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「特定施設の配置基準=基本介護システム」という誤解


低価格の介護付有料老人ホームの経営・サービスが安定しない最大の原因は、「特定施設入居者生活介護の指定配置基準=基本介護システム」という誤解にある。特定施設入居者生活介護の【3:1配置】では、介護報酬算定基準はクリアできるが、「安全配慮義務」「介護労働環境基準」はクリアできない

高齢者住宅開設者向け 連載 『社会価値・市場価値の高い高齢者住宅をつくる』 024


高齢者住宅の商品設計の基礎は「介護が必要になっても安全・安心に暮らせる生活環境を整備する」ということです。それは同時に「要介護高齢者が増えても安全に介護できる労働環境を整備する」ということでもあります。この二つの命題は、まったく同じことを言っているのですが、これからの介護システム構築においては、より後者の視点が重要になります。 それは、要介護高齢者の安全な生活環境は、介護スタッフが安全に働ける労働環境が前提となるからです。

介護人材が集まらない、すぐに辞めてしまう、事故やクレームが多いなど、事業が安定しない高齢者住宅を見ると、そのほとんどは介護システムに欠陥があります。
ここでは、現在の高齢者住宅の介護システムの課題と、これからの要介護高齢者を対象とした高齢者住宅の介護システム構築の基本、鉄則について、考えます。


「特定施設入居者生活介護=介護の基本システム」という誤解

多くの高齢者住宅で、「介護付だから、訪問介護併設だから安心・快適」という、セールストークが行われています。特に「介護付」は、そのネーミングイメージから、要介護高齢者対応、要介護高齢者専用の住宅だと、とらえている人は多いでしょう。
しかし、「介護付だから、要介護高齢者に対応できる」という単純な話ではありません。 それは「特定施設入居者生活介護の指定基準=介護看護の基本システム」ではないからです。
逆に、なぜそのような誤解が高齢者住宅業界に蔓延してしまったのか。
それは、高齢者住宅の介護報酬、指定基準、保険適用の考え方が、これまでの医療保険(病院)や介護保険施設と、根本的に違うということが理解できていないからです。

まず、医療保険(健康保険)との違いを比較してみましょう。
病院経営の基礎となる医療保険は、命の平等という観点から、「保険による医療」と「自費による医療」の混合は原則、認められていません。認められているのは、入院時の個室代などの医療行為とは関係のないアメニティ費用と高度先進技術などの一部のみです。
これを混合診療(混合医療)の禁止といい、日本の公的医療保険制度の根幹です。
一連の医療行為(がん診療など)の中で、医療保険で認められていない薬剤や治療方法を使った場合、その部分だけでなく、その疾病にかかるすべての医療行為について保険適用は取り消されます。そのため、海外で認められている薬剤でも、保険適用外のものは(超富裕層以外は)使えないのです。

これは、入院時の医学管理料、看護料も同じです。病院には、急性期、回復期、慢性期など、様々な種類の病院・病棟があり、それぞれに医師や看護師の配置基準とそれに応じた診療報酬が定められています。ただし、「個室に入っている人はより手厚い看護が受けられます…」「当病院は、看護師を基準の二倍配置していますから、健康保険の自己負担以外に、別途上乗せ看護費用が必要です…」ということはできません。保険だけですべての人が、公平・公正・必要な医療を受けられるというのが原則です。


もう一つは、介護保険制度に基づく介護保険施設です。
上図のように、介護保険制度は介護の基本部分を担保する制度であり、「介護の基本部分を超えるサービスは、利用者の選択のもと、自己負担でサービスを補うこと」としています。医療保険とは正反対に、介護保険制度の基準よりも手厚い介護を受けたい人は自費で介護サービスを購入する、「保険による介護」と「自費による介護」の費用の混合が原則となっている制度です。

しかし、それには例外があります。
特養ホームや老人保健施設などの介護保険施設です。
これらの介護保険施設は、介護保険制度上の施設であるというだけでなく、もともと「老人福祉法」や「高齢者の医療の確保に関する法律」などによって規定された、特別な役割を持つ施設です。特養ホームは、身体障害者施設や児童養護施設と同じカテゴリーの、社会的弱者、要福祉高齢者の施設ですから、「手厚い介護サービスを提供するから、その差額は入所者負担」「上乗せ介護費用が特養ホームによってそれぞれ違う」となれば本来の役割を果たせません。
そのため、混合介護の介護保険の例外として上乗せ介護費用の設定は禁止なのです。


