業務・サービスの向上を阻害する要因の一つが連携・連絡システムの不備。効率的・効果的な情報共有・情報管理システムの構築は、チームケア・リスクマネジメントの推進のために不可欠。個別の人間関係に依存した連携・連絡を行う事業者は、事故やトラブルが増える
管理者・リーダー向け 連載 『介護事業の成否を決めるリスクマネジメント』 027
介護保険施設や高齢者住宅などの入所入居サービスでは、介護・看護・相談・食事など様々なサービスが提供され、介護スタッフ、看護師、栄養士、相談員など様々な職種のスタッフが、24時間365日交替勤務で働いています。制度類型やサービス提供方法に関わらず、安全で質の高いサービスを提供するためには、生活の連続性、チームケアの視点が不可欠です。
しかし、リスクマネジメントにおいて、事業者に共通する構造的課題として浮かび上がってきたのが、チームケアの土台となる連携・連絡体制の不備・欠陥です。
スタッフ間の連携不足が事故を誘発しているケース、トラブル、クレーム発生・拡大の原因になるケースは少なくありません。また、「言った、言わない」「聞いていない、知らない」といったスタッフ間の感情的な対立が、チームとしての一体感を大きく低下させています。
「連携・連絡」が、高齢者住宅や介護施設のサービス提供上重要であることは、多くの事業者が理解していますが、その一方で、その改善策が十分に検討されているとは言えないのが現実です。
介護業務を阻害する非効率な連絡システム
現在、介護保険施設や高齢者住宅では、「申し送り」「連絡ノート」「連絡ボード」など複数の方法を用いてスタッフ間・業種間の連絡、業務の引き継ぎが行われています。そのレベルや質は事業所毎に優劣、違いはありますが、聞き取りを行うと、共通する様々な課題が見えてきます。
下表は多いものを抜粋したものですが、同じような課題、悩みがないか、チェックしてみてください。
整理すると、課題は大きく分けて3つあります。
① 情報が伝わっていない
多くの事業所で、朝夕の勤務交代時に、口頭での申し送りが行われています。入居者個別の状態変化、入退居情報、事務連絡、その日の予定、サービス変更など、たくさんの情報が、その日の業務リーダーから伝えられます。短時間で一方的に伝達されるため、メモを取っていても、すべての情報を把握することはできません。申し送りが終わると、すぐに業務・サービスがスタートするため、疑問点や聞き漏れを確認するという時間も与えられません。
また、変則勤務・交代勤務のため、同じ話を何度も聞くスタッフがいる一方で、夜勤明け、連休、早出などで3~4日申し送りに出ていないと、その間にどのような事故があったのか、サービス変更があったのかわからなくなります。
この申し送りを補完するために連絡ノートが用意されており、『出勤者は必ず確認すること』としていますがが、手書きとなるためその情報量には限界があります。また、当日出勤するすべてのスタッフが、一冊しかないノートを勤務前に目を通すことは実質的に不可能です。
② 情報が整理・蓄積されていない
スタッフルームの連絡ボードを見ると、一か月前に終わった勉強会の概要や、2ヶ月後の研修参加募集、破れてぼろぼろになったマニュアル変更、個人的な懇親会のお知らせなどが混在して乱雑に貼ってあります。掲示してあったはずの印刷物・お知らせは、必要なときには行方不明になっています。連絡ノートに個人の確認印を押すように指示されているところもありますが、全スタッフが確認したか否かは誰も管理していないため、汚くなるだけです。
これは、必要な情報が蓄積されていないという課題にもつながります。
連絡ボードに書かれるのは当日の予定のみ、連絡ノートで確認するのも数日分だけです。発生したヒヤリハット事故について2~3日は申し送りされますが、その後は、新しく次々と伝達すべき情報がでてくるため、一週間後には忘れ去られてしまいます。
「そういえば・・・」と思い出すのは、その入居者が次に転倒・骨折したときで、決めたはずの予防対策が、当初の数日間しか行われていないということに気付くことになります。
③ 業務を圧迫している
