RISK-MANAGE

要介護重度化対応力の不備が全てのリスクを拡大させる


高齢者住宅へ入居する高齢者の基本ニーズは「介護不安」。介護が必要になっても安心・快適と標榜している事業者は多いが「重度化対応が可能な事業者」は2割~3割程度しかない。今後、重度要介護高齢者の増加によって、事故・トラブル、スタッフの離職によって、多くの事業者が経営困難となる。

管理者・リーダー向け 連載  『介護事業の成否を決めるリスクマネジメント』 019


有料老人ホーム、サービス付き高齢者向け住宅、また介護付、住宅型を問わず、高齢者住宅への入居を検討する高齢者、家族の基本的なニーズは「要介護状態になっても、重度要介護高齢者になっても住み続けることができる」ということです。
そのために、ほとんどの高齢者住宅は、「介護が必要になっても安心・快適」とセールスしています。
そのように説明・セールスしている高齢者住宅は、入居者が重度要介護状態になっても、安心して生活できるだけの環境を整える義務があるということです。

この「介護が必要になっても安心」というニーズに応えるには、二つの基準を満たす必要があります。
一つは、「個人の重度化」です。「入居時は、自分で歩いていたAさんが、加齢や疾病によって要介護3、要介護4という重度要介護状態になっても生活できる」ということです。
もう一つは、「全体の重度化」です。開設時は、生活が自立している高齢者が多くても、すべての入居者が同じように歳をとります。そのため三年、五年経つと、車いすが必要な高齢者の割合が増えていきます。身体機能の低下だけでなく認知症になる人もいます。要介護3、4といった重度要介護高齢者が一割程度だったのが、3年後、5年後には、3割、4割となっていきます。

つまり、高齢者住宅で、「介護が必要になっても安心」と標榜するには、「重度要介護高齢者も生活している」というだけでなく、現在の特養ホームのように、「ほとんどの入居者が重度要介護高齢者」になっても安心して生活できるだけのサービスが提供できなければならないのです。

「介護付だから、訪問介護併設で安心」は間違い

現在、多くの高齢者住宅では、「介護付だから安心」「訪問介護併設で安心」とセールスしていますが、そう簡単な話ではありません。

一つは介護システムです。
重度要介護高齢者、認知症高齢者に対応するためには、「食事介助」「入浴介助」などのポイント介助だけではなく、見守り・声掛けといった間接介助や、「体調が悪く何度も便がでる」といった臨時のケア、「起こしてほしい」「テレビを付けてほしい」といったごく短時間の隙間のケアなど、24時間365日の継続した細かな介護が必要になります。
しかし、区分支給限度の訪問介護は、臨時のケア、隙間のケア、見守りなどに対応しておらず、算定対象外です。重度要介護状態や認知症高齢者には対応できません。

一方の「介護付だから、重度要介護になっても安心」というわけでもありません。
介護付有料老人ホームは、「有料老人ホームの責任で介護サービスを提供する」というだけで、「十分な介護サービスが提供できる」という意味ではありません。指定基準の【3:1配置】程度では、重度要介護高齢者が増えてきた場合、その人数で供給できる介護サービス量を超えるため、必要なサービスの提供が困難になります。

もう一つは、建物設備設計です。
食堂、浴室までの生活動線、介護動線も重度化対応に大きく関わってきます。
最近は、一階が食堂で、二階~五階が居室階という「社員寮タイプ」の高齢者住宅が増えていますが、このような「居室階・食堂分離型」の建物は、重度要介護高齢者の生活には不適格です。全体の定員数やエレベーターの容量も関係してきますが、一人で食堂まで降りることができない車いす高齢者が増えてくれば、食堂までの移動・送迎介助だけに相当の介助の手間と時間がかかるからです。

また、夜勤帯など介護スタッフ数が少ない時間帯には、フロアをまたいで介助しなければならないため、転倒などの異変に気付くことが難しく、また、スタッフコールが重なると、階段を上り下りして、走り回ることになります。

「重度要介護高齢者が増えた場合にどう介護するか」を考えて、介護システムや建物設備が設計されていないと、重度要介護高齢者の増加に対応することは難しいのです。

重度化対応が脆弱な高齢者住宅は維持できない

ただ、この重度化対応リスクは、事故やトラブルと違い、それ自体がリスクなのではありません。
しかし、ここまで述べてきた、【転倒や骨折などの入居者の生活上の事故】 【入居者・家族からのサービスに対するクレーム】 【食中毒や感染症の発生・拡大】 【火災や自然災害の発生対応】 などのリスク拡大の最大の原因なのです。

重度要介護高齢者が増えてくると、限られた介護スタッフの人数で、より多くの介護サービスを提供しなければならないため、適切な状況把握や見守りが困難となります。十分な申し送りやスタッフ間の連携も難しくなるため、転倒、転落、誤嚥などの事故が激増します。
また、相談や依頼にもこたえられず、「あとでいきます」「もうちょっと待ってください」と走り回ることになり、「これはどうなった? あれができていない」と家族や入居者からの苦情も増えます。
丁寧なケアができなくなると、「手洗い」「汚物処理」などの衛生管理もおざなりとなり、感染症や食中毒のリスクも増加します。

最大のリスクは、過重労働による介護スタッフの離職率の増加です。
重度要介護高齢者や認知症高齢者が増えると、サービス量はどんどん増えていきます。
夜勤の回数も増えますし、ゆっくりと休憩をとることもできません。コールが重なると、丁寧な介助もできず、疲労や苛立ちが高まっていきます。その結果、労働災害や介護虐待のリスクも増えます。
どんなに頑張っても、事故や家族からの苦情は増え、「高齢者に優しい介護がしたい」「家族の役に立ちたい」と始めたはずなのに、「こんなはずではなかった」と、倒れるように離職していくのです。

「介護は離職者が多い」と言われていますが、平均すると他の事業と離職率はあまり変わりません。
しかし、最大の特徴は、「離職率の高い事業者」と「離職率の低い事業者」と二極化しているということ、中でも、介護付有料老人ホームなどの高齢者住宅の離職率が突出して高いということです。それは過度な低価格化によって、要介護高齢者が安全に生活できる生活環境、そして介護スタッフが安全に介護できる労働環境が整備されていないということを示しています。

この重度化対応リスクは、明らかに商品設計上のミスです。
これは、介護付、住宅型、サ高住などの事業種別を問いません。
特に、サ高住は、そもそも要介護高齢者を想定して作られた制度ではないため、建物設備そのものが重度要介護高齢者の生活に適していないところが大半です。
また介護付有料老人ホームでも、その半数以上は重度化対応できません。

これはこれからの、高齢者住宅の大崩壊時代の最大のリスクです。
そう考えると、ここまで述べてきた経営上のリスク、業務上のリスクのほぼすべては、経営の失敗ではなく、商品設計上・サービス設計上の失敗だということがわかるでしょう。

今後、介護付有料老人ホームやサ高住などで、加齢によって重度要介護高齢者はどんどん増えていきますから、この「重度化対応リスク」に対応できずに、事故やトラブルの激増、介護スタッフ不足によって、実質的に経営できなくなる事業者が相当数に上ることは間違いありません。




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