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現行制度継続を前提に介護システムを構築してはいけない


財政的にも人材的にも、現在の社会保障制度、介護保険制度は、あと10年維持できない。現在の介護保険制度、高齢者住宅制度がそのまま続くという前提で高齢者住宅のビジネスモデル、介護システムを構築してはいけない。その方向性の理解は、これから参入する事業者にとって大きなリスクでもあり、チャンスでもある。

高齢者住宅開設者向け 連載 『社会価値・市場価値の高い高齢者住宅をつくる』 026


2018年5月21日、政府の経済財政諮問会議は、2025年には140兆円、2040年度には社会保障費は190兆円規模になるという試算を発表しました。中でも、伸び率が大きいのが高齢者の介護分野で、現在の10兆円から、2040年には25兆円と2.5倍になると予測しています。
社会保障問題は、波のある経済や相手方のある安全保障と違い、予測ではなく直線的にやってくるリスクです。このままの制度を維持し続ければ、2040年には190兆円になるということは確実です。
しかし、同時に、その通りにはなる(190兆円になる)ことは100%ありません。
介護費用が2.5倍になるということは、保険料が2.5倍になるだけでなく、市町村・都道府県、国の負担もそのまま2.5倍になるということです。
そんなお金は、日本国中、どこを探してもありません。

そもそも、この推計は「社会保険料だけでなく、消費税、所得税などを大幅に増税・アップし、かつ今より高い経済成長を続ける」という、経済原則に相反する条件の下で作られています。ましてや、この金額は、2040年に一時的に必要となるものではなく、それから30年以上に渡って毎年に必要になるものです。
この試算が示しているのは、将来的に社会保障費が190兆円になるということではなく、現行の社会保障制度、介護保険制度はとても続けられるものではないこと、抜本的な改革(社会保障費の大幅削減)は避けられないということ、そして、その対応に残された時間はほとんどないということです。


制度変更リスクが突出して高い高齢者住宅

介護サービス事業、高齢者住宅ビジネスの最大の特性、他の一般サービスとの最大の違いは、その事業収入の基礎を公的な介護保険制度に依存していることにあります。
それは、事業者にとってマイナス面ばかりではありません。一般企業の場合、借金をして設備投資をした途端、大手取引先から一方的に受注を減らされることもありますし、主要取引先が倒産した場合、貸し倒れ、連鎖倒産というケースも少なくありません。
しかし、介護サービス事業の場合、介護報酬の支払いは国が担保していますから、適切にサービスを提供すれば、必ずその分のサービス料は、社会保険の支払基金から支払われます。取引環境としては、非常に安定していると言えます。

一方で、その特殊性から生まれるリスク、難しさもあります。
一般事業の場合は、商品の価格や商品内容は、事業者間契約で決めますが、介護サービス事業の場合、介護サービスの内容や対象者、その価格・費用は、国が決めています。下図で示すように、介護ビジネスは、通常の民間と民間の取引である「B to C」「B to B」ではなく、他に類例のない、行政がその経営に大きく関わる「A to B to Cモデル」なのです。


その特性から派生する最大のリスクが、制度変更リスクです。
今後、要介護高齢者の増加によって、介護需要が激増することは間違いありませんが、財政、人材ともに絶対的に足りなくなることも避けようのない事実です。社会保障費の削減というだけでなく、限りある財源、人材を公平・公正、効率的・効果的に活用するためにも、抜本的な制度改革は不可避です。

特に、介護分野で問題となっているのが、高齢者住宅ビジネスの混乱です。
「区分支給限度額方式は、介護システム構築に適さない🔗」で、サ高住や住宅型では重度要介護高齢者は生活できないと述べましたが、「実際に、現在の低価格のサ高住でも、たくさん重度要介護高齢者が生活しているじゃないか・・」と不思議に思う人は多いでしょう。

逆に、なぜ、制度上不可能なことができるのかと言えば、ほとんどのサ高住や住宅型有料老人ホームで、「ケアマネジメントを適切に行っていない」「実際に行われている訪問介護と介護報酬請求がまったく違う」といった不正が横行しているからです。
ただ、もし発覚すれば莫大な金額の返還金を求められますし、それが常態化していたということになれば、指定取り消し、最悪の場合、詐欺罪での立件となります。また、一度指摘されると、同じことはできませんから、そのビジネスモデルは崩壊、高齢者住宅は倒産します。
そのリスクは事業経営だけではなく、介護スタッフにも及びます。万一、「Aさんの訪問介護時間中に、他の入居者の介護をしておらず、その途中でAさんが転倒・死亡した」ということになれば、そのホームヘルパーは損害賠償請求だけでなく、業務上過失致死に問われます。

