高齢者住宅における入浴介助は、旧来の「集団入浴介助」から「個別入浴介助」へと移行する途中にあり、この介助方法の変化は浴室設計と一体的な関係にある。なぜこのような変化が起こっているのが、これからの高齢者住宅の浴室脱設計、入浴介助について考える。
高齢者住宅開設者向け 連載 『社会価値・市場価値の高い高齢者住宅をつくる』 044
業務シミュレーションの目的は「強い商品性の探求」 ? で示したように、高齢者や介護スタッフの介護動線や生活動線を考えて作られた建物と、レンタブル比や建築効率だけを考えて作られた建物とでは、実際の生活のしやすさ、介護のしやすさは全く変わってきます。
最後の一つは、「浴室設計」×「入浴介助」です。
高齢者住宅のトイレ ~トイレ設計×排泄介助 考~? で排泄介助はマンツーマンの個別介助であること、高齢者住宅の食堂 ~食堂設計×食事介助 考~? では、食事介助は一人の介護スタッフが複数の高齢者に対して様々な介助を行う複合介助、複数介助だと述べました。
これに対して、入浴介助は旧来の方式である集団ケア(集団入浴介助)から、個別ケア(個別入浴介助)に移行する途中にあり、この介助方法の変化は、浴室設計の変化と一体的な関係にあります。
なぜ、このような変化が起こったのか、これからの高齢者住宅の浴室設計・入浴介助について考えます。
入浴介助×食堂設計 ① ~浴室設計・機能~
まずは、浴室設計・介助方法の変化を見ていきます。
介護保険制度が始まるまで特養ホームでは、大多数の入所者は大浴槽で入浴し、重度要介護状態になり、大浴槽での入浴が難しくなった高齢者は、車いす(シャワーキャリー)のまま、仰臥位(ストレッチャー)のままで入浴できる特殊浴槽で入浴するというのが一般的でした。
入浴方法は、介護スタッフが、送迎担当、脱衣室担当(着脱衣)、浴室担当(入浴・洗身)に分かれ、スタッフA(浴室までの移動介助)⇒ スタッフB (脱衣室での脱衣介助) ⇒ スタッフC (洗身洗髪・入浴介助) ⇒ スタッフB(脱衣室での着衣介助)⇒ スタッフA(居室までの移動介助)と、別々のスタッフが引き継ぎながら、流れ作業のように介助を行うという集団入浴介助です。
また、浴室内の介助スタッフが2名だからといって入浴している高齢者も2名以内というではなく、一人の高齢者が洗身洗髪、移動介助、浴槽内の見守りなど、3名~4人の高齢者を入浴させています。今でも旧型の複数人部屋の特養ホームでは、この「大浴槽」OR「特殊浴槽」、集団入浴介助で入浴介助を行っているところが大半だといって良いでしょう。
これに対して、ユニット型特養ホームや最近の介護付有料老人ホームでは、個別浴槽、個別入浴介助が中心です。一般の住戸と同じように、一人用の浴室、脱衣室が複数設置されています。
入浴介助方法は、浴室までの移動介、脱衣室での着脱衣介助、洗身洗髪・入浴介助、また入浴後の居室までの移動介助まで、一人のスタッフがマンツーマンで介助を行う個別入浴介助です。
ポイントは、大浴槽から個別浴槽に変わったのは何故か・・です。
「個別入浴介助への意識が高まったから」という意見も多いのですが、その変化の理由はもっと現実的です。それは「大浴槽」「特殊機械浴槽」では、入居者の重度化に対応することが難しいからです。
大浴槽の浴室は広いため、浴室内での移動距離が長くなります。手すりも少ないため、移動や移乗の介助が難しく、床が水や石鹸で滑るため、ぶつかり事故や転倒リスクも増加します。また浮力がより高くなるために、筋力の低下した高齢者は浮き上がり、溺水のリスクも高くなります。
にもかかわらず「大浴槽」での集団入浴介助が可能だったのは、介護保険制度まで、特養ホームの入所者は重度要介護高齢者ではなく、独歩が可能な軽度~中度要介護高齢者が中心だったからです。実際、大半の高齢者は大浴槽で入浴が可能で、特殊浴槽対象者は一割、二割程度しかいませんでした。
しかし、独歩が難しい重度要介護高齢者が多くなると、大浴槽では対応できなくなります。
そのため、特殊浴槽の台数を増やす必要がありますが、途中で浴室を変更するには莫大な費用が掛かりますし、特殊浴槽の設置場所も考えなければなりません。かといって、要介護状態の重い高齢者を無理に大浴槽で入浴させると、溺水や転倒事故が増えます。
その結果、軽度要介護高齢者も、重度要介護高齢者も安全に入浴できる「可変性」「汎用性」の高い個別浴槽が増えているのです。
仰臥位やシャワーキャリーのまま入浴できる特殊浴槽が必要ないか・・と言えばそうではありませんが、要介護4、5であっても特殊浴槽でなければ入浴できないという状態の高齢者はそう多くはありません。また、特殊浴槽はボタン一つで入浴できるという反面、不安から身体を動かしたり、暴れたりする認知症の高齢者には適用できません。対象者は非常に限定されるため、多様な要介護状態の高齢者に対応できる汎用性の高い個別浴槽が増えているのです。
