RISK-MANAGE

事故・トラブルをリスクにしないための相談・説明力


事故やトラブルが、事業を阻害する巨大リスクに変貌する最大の理由は、事業者と入居者・家族との「事故・トラブルに対する認識の違い」にある。リスクマネジメントの対策は、まずそれを解消することが必要になる。丁寧な説明・相談はリスクマネジメントの基礎。

管理者・リーダー向け 連載  『介護事業の成否を決めるリスクマネジメント』 024


介護リスクマネジメントの視点でみれば、「事故・トラブル=リスク」ではありません。事故やトラブルはあくまで、「リスクの種」でしかありません。発生した事故やトラブルが、大きなリスクに変貌する最大の理由は、事業者と入居者・家族との「事故・トラブルに対する認識の違い」にあります。
事故をゼロにできない以上、その認識の違いを埋める、解消することが先決です。

サービスに対する認識の違いがリスクを増大させる

四半世紀前、私が老人ホームで介護の仕事を始めたときも、入居者の転倒や骨折事故はありました。
しかし、当時は、それが裁判になる、家族から訴えられることがあるなど、考えもしませんでした。
つまり、転倒・骨折事故は、今と変わらず高齢者にとっては生活上のリスクだったのですが、事業者にとってはリスクではなかったということです。

介護業界で、リスクマネジメントが叫ばれている理由は、転倒・骨折事故や感染症の蔓延が、単なる入居者・入所者の生活上のリスクではなく、事業者の経営を阻害する巨大リスクに変貌したからです。その理由は「素人事業者の増加」「入居者・家族の権利意識の変化」など、いくつかあげられますが、最大の原因は、高齢者住宅内での事故・トラブルの責任の理解・認識が、入居者・家族と事業者の間で食い違いが大きくなってことを、そのまま長年放置してきたからです。

例えば、介護付有料老人ホームで、入居から一週間程度で夜間のPトイレ利用時(排泄自立)に入所者がベッドから転落、骨折したというケース。事業者からすれば「事業者の介護ミスではない…」「100%転倒事故を防ぐことは不可能だ…」と考えるでしょうし、家族からすれば「高齢者住宅の中で発生した事故だから事業者にも責任があるだろう…」と思うでしょう。


これは、民間の高齢者住宅だけではなく、特養ホームなどの介護保険施設でも同じです。
特養ホームは介護保険までは、入所者・家族との直接契約ではなく、措置施設として行政が入所を決めていました。そのため入所者・家族に対して、事業者の責任で詳細にサービス内容・価格・生活上のリスク等を説明しなければならないという土壌が育っていません。入所前に行われるのは、相談員やケアマネジャーによるケアマネジメントのアセスメントが中心で、入所後の生活やトラブル・事故の可能性、禁止事項、契約内容について、施設長が丁寧に説明しているところは一部に限られます。

説明不足は、有料老人ホームやサ高住などの民間の高齢者住宅では、更に深刻です。
新規参入事業者が多いため、事業者事態に転倒、転落などの事故に対しての理解が乏しく、事故やトラブルの質問に対しても、「たぶん、恐らく」といった曖昧な言葉しか返せません。それと同時に、入居者確保が最優先されるため、「自宅よりも安全・安心」「介護が必要になっても安心・快適」といったメリットばかりを強調する、イメージ優先の良い事ずくめの説明になっているのです。

事故やトラブルの可能性について、きちんと説明すべきという課題は、進められているディスクロージャー(情報開示)とは少し違います。
サービス内容や価格について、高齢者や家族に対してわかりやすく説明する義務があることは言うまでもありませんが、その前段階として、多くの事業所で入所者・家族と事業者との間で、「介護保険施設・高齢者住宅のサービスとは何か」「老人ホームの生活はどのようなものか」「事故やトラブルが発生した場合、どこまでが事業者の責任か」といった、基本的な認識が食い違ったままサービスがスタートしていることが問題なのです。


