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高齢者住宅では対応できない「非対象」高齢者を理解する


入居者には 「高齢者住宅は自宅と同じ」であっても、事故・トラブルに対する「事業者の責任」は全く違う。リスクの観点から「どのような高齢者に対応するのか」ではなく「どのような要介護状態に対応できないのか」を詳細に検討、整理、共有しておく必要がある。

高齢者住宅開設者向け 連載 『社会価値・市場価値の高い高齢者住宅をつくる』 031


高齢者住宅の基本は、「重度要介護状態になっても安心、安全に生活できる」ということです。その機能に耐えうる介護システムを構築しなければなりません。
ただ「重度要介護対応=どんな要介護状態の高齢者にも対応できる」ということではありません。
ここでは、高齢者住宅の基本的なターゲットの範囲と、その考え方について整理します。


対応できない要介護状態・ケースを想定・整理する

重度要介護高齢者といっても、高齢者・家族のニーズ、生活環境、要介護状態はそれぞれに違います。
介護システム構築における対象者検討のポイントは、「できる限り頑張る・・」ではなく、「どのような高齢者には対応できないのか・・」「それは何故できないのか・・」を理解することです。
まず、高齢者住宅の受け入れ対象外となる高齢者は、介護サービスだけでは対応が困難な、医療依存度の高い高齢者です。

① 治療行為・医療行為・医学管理
一つは、集中的な治療行為、医療管理が必要な高齢者です。
これは入居者選定時だけでなく、入居後も同じです。高齢者住宅には医師がいませんから、病状が安定しない高齢者、治療行為や集中的な医学管理が必要な高齢者は対応できません。本人・家族の希望や要介護状態の有無に関わらず、病院に入院することになります。

② インフルエンザ・疥癬・エイズなどの感染性の高い疾病
二つ目は、感染症です。
感染症はインフルエンザやノロウイルス感染症、O157など数年に一度大流行するもののほか、ノルウェー疥癬などの皮膚病、その他、結核やエイズなど、多岐に渡ります。
高齢者住宅は、一般のアパートやマンションとは違い、食堂や浴室、共同トイレなど、共有する設備、エリアは多く、集団生活の一面を持っています。入居者はすべて身体機能・免疫機能の低下した高齢者ですから、感染は一気に拡大します。また、介助は基本的に体の接触を伴いますし、排泄介助では尿や便なども取り扱うため、介護スタッフ・看護スタッフ、さらにはその家族にも広がっていきます。
見た目だけではわからないものがほとんどですから、入居にあたっては、感染症にかかっていないことを証明する診断書を提出してもらうなど、厳格な対応が必要です。
入居後においては、それぞれの感染症の種類、治癒まで適切な隔離ができるのか、その管理の容易性にも関係しますが、感染拡大は他の入居者の生活、生命にも影響するため、基本的に入院です。

③ 認知症の周辺症状(BPSD)、精神疾患
認知症は、高齢者とは切り離すことのできない疾病です。
80~84歳では4人に1人、85歳を超えると半数以上の高齢者が認知症になることがわかっています。記憶障害、見当識障害、判断力の障害などは、多くの認知症高齢者に表れる中核症状ですから、高齢者住宅で「認知症高齢者は対象外」となれば、要介護高齢者には対応できないということになります。
ただ、高齢者住宅で対応が難しいのが、他の入居者の生活や生命を脅かす、幻覚や妄想による暴言や暴力行為などの、周辺症状(BPSD)への対応です。それは、他の入居者の生活や生命、財産に影響を及ぼすリスクがあるからです。
これは、認知症だけでなく、知的障害や精神疾患によるものも同じです。
認知症だから、精神疾患だからダメというものではなく、介護サービスだけでは対応できない専門的な治療やケアが必要なケースは、グループホーム、精神病院など、より設備やノウハウの整ったところに入院、生活してもらうというのが基本です。

以上、3つの例を挙げましたが、これらはいずれも、介護だけでなく、高齢者住宅の基本機能を超える医療的なサポートが必要なケースです。



「高齢者住宅は、自宅と同じだから、家でできることは高齢者住宅でもできるはずだ…」という人がいますが、これは二つの意味で間違っています。
一つは、無資格者の医療行為の法的制限です。
家族は、看護師などの資格がなくても医療行為が可能ですが、高齢者住宅の介護スタッフは法的にできない(もしくは相当の規制がある)からです。認められていない医療行為を行った場合、善意であっても、また上手くできたとしても、保健師助産師看護師法に違反したとして、それを命じた事業者だけでなく、介護スタッフ個人も刑事罰に問われることになります。
「介護スタッフが頑張る、頑張らない」の話ではありません。

