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高齢者介護は「家族介護代行サービス」ではない。


現代の高齢者介護は、介護できない家族の代わりに要介護高齢者の排泄や入浴などのお世話をする「家族介護代行サービス」ではない。要介護高齢者の自立やQOL(生活の質)の向上を目的として、ケアマネジメントを通じて提供される専門的・科学的な生活支援サービスである。

介護スタッフ向け 連 載 『市場価値の高い介護のプロになりたい人へ』 008


高齢者介護の仕事には人気がない。
「典型的な3K(キツイ、キタナイ、キュウヨヤスイ)の仕事」というイメージが蔓延し、介護スタッフによる高齢者虐待や殺人事件が発生しても、「介護の仕事は大変だ」「気持ちはわかる」といった擁護するようなコメントで溢れる。
介護系の専門学校や短大に進みたいと思っていても、また転職して介護の仕事をしたいと思っていても、「介護の仕事なんて、底辺の仕事だ」と周りや親に止められたという哀しい声も聞こえてくる。
この業界に置くものとしては、とても悲しく、とても残念なことだ。

その一方で、俯瞰してみれば、今の「介護離れ」という状況にそれほどの驚きはない。
また、「大変なことになった」「介護労働の未来は暗い」と悲観しているわけでもない。
それは、私が介護の仕事を始めた20世紀の終わり、平成のはじめの頃は「老人介護」に対する社会的なイメージ、評価は今よりも、ずっとずっと低かったからだ。

高齢者介護という仕事に注目が集まり始めたのは、介護保険制度がスタートした2000年以降のことで、まだ20年にも満たない。
それまでは「親の介護は家族(主に長男の嫁)の仕事」「老人ホームに入るのは可哀そうな人」というイメージが強く、家族からは「老人ホームの車で家の前まで来ないでほしい」「老人ホームに入所していることは人に知られたくない」と言われたものだ。「介護スタッフ」「ケアワーカー」といった職名も一般的なものではなく、最初に勤務した老人病院(介護力強化病院 当時)では、「看護補助」という職名で、「補助さん」と呼ばれていた。
周囲に若いスタッフ、特に男性は少なく、明治生まれの認知症のおばあさんから、「ええ若いもんが、おばぁの股座に首を突っ込んで何か面白い」と叱られたことを思い出す。要介護という言葉もなく、紙おむつも介護用手袋もない時代、一日8回、昼夜を問わず、決められた時間に60人の寝たきり、寝かせきりの高齢者のオムツ交換に明け暮れていた。

その時代と比べると、この20年で日本の高齢者介護は、大きく進化した。
介護労働の未来について考える前に、まず介護という仕事とは何か、この30年でどのように変わってきたのかについて整理をする。


高齢者介護は、「高齢者のお世話」ではない

「高齢者介護とは、どんな仕事か?」と聞かれると、あなたはどのように答えるだろう。
一般的には、「介護が必要な高齢者のお世話をする仕事」だろうか。
実際、「ご家族の代わりに、心を込めて…」「自分のおじいさん・おばあさんだと思って…」などと薫陶している介護経営者は多い。老人ホームで働いている介護スタッフの中にも、そう思っている人はいるだろう。マスコミの人と話をしていても、「介護はオムツをかえたり、ご飯を食べさせたり大変ですね・・」「何より、優しい気持ちが大切ですよね・・・」という回答が多く、笑顔、慈善的、社会の役に立つ立派な仕事というイメージもそこから来ている。

ただ、これは老人福祉の時代の20年、30年前の老人介護の姿である。
現在の高齢者介護は、介護できない娘や嫁の代わりにお世話をする家族代行サービスではなく、要介護高齢者の自立やQOL(生活の質)の向上を目的として提供される生活支援サービスである。
以前の「福祉介護」と現代の「高齢者介護」の決定的な違いは「専門性の評価」にある。