入浴介助×浴室設計 ② ~動線検討~
二つめは、動線検討です。
要介護高齢者を対象とした高齢者住宅では、浴室は食堂と同じく、居室階と同一フロアに設置するのが基本です。
浴室と居室が分離するということは、入浴介助スタッフと他の介護スタッフが分離してしまうということです。そのため、「紙おむつがない」「下着を持ってくるのを忘れた」と言った場合、居室フロアまで戻るか、もしくは他の介護スタッフに持って来てもらわなければなりません。「浴槽に浸かっている間に、取りに行こう」「数分程度だから大丈夫」と思っていても、エレベーターで上がって降りてくるまでには時間がかかりますし、他のスタッフに話しかけられて立ち話をしている間に、10分15分と経過し、その間に溺水するという事故は少なくありません。
また、「この皮膚の斑点は何かな?」「擦過傷や打撲跡があるので看護師に確認しよう」というケースや、皮膚病の患者に薬を塗布する場合、その状態を看護師に確認してもらうには、わざわざエレベーターで降りてくるため時間もかかります。それまで裸のままで待っていてもらわなければなりせん。
浴室の動線検討のポイントを挙げたものが以下の図です。
居室階と同一フロアに必要数を確保するとともに、スタッフルームの近くに設置すれば、心筋梗塞などの急変時、転倒などの事故の発生時にも、他の介護スタッフや看護スタッフとの連携をスムーズに行うことができます。
また、衣服を脱いだあとに、「トイレに行きたい」という高齢者もいるため、共用の多目的トイレにも近い(廊下に出ずに利用できる)ことや、感染性や皮膚病へのリスクを軽減するためには、汚物処理室や洗濯室にも近いことも、動線検討のポイントとして挙げられます。
業務シミュレーションとは、実際の業務・サービスの流れ、スタッフ・入居者の動きをイメージ、想定することです。こうしてみると、浴室脱衣室設計やその動線を見るだけで、その高齢者住宅が入浴介助の実務を理解しているか、実際の生活や介助をイメージしないまま設置しているのか一目瞭然だということがわかるでしょう。
入浴介助×浴室設計 ③ ~介護システム~
入浴介助の特性として、最も重要視しなければならないことは入浴介助のリスクです。
入浴は、リラックス効果のある高齢者にとって大きな楽しみの一つですが、身体機能の低下した要介護高齢者にとっては、大きなリスクでもあります。
ヒートショックによる意識障害によるめまい、脱力発作による溺水、転倒などのリスクだけでなく、血圧の急激な昇降によって脳血管障害、心筋梗塞が発生する可能性は高くなります。また床が滑るため、通常の転倒とは違い、勢いよく転んで後頭部を強打し、死亡に至るというケースも少なくありません。
夏になると高齢者の熱中症による死亡が大きく報道されますが、その数は全国で年間数百人程度です。社会問題である高齢者の交通事故死亡事故者数が2000人程度であるのに対して、入浴のヒートショックによる死亡は年間1万人、溺水だけでも4500人を超えるとされています。
そう考えると、入浴事故の数の多さ、リスクの高さがわかるでしょう。
そのリスクは、入居者だけでなく、介護スタッフにも関わってきます。
高齢者住宅では、食事中の誤嚥・窒息、歩行中の転倒など様々な事故が発生し、事業者が安全配慮義務違反で民事責任(損害賠償請求)を受けることもあります。
ただ、この入浴中の死亡事故が発生すると、多くの場合、刑事事件として警察の捜査が入りますから、民事責任だけでなく介護スタッフ個人が業務上過失致死傷による刑事責任を問われることになります。それは介護スタッフだけでなく、ケアマネジャーや管理者にも及びます。
最悪の場合、実刑や資格はく奪になる可能性もあります。
① マンツーマン介助が絶対条件
高齢者住宅や介護保険施設の入浴介助は「集団入浴介助」から「個別入浴介助」に、浴室は「大浴槽・特殊浴槽」から「個別浴槽」に変わってきたと言いましたが、この個別浴槽・個別入浴介助は、一人の介護スタッフが送迎から着脱、洗身、見守りまで行うマンツーマン介助が絶対条件です。介護付有料老人ホームの中には、「個別浴槽」であっても、入浴者5名に対して3名の介護スタッフで入浴介助させている「集団入浴介助」というところがありますが、これは非常に危険です。
それは、ヒートショックによる事故や急変は、目を離した1~2分の内に突然発生するからです。
一部の介護付有料老人ホームで行われている「個別浴槽×集団入浴介助」は、最悪の介護システムです。
