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高齢者住宅の防火・防災の安全設計について徹底的に考える


生活上の安全性の確保は、高齢者住宅事業者の最低限の責務というだけでなく、リスクマネジメントを土台とした長期安定経営の基礎となるもの。防災・防火など建物設備設計上、検討すべき安全性の課題について徹底的に考える

高齢者住宅開設者向け 連載 『社会価値・市場価値の高い高齢者住宅をつくる』 053


高齢者住宅の「安心・快適」というイメージは、飲食店の「美味い・安い」と同程度のものでしかありません。 同じものを食べても「美味しいか、不味いか」「高いか、安いか」はそれぞれ違うように、同じサービスを受けても「安心・快適」と感じるかどうかは人によって違います。すべての入居者・家族に「安心・快適」を約束できるわけではありませんし、それをはかる基準もありません。

ただ、その「安心・快適」の前提となるのは「安全」であり、安全配慮義務はすべての高齢者住宅事業者に課せられた法的な責務です。もちろんそれは、特養ホームなどの介護保険施設、介護付・住宅型、サービス付き高齢者向け住宅など高齢者住宅の種別を問わず同じです。 「サ高住は施設ではない、住宅だから…」と安易に考えている人は多いのですが、 万一、高齢者住宅で火災や地震が発生すると、ほとんどの人は自力で逃げ出すことかのできないため、通常の賃貸マンションとは比較にならないほど多数の死傷者が発生し、甚大な被害となります。そのリスクは働く介護スタッフにも及びます。

介護が必要になっても安心・快適」、でも「火災や災害の安全性は一般の住宅と同じです」「事業者の役割・責任ではない」という話は法的にも、倫理的にも通りません。 災害弱者の高齢者・要介護高齢者・認知症高齢者を対象としているのですから、防火・防災・事故などに対する安全責任は一般の住宅とは比較にならないほど高いと言うことを十分に認識する必要があります。

高齢者住宅の建物設備の安全対策が脆弱な理由

しかし、残念ながら、現在の高齢者住宅の災害対策は非常に脆弱です。
「安心・快適」と声高に叫んでいても、「では、その土台となる安全対策はどのように工夫していますか?」「防火・防災の対策は?」と聞くと、「バリアフリーの建物で…」「一応、防災訓練を年に一度程度は…」など一面的な回答ばかりで、安全対策についてほとんど考えていない、答えられない事業者・経営者も少なくありません。
その原因は、大きく分けて二つあります。

一つは、制度の混乱です。
有料老人ホームでもサ高住でも、また特別養護老人ホームでも、その対象者はほとんど同じです。
しかし、「有料老人ホーム=老人福祉法=厚労省」「サ高住=高齢者居住法=国交省」と土台となる法律、管轄する省庁が違うため、建築基準法・消防法でも建物設備設計上の安全基準には大きな差があり、各自治体によってもその取扱いはバラバラです。


消防法上も建築基準法上も、この「有料老人ホームに該当する場合…」「要介護高齢者を対象としているものは…」という文言がありますが、その区分には意味がありません。
例えば、自立度の高い高齢者を対象とした 住宅型有料老人ホームの場合、消防法上の取り扱いは【(6)項ハ】となりますが、当初は自立度の高い高齢者を対象としていても、加齢や疾病によって、数年後にはほとんどの高齢者は要介護状態・重度要介護状態になっていきます。
サ高住で、共用設備において入浴や食事等の提供が行われていない場合は、 一般の共同住宅と同じ 【(5)項ロ】 になりますが、型式的には個別契約とはいえ、ほとんどのサ高住で、同一・関連サービス事業者から一体的に食事や介護サービスが提供されており、生活実態は介護付有料老人ホームと変わりません。
重度要介護割合「介護付 < 住宅型」が示す「反・介護予防」の泥沼化 ?  で述べたように、実際は介護付有料老人ホームよりも住宅型有料老人ホームの方が要介護高齢者が多く、サ高住でも全体の90%は要介護状態、3人に一人は要介護3以上の重度要介護高齢者です。「サ高住だから…」「要介護高齢者対象でない場合…」という区分けは、現実的にまったく意味がないということがわかるでしょう。

もう一つは、建物設備の安全対策が「制度任せ」「設計士任せ」になっているということです。
建築基準法・消防法上の安全基準は最低基準であり、「サ高住は共同住宅の基準に沿って作れ」というものではありません。しかし、耐震・耐火基準、消防関連設備など基準以上の安全対策をとればそれだけコストがかかります。民間の高齢者住宅は営利事業ですから「建築コストを下げよう」という意識が働きますし、設計士も事業者からの指示がなければ「基準をクリアできれば良い」と考えます。
実際、サ高住の建築セミナーでは「サ高住は共同住宅なので、有料老人ホームと比較して防災基準が緩いので建築コストが下げられる」「スプリンクラーも不要」と、安全基準が低いことが大きなメリットであるかのように話す人もいます。目先の建築コストダウンで安全対策が疎かになり、そのコストの何倍もの事故・災害リスクが高まるということに理解が及ばないのです。

対象者に合わせた高齢者住宅の安全対策は事業者の責務

日本は地震・台風・ゲリラ豪雨などが多発する災害大国であり、高齢者は災害弱者です。
高齢者住宅は高齢者・要介護高齢者が集まって生活している集合住宅ですから、 万一、火災・自然災害が発生すれば、ほとんどの人は自力で逃げ出すことができません。死傷者を含めその被害は甚大なものになります。 契約形態や消防法上・建築基準法上の制度基準がどうであれ、要介護高齢者を入居させるのであれば、その対象者に合わせて、火災や自然災害に対する安全性の高い建物設備・システムをつくる義務は事業者にあります。

誤解を恐れずに言えば、実際に火災や災害が発生した場合、一時的に命を守ってくれるのは人ではなく建物設備です。「地震でも壊れない耐震性」「火の回りを遮ってくれる耐火性」「初期感知・初期警報・初期消火設備」「避難動線・避難経路」など、防災の基礎は建物設備設計にあると言っても過言ではありません。そして、それは建物設備設計時に真剣に取り組んでおけば、30年、50年と入居者・スタッフ、そして事業を守り続けてくれるものです。

建物設備設計の安全対策は、事業者の責務というだけでなく、リスクマネジメントを土台とした強い商品性、介護スタッフが働きやすい労働環境の土台となるものだといってもよいでしょう。
技術的な詳細については設計士に任せておけば良いのですが、安心・快適の土台となる「火災や災害に強い高齢者住宅」を目指すのであれば、事業者は少なくとも「どのような安全基準があるのか」「どの場所・エリアでどのような安全対策が必要なのか」を理解し、「入居者に火災や災害に強い建物を作ってほしい」と指示しなければなりません。また、立地条件や階数などそれぞれの高齢者住宅で必要な防災対策は変わりますから、「基準ありき」ではなく「どうすれば入居者の生命・財産を守れるか」を事業者が個別に考えなければなりません。
ここでは、火災や自然災害から入居者・スタッフを守る高齢者住宅の建物設備設計の安全対策について、徹底的に考えていきます。


高齢者住宅 防火・防災の安全設計について徹底的に考える

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  ➾ 災害安全性の高い土地の選定ポイントとその視点
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