何がどのように違うのか、「脳梗塞で右半身麻痺の高齢者(Aさん)が、老人ホームに入所する」という事例をもとに考えてみる。
Aさんは、突然の脳梗塞で入院するまで自立した生活をおこなっていたが、トイレに一人でいけなくなったため、退院後も紙オムツを利用し、家族がオムツ交換を行っている。
介護保険制度がスタートするまでの特養ホームでは、病院や自宅で「オムツ排泄」となっていれば、そのまま「オムツ介助」が引き継がれるのが一般的だった。2時、7時、11時、15時、17時、22時と、老人ホームの定めた日々のスケジュールに基づいて定時に一斉排泄介助を行い、それ以外に「便が出た」などのコールがあれば、随時交換していた。

これに対し、現在の高齢者介護は、介護計画の策定、ケアマネジメントからスタートする。
その基礎なるのは、排泄は人間の尊厳や生活意欲にかかわる、最も重要な生活行動であるという専門職としての全人的な理解だ。
高齢者にとって、一人でトイレに行けなくなる、他人に排泄の世話になるというのは「不便」というだけではない。オムツ排泄となるショックから生きる意欲を失い、うつ病や認知症を発症する高齢者は少なくない。そのため「自宅ではオムツをしていたから」ではなく、「最も適切な排泄方法は何か、Aさんはどのような排泄を望んでいるのか」を検討し、最適な方法を探っていく。

まず行われるのが、麻痺の部位やその状態、健側の筋力、バランス感覚といった残存機能の評価、尿意・便意の有無など状態把握(アセスメント)だ。
そこから転倒のリスクやその予防策を検討し、「尿意や便意はあるので、一人で排泄ができるように支援しよう」「排泄の失敗を減らすため、排泄間隔をデータ化し事前に声掛けをしよう」「転倒リスクがあるので、排泄時にはスタッフコールをしてもらおう」「最終的には一人でトイレに行けるように筋力アップやリハビリも支援しよう」といった目標、計画を立て、Aさんと家族、そしてスタッフ全員でその目標・リスクを共有し、日々の介助を行っていく。

「最適な排せつ方法」は一人ひとり個別の検討が必要になる。
麻痺の有無や位置、残存機能によっても、ベッドの高さやトイレまでの生活動線、必要な手すりの高さ、位置は変わる。「安心してぐっすり眠れるように、夜間だけオムツ」という場合でも、本人に適した紙おむつの種類やその当て方は違う。それが本人と合わなければ、睡眠の質や衛生環境の悪化、褥瘡の発生や転倒・転落などの事故にもつながる。
また、介助時には「尿量」「尿の色」「排便の量」「排便の状態・色」などから日々の健康状態もチェックする。「排便が数日間ない」「尿の色が悪い」などの場合、看護師や医師などと連携して医療的な判断を仰ぐほか、身体に発疹がないか、オムツかぶれや床ずれなど予兆はないかといった点も確認する。

これは入浴介助や食事介助も同じことが言える。
食事介助は、高齢者の隣に介護スタッフが座ってスプーンを口に運ぶイメージだが、可能な限り自力で安全に食事ができるように支援することが求められる。嚥下機能や咀嚼機能に合わせた食事内容だけでなく、持ちやすいスプーンや箸などの補助具、食事姿勢のためのテーブルや椅子の高さなども重要な検討ポイントになる。
その他、日々のレクレーションや朝の体操なども、漫然と行っているわけではなく、筋力向上や生活リズムの改善などの意識付けなど目的をもって行っている。

現代の高齢者介護は、医療や教育がそうであるのと同じように、自立やQOL(生活の質)の向上を目的とした科学的・専門的な生活支援であり、介護労働者は「要介護高齢者の生活支援のプロ」なのだ。


