RISK-MANAGE

介護リスクマネジメントは個別対応ではなくシステム


リスクマネジメントは、「事故を予防するために何をするか」「事故が発生すればどうするか」「ヒヤリハット報告の書き方」といったポイント対応ではなく、一つの業務・システムとして検討すべきもの。個別対応ではリスクマネジメントのノウハウは構築できない。 

管理者・リーダー向け 連載  『介護事業の成否を決めるリスクマネジメント』 021 


労働環境改善の伴わないリスクマネジメントは無意味🔗で述べたように、リスクマネジメントは、すべての業務・サービスの基礎となるものです。
その上で、もう一つ重要なことは、「事故を減らすためにどう介助するのか」「事故が発生したときにどうするか」といった、それぞれの業務・ポイントで考えるものではなく、システムとして構築すべきものだということです。その推進には、すべての業務を、一体的に「リスクマネジメント」の視点でつなげていくという視点が求められます。
介護事故を例に、サービス実務とリスクマネジメントの全体像を示したものが下の図です。

介護リスクマネジメントの流れ・システムを理解する(事故対策例)

①  事故の分析・予見

まず、重要になるのが、事故の分析・予見です。どのような介護場面、生活場面でどのような事故が発生しているのか、発生が予見されるのかを整理・分析することが必要です。
例えば、浴室内の事故は、転倒、転落、溺水、熱傷、異食、ぶつかり事故などに分類されます。

ベテランであれば、「これくらいのことは、わかっている・・」と思うかもしれませんが、重要なのは介護時の意識付けです。全員が入浴時の事故の種類や可能性を共有していれば、おのずと「Aさんは体重が軽いから、シーティングが重要だな・・」「特殊浴槽の安全ベルトは、しっかり固定されているか・・」ということに注意が向きます。逆に、介護事故の分析・知識の共有ができていなければ、漫然としたマニュアル介護・介助となり、事故予防・削減を基礎としたサービス実務にはつながりません。

②  設計・設備・備品 安全見直し

事故の三大原因は、「高齢者の身体機能の低下」「介護スタッフの介助ミス」「建物設備」です。
そのほとんどは、単独の原因で発生するのではなく、「身体機能低下×建物設備の不一致」「介助ミス×建物設備の不一致」など、複合的な要因が絡んでいます。
車椅子への移乗介助中に転落した場合、介助ミスが原因とされますが、詳細に分析すると、「車いすのブレーキが弱っていなければ・・・」「車いすとベッドの高さが合っていれば・・・」というケースは少なくありません。

介護施設・高齢者住宅においてはバリアフリーを中心とした設計が行われており、トイレ・入浴設備などの設備、福祉関連機器においても、それぞれに安全対策が施されています。しかし、福祉機器が多様化する中で、個別の機能を追及した結果、介護サービス実務において使いにくくなっているものも多くなっています。加えて、機能が専門的になりすぎ、実際の高齢者の動き、介助の流れをイメージして他の設備・備品との連携が一体的に行われているとは言いがたいのが現実です。
これは、災害対策や感染症などの対策も同じです。
「ソフトの前にハードをチェック」というのが、リスクマネジメント対策の基本です。

③ 入所相談・入居説明の見直し

事故対策だけでなく、感染症や自然災害対策など、リスクマネジメントにおいて、非常に大きなウエイトを占めるのが「入居相談・入居説明」の見直しです。
現在、多くの有料老人ホーム・高齢者住宅では入居者確保が優先され、「安心・快適」と良い事尽くめのセールトークが展開されています。「大丈夫、恐らく、たぶん」といった誤解を招く曖昧な表現も多く、リスクやトラブル等、不利益なことを説明しない傾向にあります。これは、特養ホームや老健施設などの介護保険施設も同様で、事前に詳細にサービス・価格・トラブル事例を詳細に説明しなければならないという認識に乏しく、ケアプラン策定のインテーク面接と入所説明が混同して行われています。
事故やトラブルについての、責任の所在やその理解が不十分なまま、契約・入居となっていることが、事故やトラブルを巨大リスクに変貌させている原因だと言っても良いでしょう。

