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「高齢者住宅は要介護対応に関与しない」というビジネスモデルは可能か


高齢者住宅への入居を検討する高齢者・家族ニーズは「現在の介護目的」または「将来の介護目的」に大別される。「高齢者住宅は要介護対応に関与しない」「要介護状態になれば退居」は法的には正しくても、ニーズに合致しないため、事業・ビジネスモデルとしては成立しない。

【特 集】 要支援・軽度要介護高齢者住宅の未来・方向性を探る 02
(全 9回)


サ高住の経営者やその支援を行う介護コンサルタントが、セミナーやワークショップでよく口にするのは「高齢者住宅は施設ではない、住宅だ」というフレーズです。
特養ホーム等の老人福祉施設も含め、それぞれの対象・役割が混乱・輻輳していることから、あっちが施設、こっちが住宅という区分け自体にほとんど意味がなくなっているのですが、民間の営利目的の住宅事業であること、賃貸契約による借家権であること、各種生活支援サービスが個別契約によって提供されることなどを考え合わせると、制度的にも事業的にも、サービス付き高齢者向け住宅は最も一般の賃貸マンションに近い形態の高齢者住宅であることは間違いありません。
ただ、「サ高住は一般の賃貸アパート・マンションと同じだ」と言われるとそうではありません。「同じ民間の賃貸集合住宅だが、商品・ビジネスモデルは全く違う」というのが正しい解です。「一般の賃貸マンションと同じだから・・・」だと盲目的になってしまうと、高齢者住宅は経営できません。
一般の賃貸マンションと高齢者住宅は何が違うのか、その商品・ビジネスの特徴から整理します。

一般の賃貸集合住宅と高齢者住宅のビジネスモデルの違い

一般の集合賃貸住宅と高齢者住宅のビジネスモデルの違いを整理したのが、下の図です。


まず、一般の賃貸集合住宅は、純粋な住宅サービスです。
商品の価値は、「立地環境」「住戸内の広さ・間取り」「住戸内の設備」「共用設備・共用部」「築年数・グレード」によって決まります。例えば、今年から大学に通う女子学生が賃貸マンションを選ぶ場合、学校までの距離やコンビニ・スーパーの有無、治安といった「立地環境」、最低25㎡は欲しい、バスとトイレはセパレート、家具家電付…といった「住戸の広さや間取り」「住戸内の設備」、最近ではWiFiやセキュリティの充実といった「共用設備」や新築・築浅なども商品価値に関わってきます。
単身サラリーマン向け、新婚夫婦向け、子供がいるファミリー向け、それぞれに求める立地環境や建物設備の仕様は変わります。それぞれの需要・ニーズに合致している物件は人気があり、そうでないものは価格が下がります。

これは、高齢者住宅でも同じです。
自立高齢者と要介護高齢者では、求められる立地環境や居室内の設備、共用設備や共用部は変わります。
自立度の高い高齢者の場合、一人で出歩くことができるため、駅や商業施設近くの利便性の高い立地が好まれます。自分でお茶を沸かしたり、調理もしますから、独立したキッチンと洗面台、浴室も必要です。逆に要介護高齢者の場合、一人で外出することはできませんから、駅近や商業施設はそれほど重要ではありません。また部屋の中で調理や入浴はしませんから、トイレと簡単な水回りがあれば十分ですし、浴室も必要ありません。逆に、車いすでも利用できる広い食堂や、要介護高齢者対応の特殊な浴槽など共用部・共用設備の充実が必要です。

一般の賃貸集合住宅と高齢者住宅の最大の違いは、「生活支援サービス」です。
高齢期になると「買い物や調理など日々の食事の準備が大変」「足が痛くて通院や銀行に行けない」「年金の手続きをどうすればよいかわからない」といった生活上の様々な課題が発生し、要介護状態になると介助・介護を受けなければ、排泄や食事、入浴など日常生活が維持できなくなります。
そのため、食事、介護看護、生活相談、安否確認など、様々なサービスが必要になります。

