集団主義、平等主義を含め比喩的に「社会主義が最も上手くいった国」「一億総中流」と言われた日本でも、格差社会という言葉がささやかれて久しい。
格差社会は、収入や財産によって人間社会の構成員に階層化が生じ、その階層間の遷移、特に貧困から抜け出すことが困難な状態になっている社会課題を示す言葉だ。
短期間の間に格差が進んだ背景として、急速な少子高齢化のほか、バブル崩壊後の長期不況、リストラ・非正規雇用の増加など労働環境の変化、IT・デジタル化といった産業構造の変化など、様々な要因が挙げられている。
一般的に、経済的に富裕層と貧困層が両極化、固定化する状況を指すが、付随して教育格差、情報格差、地域格差、男女(ジェンダー)格差、世代間格差の拡大も指摘されるようになっている。
そしてもう一つ、これからの日本が直面するのは、社会保障格差の拡大だ。
それは、健康保険・介護保険などの社会保障サービスの恩恵を十分に受けられる人と、受けられない人の格差が拡大、固定していくということだ。言い換えれば、セーフティネットが崩壊し、日本社会の底が抜けることを意味している。
その背景と課題について解説する。
社会保障格差を生み出す世代間格差の拡大
急速な少子高齢化が社会保障制度に及ぼす影響については、【私たちが直面する後後期高齢者対比『3.4』の衝撃🔗】で詳しく述べているが、医療介護問題の本丸となるのは、重度要介護発生率や認知症発症率、医療依存度が顕著に高くなる85歳以上の後後期高齢者の増加だ。

介護保険が始まった2000年には230万人程度だったものが、2020年には600万人、2040年には1000万人を超え、高止まりをしたまま後後期高齢者1000万人時代は、2080年代まで続く。一方、それを支える側の20歳~64歳人口は、2020年の6938万人から2040年には5808万人、2060年には4726万人と1000万人単位で減少する。これを比率でみると、2020年には、後後期高齢者一人当たり11.3人で支えていたものが、2040年には5.77人と半減、2060年には4.03人、2080年には3.4人と、今の三分の一以下になる。
この比率は3.4という低水準のまま、100年後の22世紀まで続くことがわかっている。
「人口減少は悪いことではない」という人がいるが、問題の根幹にあるのは、総人口の減少ではなく、この「支える人」と「支えられる人」のアンバランスの拡大だ。介護地獄、介護崩壊などのおどろおどろしい言葉が巷に溢れているが、私たちはまだその入り口にも立っていないということがわかるだろう。

日本の社会保障政策は、年金・医療・介護ともに相互扶助の社会保険システムを土台としている。そのため、少子高齢化による「支える側」と「支えられる側」のバランスによって、その負担と受給が変化するのは避けられない。
自民党・立憲民主党・公明党によって、「国民年金の底上げに厚生年金の積立金を取り崩す」という合意がなされたが、これは場当たり的な、選挙目的の小手先のものでしかない。
いずれ国民年金保険料負担の年齢は60歳から64歳になるだろう。加えて、受給開始年齢を70歳からと遅らせたり、厚生年金と国民年金の整理統合、年金保険と労働保険などの整理統合など、抜本的な改革は避けられない。
ただ、年金保険は長期保険だ。周知期間、移行期間、経過措置を合わせて、10年20年という長期的な収支のバランスを考えて制度変更が行われるため、年金収入や生活が激変することはない。
一方の、健康(医療)保険・介護保険は、短期保険だ。
年度単位で、収入と支出を合わせていかなければならない。
現在の医療介護制度を維持するには、10年後には消費税は25%、健康保険・介護保険、住民税や固定資産税も今の二倍にしなければ、財源は確保できない。しかし、そんなことを続ければ、間違いなく経済と社会保障の共倒れになってしまう。「日本のバランスシートは健全だ…」と声高に叫んでみても、この一世紀に及ぶアンバランスを、赤字国債の発行で穴埋めし続けることも不可能だ。
そう考えると、短期間のうちに、高齢者の医療・介護の受給額を抑えていくしかない。ただ、介護サービスを強制的に抑制すれば、50代60代の介護離職が激増し、生活保護費の増加、経済活動の低下、税収・保険料収入低下というトリプルマイナスに陥るリスクをはらむ。
この問題は、介護保険がはじまる四半世紀以上前からわかっていたことだ。
しかし、これまで何一つ、必要な対策を取ってこなかった。
あまりに、人口動態へのアンバランスへの対応が遅いのだ。
社会保障制度破綻の足音は、間近に聞こえている。景気・経済とのバランスをとりながら消費税、保険料の見直しとともに、保有金融資産を対象とした自己負担の値上げ(一割・二割 ⇒ 三割~五割)、軽度要介護の利用抑制、障害者介護施策との統合などの抜本的な対策を、遅くとも十年以内に行わなければ、日本の社会保障制度は瓦解する。
それは「痛みを伴う改革」といったレベルのものではない。
この人口アンバランスが生み出す世代間格差は、「若者と高齢者の格差」ではなく、それぞれの世代・年代によって「自分が高齢期、後後期高齢者になったとき」に、受けられる医療介護サービスには大きな格差ができるということだ。
覚えている人も多いだろう。
1973年から1982年までの10年は、高齢者は医療費の自己負担ゼロだった。
ただ、この給付と負担のバランスを考えれば、いまの高齢者、後後期高齢者はまだ恵まれていると言えるだろう。単純計算をすれば、10年後の高齢者が受けられる医療介護サービスは今の半分に、30年後には、三分の一になるということを覚悟しなければならないということだ。
続く <<<社会保障格差の時代へ 日本社会の底が抜ける(中)
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