入浴介助は、移乗や移動などの体重移動を伴う、最も身体的負荷の大きい介助です。スタッフにとっても「ほんの1~2分だけ」のつもりでも、5分、10分はあっという間に過ぎていきます。まだ大浴槽の場合は、浴室内に介護スタッフがいますから、異変に気付いて対応することが可能ですが、個別浴槽の場合、浴室がそれぞれ分離していますから、何が起きているか全くわかりません。入居者にとっても、自分一人では浴槽から出られないため、スタッフが誰もいなくなれば不安になりますし、「ヒートショック」の状態になればコールを押すことはできません。また、判断力の低下や認知症で、一人で浴槽から出ようとして転倒、骨折、というケースもたくさんあります。
介護システム構築の目的は、「重度要介護高齢者が安全に生活できる生活環境の構築」ですが、それは「介護スタッフが安全に介護できる労働環境の構築」です。排泄介助や食事介助の基本は、「自立支援」だと述べましたが、入浴介助において、それ以上に重要になるのが「事故・急変リスクの回避」です。
一昨年、「介護の仕事に未来がないと考える人へ」(花伝社)? を上梓して以降、介護スタッフや介護学生の方に話をする機会が増えていますが、その中で「絶対に働いてはいけない老人ホーム」の筆頭として挙げられるのが、この「個別浴槽×集団入浴介助」です。それだけ、この入浴介助は重要なポイントなのです。
② 必要な浴室数・介護スタッフ数を確保する
この入浴介助は、介護スタッフにとって最も大きな負荷のかかる身体介助であり、かつリスクの高い介助の一つです。そのため、「スタッフが足りているか、足りていないか」「安全な介護環境が構築できているか否か」が一目でわかるポイントです。
また、要介護状態によって入浴介助の介助方法、内容は変わってきますが、マンツーマン介助が絶対条件であることは変わりません。それは要介護2でも、要介護5でも、ヒートショックなどによる急変や転倒事故のリスクは同じだからです。もし、マンツーマンで見守りを行わないのであれば、ヒートショックのリスク、見守りの必要性を十分に伝えたうえで、本人・家族が「一人で入浴したい」と拒否した場合しか、事業者責任は免れません。
そのため、入浴介助は一人一人の介護スタッフだけでなく、全体の介護システムにも大きな負担がかかります。
一日の生活の流れと、ある老人ホームの勤務体制を想定したものが、上の図です。
介護スタッフの勤務体制にもよりますが、食事時間、他の業務量などを考えると、入浴に適した時間は、午前(9時半~11時半)の2時間、午後(14時~17時頃)の3時間の合計5時間くらいに絞られることがわかります。また、要介護高齢者は、要介護度に関わらずマンツーマン介助が原則ですから、準備・送迎から水分補給、片付けまで、入浴する高齢者一人に対して1時間程度の時間が必要です。
そう考えると、一人の介護スタッフ、一つの浴室で入浴可能な高齢者は、一日あたり5人ということになります。
フロア当たりの入居者数が20名、週二回の入浴の場合、
20名 × 週二回入浴 = 40回入浴
月曜日から金曜日まで入浴日とすると、
40回入浴 ÷ 5日 = 8回/日
となり、浴室は、2つ必要になることがわかります。
そうすると、一人の介護スタッフが午前2人、午後3人の入浴、もう一人の介護スタッフが午前は通院介助、午後は3人の入浴介助を行うというイメージ、業務シミュレーションが見えてきます(もちろん、午前午後の入浴介助の担当者が同一である必要はありません)。
以上、ここまで三回にわたって、業務シミュレーションの視点から「トイレ設計×排泄介護」「食堂設計×食事介助」「浴室設計×入浴介助」について述べてきました。
介助内容以前に、どのようなポイントに主眼を置いて介護システム構築を行うのか、建物設備設計を行うのか、それぞれまったく違うことがわかるでしょう。
現在の介護システムの構築は、【3:1配置】【2:1配置】と、対要介護高齢者数の対比配置を介護システムの基礎としていますが、実際には、業務上のリスクや介護サービス内容、サービス量をもとにして、「どれだけの介護スタッフが必要になるか・・」をきちんとイメージ、想定して介護システムを構築するという発想の逆転が必要になるのです。
高齢者住宅 事業計画の基礎は業務シミュレーション
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「建物設計」×「介護システム設計」 (基本編)
⇒ 要介護高齢者住宅 業務シミュレーションのポイント
⇒ ユニット型特養ホームは基準配置では介護できない (証明)
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