この生活支援サービスは、① 各種生活支援サービスが、入居している高齢者住宅事業者から一体的に提供されるもの、② 食事・生活相談サービスは高齢者住宅事業者から一体的に提供されるが、介護サービスは外部の介護サービス事業者から個別契約で提供されるもの、③ すべての生活支援サービスが入居者と各サービス事業者との個別契約によって提供されるもの、の大きく3つのタイプに分かれます。
高齢者住宅は単なる「住宅サービス」ではなく、その契約形態に関わらず「住宅サービス+生活支援サービス」という複合サービス商品なのです。

「一般の賃貸集合住宅と同じ」は、ビジネスモデルとして通用するか

この話をすると、「いやいや、住宅サービス自体は一般の集合賃貸住宅と同じだから」「高齢者住宅が、生活支援サービスの提供をするわけではないから」という反論がでます。いま一部の高齢者住宅事業者が、批判が高まっている囲い込みから脱却し「入居者の自由選択」を全面に押し出そうとしているのは、高齢者住宅の「要介護対応」の責任・リスクを軽減したいという目的があるからです。

もちろん、すべての高齢者住宅が「介護が必要になっても、安心・快適のサービスを提供しなければならない」「どのような要介護状態になっても、入居者が安全・安心に生活できるようにしなければならない」というものではありません。それは介護付有料老人ホームでも同じです。高齢者住宅は、全国一律の基準で整備された特養ホーム・老健施設とは違い、各事業者がそれぞれの地域の住宅ニーズに合わせてつくる自由設計商品です。そのサービス内容・価格帯は多様化していますから、「認知症にも対応できる高齢者住宅を選ぶ」「介護機能の整った高齢者住宅を選ぶ」というのは、高齢者・家族の選択責任です。

ただここで問題は、「一般の集合住宅と同じ自由選択だから、要介護対応は知らない」という高齢者住宅がビジネスモデルとして成立するのか…です。

① 「自立高齢者のみ、要介護になれば退居」という契約は可能か

まず、土台となるのが退居要件にかかるターゲット・対象の限定についての法的整理です。
老人福祉施設と違い民間の高齢者住宅の入居者選定では事業者の専決事項ですから、有料老人ホームでもサ高住でも、入居時に「自立のみ」「要介護のみ」「認知症不可」と限定することに問題はありません。

しかし、契約上、「要介護・認知症」を事業者から途中退居を求める要件にできるか否かは、有料老人ホームとサ高住とでは取り扱いが違います。
サ高住の場合、要介護や認知症を理由とする契約は認められません。「暴言・暴行など他の入居者に迷惑となる行為があり、通常の介護では対応できない場合は、事業者からの退居を求めることができる」とされていますが、これも簡単ではありません。本人が拒否した場合、裁判をするしかありませんし、それでも勝てるかどうかは微妙です。それはサ高住の居住者には、借地借家法に規定された強力な「借家権」が付与されており、これに抵触する契約はすべて無効だからです。

これに対し、有料老人ホームの「利用権」は入居者と有料老人ホーム事業者の間で交わされる個別契約に基づく権利です。そのため「要介護状態になれば退居」という契約は可能ですし、「要介護3以上になれば退居」といった設定もできます。
ただし、利用権契約でも「物忘れが酷くなったとき」「食事が一人で食べられなくなったとき」といった曖昧な契約はできません。有料老人ホームもサ高住と同様に、高齢者・要介護高齢者の生活の基礎となる住居です。事業者の判断・都合によって一方的に退居を求められることになると、入居者の生活そのものが不安定になるからです。
「公平・公正でわかりやすい基準であること」「入居契約前に退居要件について十分な説明があること」「退居要件に該当した時に十分な支援が行われること」の三要件が必要です。

② 「要介護対応に高齢者住宅は関与しない」というビジネスモデルは可能か

もう一つが、「要介護対応に高齢者住宅は関与しない」というビジネスモデルは可能か・・・です。
もちろん、これは「可能か否か」というよりも、現在のサ高住や住宅型有料老人ホームでは当然のことです。そもそも、現在の区分支給限度額方式の高齢者住宅は、介護付有料老人ホームのように、みずからが介護サービス事業者となって、直接介護サービスを提供しているわけではありません。同一法人で訪問介護・通所介護等の介護サービスを提供していても、それは高齢者住宅に付随する設備・機能ではなく、単に「併設されているから便利」という周辺環境の一つでしかありません。

