介護事故報告書を「発生から対策」まで整理して書くには、すべての介護スタッフに高い介護技術、知識、経験、ノウハウ、文章力が必要となる。かつ事故発見者、発生当事者の主観ではなく、客観的な視点で策定しなければならない。
すべてのスタッフにそれを求めることは不可能。
管理者・リーダー向け 連載 『介護事業の成否を決めるリスクマネジメント』 032
介護事故報告書に表れる事業者のサービスレベル? で述べたように、介護事故報告書は、その事業者のサービスの質、リスクマネジメントの質を表すものです。
報告書の中で原因分析、初期対応、改善策がきちんと示されていれば、サービス・業務は向上しますし、何が起こったか、何故発生したのかわからないままの始末書のような言い訳、反省文では、意味がないだけでなく、スタッフの業務意欲、サービスの質は低下していきます。
介護事故報告書のレベルは、それぞれの高齢者住宅事業者のサービスの質・リスクマネジメントのレベルに比例するということです。近年、介護業界でも、事故、トラブルの増加によってリスクマネジメントの重要性が叫ばれるようになり、事故報告書の質、中身にこだわる事業者は増えています。
しかし、残念ながら、これまで「この事業者は完璧だ・・・」というところは見たことがありません。優秀な事業者であっても、それを作成したスタッフの経験や知識、技術によって、どうしても介護事故報告書には、優劣ができてしまうからです。
介護事故報告書は何故、上手く書けないのか
介護事故報告書が上手く作成できていない理由、ケースは、大きく分けて二つあります。
① 事業者に基礎的な技術・知識・ノウハウが備わっていない
一つは、事業者に技術・知識・ノウハウが備わっていないということです。
経営者・管理者から見れば、「事故報告書を書けないスタッフが多い」ということになるのでしょうが、第三者の目から見れば、「まともな事故報告書が一枚もない」という事業者も少なくありません。それは、事業者に事故報告書策定に関する基礎的なノウハウが備わっていないからです。
これは、小規模の事業者だけでなく、複数の高齢者住宅を運営する大手の高齢者住宅でも同じです。
述べたように、介護事故報告書を作成するためには、「安全介護マニュアル」「建物設備 安全設計」「ケアマネジメント」「スタッフ教育」「連携連絡・報告体制」など、リスクマネジメントを前提とした、サービスの根幹が必要です。その根幹がないということは、事業者、管理者自身が「何を目的に事故報告書を書くのか」「どのようなポイントを整理して報告書を作成するのか」がわかっていないということです。
そのため、管理者にも「事故があったので事故報告書を作成してください」ということしか頭にありません。その結果、報告書ではなく、反省文・謝罪文・言い訳文となり、誰も内容をチェックしないまま、そのまま閉じこまれて終わりです。
② スタッフに基礎的な技術・知識・経験が備わっていない
もう一つは、きちんとした報告書もあるが、事故報告書の質・内容に、優劣の隔たりが大きいという事業者です。これは事業者として、どのようなポイントで報告書を作成すればよいか決まっているものの、それに報告書作成者の能力が追い付いていないケースです。
介護事故報告書を書くためには、介護の知識・技術、介護事故の予防知識が必要です。
しかし、現在のところ、特養ホームや介護付有料老人ホーム、通所サービスの介護スタッフには、ホームヘルパーや介護福祉士などの資格が必要ありません。そのため、同じ介護スタッフと言っても、無資格の新人から経験豊かなベテランの介護福祉士まで、知識・技術レベルには大きな開きがあります。基礎的な介護知識・技術が備わっていなければ、介護事故の原因や事故予防の対策について、適切な判断はできません。
報告書の策定に必要なのは介護職としての知識・経験だけではありません。簡潔に読む人にわかりやすく伝えるための文章力も必要です。そのため、知識や技術があるはずの、ベテランの介護スタッフが書いたものを読んでも、何を言いたいのか、何が起こったのが、わからないものもあります。
また、あれこれと考えながら書く報告書は、事実と大きくかけ離れることになります。
