RISK-MANAGE

「あるだけ報告書」は事業者責任の決定的証拠


事故報告書は事業者の法的責任・予見可能性を示す決定的証拠。「あるだけ報告書」は、リスクマネジメントではなく、リスクを拡大させる最悪の対策。「自宅でも入居者は転倒する」「介助ミスがなければ事業者の責任ではない」という考え方は何故間違っているのか。

管理者・リーダー向け 連載  『介護事業の成否を決めるリスクマネジメント』 030


介護サービス事業所、介護保険施設、高齢者住宅などのリスクマネジメント対策の現状について、経営者、管理者と話をすると、最初に出てくるのが「事故報告書」です。「事故が発生した場合は、事故報告書を策定しています」「ヒヤリハット報告も義務付けています」という回答が返ってきます。
介護保険法や各自治体でも事故報告書の策定や、骨折などの重大事故については事業者に報告を求めていますから、その前提となる介護事故報告書の策定は必須です。

しかし、事故報告書を策定しているから、リスクマネジメントの対策を行っていると考えるのは大きな間違いです。
介護事故報告書に表れる事業者のサービスレベルで述べたような、「とりあえず書いただけ・・」「反省文・謝罪文」という「あるだけ報告書」は、意味がないというよりも有害です。それはリスクマネジメント(リスクの軽減)ではなく、逆に事業者の法的責任、リスクを拡大させるものでしかありません。
それは法的責任の根幹となる、「予見可能性」を決定づけるものとなるからです。
介護事故の定義と法的責任については、また別途詳しく解説する予定ですが、ここでは介護事故報告書と法的責任の関係について簡単に整理します。

事故に対する事業者の法的責任はどのようにして決まるのか

「事故は、事業者の努力だけでは防げない」「事故はすべてスタッフ・事業者の責任ではない」という話をよく聞きますが、では、「事業者の責任とは何か」「法的責任とは何か」を問うと、きちんと答えが出せる人は、そう多くはありません。

ここで言う責任は、道義的責任ではなく、法的責任です。
それを決めるのは、事業者でも家族でもなく、裁判所です。最近、介護の現場でも損害賠償を求める裁判が増えていますが、示談や和解ではなく、損害賠償請求の民事裁判まで至るのは、家族と感情的なトラブルになるケースと、事業者側も積極的にその責任の有無を争うというケースに分かれます。
ここで問題となるのは後者です。

例えば、「移乗介助中に転落骨折させた」「車椅子の移動介助中に足をぶつけた」「違う薬を飲ませて状態が急変した」といった、介護・看護スタッフのミスによって発生した事故は、事業者の責任となります。これには議論の余地はないでしょう。
一方、高齢者住宅に入居中の独歩高齢者の歩行中の転倒骨折事故はどうでしょう。
介護スタッフが直接的なミスをした訳ではなく、自宅で生活していても高齢者は転倒します。事業者からすれば、24時間365日、すべての入居者が転倒しないように、見守り介助を続けることは不可能です。

しかし、一方の、家族からすれば、自宅より安全に生活できる、24時間介護が受けられると聞いてサービスを利用しています。高齢者住宅内で発生した事故は、事業者に一定の責任があると考えるのも無理はありません。「介助不要の高齢者の誤嚥・窒息事故」「排泄介助不要の高齢者のPトイレへの移乗中の転落事故」など、たくさんの事例を挙げることができるでしょう。ほとんどの場合、その溝を埋めるために示談や和解に向けて話し合うのですが、それが上手くいかない場合、裁判ということになります。


法的責任の有無やその範囲、割合は、事故の内容やケース、状況などによって、一つ一つ違ってきますが、事業者の過失は「直接的な介助ミス」の有無のみによって判断されるのではありません。
その指針となるのは「安全配慮義務」と呼ばれるものです。

高齢者住宅には、有料老人ホーム・サ高住、介護付・住宅型など事業種別を問わず、「介護が必要になっても安心・快適」と入居者・家族に説明している以上、介護が必要になっても安全に生活できるように、最大限の努力・配慮をする義務があります。「サ高住は住宅だから事故の責任はない」と意味不明なことを言っている識者がいますが、「施設だから…住宅だから…」というのは全く関係ありません。
サ高住は身体機能の低下した高齢者、要介護高齢者の専用住宅ですし、「介護が必要になっても安心・快適」と標榜して入居者を集めているのですから、一般の賃貸住宅とは比較にならないほど、重い安全配慮義務が課されます。
つまり、高齢者住宅の法的責任のラインは「介助ミスをしないこと」「事故をななくすこと」ではなく、「安全に生活できるように最大限の配慮をすること」なのです。

