RISK-MANAGE

「囲い込み高齢者住宅」で起こる介護事故の法的責任と怖さ


サ高住は個別契約だから介護事故の法的責任なし・・と言う人がいるが、その責任は雲散霧消するわけではない。刑事、民事、行政ともに、そのまま働くケアマネジャー、ホームヘルパー個人が重大な責任、罰則を背負うことになる。「囲い込み高齢者住宅」で働く怖さとは・・

管理者・リーダー向け 連載  『介護事業の成否を決めるリスクマネジメント』 050


現在、介護業界で、大きな問題となっているのが、多くのサ高住や住宅型有料老人ホームなど、区分支給限度額方式の高齢者住宅で行われている入居者の囲い込みです。本来、区分支給限度額方式の場合、介護付有料老人ホームと違い、高齢者住宅と介護サービスは分離しているのが原則ですが、実際はサ高住などの高齢者住宅事業者が訪問介護サービスを併設し、一体的に運営しているところが大半です。中には、実質的に併設している訪問介護しか利用できないという事業所もあります。

それは、 入居者が負担すべき家賃や食費の一部を、介護報酬や診療報酬に付け替えるといった手法であり、介護付有料老人ホームの特定施設入居者生活介護と区分支給限度額方式の報酬差、制度矛盾を悪用したビジネスモデルだと言ってよいでしょう。
【w011】 なぜ「サ高住」は「介護付」よりも格段に安いのか🔗 で述べたように、介護付有料老人ホームよりもサ高住が格段に安い理由はそこにあります。

この「囲い込み」問題は、介護保険の不適切な「グレーゾーン」、社会保障財政の問題だととらえる人が多いのですが、それだけではありません。介護の専門性や本人の生活ニーズに基づかない、不必要なサービスの押し売りですから、要介護高齢者の生活を不安定にするだけでなく、「本当は訪問看護が必要なのに、訪問介護しか使わせない」といった生命に関わる問題も多数発生しています。
更には、そのリスク・負担は働く介護スタッフにも及びます。この囲い込みの高齢者住宅で、介護事故が発生した場合、働いている介護スタッフやケアマネジャーが、刑事上、民事上、行政上、大きな法的責任を負うことになります。
ここでは、事故リスクの観点から、その課題、法的責任について整理します。

不正が横行する「囲い込みケアマネジメント」

サービス付き高齢者向け住宅を中心とした、低価格の「囲い込み高齢者住宅」で行われているケアプマネジメントの不正の特徴をいくつか上げてみましょう。

① 適切なアセスメント・モニタリングが行われていない
② 要介護度が重くなるように、要介護度認定の不正が行われている。
③ 要介護状態、生活課題、事故リスクに合わせたケアプランが策定されていない
④ 高齢者・家族に対して、適切なケアカンファレンスが行われてない
⑤ ケアプランで定められた中身と全く違う介護サービスが提供されている
⑥ 介護サービスが提供されていないのに介護報酬だけ請求

まず一つは、要介護認定、アセスメントの不正です。
「囲い込み」は、家賃や食費などの費用を低価格に抑え、併設の訪問介護等のサービスを利用してもらうことで利益を上げるという手法です。たくさん利用してもらうためには、要介護度が重くなければなりませんから、「自宅では自立だったのに、サ高住に入ると要介護2」といきなり重くなる人も少なくありません。
「歩行自立⇒歩行が不安定」「入浴自立⇒入浴介助が必要」などと、アセスメントやモニタリングが書き換えられており、本人の要介護状態と全く違うアセスメント、モニタリングが行われています。

二つめは、ケアプランの不正です。
本来、区分支給限度額方式は、自宅で生活する高齢者に対する介護報酬算定方式です。それぞれの要介護状態に合わせて、訪問介護、訪問看護、通所介護、通所リハビリなど10種類以上ある様々なサービスを需要に選択することができるのが最大のメリットです。
しかし、「囲い込み高齢者住宅」では、本人の安全な生活、要介護状態ではなく、事業者の利益優先のケアプランです。「訪問看護が必要なのに、併設の訪問介護しか利用させない」「自力排泄できるのに、オムツにさせられる」というのは、必要のない医療行為、間違った医療行為を行うのと同じで、高齢者の生活を破壊する行為です。
また、入居者の要介護状態に合わせた専門的なケアプランではなく、利益ありきの囲い込みケアプランですから、家族に対しても、ケアカンファレンスやリスクの説明はほとんど行われていません。「訪問看護は使えないのか」「デイサービスに行きたい」などと言われると困るからです。

三つ目はサービス提供に関する不正です。
サ高住など区分支給限度額方式の訪問介護は、介護付有料老人ホームや特養ホームなどの包括算定と違い、入居者それぞれ個別に「13時~13時半 排泄介助」「14時~15時 入浴介助」と、サービス内容とサービス時間が厳格に規定されています。区部支給限度額という高齢者個人の持つチケットを使った訪問介護サービス事業者と入居者との個別契約ですから、サービス内容と時間管理はケアプラン通りに厳格に行わなければなりません。同程度の要介護高齢者数、介護サービス量であっても、臨機応変に動くことができない分、また対象外となる介助が多い分、特定施設入居者生活介護の介護スタッフと比較すると、2倍~3倍のホームヘルパーが必要になります。

