高齢者住宅の火災に対する建築上の防災対策は、耐火性能・防火性能の向上だけでなく、「ゴミ置き場」「喫煙場所」の設置検討や、火災の被害拡大を防ぐための早期感知・早期警報・初期消火などの防災設備の充実も不可欠。火災に強い高齢者住宅設計のポイントと求められる設備基準について整理する
高齢者住宅開設者向け 連載 『社会価値・市場価値の高い高齢者住宅をつくる』 058
高齢者住宅は、身体機能の低下した高齢者・要介護高齢者が集まって生活しています。火災が発生・拡大し、炎に包まれてしまうと、ほとんどの人は自力で逃げ出すことができず、甚大な被害を及ぼします。建物設計において耐火性能の向上とともに、もう一つ重要になるのが、火災を起こさないための工夫と、火災の拡大を防ぐための早期感知・初期消火などの防災設備の整備です。
ゴミ置き場・喫煙場所の設置の工夫
住宅火災の最大の原因は放火です。「放火・放火の疑い」を含めると全体の15%に上ります。
そのターゲットになりやすいのが、「ゴミ置き場」です。
ゴミの収集・廃棄は、各家庭からでる「家庭用ごみ」と、企業や事業者が排出する「事業用ごみ(一般廃棄物・産業廃棄物)」に分かれます。高齢者住宅の場合、入居者が個々に出すゴミについては「家庭用ごみ」、事業者が出す法律で定められた20種類の産業廃棄物以外の一般廃棄物については「事業用一般ごみ」となり、それ以外にも看護師が使用した血液のついた「感染性廃棄物」が発生します。紙おむつも、感染症の高齢者が利用したものは「感染性廃棄物」、それ以外のものは「事業用ごみ」となります。
家庭用ごみについては一般的に市町村等が無料(一部袋のみ有料)で回収してくれますが、事業用ごみは事業者の責任で個別に民間廃棄物業者と依頼・契約して、別途回収してもらうというのが基本です。
高齢者住宅では、複数の種類の廃棄物が発生すること、入居者定員によっては日々、大量の廃棄物が発生するために、独自の「ゴミ置き場」の設置が必要になります。
ゴミ置き場は、外部から侵入できない場所に設置するというのが原則です。建物内に設置し出入り口を施錠すること、やむなく屋外に設置する場合は部外者が容易に近づけないように広い範囲を網で囲い、センサーライトやカメラを設置し不審者を近づけないようにするなどの工夫が必要です。
その他、新聞や段ボールなど、リサイクル資源として市町村が無料で回収してくれるような場合でも、放火されないよう収集時間に合わせて、排出するなどのルールづくりを行います。
【放火を防ぐ ゴミ置き場の設置・工夫】
◆ 放火等を防止するため、建物外にゴミ置き場が設置されていないことが望ましい。
◆ 敷地内の建物外にゴミ置き場を設置する場合は、部外者が侵入できない位置に設置するか、接近を制御する構造とすること。他の部分との塀、施錠可能な扉等で区画されたものとし、照明設備(常夜灯又はセンサーライト等)を設置したものとすること。
◆ 建物外にごみ置き場が設置せざるをえない場合は、放火などの対象とならないよう、ごみ収集の時間などに合わせてゴミ出しをするなどのルール作りを行うこと。
もう一つは、喫煙場所の指定・検討です。
入居者の中には喫煙者がいます。「火が消えたのを確認していない」「タバコの灰が衣服や寝具に燃え移る」などのタバコの不始末が原因とされる火災は全体の10%に上り、高齢者は判断力や俊敏性が低下するため、そのリスクはより高くなります。
高齢者住宅で火災となれば、本人だけでは他の生命・財産にも及びますから、契約書等で居室内での喫煙は禁止、決められた場所での喫煙というのが原則です。しかし、それだけでは「すぐに止めらない」「いちいちスタッフに言うのが面倒」となり、トイレや自分の部屋で隠れてタバコを吸われてしまうと失火のリスクはより増加します。
近年は、副流煙による健康被害の問題も指摘されており、愛煙・嫌煙は二極化の傾向にあります。使いやすい分煙のための喫煙ブースを、建物設計の段階からスタッフが管理できる場所に設置し、防災設備の検討や防災計画の中に組み込むことが必要です。
火災時の早期感知・早期警報・初期消火設備の検討
もう一つは、火災の早期感知・早期消火の設備です。
火災は、早期感知・早期消火・早期避難が鉄則です。
しかし、夜勤帯のスタッフは3~4名程度、一つの居室に入って排泄介護をしていれば、他の居室で何が起こっているかわかりません。休憩中であれば、そのフロアに誰もいないという状態になります。「焦げ臭いぞ」と恐る恐る見に行くと、居室から大量の煙…ということになり、消火も避難も後手に回ります。
消防設備は、「熱、煙、炎などを感知する感知器」「他の入居者・介護スタッフに知らせるための警報装置」「火災現場を把握するための親機」「初期消火のためのスプリンクラー」「スタッフが初期消火を行うための消火器の設置」に分かれます。これを有機的に組み合わせ、早期かつ自動的に感知・警報・消火するシステムをそれぞれの高齢者住宅で整備していきます。
