介護システムは、高齢者住宅という商品の中核となるサービス。「特定施設入居者生活介護の指定基準はクリアしている」「【2:1配置】だから手厚い」ではなく、事業者の責任で要介護高齢者が生活できる環境、スタッフが安心して介護できる環境をつくっていかなければならない
高齢者住宅開設者向け 連載 『社会価値・市場価値の高い高齢者住宅をつくる』 045
介護・看護サービスは高齢者住宅という商品の骨格となるサービスです。それは「制度基準ありき」「介護保険ありき」ではなく、それぞれ事業所の責任で作っていくべきものです。
この業務シミュレーションを基礎とした介護システム構築は、これからの要介護高齢者住宅の整備だけでなく、現在、運営中の高齢者住宅の介護システムの立て直し、事業計画見直しにも不可欠なものです。
ここまでの議論をもとに、そのポイントを整理しておきます。
特定施設の指定基準は介護システム・商品ではない
まず一つは、「特定施設入居者生活介護=介護の基本システム」ではないということです。
それは、現在の特養ホームの介護看護スタッフを見ればわかります。
特養ホーム(介護老人福祉施設)の指定基準配置は、介護付有料老人ホームと同じ【3:1配置】です。しかし、ユニット型の場合、実際には【1.6~1.8:1配置】とその二倍近い介護看護スタッフが配置されていますし、29名以下の地域密着型特養ホームでは、【1.2~1.4:1】配置です。それは「手厚い介護サービスを提供する」というのではなく、その人数を確保しなければ、介護システムが機能しないからです。
「低価格なのだから、基準に基づいた最低限の介護をすればよい」という経営者がいますが、それは介護労働の特性や法的なサービス提供責任を理解していない人の発言です。
なぜなら、「介護スタッフの人員の範囲内で食事介助をすればよい、できない人には介助しなくてよい」という話ではないからです。重度要介護高齢者・介護サービス量の増加に対応できなければ、確実に転倒・骨折などの重大事故やトラブルが増えます。死亡事故が発生した場合、事業者及び個人には、安全配慮義務違反として刑事・民事・行政の重い法的責任がかかってきます。介護スタッフ配置の手厚さに関わらず、求められる安全配慮義務、サービス提供責任は同じだからです。
高齢者住宅は、「指定基準以上だから」「【2:1配置】だから手厚い」ではなく、重度要介護高齢者が増えても安定した介護サービスが提供できる体制・介護システムを、事業者の責任で整備しなければならないのです。
「3:1配置」「2:1配置」という介護システムは脆弱
二つめは、現在の介護付有料老人ホームのような、【2:1配置】【1.5:1配置】といった、画一的・硬直的な介護システムは、高齢者住宅の介護システム、ビジネスモデルとして脆弱だということです。
介護保険制度は、必要となる介護サービス量(要介護度)によって報酬を決めるというのが基本です。介護サービスは純粋な労働集約的なサービスですから、介護サービス量が増加すれば、必要な介護スタッフ数も増えていきます。
「介護が必要になっても安心!!」というのは、「重度要介護高齢者が増えても、安全に介護できる生活環境、介護労働環境を整える」ということです。【3:1配置】【2.5:1配置】程度の介護看護スタッフ配置では、重度要介護高齢者が増えると、最低限のサービスさえ提供することが難しくなります。その結果、過重労働や事故やトラブルの増加によって離職率が高くなり、「あそこは仕事が大変…」というイメージが付けば、新しい介護スタッフは入ってきませんから、事業の継続は実質的に困難になります。
それは収益体制にも関わってきます。
要介護高齢者住宅 基本介護モデルは二種類 ? で述べたように、重度要介護高齢者に対応する介護システムは、①重度要介護高齢者専用介護システム、②可変性の高い介護システム の二つに分かれます。介護システムの運用の容易さ、経営の安定度という視点で見ると、始めから手厚い介護体制を構築した ①の「重度要介護高齢者 専用介護システム」が適しているのですが、現状の制度においては特養ホームの対象者と重なることから、地域によっては集客が難しくなります。
例えば、60名定員で、入居者の平均要介護4と設定していたのに、実際は要介護3の場合、介護保険収入は1400万円近くマイナスになります。
また、要介護3以上と言っていても、新しいユニット型特養ホームができて、重度要介護入居者がそちらに取られてしまえば、要介護1、2といった軽度要介護高齢者にもターゲットを広げなければならず、平均要介護2となれば、事業計画との収入差は年間3000万円になります。
他の収支勘定項目は全く変わりませんから、そのまま収益が減るということです。
高齢者住宅は、入居者の要介護状態によって「介護サービス量が変化する」「介護報酬が変化する」という可変性が高い特殊な事業です。 入居時は、要介護度1であっても、加齢や疾病によって、要介護2、要介護3と重くなっていきます。それは個々人だけでなく、全体の平均要介護度も上がっていくということです。
要介護高齢者住宅のビジネスモデル、介護システム構築には、「介護サービス量の変化に合わせて、介護スタッフ数を変化させる」というという可変性の視点が必要です。「軽費老人ホームは自立」「養護老人ホームは要支援」「特養ホームは重度要介護」といった、要介護対象が決められている老人福祉施設のような画一的・硬直的な介護システムは、本来、高齢者住宅にはそぐわないのです。
「建物設備設計」によって介護効率性は大きく変化する
もう一つ、業務シミュレーションの目的は「建物設計」と「介護システム」の関係を理解することです。
述べたように、介護サービスは労働集約的なサービスです。介護サービス量が増加すれば、必要な介護スタッフ数が増えていきます。
例えば、訪問介護の場合、「要介護度が重くなる=たくさんの訪問介護が必要になる=訪問回数が増える」ということになります。要介護1の高齢者は一日一回の訪問であっても、要介護3になると一日二回、要介護5となると一日三回と、訪問回数は増えていきます。一人のホームヘルパーが一日に訪問できる件数は7~8件が限界ですから、訪問回数を16回に増やすためには、単純比例してホームヘルパー数をもう一人増やす必要があります。
「要介護状態の変化 = 介護サービス量の変化 = 訪問回数の変化 = ホームヘルパー数の変化」
という単純比例の数式が成り立ちます。
これは介護付有料老人ホームなどの高齢者住宅事業でも基本的に同じです。
しかし、訪問介護との違いは、建物設備設計によって、生活のしやすさ、介護のしやすさは全く変わってくるということです。
高齢者住宅の介護システムは、数式で表すと、
「要介護状態の変化 = 介護サービス量の変化 =( 建物設備設計(X)+介護スタッフ数の変化)」
であり、変数(X)によって必要となる介護スタッフ数は大きく変わってくるということです。強い商品性、働きやすい介護労働環境のために、その変数を探るというのが、民間の営利目的の高齢者住宅における業務シミュレーションの最大の目的なのです。
他のところでも繰り返し述べているように、「重度要介護高齢者が安全に暮らせる生活環境」は、「介護スタッフが安全に介護できる労働環境」とです。同じ定員数の高齢者住宅であっても、建物設備によって働きやすさや、必要となる介護スタッフ数は全く変わってきます。それは離職率や事故トラブル件数だけでなく、価格設定やサービス力にも直結します。
ここからは「定員60名の高齢者住宅」を例に、建物設備設計とその関係性をさぐっていきます。
高齢者住宅 事業計画の基礎は業務シミュレーション
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高齢者住宅 「建物設計」×「介護システム設計」 (基本編)
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