RISK-MANAGE

リスク拡大の最大の理由は入居前の説明不足


目先の入居率アップのために「事故ゼロに取り組んでいます」「自宅よりも安全・安心・快適」という安易なアピール・美辞麗句を優先し、入居者・利用者や家族に「事故リスク」について正確に説明できていないことが、介護現場を苦しめ、介護リスクマネジメントが遅れている最大の原因

管理者・リーダー向け 連載  『介護事業の成否を決めるリスクマネジメント』 054


大手の高齢者住宅や介護保険施設の経営者や管理者から、「介護事故ゼロを目標にしている」という話を聞くことがあります。リスクマネジメントセミナー講師でも、「介護のプロは転倒・骨折などの事故は起こしてはいけない」と声高に主張する人もいます。
しかし、「転倒事故をゼロにすることは可能か?」と現場の介護スタッフに問うと、ほとんどが首を横に振ります。なぜなら高齢者は、身体機能の低下だけでなく、安全に対する認知機能も低下しているため、介護スタッフがどれほど努力をしても、転倒や骨折事故をゼロにすることはできないからです。認知症で「転倒リスクが高い」ということが理解できない人もいますし、「できることは自分でやろう」という強い自立意識が転倒リスクになることもあります。

もちろん、最大限の安全配慮義務を果たすことは業務上の責務です。しかし、現場をよく知らない素人経営者、管理者が「事故ゼロに取り組んでいます」「自宅よりも安全・安心・快適」というアピールを優先して、入居者・利用者や家族に「事故リスク」について丁寧に説明できていないことが、現場の介護スタッフを苦しめており、介護サービス業界のリスクマネジメントが遅れている最大の原因だといって良いでしょう。

急増するトラブル・クレーム、その原因は説明不足

介護付有料老人ホームに入居中の、軽度の認知症のある要介護2の独歩の高齢者が、歩行中にふらつき、転倒・骨折し入院したという事例を考えてみましょう。
事業者からすれば、直接的な介護スタッフの移動介助のミスで起こった事故ではありません。当該高齢者が自由に歩き回るのに合わせて24時間365日付き添うことは不可能です。
しかし、入居時に「バリアフリー仕様 自宅で生活するよりも安全」「24時間介護スタッフが常駐で安心」としか聞いていなければ、「きちんと介護されていたのか」「ほったらかしにされていたのではないか」と家族が疑心暗鬼になるのは当然です。特に、入居から一ヶ月程度で転倒、骨折し、老人ホームへの支払と骨折の手術費用や病院への入院費などで二倍の費用がかかるとなると「聞いた話と違う」「質の低い老人ホームに入れてしまった」と悔やむでしょう。

これは、月額費用に関するクレームも同じです。
最近は、「地域最安値」「月額費用15万円」など低価格をアピールする高齢者住宅のパンフレットや新聞折り込み広告がたくさん入っていますが、その中身を見ると含まれているのは「家賃・管理費・食費」だけで、介護保険の一割負担やその他費用が書かれていないところも少なくありません。「その程度の金額であれば年金内でいけるか…」と考えて入居を決めても、実際の支払総額は20万円超となり、「聞いていた金額と全然違う!!」と事業者に対する不満・不信感が蓄積されていきます。


事業者は「重要事項説明書に書いてある…」「含まれない費用も説明した…」と言い訳しますが、「パンフレットは15万円」「支払いは20万円超」となれば、ほとんどの家族は「騙された…」と思うでしょう。実際は、すぐに退居することは難しいため、不満に思っていても、直接的に苦情やクレームを言う人は一部ですが、その不満は口コミやSNSで広がっていきます。それは入居希望者だけでなく、介護スタッフやこれから介護の仕事をしようという人も見ています。更に、転倒・骨折などの事故が発生した場合、その不満は爆発し、高額の損害賠償請求として跳ね返ってきます。