④ ケアマネジメントの見直し

現在、多くの高齢者住宅で事故が増加し、またそれが訴訟など家族との大きなトラブルになっていますが、その原因の一つは、ケアマネジメントが適切に行われていないことにあります。

ケアプランは、介護サービスを提供するために策定する介護計画です。これはケアマネジャーが介護看護スタッフに対して「介護サービスをどのように提供するのか」という介護の指示書であり、同時に入居者・家族に対して「どのように介護サービスを提供するのか」を示した契約書類です。
転倒などが発生した場合、予見できたのか、適正に介護が行われていたか、契約義務違反はなかったのかを判断し、介護事故の裁判の行方を左右する非常に重要な書類なのですが、不十分なアセスメント、安直なケアプランが事故やトラブル発生の原因となっているケースがたくさんあります。
また、ケアカンファレンスは、事故対策やその限界について、本人、家族に説明し、理解を共有する重要な機会なのですが、ケアカンファレンスが行われていない、家族の参加を要請しないなど、形骸化している高齢者住宅も少なくありません。

⑤ 業務マニュアルの策定

現代の高齢者介護は個別ニーズを基礎として行う個別ケアです。そのため、ベテランの介護スタッフの中にも「業務マニュアルは必要ない」「マニュアル介護はダメだ」という人がいますが、それは根本的に業務マニュアルに対する理解が間違っています。個別ニーズへの対応はケアマネジメント・ケアプランを基礎として行うものであり、業務マニュアルは、基本的な安全を確保するための準備や手順を示す、その基礎となるものです。
例えば、入浴介助において、実際の入浴介助までに各スタッフが準備すべきこと、温度の確認、浴室脱衣室の備品の確認など、実際のケアが安全に行えるように手順化すべき事項はたくさんあります。
業務マニュアルは、リスクマネジメントを基礎とした業務の土台となるものです。全スタッフがマニュアルを遵守すれば、確実に事故や感染症などの発生を、大幅に削減することができますし、「オムツが足りない」「お風呂の温度が熱い」といったトラブルを防ぐことができ、確実に業務負担の軽減が図れます。

⑥ 情報管理・情報共有

情報管理・情報共有も、リスクマネジメントには不可欠な視点です。
介助ミスは、「移乗時に転倒させた」「車いすをぶつけた」というものだけでなく、スタッフ間の連携不足が介護事故を誘発しているケース、トラブル、クレーム発生・拡大の原因となっているケースは少なくありません。また、「言った、言わない」「聞いていない、知らない」といったスタッフ間の感情的な対立が、チームとしての一体感を大きく低下させ、更に事故やクレームが増加するという負のスパイラルを招いています。
情報共有において多くの事業所で課題となっているのが、介護リーダーや管理者からの情報の伝達です。介護リーダーには日々の情報は上がってくるのですが、それが上手く全スタッフに落とし込めていません。情報共有・情報管理のシステムのあり方は、スタッフ数や勤務体系にも左右されるため、それぞれの事業所で課題を整理し、情報共有の重要性を全スタッフが理解し、効率的・効果的な対策を採らなければなりません。

⑦ スタッフ教育・研修

介護保険施設、高齢者住宅の質は、建物・設備の豪華さではなく、介護看護を中心とした生活支援サービスの質であり、それは介護看護スタッフの質です。リスクマネジメントを推進するためには、スタッフ間の知識・技術のバラツキをなくし、チームとしての底上げを図っていかなければなりません。
このスタッフ教育、研修体制は、離職率にも大きく関係しています。
新人スタッフも含め全スタッフが安心して、安全に介護できるための環境・教育体制を整えることが、介護リーダーの重要な責務であり、スタッフ教育はその一つです。


