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業務シミュレーションの一歩先へ Ⅰ ~食事介助にみるユニットケアの課題~

ユニットケアは集団介助からの脱却を図り、少人数単位での介助を行うことで生活リズムに合わせた個別ケアを実践する画期的な介護システムです。ただ食事場面で「ユニット単位での生活・介護の完結」を厳格に行うと、スタッフ間の連携が難しく非効率なシステムになる

高齢者住宅開設者向け 連載 『社会価値・市場価値の高い高齢者住宅をつくる』

高齢者住宅は、どのような建物が良いのか、食堂配置はどうあるべきか‥に正解はありません。
ただ、ここには一つの指針があります。
それは、高齢者住宅のビジネスモデルは、「自立・要支援高齢者のみ」「認知症高齢者のみ」「身体機能低下・要介護3以上のみ」と対象者を限定すればするほど単純になり、逆に広げれば広げるほど難しくなるということです。それは、建物設備設計だけでなく、介護システム設計においても、収支計画においても同じです。そう考えると、「自立~要介護まで対応」「重度要介護も認知症も誰でもOK」という高齢者住宅の商品設計が最も難しい(実際には不可能)ということがわかるでしょう。

それは、「早めの住み替えニーズ」も同じです。
一人暮らしで介護の将来不安から「要介護になる前に、元気な時に住み替えた方が安心」「住み慣れた環境で要介護になった方が安心」というセールストークに惹かれる高齢者は多いでしょう。
しかし、入居当初は自立度の高い高齢者が多くても、少しずつ要介護の高齢者か多くなり、かつ重くなっていきます。加齢によって少しずつ身体機能が低下し要介護になる人もいれば、脳梗塞や骨折などで一気に重度要介護になる人、更には身体機能の低下だけでなく、認知症を発症する人もいます。その結果、一つの建物設備、介護システムの中に、様々な要介護状態の高齢者が混在することになります。
述べてきたように、「自立・要支援向け住宅」と「要介護向け住宅」は根本的に違うものですから、「早めの住み替えニーズ」に応えられる、自立から重度要介護、認知症まで、ニーズを持つ高齢者を一つの建物設備、介護システムの中で対応することは不可能なのです。

「居室・食堂同一フロア」における厳格なユニット型の問題点

そう考えると、高齢者住宅のビジネスモデル設計においては、対象者選定は二つしかありません。
ひとつは、「自立・要支援のみ対象」とし、介護システムは区分支給限度額方式のみ。訪問介護だけでは対応が難しい中度~重度要介護になれば退居もしくは、住み替えを促すものです。ただ、これは基本的に同一法人・関連法人内で、介護機能の整った介護付有料老人ホームやグループホームを運営しており、スムーズな住み替え支援ができることが前提です。
もう一つが、特定施設入居者生活介護の指定をうけ、「要介護高齢者のみを対象」とするものです。
単独の老人ホーム・高齢者住宅の場合、このビジネスモデルしかありません。ただ、これも「要介護高齢者のみ対象」というだけでは、事業計画は成り立ちません。それは、「要支援1・2」と「要介護4・5」では、必要となる介護サービス量、そして、何よりも介護報酬が変わってくるからです。
ここで、必要となるのが「可変性」という視点です。それは要介護高齢者の軽度・重度の変化に、建物設備設計と介護システムが連動して、どのように対応していけるのか…です。

 「居室・食堂フロア分離型」の介護付有料老人ホームの課題 ~【2:1配置】~ 🔗で、介護付有料老人ホームの【2:1配置】でも、「居室・食堂フロア分離型」では、エレベーターが障壁となって、必要な介護を行うことは難しいということを説明しました。では、ユニット型特養ホームに見られるような、「居室・食堂フロア一体型」ではどうでしょうか。
以下のような10人1ユニット(1フロア2ユニット)でシミュレーションしてみます。

全体の半数が、起床介助、移動介助、食事介助が必要な要介護3以上の重度要介護高齢者とします。夜勤帯の介護スタッフ配置は3名、日勤介護スタッフは12.5名なので、これを食事時間に合わせて、早出介護(7時~16時)、日勤介護(9時~18時)、遅出介護(12時~21時)に分けて、それぞれ4名、4.5名、4名を配置します。
これで朝の起床介助~食事に必要な介護人員は、7名が確保できました。

6時半頃から、夜勤スタッフが少しずつ起床介助(起床・排泄・着替え・歯磨き整容等)をスタートさせます。7時には早出介護のスタッフが4人出勤しますから、ユニットに一人ずつのスタッフがついて(残りの一人が食事の準備などの補助に入り)起床介助を行います。自走車いすの人は自分ででてこられますから介助の必要がない人に声をかけながら、食事の準備を始めます。早朝介助は、起床介助(洗面・着替え・整容など)、排泄介助、食事準備、食事介助などの、様々な介助が集中する一番忙しい時間帯ですが、起床介助・排泄介助が必要な高齢者が半数程度であれば、なんとか介護できるでしょう。

ただ、ここにも二つの問題があります。
ひとつは、夜勤スタッフのいるユニットは、7時から起床介助をスタートさせるため8時に食事を始めることはできないということです。ユニットケアの場合、ユニット単位で生活環境が独立しているため、二つのユニットにまたがって介助することは難しくなります。
7人体制ですから、もう一人の残ったスタッフが食事の準備を行うとしても、フロアを隔てた3つのユニットを掛け持ちになりますから、その対応には限界があります。食事は転倒や誤嚥窒息などの事故リスクが高いため、「食事介助を中断して、起床介助を手伝う」ということはできませんし、食事介助が必要ない人だけ「先にそれぞれで食べてもらう…」ということもできません。夜勤スタッフも1つのユニットで起床介助から食事準備・介助をするので手一杯ですから、どうしても、もう一つのユニットは食事を始めるのが8時半近くになるのです。
このシミュレーションは「介助が必要な要介護3以上の高齢者が半数」ということを前提にしていますが、重度要介護高齢者がそれ以上に増えてくれば、朝食時間はより遅くなります。そうすると、入浴などのその他の業務スケジュールに大きく関わってきます。

もう一つの問題は、起床時に風邪による熱発や転倒事故が発生した場合に対応が難しいということです。
早朝6時~9時頃までは、介護業務が集中する一日で一番バタバタとする忙しい時間帯です。その中で、熱発、転倒などの異変があれば、また、衣服やシーツなどの排せつ物の汚染がひどい場合、その対応に一人のスタッフが30分以上の時間を取られますから、そのユニットの早朝介助、食事介助は止まってしまうことになります。

ユニットケアは、それまでの事業者都合に合わせた集団介助からの脱却を図り、少人数単位での介助を行うことで、それぞれの重度要介護高齢者・認知症高齢者の生活リズムに合わせることのできる、よく考えられた画期的なシステムです。ただ「ユニット単位での生活・介護の完結」を重視しすぎたために、スタッフ間の連携が難しく、非効率なシステムになってしまっているのです。




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