食事介助は、排泄介助のような一対一の個別介助ではなく、見守り、声掛け、配膳、送迎などを含む複合介助、複数介助の側面が強い。また朝、昼、夕に一斉に発生し、送迎時間を含めると1時間に及ぶ長期介助でもある。食事介助の特性と食堂設計のポイントについて考える
高齢者住宅開設者向け 連載 『社会価値・市場価値の高い高齢者住宅をつくる』 043
業務シミュレーション目的は「強い商品性の探求」 ? で示したように、高齢者や介護スタッフの介護動線や生活動線を考えて作られた建物と、レンタブル比や建築効率だけを考えて作られた建物とでは、実際の生活のしやすさ、介護のしやすさは全く変わってきます。
二つめの課題は、「食堂設計」×「食事介助」です。
まずは、食事介助の特性について整理します。
一つは、方法・対象です。
トイレ設計×排泄介助 考 ~高齢者住宅のトイレ~? で述べたように、排泄介助の特徴は、マンツーマンでの個別ケアであること、移動や移乗、オムツ介助など直接的・身体的な介助であることの二つです。これに対して食事介助は、ケアマネジメントを基礎としていても一対一の個別介助というよりも、見守りや声掛けも含めた複合介助、複数介助の側面が強くなります。一人の介護スタッフが重度要介護高齢者の隣に座ってスプーンを口に運ぶだけでなく、反対隣りの高齢者の一部介助をして、その前に座っている高齢者に声掛けや、誤嚥などないかを見守りながら、配膳や後片付けも行います。
もう一つは、時間帯です。
排泄介助の介助時間は、一人当たり10分~15分程度の短時間介助です。また、規則的な排泄リズムに基づく定期介助だけでなく、日々の体調変化によるランダムな臨時の介助も必要となります。これに対して、食事介助は、朝食(8時頃)、昼食(12時頃)、夕食(18時頃)と定時に発生し、送迎時間を含めるとトータルで1時間を超えるの長時間介助です。
この二つの食事介助の特性をもとに、食事介助と食堂設計について考えます。
食事介助×食堂設計 ① ~動線検討~
まず一つは、生活動線・介護動線です。
要介護高齢者住宅は「居室・食堂同一フロア」が鉄則 ? で述べたように、要介護高齢者を対象とした高齢者住宅の場合、食堂は居室と同じフロアに設置するのが原則です。一般的な福祉対応のエレベーターでも、車いす定員は4台が限界ですから、居室・食堂フロアが分離タイプの場合、朝昼夕と一日三回、各居室から食堂まで降ろし、また居室フロアに戻るには、それだけで相当の介護スタッフと介助時間が必要となります。60人の定員の高齢者住宅で、車いすの高齢者が1/3を超えると特に忙しい朝の時間帯は移動介助は難しくなりますし、半数を超えると、生活も介護もストップします。
また、同一フロアタイプでも、食堂が真ん中にあるのか、端にあるのかによって動線は変わってきます。
自走車椅子利用者といっても、身体機能が全体的に低下していますから、移動には短い距離でも大きなバリアになります。移動距離が長い場合は、食堂やリビングに行く機会が少なくなり、居室に閉じこもりがちになってしまいます。移動に介助が必要な場合、介護スタッフの都合が優先されますが、一人で部屋から食堂まで行き帰りができれば、自分のリズムで食事の移動ができます。
これは、介護業務量の削減というだけでなく、高齢者のQOLの向上という視点からも重要です。
もう一つの視点は、食事(食材)の動線です。
食堂は各フロアに設置しても基本的に厨房は一つしかありません。そのため、食材を一階から各フロアにエレベーターで上げる必要があります。その時間帯は、高齢者が食堂へ出てくる時間帯と重なりますから、食堂とエレベーターが離れており、入居者の居室の前をゴロゴロと配膳のカートが通るとなると、転倒やぶつかり事故の発生の原因となります。
また、最近は、クックチルなどで各フロアの食堂にキッチン・パントリーが作られているところも増えています。カートをどこに置くのか、調理スタッフと介護スタッフの業務のすみわけ、入居者への配膳動線などの食堂内での動線も食堂設計のポイントです。
実際、配膳時に車いす高齢者とぶつかって熱い味噌汁で火傷させてしまう・・という事故も多数発生しています。些末なことだと思う人が多いのですが、配膳や後片付けのしやすさ、動線まで考えられて作られたものか、必要な機能だけ詰め込んで作ったものかによって、食事介助の業務は大きく変わります。