この問題の根幹は、制度矛盾、指導監査体制の不備にあります。
現在の高齢者住宅の制度には「有料老人ホーム」「サ高住」があり、介護保険適用には「特定施設入居者生活介護」「区分支給限度額方式」に分かれていますが、それぞれの制度の違いは説明できても、なぜ二つの制度、基準、報酬体系があるのかは誰にも説明できません。
その歪みによって、行政との事前協議や届け出の必要ないサ高住が増え続け、そのほとんどは低価格の家賃設定で入居者を集め、同一法人・関連法人で運営する訪問介護、通所介護の利用促進で利益を上げようという「囲い込み」と呼ばれるビジネスモデルです。
これを低価格モデルだという人もいますが、俯瞰すれば、企業努力ではなく、制度矛盾をついて入居者負担を社会保障費に付け替えているにすぎません。ある識者が、「特養ホーム整備にはたくさんお金がかかるため、低価格のサ高住を増やしていかなければならない」と言っていましたが、いかにトンチンカンな意見かわかるでしょう。

ただ、これからは「介護・福祉」といえば何でも許された時代とは、制度も国民の意識も正反対のベクトルを向きます。社会保障費の削減が急務の時代に、このような「ほぼ真っ黒のグレー」という不透明で不正なビジネスモデルが続けられるはずがないこと、真っ先にメスが入ることは誰が考えもわかるでしょう。


介護保険制度・介護報酬の方向性は決まっている

これは「現在の制度・報酬」に依存して商品設計をしてはいけないということです。
介護保険制度の未来、方向性を十分に理解した上で、介護システム設計を行う必要があります。

① 介護保険負担割合の増加

一つは、介護保険負担割合の増加です。
現在は、原則1割負担、高額所得者は2割負担、3割負担ととなっています。ただ現在の自己負担割合は、前年度収入のみが算定対象となっていますが、これからは、前年度収入だけでなく、金融資産を含め、「高所得・高資産」によって、負担割合の線引きが行われることになるでしょう。

それは、すでに特養ホームのホテルコストの算定で始まっています。自己申告しなくても、マイナンバー制度によって金融資産の把握が容易になりますから、健康保険や介護保険でも、「個人で1000万円以上、高齢夫婦で2000万円以上」の人は、2割負担、3割負担ということになっていくでしょう。
これによって、事業者の収支が変わるわけではありませんが、2割負担、3割負担となれば、入居者にとっては、それだけで毎月の支出は5万円、8万円とふえていきますから、事業のマーケティング、ターゲット選定に大きく関わってきます。
また、自己負担があがると、介護・医療サービスの利用控えだけでなく、入居者や家族の選択意識、権利意識も高くなります。現在の「介護や医療サービスの押し売りで利益を上げる」というビジネスモデルは通用せず、サービス内容について、より丁寧な説明が求められることになります。

② 特定施設入居者生活介護の指定が前提

二つ目は、介護保険適用の一本化です。
高齢者住宅の健全な発展のためには、公平・公正な競争環境が担保される制度であることか必要です。
しかし、「特定施設入居者生活介護」「区分支給限度額方式」の混乱によって、同じ人に、同じ介護サービスを提供しても受け取る介護報酬が違うという矛盾が生じ、それが「囲い込みモデル」のように、制度矛盾を突いて不正を行う事業者が発生する土壌にもなっています。
また、「事業性も需要も要介護高齢者専用住宅に集約される🔗」で述べたように、今後、絶対的に不足し、早急な整備が必要になるのは、重度要介護高齢者をターゲットにした高齢者住宅です。しかし、区分支給限度額方式の訪問介護では、臨時のケア、すき間のケア、間接介護は対象外となるため、重度要介護高齢者や認知症高齢者には対応できません。
そのため、これからの高齢者住宅の介護保険適用は、特定施設入居者生活介護が原則となります。

これは、「サービス提供責任の明確化」という視点からも重要です。
サ高住や住宅型有料老人ホームでも、入居時には「安心・快適」と説明しますが、実際は外部サービス事業者との別契約です。そのため事故やトラブルが発生すると、途端に「高齢者住宅は無関係」と手のひらを反すなど、事業者の説明と入居者の理解には大きな乖離があります。そのため、特定施設入居者生活介護の指定によって、高齢者住宅にサービス提供責任を課す方向に向かっていきます。

現在運営中の住宅型、サ高住に対しては、すぐに「区分支給限度額方式を全面的に禁止」ということはできないでしょうが、現行制度でもその大半は不正です。入居者への事前説明や、ケアマネジメントに対する指導や、訪問介護の運用などが厳格に規制されると、実質的に運用が厳しくなるでしょう。合わせて、サ高住の制度も有料老人ホームと統合となり、「地域包括ケアシステム」に基づいて、サ高住の新規開設を行うにも、事前の届け出が義務付けられることになります。