① 住宅専用部分(各居室)への感知・警報・消火装置の設置
まず一つは、それぞれの入居者の住居専用部分の消防設備です。
火災が発生した場合に、早期に煙・熱・炎を感知し、その入居者に警報を発するとともに、他の部屋にいる入居者(他住戸)、共用等で介護しているスタッフ、スタッフルームで作業をしているスタッフにも一斉に警報を発します。合わせてスプリンクラーによって初期消火を行います。
要介護高齢者を対象とした高齢者住宅は、ワンルームタイプのものが多いですが、どの位置に感知器やスプリンクラーを設置するのかを詳細に検討します。夫婦部屋など寝室・リビング・キッチンなどが分かれている場合は、すべての部屋に感知器を設置します。
共同住宅用スプリンクラーは、規模や仕様によっては設置義務になっていませんが、高齢者住宅という特性を考えると、全戸・必要場所への設置が必須です。
【住戸専用部分への感知警報消火装置の設置】
全ての居室、寝室及び台所に、次の設備が設置されていること。
① 住宅用防災警報器
② 共同住宅用自動火災報知設備、又は同等の性能を有することが確かめられたもの
③ 共同住宅用スプリンクラー
② 共用部分(共用設備・共同室)への感知警報消火装置の設置
二つめは、共用室(厨房・食堂・リビング等)の感知警報消火装置の設置です。
共用室は、入居者が利用する食堂・リビングだけでなく、厨房設備やスタッフルーム、スタッフの休憩室などにも設置が必要です。喫煙場所にも感知警報装置やスプリンクラーの設置を行います。法的な義務の有無を問わず、普段、人が入らない備品倉庫、備蓄倉庫、またゴミ置き場など、死角になりやすい場所にも注意が必要です。
【共用室・共用部への感知警報消火装置の設置】
共用室(食堂、談話室・脱衣室等)、共用設備(厨房・スタッフルーム・倉庫等)に、次の設備が設置されていること
① 住宅用防災警報器
② 共同住宅用自動火災報知設備、又は同等の性能を有することが確かめられたもの
③ 共同住宅用スプリンクラー
③ 感知警報装置の親機(どこで発報したかわかるもの)の設置場所
三つ目は、共同住宅用自動火災警報設備の受信機(親機)の設置です。
これはどこで感知器が発報したのかがわかるものです。火災報知器が発報しても「禁止されている場所でタバコを吸った」「感知器の誤作動」という可能性もゼロではありませんから、できるだけ早くその現場にスタッフが駆け付け、その状態を確認し、火災である場合は、大声で知らせるとともに、通報(119番)、消火器等を使って初期消火、避難誘導を迅速に行わなければなりません。
この受信機は、介護スタッフ以外に管理人・宿直人がいる場合は管理人室・事務室に、それ以外の場合は介護スタッフルームに設置します。
④ 消火器の設置台数・設置場所
最後は、消火器の設置です。
サ高住などは一般の共同住宅として取り扱われますが、消火器の設置についても、「福祉施設ではないから…」「法的義務ではないから…」ではなく、火災現場にすぐに持ち出せるように、火を取り扱う場所や、居室・共用部など建物配置に合わせて、必要場所・必要台数をしっかり確保する必要があります。
特に、伝い歩きや車いす利用などの高齢者も多いことから、移動の邪魔にならないように、建物設計時にどこに置くのか、どのように置くのかを十分に検討しなければなりません。
【消火器の設置台数・設置場所】
◆ 各階の共用廊下などの共用部分には歩行距離20m(以下)ごとに消火器が設置されていること、又は、住戸専用部分内に住宅用消火器を設置していること。
◆ スタッフルーム及び共用室のうち火を利用する可能性がある施設には消火器が設置されていること。
◆ 共用部分や共用室に設置した消火器は、入居者の通行の邪魔にならない位置で、必要時にすぐに持ち出せる場所に設置されていること。
以上、ここまで二回に渡って、火災に強い建物設備設計について述べてきました。
万一、火災が発生すれば、「消防署への連絡」「初期消火」「避難誘導」など、やることはたくさんあります。また煙や炎を見て冷静にいられる人はほとんどなく、入居者だけでなく介護スタッフも混乱し、迅速・的確な行動が難しくなります。その命を守るための時間を稼ぐのが「防災力のある建物設備設計」ということがわかるでしょう。
それは、「防災マニュアル・防災訓練」と一体的なものです。
高齢者住宅や高齢者施設の防災・火災訓練を見ていると、避難誘導や消火器の使い方を参加者数名で行うといった画一的なものが目に付きますが、「この建物にはどのような防災機能があるのか」「火災発生時の感知・警報システムはどうなっているのか」「消火器は何台・どこにあるのか」をよく知らないという人が少なくありません。
防災対策の基本は建物設備設計であり、定期的に全スタッフに周知するとともに、建物設備を基礎としたマニュアル・防災計画を立てるという意識が必要です。
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