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自然災害に強い高齢者住宅設計のポイントとその基準


高齢者住宅に対する安全基準のばらつきは、入居者だけでなく事業者にとっても大きなリスク。地震・土砂災害・津波など自然災害に対する建物設備設計のポイントと、災害発生後の生命・生活維持に必要な生活必需品の備蓄、自家発電装置などのエネルギー源の確保など、求められる基準について整理する

高齢者住宅開設者向け 連載 『社会価値・市場価値の高い高齢者住宅をつくる』 056


高齢者住宅は、災害弱者である高齢者・要介護高齢者が集まって生活しています。それは特別養護老人ホームや老人保健施設と同じです。地震や火災などの災害が発生すればほとんどの人は一人で逃げ出すことができず、多数の入居者が死亡するなど、甚大な被害をもたらします。
しかし、 高齢者住宅の建物設備の安全性について徹底的に考える ? で述べた通り、建物設備の防災基準という視点で見ると、介護保険施設と民間の高齢者住宅には大きな違いがあり、特に、サービス付き高齢者向け住宅は、建築基準法上も消防法上も一般の共同住宅と変わりません。この防災基準のばらつきは、「縦割り行政の弊害・制度矛盾」といって良いもので、入居者だけでなく事業者にとっても大きなリスクです。
ここからは、 災害安全性の高い土地の選定ポイントとその視点 ? で述べた地震や浸水などのリスク判断に基づいて、災害安全性の高い高齢者住宅の建物設備のポイントについて考えます。

地震・浸水などのリスクに対する安全性の確保

まずは、自然災害に対する建物の安全性の確保です。
高齢者住宅は、建築基準法の耐震基準に合致していることが最低基準です。
この建築基準法は、1981年に耐震性の部分が大きく改正されており、旧耐震基準では「震度5程度の地震で倒壊しない程度」とされていたものが、新基準では「震度5程度の地震で建築材の各部が損傷しないこと」とされています。実際、1995年に発生した阪神大震災では、1981年までに旧基準で建築された建物の70%が被害を受け、被害拡大につながったとされています。最近では、社員寮や学生寮等を高齢者住宅に改修するケースも増えていますが、その活用にあたっては、耐震性を十分に確認するとともに、1981年までの古い建物には特に注意が必要です。

建築基準法よりもわかりやすい基準が2000年に制定された住宅品質確保促進法に基づく耐震等級です。この耐震等級制度では、新耐震基準を満たしている建物の耐震性能に応じて、等級1~等級3に耐震性が割り当てられています(上表参照)。
建築基準法の基準である【耐震等級1】に対して、【耐震等級2】はその1.25倍、【耐震等級3】は1.5倍の力に対して倒壊・崩壊しない耐震性能を持つと認めるものです。今後、地域包括ケアシステムの中では、介護保険施設だけでなく、民間の高齢者住宅も災害発生時の地域の高齢者・要介護高齢者の一時避難の介護拠点としての役割を求められるようになります。その入居者の特性、社会的な役割等を考え合わせると、今後、建設されるものは「耐震等級2」の耐震性能が望ましいと考えます。
震度6以上の地震の発生確率予測の数値には、全国ばらつきがありますが、その予測には限界があり、東日本大震災や熊本地震など、その予測値が低かった地域でも大規模な地震が発生し、甚大な被害を及ぼしています。高齢者住宅事業を行う場合は、「大規模な震災はどこでも起きる」ということを認識し、入居者の生命・財産を守るために十分な対策を講じる必要があります。

【高齢者住宅の耐震性の検討】
 ◆ 建築基準法に基づく耐震性が確保されていること。
 ◆ 1981年6月1日以前に建築確認を受けた建物を改修して整備する場合は、耐震診断の実施又は耐震改修の実施により、耐震性能が確保されていることが確認されていること(既存建物の改修によりサービス付き高齢者向け住宅を供給する場合は、耐震改修促進法の基準を満たすものを含む)
 ◆ 車いす利用などの要介護高齢者をターゲットとする場合は、住宅性能表示制度に基づく耐震等級(倒壊等防止)2以上の水準の耐震性能が確保されていることがより望ましい。

その自治体・地域全体に及ぶ震災リスクと違い、それぞれの立地環境・立地条件で細かな検討が必要になるのが、「河川氾濫」「津波」による浸水・洪水被害、「土石流」「地すべり」「がけ崩れ」などの土砂災害です。土砂災害特別警戒区域(レッドゾーン)は言うまでもなく、土砂災害警戒区域(イエローゾーン)、ゲリラ豪雨等による河川の氾濫を想定した「浸水想定区域」は、高齢者住宅の建築予定地として避けるというのが基本です。ただし、他に適した予定地がなくやむなく建設する場合は、「一階は居室フロアにしない」「鉄筋コンクリート製の強い防護壁を屋外につくる」といった建築上の対策を十分に行うとともに、早期避難や自治体からの情報収集などの防災マニュアルを作成し、どのように避難するのか、その判断をどのように行うのかを含めた実務に基づく防災訓練が必要です。

【高齢者住宅 浸水・土砂災害等の安全性】
 ◆ 土砂災害危険個所や土砂災害警戒区域内に立地している場合、想定される被害状況や周辺環境に応じて、避難方法や建物の強度、居室配置などを十分に検討すること。
 ◆ 洪水や津波・高潮・河川氾濫等が想定される場合、想定される被害状況や周辺環境に応じて、避難方法や建物の強度、居室配置などを十分に検討すること。