もし、高齢者住宅事業者が「介護が必要になっても安心・快適」とセールスするのであれば、「入居者が要介護状態になっても安心・快適に生活できるよう、外部の各種サービス事業者から質の高い介護サービスが提供されることを、高齢者住宅事業者が担保・約する」と、別途、契約書や念書を交わす必要があります。入居時には、「介護が必要になっても安心」と誤認させるような説明をしておいて、事故やトラブルが発生すると「個人契約だから事故の責任は持ちません」「介護サービス契約の当事者は高齢者住宅ではない」というのは入居者・家族を欺く行為です。区分支給限度額方式の高齢者住宅は「要介護対応に一切関与しない」「介護が必要になったときに生活できるかどうか知らない」というのが大原則なのです。

ただ、問題は「要介護対応に一切関与しない」「自立高齢者のみ、要介護になれば退居」という高齢者住宅に入居者が集まるのか・・・です。なぜなら、高齢者住宅を探している高齢者・家族の第一希望・大前提は「要介護状態になっても安心して住み続けられること」だからです。

高齢者住宅へ入居を検討している高齢者・家族像をイメージしてみましょう。
高齢者は、新卒学生や新婚夫婦のように、新しい生活を夢見て「ワクワク、どきどき」と期待に胸を膨らませて高齢者住宅を探しているわけではありません。現在の不自由な生活や心配よりも、住み慣れた自宅を離れて新しい生活をスタートさせる不安の方が大きいものです。
高齢期になると適応力・順応性は低下し、生活環境の変化は認知症の発症要因になることも知られています。また、家財道具を片づけ、住み慣れた自宅を引き払って高齢者住宅に入るとなると、相当の労力と時間、覚悟が必要になります。そんな高齢者・家族が、「高齢者住宅は自宅と同じ」「要介護対応は知らない」という高齢者住宅を選ぶでしょうか。

「60代、70代の自立高齢者で一般の賃貸マンションに入れない人も対象」と考える人もいるかもしれませんが、それは「今住んでいるマンションが老朽化で壊される」「熟年(老齢)離婚で行くところがない」「子供が近くに住むようにうるさく言ってくる」といった、それ以外の切迫した理由のある人だけで、ごくごく一部にすぎません。また「ワンルームで家賃6万円程度」と考えている自立度の高い高齢者が、食事付き・安否確認・生活相談付だから・・と「月額費用15万円」の高齢者住宅に入るかと言えばそれはないでしょう。

つまり、高齢者住宅への入居は、
① 突然要介護状態となり「自宅で住み続けることができない」という差し迫った理由がある。
② 要介護ではないが「一人暮らしが不安」「頼れる人がいない」など、将来の介護不安が強い。

という、「現在の介護目的」または「将来の介護目的」に大別されるのです。
「高齢者住宅は要介護対応に無関係」「要介護状態になれば退居」というのは、制度的には正しくても、入居対象となる高齢者のニーズに合致せず、事業・ビジネスモデルとして成立しないのです。




【特 集】 要支援・軽度要介護高齢者住宅の未来・方向性を探る 🔜連載更新中

  ♯01  自由選択型 高齢者住宅への回帰の動きが加速する背景
  ♯02  「高齢者住宅は要介護対応に関与しない」というビジネスモデルは可能か
  ♯03  高齢者住宅の「要介護対応力=可変性・汎用性」とは何か
  ♯04  要介護対応力(可変性・汎用性)の限界 Ⅰ ~建物・設備~
  ♯05  要介護対応力(可変性・汎用性)の限界 Ⅱ ~介護システム~
  ♯06   要介護対応力(可変性・汎用性)の限界 Ⅲ ~リスク・トラブル~
  ♯07  「早めの住み替えニーズ」のサ高住でこれから起こること
  ♯08  自由選択型 高齢者住宅は不安定な「積み木の家」になる
  ♯09  これからの高齢者住宅のビジネスモデル設計 3つの指針



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