多いのですが、家族とのコミュニケーションを増やす、転倒事故や詐欺などの犯罪に巻き込まれるリスクを減らす、高血圧などの病気と上手く付き合うなど、できることはたくさんあります。また、IP(ネットワーク)カメラやインターネットが発達していますから、一人暮らしになって、子供家族や親しい親族が近くに暮らしていない場合でも、体調急変や認知症の早期発見は十分に可能です。

② 「要介護」になった時にすべきことを理解する
 高齢期の介護は、「そろそろ介護や支援が必要かな?」「もしかしたら認知症かも…」という介護の始まりの時に、必要な対策、生活環境を整えられるかにかかっています。
 しかし、介護準備ができていない人は「要介護や認知症になりたくない」というだけで、「まだまだ大丈夫」「もう少し様子を見よう」と、その事実から目をそらせてしまうために、状況をどんどん悪化させてしまうのです。
 「要介護になる前に、老人ホームに入る」という人も増えていますが、これも間違いです。高齢者住宅といっても、元気なうちに入る自立者向けの住宅と要介護者向けの住宅は全く違う商品だからです。元気な時に自立者向けの高齢者住宅を選んだ人の多くが、要介護になった時にきちんと対応してもらえず、「こんなはずではなかった」と後悔しています。
 初期の段階で、きちんと介護生活環境を整えれば、住みなれた自宅でこれまでと同じように生活することは十分に可能です。寝たきりになったり、認知症が重くなったりして自宅で生活できなくなってから、介護機能の整った特別養護老人ホーム(特養ホーム)や介護付き有料老人ホームに入るというのが原則です。

③ 子供や家族に手伝ってもらう
 親世代の八割が「介護問題で子供に迷惑をかけたくない」と考えている一方で、子供の八割は、将来の親の介護に不安を抱えています。それは、介護をしたくないのではなく、「何をすればよいか、どこまですればよいか」がわからないからです。
 これは「子供に頼る、頼らない」の選択ではなく、「子供に頼れること、頼れないこと」を理解することです。排泄介助、入浴介助などの介護サービスは、訪問介護や特養ホームなどのプロにまかせるとしても、ケアマネジャーに本人の希望を伝えたり、質の高い老人ホームを選んだり、生活環境の課題をモニタリングするなど、家族にしかできないことはたくさんあります。
 将来の介護の話は子供側からは切り出しにくいため、元気な時に親の側から話をしなければなりません。介護準備を一緒に行うことで、自宅内での転倒骨折事故を減らしたり、認知症を早期に発見したりすることもできますし、親子で事前に話し合い、何をすればよいかわかっていれば、突然、要介護状態になっても、過度な負担を負わせることはありません。
 特に、介護生活環境整備においては、「介護休業制度」の使い方がカギを握ります。要介護になるルートに合わせて、介護休業制度の取得方法を知っておけば、子供も漠然と親の介護に不安を覚えることも、慌てる必要もありません。

 ここで述べる「介護準備」は、大きく、要介護にならないようにする「介護予防」(第二章)と、イザ要介護になった時の「介護対策」(第三章)に分かれます。そこには、第一章で述べる、今後高齢者を取り巻く医療・介護環境はどのように変化するのかといった制度に関する理解や、老後の生活資金の考え方、寝たきりや認知症になった時の高齢者施設、高齢者住宅選びの基礎知識も必要です。
 「いますぐに…」「そろそろ真剣に考えなければ…」 と言う人だけでなく、「まだまだ少し先だと思うけれど…」と言う人も、このコラムをすべて読んでいただければ、「やることがわかっていれば、そんなに不安に思うこともないんだな…」と言うことがご理解いただけるはずです。

 それは、「わたしも要介護、認知症になる」と覚悟することから始まります。
 それでは、七〇代から始める介護準備のポイントについてお話ししていきたいと思います。


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