食事介助×食堂設計 ② ~食堂設計・機能~
食堂設計の重要なポイントになるのが出入り口です。
車椅子の高齢者が多くなると、出入り口が一つ、二つでは、食前、食後に出入口に入居者が集中するため、ぶつかり事故、挟み込み事故の原因となります。また、自走車いすの高齢者でもスタッフ介助がなければ、スムーズに食堂から出られないため、トラブルや移動介助の手間も増えます。実際、見学すると出入り口の近くにまでテーブルが並んでいるところもあり、「車いすが増えると、どうして移動するんだろう・・・」と心配するようなところも少なくありません。
最近では、床材の色を変えるなどの工夫によってエリア分けをし、実際はどこからでも出入りがしやすいようなオープンスペースの食堂が増えています。食後に、どこからでも他の入居者の邪魔にならずに部屋にもどれるように、スタッフの配膳や介助動線を食堂の中心にして、入居者の座る場所を外側にするなどの検討も行われています。
もう一つは、テーブルや椅子などの備品の選定です。
食事介助で最も重要なのは、高齢者の食事姿勢を整えることです。
これができなければ食欲は減退し、誤嚥リスクが高まるため、結果として直接介助、間接介助が必要な高齢者が増えていきます。
左図のように、食事時の椅子の高さは、深く腰を掛けた状態で床に足がつき、かつ膝が90度に曲がるくらい、テーブルの高さは、軽い前傾姿勢で腕を乗せたときに、肘が90度に曲がるくらいが最も適切な姿勢だと言われています。首が後ろ伸びて後傾姿勢になると、咽頭と気管が直線となり食べ物が気管に入りやすくなるからです。
車椅子は基本的に移動手段ですから、前方がやや高くなっており、筋力の弱い高齢者は背骨が曲がったり、後傾姿勢になりがちです。また、フットレストのままだと足がきちんと床につかないため、踏ん張りがきかず食欲が減退することが知られています。
そのため、食事時には車いす高齢者も高さの合った椅子に移乗してもらうことが望ましいとされています。しかし、車いすの高齢者が増えてくると、すべての入居者に、食前食後に椅子に座りなおしてもらうには手間がかかりますし、車いすを置いておくスペースも必要となります。そのため車いすのままで食事をする場合は、背中にクッションを入れる、フットレストを上げて足置きを設置するなどの対策、検討も併せて必要となります。
食堂の備品選択において、特に重要となるのが、テーブルの高さです。
老人ホームに見学行くと、背の低いおばあさんの胸のあたりまでテーブルがあり、のけぞるような姿勢で食べていたり、また茶碗を自分の膝まで降ろして食べているというところがあります。これはテーブルの高さが合っていない証拠です。基本的には「低い」よりも「高い」方が、首が後傾するため誤嚥のリスクが高くなります。
最近では高さを自由に変えられるテーブルが増えています。
「フットレストを上げて足置きを設置する」と言いましたが、実際には手間もかかりますし邪魔にもなります。認知症や判断力が低下している場合、そのまま降りようとして転倒・転落のリスクも増えます。「足置きで調整する」のではなく、「テーブルの高さで調整し、床足をついて食べられるようにする」とすれば、その介助の時間もリスクも軽減できます。
食事介助は「スタッフが寝たきりや車いすの高齢者の口にスプーンを運ぶ」というイメージですが、食事姿勢を整えれば、食欲は増加し見守りや声掛けだけで食べられる人が増えます。直接介助の介護業務量だけでなく、誤嚥や窒息などの事故のリスクも減りますし、何よりも各高齢者が自分のスピードで食事を採ることができます。食事介助は「それぞれの入居者が、安全・快適に食事できる環境・姿勢を整える」ということが、最初のステップです。
食事介助×食堂設計 ③ ~介護システム~
最後の一つは、食事の介護システムです。
述べたように、食事介助は、まったく自分では食べられない「全介助」のほか、促しや適宜のケアで対応できる「一部介助」、誤嚥や窒息予防のための「見守り・声掛け介助」など多岐に渡ります。付随して、食堂までの移乗移動介助、配膳や片付けなども含まれるため、排泄介助のようなマンツーマン介助ではなく、複合介助、複数介助の側面が強くなります。