例えば、独歩の高齢者が歩行中に転倒した事故であっても、滑りやすいなど建物や設備に瑕疵があった場合や、ふらついて転倒する可能性が高くなっていたのに適切な対応をとらなかった場合は、この安全配慮義務違反に問われることになります。「サ高住、介護付有料老人ホームの中で発生した事故は、すべて事業者の責任だ・・・」というわけではありませんが、『直接の介助ミス以外の事故は介護事故ではない』とは言えないのです。

この安全配慮義務を構成する要件は、「予見可能性」と「結果回避義務」です。
予見可能性とは、その名の通り、その介護事故を予見できたか否かです。それは「気が付かなかったから…」「無資格者だったから…」という個々人の知識・技術で判断されるものではありません。昨日、介護の仕事を始めたばかりの無資格のスタッフであっても、求められる予見可能性は、高齢者介護のプロとしてのレベルであることは言うまでもありません。

その事故の発生が予見できる場合、ケアプラン、建物設備備品の見直しなどの支援を行い、その事故を回避する(適切な対策を採る)義務が生じます。介護付・住宅型などの介護類型、有料老人ホーム・サ高住などの住宅種別を問いませんし、【2:1配置】の介護付有料老人ホームの義務・責任は【3:1配置】よりも重いというものでもありません。
その事故の発生が予想でき、予想される事故に対して適切な対策や支援が採られていなければ、事業者は『安全配慮義務違反』を問われ、骨折や死亡など発生した損害に対して賠償しなければならないのです。

「事故報告書」は予見可能性を示す決定的な証拠

ほとんどの民事裁判(損害賠償請求)において、事業者責任の基礎となるのは、「予見可能性」です。
予見可能性があれば、実際に事故(損害)が発生しているのですから、よほどのことがなければ免罪(事業者の過失ゼロ)にはなりません。逆に、予見、予測できないような突発的な事故の場合は、回避できないのですから過失は問われません。
では、介護事故の予見可能性はどのようなケースで問われるのか、その判断は何をもってされるのか、それは大きく二つに分かれます。


一つは、一般的な高齢者の身体機能レベルから予見可能性があると判断されるものです。
高齢者は、筋力・バランス機能が低下しているために転倒の危険性は高く、骨密度が低下するために骨折する可能性が高くなります。また、嚥下機能が低下するために食事がのどに詰まりやすく、吐き出す力も弱くなっていますから、誤嚥性肺炎や窒息のリスクは高まります。

例えば、こんにゃくや餅などの食材は、窒息しやすいことは知られていますし、電動ベッドでの骨折事故・死亡事故も数多く報告されています。素人の家族ならいざ知らず、介護のプロとして、これらの事故を知らなかった、予見できなかったと言ってもそれは通りません。
又、その高齢者住宅内の同じ場所・介助場面で、他の同程度の身体機能・生活レベルの入所者に類似の介護事故が発生していたのであれば、当然、二度、三度と同様の事故が発生することは予測できると判断されるでしょう。

もう一つは、対象となる高齢者個別の身体機能レベルから事故発生が予見されるものです。
右麻痺、左麻痺、視覚障害、聴覚障害、嚥下障害などの身体機能、認知症や精神疾患、自立歩行、自走車椅子、介助車椅子、寝たきりなど、入居者のADL、QOLによって、予見される事故は違ってきます。入所時・入居時のアセスメント、入所後にはケース記録を基礎としたモニタリングの中に、事故の予見可能性を示すデータはたくさんあります。

その中で、予見可能性を決定づけるのが、『介護事故報告書』です。
多くの事業所で、『ヒヤリハット事故報告書』『インシデント事故報告書』というものを策定しています。転倒したけれど怪我や骨折をしなかった・・というものが多いのですが、そのときは運良く怪我をしなかっただけで、次に転倒し、骨折した場合、その予見可能性は十分にあったと判断されます。
「目を離した隙に転倒、今度から気を付けます」「今度から気を付けて・・」といった原因の究明も実質的な対策もないまま再び転倒し、今度は骨折した場合、予見可能性が十分にあったのに、結果回避義務を果たしていない、まったく対策が採られていないということになります。

多くの事業所で見られる、「あるだけ報告書」は、裁判になれば、予見可能性と結果回避義務の不備を証明する書類であり、法的な責任を問われる決定的な証拠となるということがわかるでしょう。



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