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児童虐待死亡事件にみる社会福祉の崩壊

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子育て支援や介護サービス事業に莫大な社会保障費が投入される一方で、虐待や生命の危機に苦しんでいる要福祉の高齢者や子供たちは放置され続けている。120兆円をこえる莫大な社会保障費を投入して整備された社会保障制度は、SOSを発信した小さな子どもの命さえも救えないという現実を直視すべき。



2019年1月、千葉県野田市で父親から虐待を受けていた小学四年生の少女が亡くなった。
テレビや新聞などでも連日報道されているのは、娘を虐待により死亡させた父親以上に、公的機関の無責任な対応に対する憤りが大きいからだろう。
この少女は、小学校で行われたアンケートに、「お父さんにぼう力を受けています・・・先生どうにかできませんか・・」と必死のSOSを送っていたが、教育委員会、児童相談所の対応は、そのアンケートを父親に渡すなど、その思いを見殺しにしたものだと、非難されても仕方ないほど杜撰なものだ。

しかし、この虐待致死事件は全国で繰り返されているのをみてもわかるように、今回の問題だけを取り上げて児童相談所の担当者をどれだけ吊し上げても、問題は解決しない。
それは、児童虐待が全国で深刻になっていること、たくさんの子供が親の暴力で亡くなっていることを知りながら、その命を守るための児童福祉施策を、国も自治体も漫然と放置してきたからだ。

野田市の市長は、「子供たちへの投資を第一に掲げ、子供たちのための施策を実施してきた私としては、誠に残念で仕方ありません」とコメントしているが、彼が力を入れてきたのは「保育園設置」などの子育て支援であり、児童福祉ではない。そうであれば、こんな杜撰な対応、悲惨な事件は発生していない。
恐らく、この市長は、子育て支援と児童福祉の違いさえ、理解していないだろう。
それは、首相の国会答弁を聞いていても同じことを感じる。

今、全国で行われている子育て支援策は、親が希望している保育などの行政サービスを増やす、その利用料を安くする(無償化など)という取り組みだ。 これに対して、児童虐待対策など児童福祉は、子供の命を守るために、親の意思に反して、国家権力が家族の中に押し入るというものだ。
「子供に対する支援」と言っても、その性質もベクトルも、正反対のものだということがわかるだろう。

「子育て支援」の影で取り残された児童福祉

福祉施策というのは、行政サービスであると同時に、国家権力の行使でもある。
国や行政機関が、親の意向を無視して、どこまで家族の中に入って良いのかはとても難しい問題だ。
子育ては、「親が何らかの事情でいない」「親が親権を放棄した」など特別なケースを除き、親子関係を中心に行われる。親権の中には「子供を叱る」という懲戒権も含まれ、一定の体罰も合法である。そこに行政機関が強制的に割って入ることによって、親子の絆、家族を決定的に壊すことになりかねない。
そのため、子供に対する親の虐待事件が発生しても、「隔離」というのは緊急避難的・もしくは最終手段であり、行政ができることは「継続的な見守り支援」が中心となる。

ただ、この「見守り支援」は、虐待をしている親から力ずくで子供を隔離するよりも、数倍難しい。
それは、「親の子供に対する虐待事案」といっても、その背景には、子育てに対するストレス、夫婦関係の不仲、家庭内DV、貧困など、複合的な要因が絡んでおり、ふたつとして同じケースはないからだ。
また、暴力・暴行といった身体的な虐待だけでなく、暴言などの心理的虐待、性的虐待、経済的虐待などその内容を単純に分類するだけでも多岐にわたる。
もちろん、虐待している親を非難するだけでは問題は解決しない。
反発する親への指導や説得、子供の状態の把握、更には学校などとの連携による異変の早期発見、緊急対応の判断・準備など、小さな命や心を守るためには、支援者には高い専門性・知見・経験、そして、その職務に対する強い思い、情熱が求められる。

しかし、今回の事件を見てもわかるように、児童虐待に対応する児童相談所と言っても、彼らは児童福祉の専門的な教育を受けた人たち、また児童福祉に熱意のある人たちではない。人事異動で、その意に反してたまたま辞令を受けて、他の部署からやってきた単なる公務員でしかない。数年たてば、また全く違う部署に転勤となるため、ノウハウも経験も人間関係も蓄積されない。
今回のケースを含め、専門知識以前に、そもそも児童福祉に関わってはいけないレベルの人たちが、虐待されている子供たちの命を握っているのが現実だ。

それは、ノウハウ、資質の問題だけではない。
児童への虐待事案の多くは「虐待が一時的になくなったからもう大丈夫、支援打ち切り」という単純なものではなく、継続的な見守り、支援、指導を行っていくためには、時間も労力もかかる。当然、その対応すべき件数は、右肩上がりでどんどん増えていく。
しかし、児童虐待の件数は増加し、深刻化しているものの、その体制はほとんど変わらず、ほとんどの自治体で絶対的に人手不足の状態が続いている。「児童相談所の対応は許しがたい」「類似のケースがないか緊急確認しろ」と批判的にこぶしを振り上げるのは簡単だが、児童福祉・児童虐待の現状に、法律も制度も、人員も財政も、専門性やノウハウも、何一つ整っていないのだ。