介護付有老ホームや特養ホームで行われる朝の申し送りには、15分~20分の時間が割かれています。中には、いまでも利用者全員の状態について、読み上げる方式のところもあります。申し送りに参加するスタッフが平均20名と仮定すれば一日延べ300分~400分。介護看護スタッフ一人分の労働時間に相当し、人件費に換算すると年間数百万円になります。
しかし、述べたように、その費用に見合うだけの効果があるとは言えないのが現実です。
申し送りの時間を短縮しようとすると内容が省略され、早口になると余計に聞き取れなくなります。事務連絡や管理者からの注意喚起が入れば、その時間は更に長くなっていきます。スタッフからは、「申し送りを早く終わって欲しい」「申し送りの時間が一番無駄だ」という声も聞こえています。
効率的・効果的な連絡・連携システムを構築する
チームの中で、情報共有のありかたは、それぞれの事業種別によって変わります。同じ特養ホーム、介護付有料老人ホームであっても、勤務体系や労働時間、ユニットケアなどによっても、変化しますから、それぞれの事業者で、最適な情報共有、情報管理システムを構築する必要があります。
基礎となる3つの視点、ポイントを挙げます。
① 情報の重要性を理解する
第一は、情報の重要性、情報共有の重要性を、全スタッフに徹底することです。
情報共有のミスは、介護事故の原因となりうる重大なリスクです。それは入居者の生命を危険にさらす、同僚スタッフを危険にさらすということです。「聞いてなかった、知らなかった」と安易に済まされることではありません。
また、高齢者介護はチームケアですから、50人のスタッフの内、一人でも情報が共有できていなければ、介護事故やトラブルのリスクは、その本人だけでなく、それが引き継がれなかった次の人、周りの人にも波及していきます。「私には関係ない・・」という人は働いてもらっては困るのです。
ですから、新人研修やキャリアアップ研修、介護事故の勉強会などを通じて、「どのような情報が重要なのか」「なぜ情報共有が重要なのか」を、繰り返し伝えていく必要があります。
身体状況の変化、薬の変更、生活環境の変化、業務マニュアルの変更など、リスクマネジメントに関する情報だけでなく、家族からの依頼、本人の趣味嗜好、生活歴などサービス向上につながる情報もたくさんあります。情報に対する感度を高めるだけで、事故やトラブルは減少し、確実にサービスを向上させることができます。
② 発信側が情報を整理する
二つ目は、受け手側に立った、情報の発信方法の検討です。
実際に、困っていることを聞いていくと、現場主任やリーダーに情報は集約されているが、その発信方法に課題があるというケースが多くみられます。
その課題を修正するには、管理者が発信すべき情報の優先順位や発信方法を検討しなければなりません。
一日のサービスをスタートする前に、全スタッフが必ず理解しておかなければならない情報なのか、各ユニットや職種ごとに理解すべき情報なのか、今すぐに伝える必要のないものか、その重要性や緊急性は、それぞれに違ってきます。緊急性のある情報は、事故やトラブルの発生原因になるような情報です。それも全スタッフが知るべき事項なのか、各職種、各スタッフが知るべき情報なのかによって、伝え方は変わってきます。
情報発信サイドの整理 ◆緊急性の高い情報なのか、緊急性の低い情報なのか ◆全スタッフが知るべき情報なのか、個別担当者が確認すべき情報なのか ◆口頭で伝達すべき情報なのか、書類で伝達すべき情報なのか |
例えば、朝の申し送りにおいても、事故情報や見学者や訪問者の有無、本日の入退所、初回利用者、マニュアルの変更があったことについては、全スタッフに伝えなければなりません。だた、個別入居者の状態変化については、全スタッフではなく、そのユニット単位、職種単位で共有できればよいことですし、入浴マニュアルの変更内容を詳細に確認すべきは、当日、入浴介助担当となるスタッフだけです。
事務上の連絡や研修会への参加申し込みなどは、「必ず、今すぐに知らせなければならない」という緊急性のあるものではありませんから、業務前の忙しい時にクドクド説明するのは無駄です。
また、口頭で伝えるべき内容か、書類で伝えるべき情報なのかという整理も重要です。