しかし、要介護高齢者の多い、サ高住や住宅型有料老人ホームの夜勤帯や食事時間帯の訪問介護のホームヘルパー数を見ると、介護付有料老人ホームのスタッフ配置と、ほとんど変わりません。また、働いている訪問介護のホームヘルパーの業務体系や介助内容、介助方法も、ほとんど特養ホームや介護付有料老人ホームの介護スタッフと同じです。
それは、報酬請求の書類上は、それぞれの入居者と個別に契約し、時間通りに個別に介助したことになっているけれど、実際は、全く違う内容、時間で介助を行っているということです。実際、無届施設やサ高住、住宅型有料老人ホームで働いていたケアマネジャーやホームヘルパーと話をすると、「実際は臨機応変に介助していて介護付と同じ」「不正だとわかっているけど、実態はサラリーマンだから仕方ない」という話がたくさんでてきます。

この3つの不正は、つながっています。
① 食事や排せつが自立している人も、できていないように見せかけ要介護状態を重くする。
② 食事や排せつの介助が必要だと、不要な訪問介護をケアプランの中に入れる。
③ 実際には食事や排せつのサービスを行っていないが、介護報酬だけは算定・請求する

ということです。

この問題をセミナーなどで話をすると、「多かれ少なかれどこでもやっている」「複数の高齢者に対する訪問介護は、報酬算定上、認められている」という反論が起こります。
しかし、それは書類上不備がないというだけで、適切なケアマネジメントに基づく算定ではありませんから、その時点で明らかに不正です。
医療保険の世界で言えば、
「軽度の胃潰瘍だけれど、胃がんの恐れが高いということにした」
「本人にあった薬ではなく、一番利益率の高い薬を処方した」
「投薬で十分に治癒が可能だけれど、保険点数の高い開腹手術をした」
「胃がんのステージⅠだけれど、ステージⅢということにした」
「でも、実際は投薬しかせずに、手術をしたことにして報酬請求をした」

というのと同じです。
実際には、高齢者住宅事業者と関連法人の「居宅支援事業所(ケアマネジャー)」「訪問介護事業所(ホームヘルパー)」が結託し、すべての入居者の区分支給限度額を一元管理し、自分たちの都合のいいように、最も少ない人員で限度額全額の介護報酬が得られるように、書類を整えているにすぎません。それが不正でないというのであれば、コンプライアンスや制度に対する理解が根本的に間違っています。


囲い込み高齢者住宅」で死亡事故が発生するとどうなるか

この「囲い込み」でリスクを負うのは高齢者だけではありません。
このような高齢者住宅で骨折事故、死亡事故が発生した場合、ケアマネジャーも訪問介護のホームヘルパーも、刑事上、民事上、行政上の厳しい法的責任を負うことになります。

① 訪問介護のホームヘルパーが背負う責任

Aさんのケアプランで、「13時~13時半 排泄介助」「14時~15時 入浴介助」と示されていた場合、その時間帯はAさんと訪問介護サービス事業者とのサービス管理下にある契約時間ですから、その時間内に発生した事故は、すべて訪問介護サービス事業者、ホームヘルパーの責任が問われます。
「排泄介助が早く終わったので、他の入居者に呼ばれたので向かった、その間に転倒した」「入浴介助中に、他の入浴者を見に行ったところ、溺水した」というのは、明らかな契約違反(契約不履行)ですから、民事上、莫大な「損害賠償請求」されますし、刑事上の「業務上過失致死傷」にも問われます。

それは、単純な介助ミスではありません。
事故リスクを無視して、利益目的に介護報酬不正請求も絡む危険な契約違反が日常的に行われていたということになれば重過失ですから、入居者死亡の場合、実刑も含めた、相当重い罪になるでしょう。
介護付有料老人ホームの場合、民事上の責任である損害賠償請求は、法人(有料老人ホーム事業者)に対して行われることが多いのですが、訪問介護の場合、それぞれのホームヘルパーのミス、犯罪と見なされ、個人に対して請求されるケースも珍しくありません。その結果、ヘルパー個人が莫大な借金と刑事上の責任を背負うことになり、刑事罰が確定した時点で、介護職員初任者研修、介護福祉士などの資格は剥奪されることになります。

② ケアマネジャーが背負う責任

ケアマネジャー個人が背負う責任も、小さくありません。
【r49】 介護事故 ケアマネジメントの法的責任🔗 で述べたように、ケアマネジメントの不備も介護事故の発生に大きく関係しています。その責任を全うするには専門職として、「適切なアセスメント・モニタリング」「安全を前提としたケアプラン原案の作成」「ケアカンファレンス・本人・家族への説明」「適切にサービスが提供されているかの管理」を行わなければなりません。
しかし、「囲い込み高齢者住宅」のケアプランは、要介護状態に合わせた事故予測(予見可能性)、事故を防ぐためのケアプランの策定(結果回避義務)、家族へのリスクの説明(自己決定の尊重)が、何一つ行われていません。加えて、実際にケアプラン通りに介護看護サービスが行われていないことを知りながら、その改善策も取っていません。
「入浴中の溺水、誤嚥・窒息などの可能性があるのに対策をとっていない」 
「時間通り、適切な入浴介助が行われていないことを知っていたのに放置した」
 
