RISK-MANAGE

介護事故報告書に表れる事業者のサービスレベル


介護サービスの質・レベルを判断するポイントは「リスクマネジメント」であり、それが如実に表れているのが「介護事故報告書」。事故報告書がきちんと書けるようなれば、サービスレベルは確実に向上する。何故、事故報告書は上手く書けないのか。上手く機能しないのか。

管理者・リーダー向け 連載  『介護事業の成否を決めるリスクマネジメント』 029


介護リスクマネジメントは、「利用者のため」ではないで述べたように、リスクマネジメントの目的はサービス向上だけではありません。「介護事故をどのように減らすのか」「トラブルやクレームにどのように対応するのか」は、スタッフの雇用や離職率にも大きく影響してくる経営の重要課題です。

実は、多くの事業者、働く介護スタッフは、自分たちのサービスの質、労働環境を「普通レベル」だと思っていますが、外部から見れば明らかに違います。
「介護サービスの質・レベル」というと、とても曖昧な表現に聞こえますが、その判断はそれほど難しいことではありません。「サービスの質=個々のスタッフの質」だと思っている人も多いのですが、それも間違いです。介護ビジネスにおいては「サービスの質=サービス管理の質」であり、「サービス管理の質=リスクマネジメントの質」であり、そのリスクマネジメントの質が如実に表れているのが、事故やトラブルが発生した時の「報告書」です。

つまり、事故やクレームの報告書の質がその事業者のサービスの質なのです。
それは、視点を変えれば、事故報告書がきちんと書けるようになれば、その事業者のサービス管理の質・レベルは確実に上がるということです。
ここでは、現在多発している「介護事故」に焦点を当て、現在の介護事故報告書の課題と、なぜ報告書がうまく書けないのか、どうすれば業務改善のための事故報告書が策定できるのかについて考えます。

多くの事業所に共通する介護事故報告書の問題点

「リスクマネジメントに取り組んでいる」という事業者が、その手法の一つとして異口同音に挙げるのが「事故報告書」です。介護保険施設、高齢者住宅を問わず、重大事故については法的に報告義務が課されていますから、事業内容、事業種別を問わず、介護事故報告書の書式がない、一枚も書かれていないという事業所はありません。ただ、リスクマネジメントのレベル・ノウハウを評価するために必要なのは、「事故報告書の有無・枚数」ではなく、その中身です。

① 内容が介護のプロとは思えないほど稚拙

一つは、内容が高齢者介護のプロがその専門的な知識・技術に基づいて策定したとは思えないほど、あまりにも稚拙だということです。何が書いてあるのか、どのような事故が起こったのかさえ分からない、また誤字脱字が多く、嫌々書いていることが伝わってくるものもあります。
最近、多いのがインターネットや本に書いてある「介護事故報告書の書き方」の例文をそのまま転用している報告書です。事故の発生原因は、入居者、状況によって一つ一つ違いますから、同じ報告書は二つとありません。しかし、報告書に書いてある内容は、途中から一言一句ほぼ同じというところもあります。

また、報告書は、何があったか、何が原因だったか、対策として何が必要なのかを示すものです。
しかし、実際には、「今度から目を離さないようにします」といった、反省文、言い訳文のようなものが多く、どのような事故が行ったのか、何が原因だったのかさえわかりません。中には事故報告書の提出が、発生日から一週間以上経過しているというものもあります。そうすれば、一週間の間、何が起こったのかわからず、何も対策が採れないということになります。

② 業務改善・サービス向上に役立たない

もう一つは、報告書が業務改善やサービス向上に全く活用されていないということです。
事故報告書の目的は、「事故があったことを書類にして残す」ことではなく、「原因を究明し、類似事故の発生を予防する」ことです。

しかし、多くの事業所で、事故報告書は、役職者の印鑑が押され、管理者へ回覧され閉じ込まれてしまいます。その後は誰の目にも触れることはありません。骨折事故が発生したという事実は、当日勤務していた他のスタッフにも伝聞として伝わるでしょうが、何が原因で発生したかわからないままです。当日、休みだったスタッフは、「Aさん、転倒して骨折して入院になりました」ということだけで、それ以上のことは何もわかりません。
事故の原因がわからないまま、どうすれば予防できるのか検討されないまま、「今度から気を付けてね」という何をどのようにするかを示さない注意喚起で、終わっているのです。

このような事故報告書は無意味なだけではなく有害です。
スタッフからすれば、このような何の役にも立たない報告書を書かされるのは面倒なだけです。「たまたま発生した」 「運が悪かった」 としか考えないでしょう。「私だけが悪いわけではないのに・・」「何で、こんな書類を書かされるのよ・・」と不満に思っているかもしれません。

更に、「とりあえず報告書を出せば終わり・・」という意識がスタッフ全体に蔓延すると、それが何故必要なのかさえ考えなくなります。他のスタッフは、「私の夜勤の時じゃなくてよかった・・」と他人事です。トラブル・事故の原因が究明されないために、予防策の検討も行われません。何度も同じような理由・原因で、同じような事故・トラブルが発生し、そのうち骨折や死亡に至るような大事故が発生することになります。

介護事故に対する感覚の甘さが引き起こした連続殺人事件

問題は、リスクマネジメントのノウハウ、サービス力の低下だけではありません。
事故に対する事業者・スタッフの感覚の麻痺が、引き起こしたと言えるのが、川崎の介護付有料老人ホームで発生した連続殺人事件です。