虐待死亡事件が起こるたび、「子供の命を守れなかったことが誠に遺憾・・」市長として子供たちのための施策を実施してきた・・」といった、形式的に繰り返される政治家の言葉が、あまりにも軽く、あまりにも虚ろに響くということがわかるだろう。

なぜセーフティネットとして非営利の福祉施策が不可欠なのか

それは児童福祉だけの問題ではない。
この「子育て支援」に光が当たるその影で、「児童福祉」が取り残されてきたという構図は、そのまま高齢者の世界の「要介護対策」と「老人福祉」にも当てはまる。
私は、社会福祉法人の特別養護老人ホームで管理者をしていたため、要介護対策だけでは対応できない、福祉的な対応が求められるケースにも関わってきた。高齢者の世界でも、児童福祉同様に、介護対策だけでは解決できない、虐待を含め、複合的な困難ケースが山積している。

【ケース 1】
デイサービスの担当者から、「利用者のAさん(女性80代 要介護1、認知症なし)が息子(50代)に虐待されているのではないか」という相談。
迎えに行った時に家の中から怒鳴り声が聞こえ、また入浴の時にも複数のあざが見つかったが、本人は家のなかで身体をぶつけただけだと言い張る。
息子(当時50代)は、以前は夏まつりなどのイベントにも夫婦で参加されており、挨拶をした程度だが、とても虐待をするような雰囲気ではなかった。しかし、その後、息子はリストラにあい、夫婦は離婚、子供たちも家を離れ、Aさんと息子さんの二人暮らし。その後、運送の仕事を始めたがすぐに辞め、母親の年金頼みの酒浸りになっているという。家事や息子の身の回りの世話は、すべて要介護状態のAさんが行っている。

虐待が疑われる事案として、福祉事務所にも連絡するが、「ご本人さんがそう言われるなら・・デイサービスで注意していただいて・・何か重大な問題が起こればまたその時に・・」という気のない返答。

そんなある日、デイサービスで迎えに行くと、Aさんが玄関で倒れ、左足を骨折しているのを発見。
救急搬送するも、息子は病院にも付き添わず、担当ケアマネジャーとデイサービス相談員が病院に駆けつける。虐待の可能性が強く推認されるが、本人は転んだだけだと頑強に否定。退院後は、車いす生活となり、自宅で家事や生活することが困難となったことから、息子を説得し、病院から退院後、私たちの特養ホームへそのまま入所となった。
その後、息子も仕事を始め、週に何度か、母親を訪ねてくるようになった。

【ケース ②】
Bさん(80代、要介護3、女性)は、デイサービスを利用しながら、自宅で長女(50代)の介護を受けながら生活している。長女は東京で結婚し(子供なし)、働いていたが、母の介護のために一人帰郷し、その後離婚。当初はアルバイトをしていたものの、母の預貯金と年金で生活することになる。
一人っ子の長女には、こちらに相談する友人も頼りになる親族もいない。Bさんの要介護状態が重くなるにつれ、長女の精神的なバランスが崩れ、うつ病を発症する。

ケアマネジメントを担当していた、在宅介護支援センター(当時)の相談員に、長女から「私の人生は何だったのか・・」「母を殺して私も死ぬ・・」などのヒステリックな口調の電話が入るようになる。特養ホームへの緊急入所なども検討したが、Bさん、長女ともに拒否。医師のアドバイスにも従わず、うつ病が進むにつれ、家事などもできなくなり、生活の維持が困難になっていく。

長女からの信頼の厚かった支援センターの相談員が何度も訪問し、懸命に説得を続けた。その結果、一旦生活を立て直すため、Bさんは特例で特養ホームのロングショートを利用し、長女は、自宅と施設の間にある飲食店(事情を説明)でアルバイトを始めることになった。ショートの利用期間は予定よりも少し伸びたが、うつ病の経過もよく、「いつでも施設を利用できる」という安心感からか、自宅に戻ってからも、本人の生活も長女の生活も安定した。