もう一つは、サービス提供責任です。
家族が行った医療行為は、それが急変や疾病の悪化につながっても(故意ではない限り)、刑事罰に問われることはありません。しかし、法的に認められているものであっても、高齢者住宅の介護スタッフ、看護スタッフが行った医療行為にミスがあり、それが原因で急変や疾病の悪化につながった場合、業務上過失致死などの刑事罰や損賠賠償を問われる可能性があります。

また、「胃ろう、気管切開など医療行為OK」と受け入れたのであれば、24時間365日その医療行為に対応できる体制を整える義務が生じます。
例えば、痰の吸引は、研修を受けた介護福祉士にも一部認められるようになっていますが、気管切開の高齢者を受けるのであれば、夜勤帯にも看護師、またはその研修を受けた介護福祉士を常駐させておかなければなりません。命に関わることですから、受け入れた以上、「できるときもあれば、できないときもある…」「その日はたまたまできませんでした…」では済まないのです。
また、認知症の高齢者の暴力で、他の入居者がケガをした場合、高齢者住宅事業者の「安全配慮義務違反」で、高齢者住宅が損害賠償請求を受けることになります(判例でも事業者に高額の損害賠償の支払いが命じられています)。「できることは、やろう」という意欲は大切ですが、そのためにはきちんとした体制、システムを整えることが前提であり、「できるだけ、頑張りますが、ダメだったら、ごめんなさい」はプロの仕事ではありません。

「困っている入居者のために…」「できるだけ門戸を広げて対応…」というのは簡単ですが、どれだけ体制を整えても、法的にも実務的にも、高齢者住宅で可能なサービスには限界があります。「高齢者住宅は自宅と同じ」「一般の賃貸マンション・アパートと同じ」は、入居者・家族にとってはその通りですが、事業者の法的責任、サービス提供責任は全く違う、別のものだということがわかるでしょう。


早めの住み替えニーズが難しいもう一つの理由

もう一つ、高齢者住宅で受け入れが難しいケースがあります。
それは、基本的な約束・ルールが守れない、集団生活が難しい高齢者です。
述べたように、高齢者住宅は、一般のアパートやマンションとは違い、食堂や浴室、共同トイレなど、共有する設備、エリアは多く、どちらかと言えば学生寮や社員寮に近い、集団生活の一面を持っています。感染症の問題だけでなく、一人の入居者の失火によって火災が発生すれば、多くの高齢者が逃げ遅れ、大惨事に発展します。

「一般の住宅・賃貸住宅と同じです・・」「施設ではありませんから、細かい規則はありません・・」と、気楽に胸を張って説明している事業者は多いのですが、それでは「部屋が不衛生で、風呂にも入らず酷い臭いがする」「寝たばこの不始末で、布団にも焦げ跡がたくさんある」「お酒が入ると、気が大きくなって他の人とトラブルになる」といったケースが必ずでてきます。
老人福祉施設では、他の入居者に迷惑となる行為は規則として禁止されており、何度も注意しても改善されない場合、施設から退所を求められます。それは、感染症や火災のリスクは他の入所者の生活や生命にまで及ぶからです。それぞれの規則は、高齢者の自由な生活を束縛するために存在するのではなく、他の入居者の安全な生活を維持するためにあるのです。

これは、高齢者住宅のターゲット・対象範囲の検討に、大きく関係してきます。
「要介護高齢者住宅 基本介護モデルは二種類?」の中で、中度~重度要介護 可変モデルについて述べましたが、その名称の通り、可変モデルでもその対象は要介護2、3の中度から、要介護4.5の重度に限定しています。この可変モデルを使えば、自立・要支援から重度要介護高齢者まで対応できる介護システムが構築できるのではないかと考える人がいるかもしれませんが、そう簡単な話ではありません。
それは、「要支援高齢者」と「重度要介護高齢者」は求められる商品、サービスが根本的に異なること、そして、もう一つは、「自立・要支援高齢者」は、要介護高齢者とは別の難しさがあるからです。

