PLANNING

火災に強い高齢者住宅設計のポイントとその基準 Ⅰ


耐火性能は消防隊が到着するまでの「避難に必要な時間の長さ」から検討されるべきものであり、「準防火地域だから…指定区域外だから…」という通常の基準では測れない。耐火性能基準、不燃性の高い内装材の利用など火災に強い高齢者住宅設計のポイントと求められる基準について整理する。

高齢者住宅開設者向け 連載 『社会価値・市場価値の高い高齢者住宅をつくる』 057

火災で死亡する人のほとんどは「逃げ遅れ」です。
最新の消防白書(平成30年度版)によると、平成29年度の「火災による死者数」は1456人、内65歳以上の高齢者が全体の7割を超え、特に81歳以上は全年齢階層平均の4.4倍と顕著に高くなっています。高齢者住宅は、身体機能の低下した高齢者・要介護高齢者が集まって生活していますから、火災が発生すると、ほとんどの人は自力で逃げ出すことができず、多くの入居者が亡くなる大災害となります。
また、火災の原因をみると、「放火・放火の疑い」が最も多く全体の15%、「タバコの不始末」が10%となっています。 高齢者住宅では、重度要介護高齢者に限定された特養ホームと違い、自立~軽度の要介護高齢者も多く入居していることから「タバコの消し忘れ」「自室での喫煙」など入居者からの失火のリスクは高くなるため、より手厚い備えが必要です。
火災の発生・被害の拡大を防ぐための高齢者住宅設計のポイントについて整理します。

高齢者住宅の耐火性能・防火性能は「一般基準では測れない」

① 建物の耐火性・防火性の検討
まず一つは、建物の耐火性・防火性の検討です。
火災に対する建物の強さをはかる耐火性・防火性は、都市計画法等において「防火地域」「準防火地域」「22条指定区域(建築基準法)」「その他区域」などによって分類されており、それぞれの区域によって耐火・防火基準は異なります。建築士は「ここは防火地域だから耐火建築物が必要だな」「ここは準防火地域だから準耐火建築物で良い」という判断をして設計をします。

しかし、高齢者住宅の特性を考えると、「準防火地域だから準耐火・防火構造で良い」「その他区域だから…」という話にはなりません。
例えば「防火地域では3階以上の建物は耐火構造にすべき」と書かれています。それは一般の住戸やアパートの場合、二階であれば素早く階段を使って逃げられますし、最悪の場合飛び降りることもできるからです。しかし、身体機能の低下した高齢者・要介護高齢者の場合、飛び降りることも、階段を使って逃げ出すこともできませんし、もちろんエレベーターも利用できません。夜間などの介護スタッフ数が少ない時に、すべての高齢者を屋外の安全な場所まで移動させるのは不可能です。
「耐火性能」というのは「建物からの逃げやすさ」「避難に必要な時間の長さ」から設定されているものですが、高齢者住宅は避難の能力やそれに必要な時間が一般の賃貸マンションとは全く違うため、「建築基準法に合致していれば十分」という話ではないのです。

消防法でも、「自立度の高い高齢者を対象とする場合」「車いすなどの要介護高齢者を対象とする場合」と分けて設定されていますが、自立歩行の高齢者でも若年層のように火事や煙に気が付いたすぐに飛び出せるという人は多くありませんし、また数年経過すれば加齢や疾病によって要介護状態は重くなっていきます。そのため、構造にあたっては、防火地域等の基準を問わず、2階以上の建物については基本的に耐火建築物でなければならないと考えています。最近では、木造の高齢者住宅も増えていますが、これについても、高齢者住宅の特性を鑑み、十分な防火・耐火性能を有する建物とすることが必要です。

高齢者住宅 火災に対する安全性(耐火・防火性能)】

〈構造〉
  2階以上の建物については、耐火建築物とすることが望ましい。木造の場合も立地する地域の防火規制に関わらず、一定以上の防火・耐火性能を有する建物にすること。
〈開口部〉
  建築基準法に定められている防火設備が設けられていること。延焼のおそれのある部分の開口部は、火炎を遮る時間の長さが60分相当以上であること。
〈開口部以外〉
  延焼のおそれのある部分の外壁等は火熱を遮る時間の長さが60分相当以上であること。
〈界壁及び界床〉
  界壁及び界床における火熱を遮る時間の長さは60分相当以上であること。

耐火性能は、全体の構造だけでなく、開口部(窓・ドアなど)・開口部以外(それ以外の外壁)、界壁(住戸の間の壁)、界床(上下階の間の床)、外壁の防火性能など、様々な基準があります。これらは、いずれも「延焼・類焼を食い止める楯」となるものです。外部からの類焼は防火性能の外壁が、内部に入るのを防いでくれますし、建物内から出火した場合は、界壁や界床の等級(炎を遮る時間)によって、他の部屋や上階への拡大を防ぐことができます。基本的に、この開口部・開口部以外、界壁、界床(上下階の間の床)は、階数を問わず火炎を遮る時間の長さが60分以上であることが望まれます。