といった場合は、ケアマネジャーに対しても刑事上の責任(業務上過失致死)が問われることになります。

それは事故だけではありません。
「褥瘡があり訪問看護が必要なのに、必要なケアプランを作成しなかったために悪化した」
というケースが増えていますが、これも家族が訴えれば、莫大な損害賠償を求められますし、万一死亡したとなれば、業務上過失致死に問われます。ケアプランの不正が日常的に行われていた、それ以外にも事故が多発していたということになれば、実刑も覚悟しなければならないでしょう。当然、資格も剥奪となります。
ケアマネジメントの役割、ケアマネジャーの責任は、そう軽いものではないのです。

囲い込みによる死亡事故はスタッフが業務上過失致死に問われる

実際、ある大手の住宅型有料老人ホームでは、寝たきりの要介護5の重度要介護高齢者が、特殊浴槽の入浴中に亡くなるという事件が発生しています。
入浴は溺水や急変が発生するリスクの高い生活行動であり、入浴中は介護スタッフが目を離さないというのが基本です。特に、特殊浴槽を利用する重度要介護高齢者の場合、自分では動けないのですから、目を離せばどうなるかわかるはずです。特に、ここは介護付ではなく、住宅型ですから、自宅と同じように訪問介護事業者と入居者との個別契約で、時間通りのマンツーマンで入浴介助が行われるはずです。

しかし、報道によると、ここでは7人の入浴者に対してわずか3人のホームヘルパーで介護しており、他の入居者の介助をしている間に溺水したというのです。
当該事業者は、「複数の高齢者に対する訪問介護は、報酬算定上、認められている、不正ではない」と説明していますが、その算定はその複数介助が適切な介助であると、ケアマネジャーや訪問介護事業者が認めた場合に限られます。このような「特殊浴槽の入浴介助から目を離す」という溺死リスクの高い入浴介助方法を、ケアマネジャーが「利益ありき」「報酬算定ありき」で認めるということは、プロとしての専門性を裏切る行為であり、単なる過失ではありません。その法的責任は、介護付有料老人ホームでの死亡事故とは比較にならないほど、限りなく重くなるのです。

ケアマネジャーや訪問介護の管理者、ヘルパーと話をすると、「高齢者住宅事業者の指示」「本部の指示だ」という答えが返ってきますが、法的にはそうなりません。
それは、契約上は、高齢者住宅事業者が一体的に行っていることであっても、契約上は分離しているからです。実際、高齢者住宅の経営者と話をすると、「不正は指示していない」「ケアマネジャーやホームヘルパーは有資格者のプロなので、法的に問題ないように行っているはずだ」と責任転嫁をします。実際は逆に「指示などしていない」「ケアマネジャー、ホームヘルパーの不正で事業者に重大な損害を与えた」と、事業者から訴えられる可能性もあります。

更に、この事故検証の過程で、「ケアプランに基づいてサービスが提供されていない」ということが明らかになれば、指導監査が入り、莫大な金額の介護報酬の返還請求が行われます。それを受けるのは高齢者住宅ではなく、訪問介護やケアマネジャーのサービス責任者、管理者であり、最悪の場合、詐欺罪での立件となります。その責任を負うのも、高齢者住宅事業者ではなく、個人のケアマネジャー、ホームヘルパー及び、それぞれの居宅介護支援事務所、訪問介護事務所の管理者・サービス提供責任者です。

また、述べたように刑事罰を受けるのは法人ではなく個人です。
「不正の指示をしていた」と管理者が連帯して業務上過失致死で立件されたとしても、専門職種であり、有資格者であるケアマネジャーや現場のホームヘルパーがそれで免罪になることは決してありません。

現在でも、サ高住では骨折や死亡などの重大事故が多発しています。それはケアマネジメントの根幹である事故検討を行っていないのですから、当然のことです。
しかし、国交省のように「介護事故はサ高住事業者の責任ではないから・・」と言っても、その法的責任や安全配慮義務が雲散霧消するわけではありません。
その重い責任は、働いている介護スタッフやケアマネジャー個人に移るだけです。万一事故が発生した場合、この「囲い込み高齢者住宅」で、働いているケアマネジャー、ホームヘルパー個人にかかる罰則は、そう軽いものではありませんし、とても許されるものではないのです。

「事業所が大丈夫って言っているから大丈夫だろう…」ではありません。
介護労働者は、囲い込み高齢者住宅で働く恐ろしさを自覚すべきなのです。





「責任とはなにか」 介護事故の法的責任を徹底理解する 

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  ⇒ 介護事故の判例を読む ④ ~生活相談サービス~ 🔗
  ⇒ 介護事故 安否確認サービスにかかる法的責任 🔗
  ⇒ 介護事故 ケアマネジメントにかかる法的責任 🔗
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