また、食事は高齢者にとって楽しみの一つですが、直接介助が必要のない高齢者であっても、咀嚼機能や嚥下機能が低下していますから、事故リスクの高い生活行動だという理解が必要です。誤嚥は肺炎につながりますし、窒息の場合、気づくのが遅れると、そのまま亡くなってしまいます。
リスクの高い場所には、必ず適切な介護スタッフ数を確保しておかなければなりません。
介護システム構築のポイントは、効率的・効果的な食事介助に適した入居者数の検討です。
ユニット型特養ホームの1ユニット10人での必要介護スタッフ数を考えます。
要介護状態、直接的な食事介助の有無の人数に関わらず、1ユニット当たり必ず2人以上の介護スタッフが必要です。一人介助では、「一人の入居者が噎せた」「トイレに行きくなって排泄介助した」という場合、見守りや声掛けなどを含め、他の入居者をケアするスタッフがゼロになってしまうからです。
上記左のユニット単位の食堂設計の場合、合計で最低4人の介護スタッフが必要になります。
直接介助が必要な高齢者が増えてきた場合、2人ではなく各3人、2ユニットで6名と介護スタッフを増やさなければなりません。
1ユニット8人、9人でも、必ず二人以上の介護スタッフが必要ですから、ユニット単位の数が少なくなれば、どんどんその効率性は低下していきます。
これに対して、右図のように食堂を20人で一つにすると、直接的な介助が必要な高齢者が少なければ、3人で対応することが可能です。また、食事介助が必要な高齢者数、サービス量の増加に合わせて、4人、5人と細かく介護スタッフをふやしていくことができます。
これは、介護スタッフ一人の労働負荷にも関わってきます。
ユニット当たり2人で食事介助をしている場合、一人の入居者が風邪などで居室介助する場合や、排泄や誤嚥、急変、通院介助などで1人のスタッフが付き切りになる場合、他の入居者を1人の介護スタッフだけで対応しなければなりません。その労働負荷は2倍になります。
これに対して、20人の入居者に対して4人で介助している場合、1人の介護スタッフが食堂から抜けても、他の介護スタッフの労働負荷は1.33倍です。
また、食事は一斉に始まって、一斉に終わるわけではありません。早く食べ終わって部屋に戻る人もいれば、ゆっくり食事が終わるまで時間のかかる高齢者もいます。介護スタッフ数が多ければ、食事が終わった高齢者から居室に移動介助したり、後片づけをするなど、サービス量、介助内容の変化に合わせてスムーズに動くことができますし、引き続き午後からの入浴の準備に取り掛かることもできます。
このように、「入居者10人を二人の介護スタッフで介助する」と、「入居者20人を四人の介護スタッフで介助する」というのは、対入居者の比率は同じですが、食事介助においては、後者の方が介助しやすく、また一人一人の介護スタッフの負担も軽いということがわかるでしょう。
セミナーでは「何名程度が最も効率的か」という質問をよくいただくのですが、これは単なる食堂設計だけにかかる問題ではありません。
介護の効率性を考えた場合、上記のように「1ユニット10人1食堂よりも、2ユニット20人1食堂の方が良い」「ユニット当たりの入居者数が少なくなると非効率」ということはわかりますが、「居室・食堂フロア・同一タイプ」ですから、そのためには同一フロアに居室数が確保されなければなりません。それは建物設計ではなく、敷地の広さや形状によって決まってきます。
例えば、「居室・食堂同一フロア」といっても、狭い敷地、縦に長い設計で、「1フロア10人+食堂」×6フロアとなれば、各朝食、昼食、夕食の食事介助の時間帯に最低限12名の介護スタッフを確保しておかなければなりません。重度要介護高齢者が増えれば、各3名18名となります。「10人よりも20人の食堂の方が効率いいから」とエレベーターで入居者を移動させることになれば、移動介助にそれ以上の時間と手間がかかります。
つまり、高齢者住宅のビジネスモデルは建物設備で決まると言いますが、「食事介助×食堂設計」でわかるように、敷地選定のボリュームチェックの段階から始まっているのです。
高齢者住宅 事業計画の基礎は業務シミュレーション
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「建物設計」×「介護システム設計」 (基本編)
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