2014年の11月4日に、一人の高齢者がベランダから転落し、裏庭で死亡しているのが見つかりました。
高齢者住宅や介護保険施設は、認知症高齢者も想定していますから、ベランダに出る窓やベランダの柵にも、転落を防ぐため一定の工夫がしてあります。そのため入居者がベランダからの転落事故はゼロではありませんが、転倒や誤嚥事故のように、そう件数の多い事故ではありません。また、その大半は自立度の高い高齢者の自殺、もしくは認知症+生活環境の変化が重なったことによる混乱であり、生活が安定している特養ホームや介護付有料老人ホームの要介護・長期入居者にはほとんど起きません。

そのため、一人目の時も、変死として処理されたものの、入居者の要介護状態や身長などから、自らベランダを乗り越えて転落したとは考えにくく、当初から殺人事件の可能性が疑われていました。もちろん、「スタッフによる殺人を疑え」と言っているのではありませんが、第三者の関与も疑われる原因不明の転落死亡事故ですから、事業者は、当時勤務していたスタッフから聞き取りを行い、出入り口の確認など様々な可能性を検討し、再発防止に努めなければなりません。

しかし、同年12月9日に、まったく同じ死亡事故が発生します。
そうなると明らかにオカシイということは、わかるはずですが、それでも何の対策もとられないまま、事故原因の検討も行われないまま事業は継続されます。
そして、同年12月31日に、三人目の入居者が、まったく同じ手口で死亡しているのが見つかります。

もちろん、個人の犯罪ですから、その刑事責任は殺人を犯した個人にあります。その元職員の犯人は2018年3月に死刑判決を受けています。

介護の仕事は一人の時にマンツーマンで行う業務が多くなりますし、虐待事件などでも、「普段はしっかり仕事していた」という正反対のイメージの人もいるため、一人目の事件を予防できたかと言えば、それは難しいでしょう。恐ろしい話ですが、一人目の事件だけであれば、変死として迷宮入りになっていた可能性が高いのですが、それでも事業者が真剣になって、原因究明や対策に取り組めば、二度目の事故は起こらなかったはずです。

ただ、同じ状況で、ありえない死亡事故(事件)が2件続いても、経営者、事業者として何も対策がとらなかったというのが、被害者を3人まで増やす結果となったことは明らかです。できるだけ事件や事故を小さく評価して、過ぎてしまえばなかったことにし、まったく入居者の生命を守る、事故を予防するという意識が事業者にないのです。

残念ながら、介護スタッフによる虐待が増えていますが、万引きと同じで、一度行えば同じ人が、同じ状況で二度、三度と行う可能性が高い犯罪の一つです。
ご存知の通り、この有料老人ホームは、個人経営のところではなく、高齢者住宅の最大手の法人です。厳しいようですが、管理体制のミスや不備というものではなく、入居者の生命に対する認識、事故やトラブル予防の意識が欠落している事業者がどうなるのかを示したものだと言えます。

何を書けばよいのかわからない・・という介護現場

事故報告書の話をすると、現場の介護スタッフからは、「何をどう書けばよいかわからない」という話がでてきます。一方の経営者・管理者からは、「事故報告書がかけないスタッフがいる」 「スタッフによってレベルが違いすぎる」 といった相談が寄せられます。
しかし、これは根本的に考え方が間違っています。事故報告書の内容が、書いたスタッフの経験や知識によって内容や質が違うということでは報告書の意味がありません。全スタッフが質の高い報告書を書けないのは、各スタッフの問題ではなく、事業者のサービス管理の問題です。

事故報告書に書くべきことはたくさんあります。
転倒事故が発生したとして、報告書に必要な事項を思いつくままに、大まかに羅列してみましょう。

◆ どのような状況で事故が発生したのか
◆ 転倒事故の原因はどこにあるのか
◆ 発生時、発見時の初期対応は適切だったか
◆ 介護手順、介助方法、建物設備、ケアブランなどの見直しの必要があるか
◆ 家族や関係部署に誰が、どのように報告したのか
◆ 他のスタッフへの申し送り、連絡はどうするのか、適切に行われたか

このように書くべきこと、報告すべきことはたくさんあるのに、何故、上手く報告できないのか。
それは、リスクマネジメントを前提とした、サービスの基礎ができていないからです。
事故報告書を策定しようとすれば、介護マニュアルの目的は「マニュアル介護ではない」で述べたように、現在行っている業務・サービスが安全介護マニュアル、初期対応マニュアルなどでサービス・業務の基礎が整備されている必要があります。業務の基礎となるマニュアルがなければ、「どこに問題があったか」「何をどのように修正すべきか」がわかりません。また、建物や設備に事故を誘発・拡大させる要因はないか(介護リスクマネジメントはソフトでなくハードから 🔗)、安全な介護手順はケアカンファレンスで十分に検討されているか(介護リスクマネジメントとケアマネジメントは一体的なもの)、スタッフ間の連携・連絡に問題はないか(「連携・連絡不備」はリスクマネジメントの致命的欠陥)、更には、新人スタッフの教員訓練、介護スタッフのキャリアアップ研修(スタッフ教育・研修の基礎はリスクマネジメント)にも関わってきます。

これは、交通事故も同じです。
道路交通法もなく、交通ルールも知らない無免許運転の人が事故を起こしても、「なぜ事故が起こったのか」「何が悪かったのか」「どこを直せばよいのか」など、報告できるはずがありません。
つまり、サービス・業務の基礎が整っていないために、事故が発生しても、「何が原因で発生したのか」「どのような視点で報告するのか」「何を、どのように改善するのか」について整理することができないのです。もちろんそれは、個々のスタッフではなく事業者の責任です。

介護事故報告書を読めば、その事業者のスタッフの質、サービスの質、管理者の質、経営者の質、すべてが手に取るようにわかるといった意味が分かるでしょう。
事故報告書のレベルが低い原因は、スタッフ個人の責任ではなく、事業者の経営管理能力・サービス管理能力にある問題があるという認識から、スタートしなければならないのです。



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