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腰痛など介護スタッフの労務災害、入居者への介護虐待


高齢者住宅や介護保険施設で発生する「労務災害」「介護虐待」は、表面上に表れる事象は正反対だが、その根幹は同じ。どちらも慢性化すれば、再生させることは難しい。介護スタッフが安全に働ける労働環境を整備することは、事業者の最低限の責務

管理者・リーダー向け 連載  『介護事業の成否を決めるリスクマネジメント』 018


高齢者住宅の業務上のリスクは、事故やトラブルなど入居者にかかるものだけではありません。
もう一つ、経営を不安定にする要因として、大きくクローズアップされているのが、労務災害や入居者に対する虐待など、介護看護スタッフのトラブル・リスクです。

見過ごされたきた過酷な介護の現場

高齢者介護は、身体的に非常に負担のかかる重労働ですが、その反面、「福祉的、奉仕的」なイメージが強く、その過酷な業務に対して、十分な安全衛生管理や健康管理体制が行われてきませんでした。
特に、介護スタッフに多いのが腰痛です。高齢者の介護は、ベッドから車椅子への移乗、オムツ交換、排泄介助、入浴介助など、「抱く、抱える、運ぶ」という動作を行う際、中腰など無理な体制になることが多く、私が介護スタッフをしているときも、多くの人が慢性的な腰痛に悩まされていました。

現在でも、介護従事者の半数以上が腰痛を抱えているというデータもあります。
その他、24時間の交代勤務が求められるため、夜勤や早出、遅出といった不規則勤務による睡眠障害も発生しています。また、事業所内でのインフルエンザやノロウイルスなどの感染、ストレスによる「燃え尽き症候群」や「うつ病」などの問題も指摘されています。


介護スタッフ個人にかかるのは、腰痛などの労務災害のリスクだけではありません。
近年、問題になっているのが介護事故などによってスタッフ個人が背負う法的な責任です。
高齢者・要介護高齢者は、身体機能が大きく低下しているために、小さな介助ミスや一瞬のスキ、些細な判断ミスが、転倒や骨折、死亡などの重大事故に発展します。しかし、小さなミスであっても、結果が重大であれば、担当した介護スタッフ本人が、「業務上過失致死傷」に問われたり、介護福祉士やホームヘルパーの資格を剥奪される可能性もあります。実際、入浴中の死亡事故では、スタッフ本人が書類送検、刑事裁判にかけられるケースも発生しています。

増加の一途をたどるスタッフによる入居者への介護虐待

もう一つは、介護スタッフによる入居者、入所者への虐待です。
2019年3月に厚労省が発表した資料によれば、特養ホーム、有料老人ホームなどで働く介護職員による高齢者への虐待は2017年度には510件で、前年度から58件増加し、調査を始めた2006年から10年連続で増加しています。

介護保険施設や高齢者住宅で介護スタッフによる虐待が発生しやすい理由は、一旦入居すると帰る場所がないため入所者・入居者・家族が弱い立場に立たされやすいこと、スタッフや入居者が限定される閉鎖的な環境であること、更には、入所者・入居者が重度要介護・認知症によって自分で訴えることができないことなど、複数の要因が関係しています。また、暴言や暴行などの虐待ではなくとも、決められた介助を行わない「サービス飛ばし」や、身体拘束なども数多く発生しています。

介護施設内での介護虐待は、その悪質性・根の深さという視点でみると二つに分かれます。
ひとつは個人による虐待です。
介護施設だけでなく、大病院などでも、介護看護スタッフが故意に入居者を傷つけていた虐待事件が、ニュースで取り上げられることがあります。その原因は、個人の資質やストレスによるものです。夜勤帯はスタッフがフロアーに一人ということが多くなりますから、同僚の前ではきちんと仕事をしていても、隠れて患者や入居者を抓ったり、怪我をさせるという人がいるのも事実です。

もう一つは、組織的な虐待です。
他の入居者やスタッフの前で、高齢者をバカにしたり、頭をはたいたり、大声で罵ったり・・ということが許されるのは、他のスタッフから見て、その行為が異常なものではないから、つまり、その施設全体で虐待行為が蔓延しているからです。
実際、2016年度に虐待があったと判断された452件の内、117件は、以前にも虐待の通報があった事業所で起きています。

個人的・一過性のものか、組織的・慢性化しているものか

リスクマネジメントの視点から見て、労務災害や介護虐待に共通するのは、慢性的なものかどうかです。
個人の虐待の場合、その時にすぐに発見できるかと言えば、難しいかもしれません。
他のスタッフの前では、入居者にも優しく声をかけ、一生懸命働いている人も多く、発覚後も「まさか、あの人が・・」ということもあります。逆に言えば、「あの人の夜勤のあとには入所者の体に痣がある」「あのスタッフの夜勤のあとは、オムツのぬれ方が異常」ということに、他のスタッフが気付くことができるのは、その人以外のスタッフの意識が高い、サービス管理ができているからだと言えます。

これは、労務災害も同様です。
介護の対象は要介護高齢者、認知症高齢者ですから、急に動き出したり、暴れるなどして、介護スタッフがケガをする、無理な体制で支えて腰を痛めるという労務災害をゼロにすることは難しいのが現実です。
これらをケアプランの中で一つ一つ検証し、同じような事故が起きないように、ノウハウを高めていかなければなりません。同時に、腰に負担をかけない介護の方法や介護リフトの導入など、労務災害に対する新人研修や教育の充実も必要です。

これら介護虐待や労務災害は、どの事業者でも起こりうる課題です。
だからこそ、それを見逃さず、組織的な虐待、慢性的な労働環境の悪化を防ぐ努力が必要です。

しかし、残念ながら、最近、よく目にするのが組織的な虐待です。
安易な身体拘束や認知症高齢者をバカにしたり暴言を吐いたりということが、日常的に行われており、それを誰も注意しないような事業者もでてきています。閉鎖的な環境で仕事をしていると、事業所全体で虐待に関する意識が麻痺しているのです。
トラブルが発生したり、家族からクレームを受けると、「うるさい家族だ」 「嫌ならば家で見ればよい」と口にする介護スタッフがおり、それを黙認している事業者がいますが、それは組織的虐待事業所の一歩手前の状態です。

事故やトラブルの発生を「忙しいから」「大した問題ではない」と隠蔽が始まり、真面目で優秀なスタッフは次々と離職、管理者はスタッフ不足を理由に、汚い言葉で話をしているスタッフに注意もできなくなります。恐るべきスピードで、反社会的な組織的『虐待事業者』となるのです。

いくら閉鎖的だと言っても、このような介護虐待は、必ず発覚します。
「高齢者をくいものにした悪徳業者」と、社会やマスコミから厳しくパッシングされ、虐待を行っていたスタッフは傷害罪で告訴され免許取り消し、施設、事業者も厳しい行政処分を受けます。当然、新しい入居者もスタッフも集まりませんから、再起不能の状態に陥ります。

この「労務災害」と「介護虐待」は、表面上に表れる事象は正反対ですが、根幹は同じです。
入居者が安全で快適な生活を送るために最も必要なことは、介護スタッフが安全に気持ちよく、安全に働くことのできる労働環境を整えることです。それができなければ、事業の継続はできないのです。





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