私が実際に経験した二つのケースを上げた。
どちらも半年以上かかったケースであり、結果的には何とか落ち着いたものの、思い起こしても親子心中や殺人など悲劇的な結末を迎えていてもおかしくはなかった。
私たちは、このような対策や答えが見えない難しいケースを「困難ケース」と呼んでいた。
これ以外にも「長男が寝たきりの父親の年金を自分勝手にギャンブルに使い、本人の生活が立ち行かなくなった」「特養ホームに入所後も、次男が特養ホームに表れ、保険証や年金の通帳を渡せと大声で暴れた」など、虐待だけではなく、金銭絡みでのトラブルもたくさんあった。
息子夫婦が年金を管理していて、特養ホームの費用の支払に応じず、「嫌なら、その辺に捨てとけ」と暴言を吐かれたことや、虐待の恐れがあるにも関わらず、「余計なことはするな」「家に来たら警察を呼ぶ」と、デイサービスやホームヘルパーなどの利用を断られたこともある。
このような介護サービスだけでは対応できない、福祉的な支援が必要な事例は枚挙にいとまがないほどで、問題は複雑化、深刻化している。

「家族内の問題」と放置され続けてきた福祉施策

これら困難ケースの改善は、相談員(介護スタッフでも管理者でも良い)が、家族の信頼をどこまで得られるか鍵となる。そのためには、本人以上に、家族の悩みや苦しみを丁寧に傾聴することや、継続的な状態把握、見守りなどが必要で、労力や時間がかかる。勤務時間内、外に関係なく、夜中に電話がかかってくることもある。これらのケースは担当者の懸命の熱意によって支えられてきたといって良い。

ただ、どれだけ時間と情熱をかけて困難ケースに対応しても、それが利益や報酬になるわけではなく、また家族や関係者に喜ばれるわけでもない(恫喝や、悪態をつかれることの方が多い)。だからこそ、営利目的の一般サービスを基礎とした介護保険ではなく、社会福祉の視点を持った非営利の継続的な支援が不可欠なのだ。

しかし、老人福祉も、児童福祉対策と同様に急速に劣化している。
その中核となるべき福祉事務所の職員は、児童相談所同様に一般職の公務員であり、「高齢者虐待への対応を積極的と行おう」という人は少ない。厳しいようだが、私の知る限り、ほとんどいない・・といって良い。虐待が疑われる事例を報告・相談しても、「そろそろ5時なんで、お急ぎでなければ明日でも良いですか・・」と迷惑そうに答える担当者もいる。ケース①でも、事後報告を行ったが、「何のことでしたっけ・・」という反応だった。

それは社会福祉法人の運営姿勢にも波及している。
社会福祉法人は、営利目的の介護サービス法人ではなく、福祉的支援が求められる困難ケースに対応する公益法人である。その地域の福祉拠点として高額な補助金や税制優遇を受けている。
しかし、最近では、虐待による措置入所などの福祉課題ある高齢者・家族は「トラブルになるので受けない」という特養ホームが大多数を占め、困難ケースに積極的に対応しようとする相談員は「そんなことをしても利益がでない」「介護保険に集中しろ」と管理者から叱られるという。
社会福祉士や介護福祉士など、優秀で意欲のあるスタッフや相談員ほど、板挟みで燃え尽きるように離職し、中には本人がうつ病になるなど精神的に参ってしまう人もいる。

特に、介護保険制度以降は、事業者と利用者の民間契約となったことから、福祉事務所も社会福祉法人もその役割を見失い、すでに老人福祉は制度として崩壊していると言っても過言ではない。


介護や幼児教育の充実も重要な施策だが、福祉施策こそが命を守る最後の砦、セーフティネットであり、それは憲法で義務付けられた国の責務である。 また、福祉の現場にいると、虐待や困難ケースは、決して特殊なケースではなく、誰でも加害者にも被害者にも陥る可能性があることがわかる。
しかし、現在の日本では、子育て支援や介護サービス事業に莫大な社会保障費が投入される一方で、保育や介護だけでは対応できない、虐待や生命の危機に苦しんでいる要福祉の高齢者や子供たちは、「家族内の問題」として国や自治体からも見放され、放置され続けてきたのだ。

「保育園落ちた、日本死ね」という言葉に素早く反応し、「我こそは、働く母親の味方! 子ども達に明るい未来を!」と大はしゃぎした政治家も、今回は息をひそめたように出てこない。国民の喜ぶこと、耳目を集めることは積極的にやりたいが、直接的に票にならないことには興味がないのだろう。

ただ、その無責任さは、政治家だけでなく、私たち一人一人の問題である。
「教育・介護・福祉の充実」を連呼して、年間120兆円を超える莫大な資金を投入して出来上がった日本の社会保障・社会福祉制度は、「先生、助けて・・」と意を決して支援を求めた、小さな子供の命さえ救えないものだ、という現実を直視しなければならない。
その社会保障費の1%ではなく、0.1%、いや0.01%でも、福祉対策に向ければ、今回のケースを含め、たくさんの命が救われるはずだ。

10歳の少女が、学校の先生に父親の虐待を伝えたことをどれほど後悔し、またどれほどの絶望と苦しみの中で亡くなったかと思うと、あまりにも胸が痛い。
今度生まれてくるときは、もう少しまともな親の元で・・というよりも、もう少しまともな国に・・と願うというのは、言い過ぎだろうか・・。


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