② 不燃性の高い内装材、防火材料の検討 
防火性能は、躯体だけでなく内装材にも関わってきます。
防火材料とは、有毒な煙やガスを発生しないものであり、その通常の火災の火熱に耐えられる性能によって、不燃材料(20分)、準不燃材料(10分)、難燃材料(5分)に分けられています。建物内部の壁紙などの防火性能は、下地基材と施工方法によって決まりますが、高齢者住宅の特性を考えると、その建物の内装は不燃材料、又は準不燃材料であることが望ましいと考えています。

【高齢者住宅 建物内装材の不燃性】
 ◆ 廊下、階段、通路の壁・天井には準不燃材料又は不燃材料が採用されていること。
 ◆ 住戸専用部分の壁・天井については、準不燃材料、不燃材料が採用されていること
 ◆ 調理室、浴室等、火を使用する設備又は器具を設けたもののある室の壁・天井には準不燃材料又は不燃材料が採用されていること。


③ 防炎物品・防炎製品の指定
最後の一つは、カーテン、絨毯など布製商品の防炎物品・防炎製品の指定です。
消防法では、高層建築物や病院、福祉施設で利用するカーテン、絨毯、寝具等については、火災から守るための防炎性脳を有するものを使用するように義務付けています。高齢者住宅(サ高住等)は義務化されていませんが、災害弱者が多数生活しているという特性を考えると、食堂やリビングなどで使用する布製品については防炎物品であることが求められます。また、それぞれの居室内で使用する、入居者個別の持ち物であるカーテン・寝具・衣服などについても、義務化は難しいものの、火災のリスク十分に説明を行うとともに、防炎物品・防炎製品を指定・推奨することが必要です。

【防炎物品・防炎製品の使用・指定】
 ◆ 住宅事業者が用意するカーテン、布製ブラインド等については、防炎物品・防炎製品が採用されていること。
 ◆ 入居者の所持するカーテン・寝具等についても防炎物品・防炎製品を指定し、その使用を推奨していること


以上、高齢者住宅の耐火性能・防火性能の基本的な制度と考え方、推奨する基準について整理しました。
火災は、一旦発生すると入居者の生命・財産が一気に失われる高齢者住宅の最大のリスクだと言っても良いでしょう。
ただ、耐震構造と同じく、耐火構造についても、「建築士にお任せ」となると「最低基準(一般の法的住宅基準)に沿ったもの」しかできません。また、「上記の高い基準にしたからOK」という単純なものではなく、火災はどのエリアで発生するリスクが高いのか、どこで発生した場合どこに一時避難するのか、どこに消防隊・レスキュー隊が到着しどこから救出活動を行うのか…という全体の建物設備設計から見た想定も必要となります。

詳細の基準については、設計士と検討することになりますが、それ以外にも地域の消防署・消防分団などの意見も取り入れ、防災計画・防災訓練などのシミュレーションも含めて考えると良いでしょう。
耐震性能・耐火性能は「安全な生活の土台」だと言っても過言ではありません。火災から入居者を守り、介護スタッフを守り、事業を守るには「火事に強い建物をつくる」という事業者の強い意思を示す必要があるのです。


高齢者住宅 防火・防災の安全設計について徹底的に考える

  ➾ 高齢者住宅の防火・防災設計について徹底的に考える
  ➾ 災害安全性の高い土地の選定ポイントとその視点
  ➾ 生活安全性の高い土地の選定ポイントとその視点  
  ➾ 自然災害に強い高齢者住宅設計のポイントとその基準
  ➾ 火災に強い高齢者住宅設計のポイントとその基準 Ⅰ 
  ➾ 火災に強い高齢者住宅設計のポイントとその基準 Ⅱ 
  ➾ 災害発生時の避難安全性の設計ポイントとその視点



関連記事

  1. 「特定施設の配置基準=基本介護システム」という誤解
  2. 業務シミュレーションからわかること ~建物と介護~
  3. アプローチ・駐車場の安全設計について徹底的に考える
  4. 建物設備設計の工夫で事故は確実に減らすことができる
  5. 地域密着型など小規模の高齢者住宅はなぜ失敗するのか 
  6. 事業シミュレーションの「種類」と「目的」を理解する
  7. 自然災害に強い高齢者住宅設計のポイントとその基準
  8. 発生する事故・リスクから見た建物設備設計のポイント

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

CAPTCHA


TOPIX

NEWS & MEDIA

WARNING

FAMILY

RISK-MANAGE

PLANNING

PAGE TOP