介護保険の指定基準配置では重度化対応できない

実際、ユニット型特養ホームの場合、介護看護スタッフの指定配置基準は【3:1配置】ですが、実際には【1.7:1配置】程度の基準の2倍近い介護スタッフが配置されています。それは「なぜユニット型個室特養ホームを増やしてはいけないのか🔗」で述べたように、【10人、1ユニット】という厳格な居室配置のユニットケアでは、それだけの手厚い介護スタッフ配置をしなければ、基本的な介護サービスさえも提供できないからです。

しかし、述べたように特養ホームは、手厚い介護スタッフを配置しても、上乗せ費用は徴収できません。上乗せ介護費用に掛かる人件費は事業者(社会福祉法人)の持ちだしです。逆に、なぜそんなことが可能かと言えば、ユニット型特養ホームには、介護看護の【3:1配置】の指定基準ではなく、はじめから【1.7:1配置】の介護システムを前提とした介護報酬設定や、非課税、低利融資などの優遇措置が、行われているからです。
これは、実際に特養ホームの事業計画を立てるとわかります。【1.8:1配置】で介護スタッフ配置の事業計画を立てても、重度要介護高齢者が中心であれば一定の利益(余剰金)がでるようになっています。

これに対して、特定施設入居者生活介護は、その指定基準の【3:1配置】に対応した介護報酬でしかありません。介護保険施設と違い【2:1配置】【1.5:1配置】と手厚い配置の介護システムを構築するなら、上乗せ介護費用を徴収することが前提になるからです。だから、ユニット型特養ホームと介護付有料老人ホームの指定配置基準はほぼ同じなのに、介護報酬の単価は違うのです。

ここで、問題になるのは、【3:1配置】という特定施設入居者生活介護の指定基準配置だけで、要介護高齢者に基本的な(最低限の)介護サービスが提供できる介護システムが構築できるのか・・・です。

述べたように、介護保険制度は、介護サービスの基本部分を担保する制度です。
必要十分な介護サービスでなくても、この【3:1配置】だけで基本的な介護サービス、言いかえれば最低限の介護サービスを賄うことができなければなりません。

しかし、これもそう単純な話ではなく、注意、注釈が必要です。
特定施設入居者生活介護の報酬単価は要介護度別に設定されています。
要介護度が重くなれば必要な介護サービス量が増えるからです。
ただ、特定施設入居者生活介護の指定基準配置は、全入居者が要介護1でも、要介護5でも同じ【3:1配置】ですが、実際に必要となる介護サービス量は、要介護1と要介護5の高齢者では少なくとも二倍~三倍は違います。排泄や食事など、ある程度、身の回りのことは自分でできる要介護1~2の軽度要介護高齢者が多ければ、この【3:1配置】でも、余裕をもって対応することは可能ですが、要介護3~5の重度要介護高齢者が多くなると、指定基準の介護看護スタッフ配置で介護サービスを提供することはできません。
それは、この基準配置は、要介護1~要介護5の平均値の、その基本部分でしかないからです。

これは実際に、要介護状態の変化に合わせて、実際に必要となる介護看護スタッフ数をシミュレーションすればわかります。全室個室で、中度~重度要介護高齢者が増えてくれば、この基準配置では、基本的な、最低限の介護さえできません。どれだけの介護スタッフ数が必要になるのかは建物設備設計によって変わってきますが、最大限に効率的・効果的な生活動線・介護動線にしても、重度要介護高齢者に対応するには、【2:1配置】以上の介護看護スタッフ配置は、必要になるのです。


介護の手厚さと違っても、求められる「安全配慮義務」は同じ

このような話をすると、指定配置基準の低価格路線の介護付有料老人ホームの事業者からは、
「上乗せ介護費用を取っていないのだから、基準配置で賄えるだけのサービスを提供すれば良い」
「そもそも手厚い介護体制の介護付と同じ、手厚いサービスを求めることがおかしい」

といった反論が寄せられます。
もちろん、介護サービスは労働集約的な事業ですから、【3:1配置】と【1.5:1配置】とで同じ内容、量の介護サービスが提供できないのは、当然のことです。入居者、家族も同じ質・量のサービスを求めているわけではないでしょう。
しかし、注意が必要なのは、法的に求められるサービス提供責任は変わらないということです。

