高齢者住宅関連制度の方向性、ベクトルは大きく4つ。「施設と住宅の役割の明確化」「高齢者住宅関連制度の統合」「介護保険の重度化リバランス」「自治体マネジメントの強化」。そのベクトルに対応できない事業者、自治体は淘汰されていく。
【連 載】 超高齢社会に、なぜ高齢者住宅の倒産が増えるのか 024 (全 29回)
日本の社会保障制度は、これまで人口動態の変化や財源・人材育成など長期的なマネジメントの視点がないまま、補助金ありきのバラマキ政策が推進されてきました。
それは高齢者施設や高齢者住宅施策にも当てはまります。財政的にも人材的にも、到底、維持できるような制度ではありません(説明不可、制度・政策の混乱?)。また、その混乱した制度の歪みを突くようにして作られたビジネスモデルも、経営的にもサービス的にも、長期安定的に事業が継続できる商品にはなっていません(悪徳業者よりも怖い素人事業者?)。
少子高齢化に伴う労働人口減少、後後期高齢者増加の巨大リスクは、今後50年以上続く、非常に厳しいものです。どう考えても、現行制度のままで乗り越えることは不可能です。対策が遅れれば遅れるほど財政は悪化、介護人材不足に拍車がかり、確実に痛みは激しく、深くなっていきます。
「財源」と「人材」には限りがあるということを前提に、早急に今後40年、50年の間、持続可能な制度に変えていく必要があります。
高齢者の住まいに関する制度の方向性は決まっている
現在の社会保障制度、高齢者住宅の最大の課題は、一言で言えば「不公平・不平等」です。
社会保障制度は、セーフティネットという言葉の通り社会の基盤です。「手厚い社会保障か」「高負担高福祉か低負担低福祉か」という議論以前に、うまく利用した人だけが得をする制度ではなく、すべての国民に公平で公正なものでなければなりません。
それは事業者にとっても同じです。介護サービス事業は、公的な社会保障制度を基盤とした営利目的の事業という、他に類例のない特殊な事業です。現在のように、制度矛盾や指導監査体制の不備をついて不正やグレーゾーンで運営する事業者が高い利益を上げる、真面目に運営している事業者が疲弊するというのでは、介護産業の健全育成などできるはずがありません。
また、85歳以上高齢者の倍増によって介護や医療のニーズは激増しますが、社会保障財源には限界があります。少子高齢化によって、支える人と支えられる人のバランスも大きく変わっていきます。今後は「あれも、これも」ではなく、限られた人材・財源を効率的に活用し、最大の効果を目指すというマネジメントの視点が不可欠です。
高齢者住宅関連制度においては、できることは限られており、やるべきことも決まっています。
それは、制度間の矛盾を解消すること、事業者が自由に競争できる環境を整えること、そして限られた財源や介護人材をどこに投入するのかを明確にすることです。
これからの、高齢者住宅施策にかかる4つの方向性を挙げます。
【施設と住宅の役割の明確化】
まず一つは、高齢者施設と高齢者住宅の役割の明確化です。
現行制度の根本的な欠陥は、「介護」「老人福祉」「低所得者」の対策が混乱していることにあります。
「要介護高齢者の住居が不足する」という課題に対して、この三つの対策を分離して、公平で効率的な政策を検討すべきだったのですが、全く目的の違う「老人福祉施策」で、要介護高齢者の住居として特養ホームを作り続けてきました。
その結果、「富裕層が優先される福祉施設」という、考えられない事態となっています。
これはユニット型特養ホームだけでなく、ショートステイやケアハウスも同じです。
ケアハウスは、自立高齢者を対象とした老人福祉施設で、その整備・運営には莫大な金額の補助金が出されています。しかし、原則、生活保護受給者は利用できず、中には「入居一時金数百万円」という高級有料老人ホーム並みのケアハウスもあります。
老人福祉施設は、障害者施設や児童施設と同じカテゴリーに属する社会的弱者の施設です。
低所得者を排除した富裕層対象の福祉施設というのは、「お金持ちの子供しか入れない児童養護施設」「富裕層優先の億ションの市営住宅」と同じです。これは大げさな表現ではなく、現在の老人福祉施設は実際にそうなのです。このような施設をつくった社会福祉法人も問題ですが、その天下り法人や議員法人に補助金を出しているのは国や自治体です。社会福祉法人に天下った役人や議員理事長、親族施設長に支払われる給与は、年間数百億円に上ります。いかに、社会保障政策が国、自治体ともに政治家や公務員の利権ありき、補助金ありきで、歪んでいるかわかるでしょう。
この高齢者施設の混乱は、本来の税金の使い方として不平等、不公正というだけでなく、民間の高齢者住宅の健全な発展に大きな障壁になっています。 まずは、現在の特養ホーム、ケアハウス、老人保健施設などの高齢者施設を、民間の高齢者住宅とは分離して、本来の限定された役割に戻すことが必要です。
【高齢者住宅関連制度の統合】