以上、7つのポイントを挙げましたが、これらは事故対策だけではありません。
『感染症・食中毒対策』 『火災・自然災害対策』 『家族からのクレーム対応』などでも、『どのような感染症、災害、クレームがあるのか』を分析・共有し、建物設備との関係を整理し、日々の業務の中で、発生予防、初期対応、収束対応を図っていかなければなりません。

これらのリスクを総合的に検討していくのが、リスクマネジメント委員会であり、業務を改善していくためのスタッフ教育や情報管理システムも、重要なポイントです。

このように、整理をすると、業務リスクマネジメントは、『事故・トラブルが発生したらどうするか』『ヒヤリハット報告』といったポイント対応ではなく、一つのシステム・流れだということがわかるでしょぅ。介護リーダーは、全体像を理解し、入居相談から入居受入、ケアプラン策定から初期対応マニュアル、日々のスタッフ教育訓練を含め、すべての業務の中にシステムとして業務リスクマネジメントの視点を組み入れることが必要になるのです。




「事故に立ち向かう」 介護リスクマネジメントの鉄則

  ⇒ 業務軽減を伴わない介護リスクマネジメントは間違い 🔗
  ⇒ 介護リスクマネジメントはポイントでなくシステム 🔗
  ⇒ 発生可能性のあるリスクを情報として分析・整理する 🔗
  ⇒ 介護リスクマネジメントはソフトではなくハードから 🔗
  ⇒ 事故・トラブルをリスクにしないための相談・説明力 🔗
  ⇒ 介護リスクマネジメントはケアマネジメントと一体的 🔗
  ⇒ 介護マニュアルの目的は「マニュアル介護」ではない 🔗
  ⇒ 「連携不備」は介護リスクマネジメントの致命的欠陥 🔗
  ⇒ 介護新人スタッフ教育の土台は介護リスクマネジメント 🔗

「なにがダメなのか」 介護事故報告書を徹底的に見直す

  ⇒ 介護事故報告書に表れるサービス管理の質 🔗
  ⇒ 「あるだけ事故報告書」は事業者責任の決定的証拠 🔗
  ⇒ 「介護事故報告書」と「ヒヤリハット報告書」の違い 🔗
  ⇒ 介護事故報告書が上手く書けないのは当たり前 🔗
  ⇒ 介護事故報告書は何のために書くの? ~4つの目的~ 🔗
  ⇒ 介護事故報告書の「4つの鉄則」と「全体の流れ」 🔗
  ⇒ 介護事故報告書は誰が書くの? ~検証者と報告者~ 🔗
  ⇒ 介護事故報告書の書式例 ~全体像を理解する~ 🔗
  ⇒ 介護事故報告書 記入例とポイント 🔗
  ⇒ 事故発生後は「事故報告」  事故予防は「キガカリ報告」 🔗 
  ⇒ 事故予防キガカリ報告 記入例とポイント  🔗

「責任とは何か」 介護事故の法的責任を徹底理解する 

  ⇒ 介護施設・高齢者住宅の介護事故とは何か  🔗
  ⇒ 介護事故の法的責任について考える (法人・個人) 🔗
  ⇒ 介護事故の民事責任について考える (法人・個人) 🔗
  ⇒ 高齢者住宅事業者の安全配慮義務について考える 🔗
  ⇒ 介護事故の判例を読む ① ~予見可能性~  🔗
  ⇒ 介護事故の判例を読む ② ~自己決定の尊重~ 🔗  
  ⇒ 介護事故の判例を読む ③ ~介護の能力とは~ 🔗 
  ⇒ 介護事故の判例を読む ④ ~生活相談サービス~ 🔗
  ⇒ 介護事故 安否確認サービスにかかる法的責任 🔗
  ⇒ 介護事故 ケアマネジメントにかかる法的責任 🔗
  ⇒ 「囲い込み高齢者住宅」で発生する介護事故の怖さ 🔗
  ⇒ 事業者の過失・責任が問われる介護事故 🔗
  ⇒ 介護事故の法的責任ついて、積極的な社会的議論を 🔗



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