歳をとれは、みんな物わかりのよい好々爺、優しいお婆さんになるというわけではありません。
自立度の高い高齢者が多くなれば、人間関係や身勝手な行動によるトラブルは増えます。
何度説明しても、まったく聞く気のない人や、自分の非を認めず激怒したり、お酒を飲んでスタッフや他の入居者に暴力をふるう高齢者もいます。この人間関係のトラブルやクレームの対応、けんかの仲裁には時間がかかりますし、腕力も強いため、入所者間で殴り合いのけんかや殺人事件まで起きています。
高齢者住宅へ新規参入する事業者の中には、重度要介護高齢者よりも、要支援・軽度要介護高齢者対応の高齢者住宅の方が、簡単だと考えている人が多いのですが、それは全くの間違いです。福祉施設の特養ホームと養護老人ホーム、両方で働いたことがある人であれば、「特養ホームよりも養護老人ホームの方が仕事は楽、簡単」と考える人は一人もいないでしょう。

注意が必要なのは、民間の高齢者住宅における、人間関係トラブルや集団生活に適さない高齢者への対応の難しさは、老人福祉施設の比ではないということです。
述べたように、老人福祉施設の場合、喫煙の規則やルールを守れない、また何度、説得しても応じない場合、退所を求められます。そこは一般の住宅ではないからです。
しかし、民間の高齢者住宅、特にサ高住の場合、個々人の賃貸住宅ですから、「寝たばこの不始末で、布団にも焦げ跡がたくさんある」といった場合でも、個人の住宅内で行われた行為ですから、法的に禁止することはできません。賃貸住宅の借家人の権利は、「借地借家法」によって強固に守られていますから、「部屋が不衛生で、風呂にも入らず酷い臭いがする」「お酒が入ると、気が大きくなって他の人とトラブルになる」といったケースでも、それを根拠に退居を求めることはできません。

しかし、一方で事業者の法的責任は非常に重いのです。
もちろん、火災や傷害事件が発生した場合は、それを起こした入居者個人がその発生責任が問われます。ただ、寝たばこやいがみ合いが続いていたなど、「十分に予測されたのに何も対策を取っていなかった」となると、事業者も刑事、民事双方で責任(安全配慮義務違反)が追及されますし、重大事件や火災によって死亡者がでれば、実質的に事業の継続は困難になります。
このようなトラブルが増えるから、一般の賃貸マンションやアパートは、「高齢者お断り」なのです。「一般の住宅・賃貸住宅と同じです」「施設ではありませんから、細かい規則はありません」といった説明がいかにリスクが高いかわかるでしょう。

高齢者住宅は、福祉施設ではなく、民間の営利目的の事業です。
介護サービスだけでは対応できない、複合的、特殊なニーズをもつ難しいケースに対応するのは、病院やセーフティネットの老人福祉施設の役割です。その違いをきちんと整理して、入居者・ターゲットを検討を行わなければ、介護システムの構築も、安定的な事業の継続もできないのです。



要介護高齢者住宅の商品設計 ~建物設備設計の鉄則~

  ⇒ 高齢者住宅 建物設備設計の基礎となる5つの視点
  ⇒ 「安心・快適」の基礎は火災・災害への安全性の確保
  ⇒ 建物設備設計の工夫で事故は確実に減らすことかできる 
  ⇒ 高齢者住宅設計に不可欠な「可変性」「汎用性」の視点 
  ⇒ 要介護高齢者住宅は「居室」「食堂」は同一フロアが鉄則 
  ⇒ 大きく変わる高齢者住宅の浴室脱衣室設計・入浴設備 
  ⇒ ユニットケアの利点と課題から見えてきた高齢者住宅設計 
  ⇒ 長期安定経営に不可欠なローコスト化と修繕対策の検討
  ⇒  高齢者住宅事業の成否のカギを握る「設計事務所」の選択 

要介護高齢者住宅の基本設計 ~介護システム設計の鉄則~

  ⇒  「特定施設の指定配置基準=基本介護システム」という誤解
  ⇒ 区分支給限度額方式では、介護システムは構築できない
  ⇒ 現行制度継続を前提にして介護システムを構築してはいけない 
  ⇒ 運営中の高齢者住宅 「介護システムの脆弱性」を指摘する 
  ⇒ 重度要介護高齢者に対応できる介護システム 4つの鉄則 
  ⇒ 介護システム構築 ツールとしての特定施設入居者生活介護 
  ⇒ 要介護高齢者住宅 基本介護システムのモデルは二種類 
  ⇒ 高齢者住宅では対応できない「非対象」高齢者を理解する 
  ⇒ 要介護高齢者住宅の介護システム 構築から運用への視点 
  ⇒ 介護システム 避けて通れない「看取りケア」の議論 
  ⇒ 労働人口激減というリスクに介護はどう立ち向かうか ① 
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