一方、同じ浸水被害でも、津波による被害は東日本大震災で経験したように、その市町村の大半が流される広範囲に渡る大きな被害となります。また、豪雨などによる河川氾濫や土砂災害とは違い、気象予報などによって事前に予測・準備することが難しく、震源が近い場合、地震発生後、30分・1時間の内に津波が到達する可能性もあります。特に、夜間に災害が発生した場合、限られた時間と介護スタッフの中で、入居者の生命を守る対策を早急に取らなければなりません。そう考えると、建築設計の段階で十分に災害を想定・検討しておくことが、いかに大切かがわかるでしょう。

地震・浸水などの災害発生後の生命・生活維持

もう一つは、地震などの自然災害が発生した後の生命・生活維持のための対策の検討です。
述べたように、大規模な地震や津波が発生した場合、その被害はその地域全体に及び、電気・水道・ガスなどのライフラインはストップし、食料や水などの供給も止まります。身体機能の低下した高齢者・要介護高齢者の生活・生命を維持するための生活物質の備蓄や非常電源の検討が必要になります。

① 食料・生活必需品の備蓄
一つは、食料や生活必需品の備蓄です。
大規模災害が発生した場合、流通機能やライフライン等の停止を想定し、すべての入居者が生活できるだけの一定期間(少なくとも3日以上)の飲料水・食料品・衛生用品、更には生活用水・職員用寝具などの備蓄を行う必要があります。飲料水だけでも膨大な量になりますし、また一般の食事と違い、減塩・糖尿などの治療食や誤嚥機能の低下に対応した介護食も必要です。
また備蓄しておくだけでは「期限切れ」となり、いざというときに使えないと言うことでは困ります。備蓄物品の内容・数量については、マニュアル等で定めて適切に管理し、日々の生活の中で有効に利用しながら、継続的・計画的に備蓄を継続していくことが求められます。

【食料・生活必需品の備蓄・備蓄倉庫】
 ◆ 大規模災害時の物流・流通機能やライフラインの停止を想定し、一定期間(少なくとも3日分以上)の飲料水・生活用水、食料品、常備薬、衛生用品、職員用寝具等の災害対策物資の備蓄を行っていること。
 ◆ 備蓄すべき物資の内容・数量については、入居者定員・入居者の要介護状態などを勘案してマニュアル等で定めること。
  ◆ 備蓄している物資については、少なくとも一年に一度はその内容を見直すとともに、半年に一度は、食糧や飲料水などの期限切れなどがないように確認すること。
 ◆ 備蓄倉庫は、地震や浸水が発生しても、取り出しやすい安全な場所に設置すること。

建物設備関係で、重要になるのが備蓄倉庫の検討です。
50名、60名定員の場合でも災害備蓄は膨大な量になります。「地下の余った空間においてある」「庭に倉庫をたてて備蓄している」というところもありますが、実際に地震や河川氾濫が発生した時に、「地下空間に浸水し、災害備蓄用品が使えない」「倉庫の備蓄食料が津波で流された」「地震で倉庫が潰れてしまって取り出せない」ということでは意味がありません。地震や浸水、土砂災害など、その地域の災害リスクを想定して、建築設計の段階で備蓄場所を検討・確保する必要があります。

② 自家発電装置などエネルギー源確保の検討
飲料水や食料と同様に生活・生命維持のために求められるのが電源装置・エネルギー源の確保です。
震災で電気がストップした場合、防災関連設備が動かないということは意味がありませんから、非常電源設備が必要です。また、在宅酸素など医療機器を利用している高齢者が生活している場合、またその入居を想定している場合は、その対策も必要です。自家発電装置やポータブル発電機を設置するとともに、自家発電に必要な燃料や冷却水の備蓄も行わなければなりません。

ただ、自家発電装置やポータブル発電装置の容量には限界があるため、日々のお湯を沸かしたり、食料を温めたりするには、カセットコンロなども非常時の代替エネルギーとして有用です。食料や飲料水などとともに、備蓄用品として準備しておきましょう。

【エネルギー源確保の備え(自家発電装置の設置等)】
 ◆ 災害による停電時に消防法に定められた消防設備や建築基準法に定められた非常用設備等が作動するよう、自家発電装置やポータブル発電機等の装置類を設置しておくこと。また、自家発電に必要な燃料・冷却水も備蓄しておくこと。
 ◆ 医療依存度の高い高齢者をターゲットとしている場合は、医療用酸素機器などが必要不可欠な高齢者が入居することが想定されることから、災害等の停電時に生命の危機や身体の安全の確保に重大な影響を及ぼすおそれがないよう、自家発電装置及び無停電電源装置が設置されていること。
 ◆ 自家発電装置等の非常用電源の操作方法や備蓄品の利用方法は、職員全員が防災訓練等の機会を通じて体験し、地震発生時に円滑に実施できるよう訓練を重ねておくこと。
 ◆ 湯を沸かしたり、食料品を温めるためのカセットコンロを必要数確保しておくこと。

ここで、もう一つ重要なことは、「備蓄しておく」「準備しておく」ということだけでなく「非常時に使えるようしておく」ということです。
震災だけでなく、何らかの事情で大規模停電が発生した場合、すぐに非常電源に切り替える必要がありますが、「担当者がいないのでわからない…」「夜間は介護スタッフだけなので誰も使えない…」ということでは意味がありません。「半年に一度は必ず防災訓練を行っている」という事業所でも、避難訓練だけで、非常電源の切り替えや備蓄品の利用などの検討は行っていません。

防災訓練は「非常時を体験する」「災害を身近に感じる」ということが大切です。電源確保や備蓄食料品の内容や利用方法についてはマニュアル化するとともに、半年に一度の防災・避難訓練だけでなく、一年に一度程度は、全スタッフを対象に座学の防災研修を行う必要があります。 防災の日には、備蓄食料を入居者だけでなく、介護スタッフで食べてみると良いでしょう。


高齢者住宅 防火・防災の安全設計について徹底的に考える

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