二つ目は、高齢者住宅関連制度の統合です。
有料老人ホームもサ高住も、監督官庁や根拠法が違うだけで、どちらも民間事業者による営利目的をした高齢者住宅事業です。制度が分かれている理由、制度基準が二つある意味、メリットは一つもなく、この制度矛盾が素人事業者の激増、指導監査体制の崩壊を招いています。
これは介護保険制度も同じです。
「特定施設入居者生活介護」「区分支給限度額方式」に分かれていますが、対象となる要介護高齢者が変わるわけではありません。これらの制度の歪みやグレーゾーンが拡大すればするほど、「囲い込み」による社会保障費は増大し、素人事業者参入によって高齢者住宅の質は更に低下しています。
公平な競争によって、高齢者住宅産業の健全な育成を図るためには、有料老人ホームとサ高住の統合、指導・監査体制の一体化、強化は不可欠であり、合わせて高齢者住宅に適用される介護報酬も統合されなければなりません。
【軽度者外し 重度要介護へのリバランス】
三点目は、重度化対応の強化、リバランス(再配分)です。
財政と人材が豊富であれば、やるべきこと、できることはたくさんあります。
しかし、残念ながら、これからの人的、財的な社会資源を考えると、「あれも必要、これも大切」といっても、すべてのことができるわけではありません。
「社会保障政策として最低限やるべきこと」を明確にした、選択と集中が不可欠です。
介護保険制度で行うべき基本事項は、24時間365日の切れ目ない介助がなければ、最低限の生活も維持できない要介護3~要介護5の重度要介護高齢者のケアです。限りある財政や介護福祉士などの有資格者の介護人材を、重度要介護高齢者に、重点的に振り分けていく必要があります。
予防介護や要支援、軽度要介護高齢者への取り組みは介護保険ではなく、総合事業を中心として各自治体の個別施策に委ねることになります。
【地域包括ケア=自治体マネジメントの強化】
もう一つは、自治体マネジメントの強化です。
これまで社会保障政策は、厚生労働省の指導のもと、東京でも大阪でも、また大都市部でも農村部でも、人口密度や人口動態に関わらず、全国一律の政策が行われてきました。都道府県や市町村は単なる実行部隊であり、「全国で定員を16万人分増やす」という国の定めた計画に沿って、交付される補助金を使って、特養ホームや老健施設を整備してきたのです。
全国一律の社会保障の対策が間違いだというわけではありません。
「社会保障の推進は憲法25条に明記された国の義務」ですから、どの都道府県、市町村で生活していても、ほぼ同じ医療、介護、福祉などのサービスが利用できるというのは大切なことです。
しかし、高齢者が密集している都市部と、集落が点在している山間部とでは、必要な介護サービス種類や内容は変わってきます。そのため、国ではなく、それぞれの自治体が、地域性やニーズに沿った介護体制やサービス種類を検討し、推進するという方向に大転換しています。
これが地域包括ケアシステム構想です。これからは、制度の基礎は国が作るものの、実際の整備や運用についての権限や財源は、大幅に基礎自治体である市町村に移譲されることになります。
報道されている通り、2017年度に120兆円の社会保障費は、2040年には190兆円となることがわかっています。マスコミも政治家も「年金2000万円問題」など個人にかかる社会保障費に関しては大騒ぎしますが、国家財政に対してはほとんど興味がないようで大きなニュースにはなりません。それは父親がリストラにあって家計が破綻することには目を向けず、「お小遣いが足りない」と騒ぐ子供と同じです。
現在の医療、介護制度を続けるには、私たちが負担する健康保険料、介護保険料が二倍になるだけでなく、国の負担も自治体の負担も二倍になるということです。それはどう考えても不可能な荒唐無稽な数字なのです。
これら4つの方向性はすべて社会保障費の削減の流れに沿ったものです。
ただし、それは単純な「社会保障費の削減策」ではなく、「制度上の矛盾の修正」「選択と集中」であり、かつ効果の高いものです。社会保障財政削減の一里塚であり、制度、政策は、まずこのベクトルに沿って進むことになります。変化に対応できない事業者は、淘汰されていくということだけでなく、それに適用できない自治体は、医療、介護費用の増大に耐えられずに、破綻することになるのです。
高齢者住宅の制度・商品の未来を読み解く
⇒ 高齢者住宅の制度・商品の方向付ける4つのベクトル ?
⇒ 現在の特養ホーム・老人福祉施設はどこに向かうのか ?
⇒ 高齢者住宅に適用される介護保険はどうなっていくのか ?
⇒ 高齢者住宅の商品性・ビジネスモデルはどこに向かうのか ?
⇒ 低所得・重度要介護の高齢者住宅をどう整備していくのか ?
⇒ これからの「地域包括ケア時代」に不可欠な二つのシステム ?
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