事故後、何度も書き直しを命じられ、一週間以上経過してから出されている報告書がありますが、時間が経つと緊張は低下していきます。嘘をついている認識はなくても、自分の都合に合わせて、記憶は修正されてしまうことになります。上司に指示をされて、何度も書き直す中で、実際に起こった事故とは少しずつかけ離れていくのです。
③ 事故原因に対して客観性を保つことが難しい
更に、事故報告書は、書き手の性格にも左右されます。
目の前で事故が発生し、止められなかった、利用者に怪我をさせてしまったと、真面目で優秀なスタッフほどショックを受けています。
一歩間違えば死亡事故につながるようなケースもあり、自信を失い介護の仕事が怖くなるという人もいます。「スイマセンでした」「私のミスによって・・」など、反省文のようになるのはこのためです。逆に「私だけの責任ではない」「運が悪かっただけ」と考える人は、♬今度から気をつけま~す♬ と投げやりな感情が文章に現れてきます。
事実に基づいた客観的な事故報告書を書くということは、誰であっても、経験や知識があっても、とても難しいということがわかるでしょう。
介護事故報告書が上手く書けないのは当たり前
セミナーでも「事故報告書を上手く書けないスタッフが多い」「事故報告書がスタッフによって大きく違う」という相談は多いのですが、それは当然のことだといえます。
述べたように、事故報告書を書くためには、介護職としての高い知識・経験・ノウハウが必要ですし、文章力も客観的な視点も必要です。働いている全スタッフが、そのレベルに到達しているような事業者はないからです。
それは、事故報告書の目的と中身を、整理すれば考えればわかります。
◆ どのような状況で事故が発生したのか
◆ 転倒事故の原因はどこにあるのか
◆ 発生時、発見時の初期対応は適切だったか
◆ 介護手順、介助方法、建物設備、ケアブランなどの見直しの必要があるか
◆ 家族や関係部署に誰が、どのように報告したのか
◆ 他のスタッフへの申し送り、連絡はどうするのか、適切に行われたか
まず、どのような状況で事故が発生したのかを判断するには、その高齢者の要介護状態や提供されている介護サービスの内容、建物設備などを適切に把握していることが必要です。転倒している高齢者を発見した場合は、なぜそれが発生したのかを、残された状況から類推しなければなりません。
また、事故の発生時、発見時には、ケガの有無の確認、看護師への連絡、救急車の要請など、それぞれの状況に応じた適切な初期対応が求められます。それが適切だったか否かも、事故報告書で検討すべき重要な項目です。
ここまでだけでも、相当な知識、技術、経験が必要です。
その上で、事故原因から、事故の発生予防、拡大予防のために必要な対策の検討を行わなければなりませんし、家族や関係部署への連絡、スタッフへの申し送り、業務の見直しなども必要になります。
ここまで記入するには、個人の能力、経験だけでなく、ある一定の立場の限られた人にしか作成できないということがわかるでしょう。
「介護事故報告書の書き方」の研修を行っている、箇条書きで記入できるように工夫しているという事業者もありますし、事故報告書の書式が原因分析からけがの有無、部位の記入、改善策の検討など細かく設定されているところもあります。しかし、介護の知識や技術があっても、文章の書き方や注意点を示されても、全員が原因究明や適切な予防策、家族連絡やスタッフへの周知も含めた、介護事故報告書が、スタッフ全員が書けるようになるかといえば、それは不可能なのです。
また、同じ一つの事故であっても、誰がそれを書くのか、その人の性格によって、内容が違ってくるということでは意味がありません。厳しいようですが、「事故報告書を書けないスタッフがいる・・」と嘆いている時点で、個人の資質に頼っている時点で根本的に間違っているのです。
介護事故報告書を見直すには、何の目的で書くのか、どのように活用するのか、どのように記入するのか、誰が作成するのかを、基礎から考えなおす必要があるのです。
言い換えれば、それがわかれば、そう難しいことではないのです。
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