それが顕著に表れるのが、転倒、溺水などの「事故」の責任です。
入居中に骨折事故、死亡事故が発生し、裁判になった場合、裁判官は「基準配置だから、十分な見守りや対応ができなくても、仕方ないね…」「コールが鳴っても、すぐに行けなくても仕方ないね…」とは言いません。問題になるのは「適切な介助が行われていたか否か」「安全配慮義務は満たされていたか」であり、「介護スタッフ数が少ないから…指定配置基準だから…」は損害賠償の判断や、業務上過失致死の刑罰の判断材料にはなりません。
つまり、「介護の手厚さ」に違いはあっても、法的に求められる「サービス提供責任」「安全配慮義務」は、全く同じなのです。

それは業務上の事故リスクだけではありません。
要介護状態が重くなると、定期的な食事、入浴だけでなく、移動、移乗、コール対応など必要となる介護サービス量は、どんどん増えていきます。介護システムが重度要介護高齢者の増加に対応できないと、その負担はすべて介護スタッフにかかります。そこで一瞬の介助ミスによって死亡事故が発生すれば、その介護スタッフは業務上過失致死に問われることになります。これも当然、裁判官は「【3:1配置】だから仕方ないね…」とは言ってくれません。
介護スタッフはフロアを走り回り、転倒事故や家族からのクレーム、入居者間のトラブルも増え、「こんな大変な仕事はやっていてられない…」「私には無理…」「給与安いのに責任ばかりが重い…」と、入職後、三ヶ月、半年という短期間での離職者が多くなるのです。

実際、介護サービス事業の中で、離職率が突出して高く、かつ事故やトラブルが多発しているのは、低価格の介護付有料老人ホームです。その原因は重度化対応できない介護システムにあり、その背景には「特定施設入居者生活介護=介護の基本システム」「指定基準配置の介護看護スタッフの範囲内でできることをやればよい」「基本的な介護サービスは提供できるはずだ」という誤解があるのです。
だから、低価格の介護付が直面する介護スタッフ不足🔗 のような問題が発生しているのです。

述べたように、「介護が必要になっても安全・安心に暮らせる生活環境」の前提となるのは、「要介護高齢者が増えても、介護スタッフが安全に介護できる労働環境」です。入居者にも介護スタッフにも安全な介護システム構築の責任は、行政や介護保険制度ではなく、高齢者住宅事業者、経営者にあるのです。



要介護高齢者住宅の商品設計 ~建物設備設計の鉄則~

  ⇒ 高齢者住宅 建物設備設計の基礎となる5つの視点
  ⇒ 「安心・快適」の基礎は火災・災害への安全性の確保
  ⇒ 建物設備設計の工夫で事故は確実に減らすことかできる 
  ⇒ 高齢者住宅設計に不可欠な「可変性」「汎用性」の視点 
  ⇒ 要介護高齢者住宅は「居室」「食堂」は同一フロアが鉄則 
  ⇒ 大きく変わる高齢者住宅の浴室脱衣室設計・入浴設備 
  ⇒ ユニットケアの利点と課題から見えてきた高齢者住宅設計 
  ⇒ 長期安定経営に不可欠なローコスト化と修繕対策の検討
  ⇒  高齢者住宅事業の成否のカギを握る「設計事務所」の選択 

要介護高齢者住宅の基本設計 ~介護システム設計の鉄則~

  ⇒   「特定施設の指定配置基準=基本介護システム」という誤解
  ⇒ 区分支給限度額方式では、介護システムは構築できない
  ⇒ 現行制度継続を前提にして介護システムを構築してはいけない 
  ⇒ 運営中の高齢者住宅「介護システムの脆弱性」を指摘する 
  ⇒ 重度要介護高齢者に対応できる介護システム 4つの鉄則 
  ⇒ 介護システム構築 ツールとしての特定施設入居者生活介護 
  ⇒ 要介護高齢者住宅 基本介護システムのモデルは二種類 
  ⇒ 高齢者住宅では対応できない「非対象」高齢者を理解する 
  ⇒ 要介護高齢者住宅の介護システム 構築から運用への視点 
  ⇒ 介護システム 避けて通れない「看取りケア」の議論 
  ⇒ 労働人口激減というリスクに介護はどう立ち向かうか ① 
  ⇒ 労働人口激減というリスクに介護はどう立ち向かうか ②   



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