もちろん事前に、丁寧に説明すればすべての事故が免責になるという訳ではありません。
しかし、入居相談・入所相談時に、高齢者は転倒すれば骨折するリスクが高いこと、24時間付き添うわけではないこと、身体拘束に対する事業者の考え方を含め、丁寧に説明すればほとんどの家族は当然のこととして理解してくれます。「事故はすべて事業者責任」「絶対に転倒させるな、事故を起こすな」と言われたなら、契約・受け入れはできません。
逆に「自宅よりも安心・快適」としか伝えておらず、骨折・入院になった後で「どこでも転倒するリスクは同じですよね」と説明しても、家族の耳には言い訳、責任逃れにしか聞こえないのです。

丁寧な説明はリスクマネジメントの根幹

この利用や入居入所にあたっての事前説明は、リスクマネジメントの根幹です。すべての介護関連施設・高齢者住宅で、その目的・方法・内容が適切なものかを見直す必要があります。
必要となる視点、ポイントを4点挙げておきます。


まず一点目は、各事業所の管理者や責任者自らが説明するということです。
事故の可能性や生活上のリスクは契約の根幹ですから、介護サービスを担当するケアマネジャーや各介護スタッフではなく、その事業所を代表する立場の人間が説明しなければなりません。対象者の要介護状態によって、介護事故の可能性や想定される事故種類や内容は変わってきます。介護事故やその法的責任、事業者が行っている対策について、十分な知識がなければ相談や説明を行うことはできません。

二点目は、説明すべき内容を精査することです。
入居者は、自宅で生活するよりもより安全、安心だと思って高齢者住宅に入居します。
しかし、バリアフリーで、24時間介護スタッフ常駐していても、すべての転倒事故や誤嚥事故が防げるわけではありません。もちろん、事業者の安全配慮義務として、十分な安全対策を採らなければなりませんし、その対策についてケアプランなどで十分に検討することも必要ですが、それでも事故のリスクは残ることを理解してもらわなければなりません。
合わせて身体拘束についての、事業者の立場や見解について説明することも必要です。安易な身体拘束は法律で禁止されており、快適な生活のためには、拘束は行わないことを示さなければなりません。

三点目は、高齢者本人だけでなく、家族や保証人にも説明することです。
特に、要介護高齢者の場合、認知症や判断力の低下の問題がありますし、転倒などのリスクについては、その家族にも十分に理解してもらわなければなりません。

そして、もう一つ、重要になるのが、相談や説明を通じて、その高齢者がそのサービスの利用に適合しているのか、またその家族や保証人と信頼関係が築けるのかを判断することです。
例えば、認知症で暴力行為などの周辺症状が激しい場合や医療依存度が高いケースなど、その対象者及び他の利用者や入所入居者の安全性を確保できなければ、受け入れることはできません。

また、介護保険施設や高齢者住宅は、契約後に入居・生活がサービスがスタートします。
そのためには、事業者、入居者、家族の間で信頼関係が構築できることが前提です。
見学時に説明を聞かずに勝手にうろうろする、初めから特別扱いを求めるなど無理難題を言ってくる、事故リスクについて理解してもらえない人は断らざるをえません。その判断を適切に行える管理者や責任者ではないと、相談、説明に対応できないということになります。


以上、4つのポイントを挙げました。
転倒骨折や退所退居にかかるトラブルなど、避けられないケースがあることを丁寧に、積極的に説明することで、事業者の力量や誠意を示すこともできます。逆に、「安心・快適」といった美辞麗句の曖昧な説明が、いかに介護現場の負担になるか、リスクを増大させるかがわかるでしょう。
特に、高齢者住宅への入居は、ほぼすべての高齢者、家族にとって初めての経験です。「わかってもらえるだろう・・」というのは通じません。リスクマネジメントの第一歩は、生活上のリスクに対する認識を、事業者と入居者・家族で共有・一致させることなのです。




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