介護サービス事業は、小売業、飲食業、一般サービス業などのような「単発の物販・サービス」ではありません。契約後にサービス提供が始まり、それは数年~十数年という長い期間、継続します。特に、高齢者住宅、介護保険施設などの入居・入所系サービスは、「介護サービス」だけでなく、「住宅サービス、生活相談サービス、食事サービス」などが一体的、複合的に提供され、その高齢者の生活の土台がそのまま移ってくるという特殊な住宅サービスです。
入居者である高齢者やその家族と、良好な信頼関係を築くことができなければ、サービスも経営も安定しません。入居時には、「安心・快適」「低価格です」とアピールしておいて、転倒骨折事故や費用に対する苦情があった後で、「言った言わない」「契約書に書いてある」言い訳は、リスクの種が急成長する肥料を大量に注いでいるようなものです。

高齢者・家族への入居相談・説明が十分でない理由

「入居・入所相談・説明」が十分に行われていないのは同じですが、その事情・背景は「介護保険施設」と「高齢者住宅」では違います。
特養ホームや老健施設などの介護保険施設の場合、サービス内容や価格がほぼ制度によって決められているため、「事前にサービス内容やリスク・トラブルについて説明しなければならない」という認識がありません。いまでも、施設長や管理者が、リスクマネジメントの視点から契約前に機会を設けて丁寧に説明を行っているところは、ほとんどありません。
一方の高齢者住宅は、一般の賃貸住宅や分譲マンション販売などの流れから、入居者確保を優先してしまいがちです。そのため「安心・快適」といった美辞麗句や曖昧なセールストークが中心となり、介護事故のリスクやその他費用など、事業者にとって不利益となることを説明しない傾向にあります。


もう一つの理由は、ケアプラン作成のための「インテーク面接」と「入居・入所相談・説明」を混同してしまっているということです。
入居・入所相談とケアプラン作成のためのインテーク面接とは、目的も役割も違います。入居相談は、当該高齢者住宅・施設のサービス内容や価格、入居後のリスク・トラブル、事業者の責任の範囲について誤解のないように伝えることが目的であり、それは「高齢者住宅・施設の選択・判断材料の提示」のために行われるものです。見学を兼ねて、高齢者住宅・施設に来訪してもらい、その説明を行うのは、施設長やホーム長、住宅管理者です。


これに対して、インテーク面接の目的は「入居・入所後のケアプラン作成」であり、入居者・家族からの入居申し込み後に、事業者が行う入居の可否判断、また入居後の介護サービス提供(ケアプランの作成)のために行うものです。基本的に、現在入居予定者が生活している自宅や病院などに出向いて行います。ケアマネジメントの一環ですから、介護支援専門員の資格をもったケアマネジャーの仕事です。

このように理由や背景は違っても、「契約前の事前説明が不十分」というのは、同じです。
高齢者介護は、介護保険制度の発足によって、それまでの老人福祉の時代の「措置」から「契約」にかわりました。しかし、歴史的背景や目先の利益に惑わされてサービス契約の土台である「丁寧な説明による相互理解」が進んでおらず、それが結果的にリスクを高める最大の要因になっているのです。





入居相談マニュアルを作成する Ⅰ ~相談・説明~ 

  ➾ リスクマネジメントを土台とした入居相談マニュアルの整備
  ➾  リスクが大きくなる最大の理由は受け入れ時の説明不足
  ➾ 「入居説明・相談・見学対応」 3つの目的を整理する
  ➾ 高齢者住宅 入居相談対応のストーリーをイメージする
  ➾ 高齢者住宅 入居相談マニュアル Ⅰ ~申込・受付~
  ➾ 高齢者住宅 入居相談マニュアル Ⅱ ~準備・説明~
  ➾ 高齢者住宅 入居相談マニュアル Ⅲ ~見学対応~
  ➾ 高齢者住宅 入居相談マニュアル Ⅳ ~相談・質問~
  ➾ 入居相談マニュアル 書類整備と教育訓練
  ➾ 入居相談にマニュアル導入の効果とNG対応




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