高齢者介護は、一流のプロフェッショナルを目指す仕事

専門的な介護を行うためには、広範囲に渡る高い専門知識・技術が求められる。
高齢期の身体状況の変化や認知症の種類やその症状の違い、声掛けなどのコミュニケーション技術、食事や栄養の知識、転倒や骨折、誤嚥などの事故リスクの予防、初期対応にかかる技術・ノウハウ、感染症や食中毒に関する知識など、それは高齢者の生活全般に及ぶ。医療をつかさどる医師や看護師、食事のプロである管理栄養士、更には作業療法士などのリハビリの専門職種、福祉用具専門相談員、福祉住環境コーディネーターなどとの連携も必要になる。

この介護の知識や技術、ノウハウは、20年を経てようやく土台が整ってきたが、確立されたものではなく、今なお進化を続けている。
先進的な事業者が行っている創意工夫の実例をもとにした研究発表は、毎年行われているし、腰痛にならないための介助方法、オーストラリアの抱え上げないためのノンリフト運動の導入、認知症高齢者とのコミュ二ケーション技術であるフランス発の「ユマニチュード」なども注目されている。
介護は、まだまだ発展途上の、若く熱意に溢れた業界なのだ。

この専門性の評価は、これからの介護報酬算定にも関わってくる重要なポイントだ。
介護労働の給与は、介護保険制度に依存するところが大きいため、「介護報酬を上げてほしい」と業界は要望している。 ただそれは「オムツ交換や認知症高齢者の世話など大変な仕事だから」「介護スタッフが足りないから」ではない。
歳をとって要介護状態になった時に、「11時にオムツ交換しましたよ(あとは知らない)」という排泄のお世話で良いのか、個々の要介護状態、個別ニーズに合わせた専門的な排泄介助、生活支援サービスを受けたいのかを決めるものだからだ。財政的に厳しいことはわかっているが、後者の生活・世界を望むのであれば、もう少し、その専門性を適正に評価してほしいと言っているだけなのだ。

ただ、残念ながら、今はまだ、多くの人に「家族代行サービス」だと思われているように、介護の専門性は社会の中で理解されていない。新聞やテレビなどのマスコミのコメントでも、「介護の仕事は高齢者のオムツをかえたり大変な仕事だから、給与上げてあげよう」「高齢社会だから、必要な仕事だから・・」と言った、おためごかしのような論調が目立つ。

これには、少ながらず介護業界にも責任がある。大手企業の中にも、ケアマネジメントを無視した、専門性が伴わない「囲い込み」「ライン介護」など老人福祉の時代以下の介護を行っているところは多い。家族や入居者に苦情を言われれば、「嫌なら家に帰れ」「文句があれば家族が介護しろ」などと陰口をたたく介護スタッフも少なからずいる。
「専門性の評価なんてどうでも良いから、低いサービスの事業所でも、介護の仕事をしている全員の給与を上げろ」というのは、介護の専門性に対する侮辱以外の何物でもない。

いつまでも、やさしさ、笑顔、社会的に役立つ立派な仕事といったイメージばかりが優先されることは、専門職種としての介護労働の未来にとって決してプラスではない。どのような業種でも同じだが、高い報酬・待遇を望むのであれば、社会的評価を上げるためには、「プロフェッショナルとしての知識・技術」を磨き、「プロの介護は違う」と認知される必要があるのだ。

高齢者介護という仕事は、やる気があれば、誰にでもできるという仕事ではない。
「高齢社会で安定しているから介護でも・・」「他の仕事がないから介護でも・・」と安易な気持ちでスタートして、続けられるほど甘いものではない。介護の仕事を始めたからと言ってすぐに「介護のプロ」になれるわけではないし、「介護福祉士」「社会福祉士」といった国家資格を持っているからと言って、それで十分というものでもない。その仕事を続ける限り、専門職種の誇りをもって、一生、知識、技術、経験を積み重ねていかなければならない。

高齢者介護は、 仕事選びの基本は「何のプロになるのか」 で述べたように、高い介護知識や介護技術を持って社会に貢献する仕事であり、強い意思を持って一流のプロフェッショナルを目指す一生の仕事なのだ。


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