③ 介護報酬の重度化リバランス

三点目は、介護報酬の重度化リバランスです。
今後、20年以内に85歳高齢者は二倍となり、重度要介護高齢者が激増します。そのため、これまで以上に、限りある財政や人材を重度要介護高齢者に、重点的に振り分けるという「重度化リバランス」が一気に加速することになります。
これは、特定施設入居者生活介護の介護報酬にも大きく影響してきます。

現在の特定施設入居者生活介護の介護報酬を示したのが、以下の図です。
月額(30日)で計算すると、要介護1で16020単位(約16万円)、要介護3で20040単位(約20万円)、要介護5で24000単位(約24万円)と、おおよそ要介護が一つ重くなると、2万円程度あがっていく、単純な比例グラフの介護報酬になっていることがわかります。
ただ、この介護報酬は(その多寡は別にして)、実際の介護サービス量と比較した場合、軽度要介護に手厚く、重度要介護高齢者に薄い介護報酬となっています。要介護1と要介護3の介護報酬の差額は1.25倍、要介護5とは1.5倍ですが、実際の介護サービス量の差は、少なくとも2倍以上にはなるからです。
経営的に考えると、少ない介護スタッフ数(指定基準程度)で、要介護1、要介護2程度の高齢者を多く入居させるのが、最も利益が高い、ビジネスとして効率的だということになります。それが、現在、基準配置、低価格の介護付有料老人ホームが多くなっている理由でもあります。


また、自宅で生活する要介護1.2の高齢者の区分支給限度額の利用割合は、限度額の50%程度(要介護1で7580単位)ですから、介護付有料老人ホームに軽度要介護高齢者が入居すると、介護保険財政が悪化する要因にもなっています。
そのため、特養ホームは要福祉、認知症高齢者に限定、重度要介護高齢者は高齢者住宅へ・・という役割の明確化とともに、「重度要介護高齢者に対する介護報酬」の抜本的見直しが行われることになります。上記図のリバランス①のように、比例グラフの角度を変えるか、もしくは、現在の要支援の【10:1配置】と要介護【3:1配置】のように、配置基準を含めて制度を見直し、要介護3以上の重度要介護高齢者の配分を増やすという方向になるでしょう。

以上、3つの方向性を上げました。
介護報酬は3年に一度、介護保険制度の見直しは5年に一度ということになっていますが、これまでのような微調整の変更ではなく、また、時間をかけてゆっくりやればよいというものでもありません。まさに、レジュームチェンジのような、痛みを伴う大転換は避けられないのです。
制度の大転換は、現在の制度に過度に依存した「囲い込み型」の高齢者住宅事業者にとっては大きなリスクですが、その方向性を理解していれば、新規参入事業者にとっては、大きなビジネスチャンスととらえることもできるはずです。


要介護高齢者住宅の商品設計 ~建物設備設計の鉄則~

  ⇒ 高齢者住宅 建物設備設計の基礎となる5つの視点
  ⇒ 「安心・快適」の基礎は火災・災害への安全性の確保
  ⇒ 建物設備設計の工夫で事故は確実に減らすことかできる 
  ⇒ 高齢者住宅設計に不可欠な「可変性」「汎用性」の視点 
  ⇒ 要介護高齢者住宅は「居室」「食堂」は同一フロアが鉄則 
  ⇒ 大きく変わる高齢者住宅の浴室脱衣室設計・入浴設備 
  ⇒ ユニットケアの利点と課題から見えてきた高齢者住宅設計 
  ⇒ 長期安定経営に不可欠なローコスト化と修繕対策の検討
  ⇒  高齢者住宅事業の成否のカギを握る「設計事務所」の選択 

要介護高齢者住宅の基本設計 ~介護システム設計の鉄則~

  ⇒  「特定施設の指定配置基準=基本介護システム」という誤解
  ⇒ 区分支給限度額方式では、介護システムは構築できない
  ⇒ 現行制度継続を前提にして介護システムを構築してはいけない 
  ⇒ 「強い介護システム」と「脆弱な介護システム」の違い 
  ⇒ 重度要介護高齢者に対応できる介護システム 4つの鉄則 
  ⇒ 介護システム構築 ツールとしての特定施設入居者生活介護 
  ⇒ 要介護高齢者住宅 基本介護システムのモデルは二種類 
  ⇒ 高齢者住宅では対応できない「非対象」高齢者を理解する 
  ⇒ 要介護高齢者住宅の介護システム 構築から運用への視点 
  ⇒ 介護システム 避けて通れない「看取りケア」の議論 
  ⇒ 労働人口激減というリスクに介護はどう立ち向かうか ① 
  ⇒ 労働人口激減というリスクに介護はどう立ち向かうか ②   



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