朝の忙しい申し送りで、「Aさんの転倒事故」「新規入居者・ショートステイ利用者」について口頭で丁寧に説明しているところがありますが、時間もかかりますし、覚えられるはずもありません。全体申し送りで、口頭で伝達する情報は、箇条書きのような短い情報のみに限定し、あとはそれぞれのスタッフが、業務内容に合わせて、すぐに情報を確認するか、後で読むのか判断すれば良いのです。
発信者が、その重要性や緊急性を理解せずに、濃淡なく、一方的に流すために伝わらないのです。
③ 情報共有システムとして構築する
情報共有において重要なことは、後で見てもわかるように書類やデータを残すということです。
「申し送りで何度言っても・・」と言う声をよく聞きますが、「言った・言わない」という水掛け論になるだけですし、特定の個人ではなく、複数の人がそう言っているのであれば、情報発信の方法が間違っているのです。特に、特養ホームや介護付有料老人ホームの介護スタッフは、日勤夜勤、連休など勤務がランダムですから、伝え方には工夫が必要となります。夏休みやお正月明けで数日休みをとった出勤者も、その間に何があったのか、自分が知るべきことは何かが継続的に一目でわかるような仕組みが必要です。
最近では、IT技術を使った情報管理、情報共有システムも進化しています。
筆者の行っている高住経ネットでも、アトラクティブシステムズというソフト開発会社と共同で「KaIT」という情報管理、情報共有ソフト作っています。これまでのような画一的で高額なソフトに合わせて業務を提供するのではなく、クラウドというインターネット上の環境を構築して、各事業者の事業種別や介護システムに合わせて、独自に安価なシステムを構築するというものです。
興味のある方は、お問合せ下さい。
【TOPIX】 地域ケアネットワークの整備 ?
(上記のものは、地域包括ケアの土台となるネットワーク構築ですが、法人内・事業所内ネットワークもあります。ご興味のある方はお問合せください)
「事故に立ち向かう」 介護リスクマネジメントの鉄則
⇒ 業務軽減を伴わない介護リスクマネジメントは間違い ?
⇒ 介護リスクマネジメントはポイントでなくシステム ?
⇒ 発生可能性のあるリスクを情報として分析・整理する ?
⇒ 介護リスクマネジメントはソフトではなくハードから ?
⇒ 事故・トラブルをリスクにしないための相談・説明力 ?
⇒ 介護リスクマネジメントはケアマネジメントと一体的 ?
⇒ 介護マニュアルの目的は「マニュアル介護」ではない ?
⇒ 「連携不備」は介護リスクマネジメントの致命的欠陥 ?
⇒ 介護新人スタッフ教育の土台は介護リスクマネジメント ?
「なにがダメなのか」 介護事故報告書を徹底的に見直す
⇒ 介護事故報告書に表れるサービス管理の質 ?
⇒ 「あるだけ事故報告書」は事業者責任の決定的証拠 ?
⇒ 「介護事故報告書」と「ヒヤリハット報告書」の違い ?
⇒ 介護事故報告書が上手く書けないのは当たり前 ?
⇒ 介護事故報告書は何のために書くの? ~4つの目的~ ?
⇒ 介護事故報告書の「4つの鉄則」と「全体の流れ」 ?
⇒ 介護事故報告書は誰が書くの? ~検証者と報告者~ ?
⇒ 介護事故報告書の書式例 ~全体像を理解する~ ?
⇒ 介護事故報告書 記入例とポイント ?
⇒ 事故発生後は「事故報告」 事故予防は「キガカリ報告」 ?
⇒ 事故予防キガカリ報告 記入例とポイント ?
「責任とは何か」 介護事故の法的責任を徹底理解する
⇒ 介護施設・高齢者住宅の介護事故とは何か ?
⇒ 介護事故の法的責任について考える (法人・個人) ?
⇒ 介護事故の民事責任について考える (法人・個人) ?
⇒ 高齢者住宅事業者の安全配慮義務について考える ?
⇒ 介護事故の判例を読む ① ~予見可能性~ ?
⇒ 介護事故の判例を読む ② ~自己決定の尊重~ ?
⇒ 介護事故の判例を読む ③ ~介護の能力とは~ ?
⇒ 介護事故の判例を読む ④ ~生活相談サービス~ ?
⇒ 介護事故 安否確認サービスにかかる法的責任 ?
⇒ 介護事故 ケアマネジメントにかかる法的責任 ?
⇒ 「囲い込み高齢者住宅」で発生する介護事故の怖さ ?
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⇒ 介護事故の法的責任ついて、積極的な社会的議論を ?
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