厚生労働省は、人手不足が深刻な介護施設の職員について、見守りセンサーや介護ロボットといったICT(情報通信技術)の活用などを条件に、配置基準を緩和する方向で検討に入るという。その真の目的とは何か、職員配置の基準緩和は是か非か、成功するか失敗するか。
「介護職員 配置基準緩和」は愚策か 一 (全9回)
2022年2月2日の読売新聞の夕刊トップに次のようなニュースが配信されました。
厚生労働省は、人手不足が深刻な介護施設の職員について、見守りセンサーや介護ロボットといったICT(情報通信技術)の活用などを条件に、配置基準を緩和する方向で検討に入る。2022年度に実証実験を実施し、最新機器の導入による業務の効率化や、基準配置見直しに伴う職員の負担増などを検証する。政府の規制改革推進会議の作業部会で、来週にも方針を説明する(原文のまま)
ここでいう介護施設(介護施設という定義はありません)というのは、特養ホーム(介護老人福祉施設)・老健施設(介護老人保健施設)と介護付有料老人ホーム(一般型特定施設入居者生活介護)のことです。
現在、これらの指定基準(指定を受けるための最低基準)となる介護看護職員配置は、要介護高齢者3名に対して介護看護スタッフ1名となっています。これを【3:1配置】といいます。
この指定基準を、ICT(情報通信技術)の活用などを条件に、10人に対して3人(【3.3:1配置】)や、7人に対して2人(【3.5:1配置】)に緩和しようというのです。60名定員の介護付有料老人ホーム(特定施設入居者生活介護)の場合、現状では常勤換算で20人以上の介護看護スタッフが必要だったのが、【3.3:1配置】の場合は18人、【3.5:1配置】の場合、17.2人程度確保すれば良いということになります。
「介護職員配置 基準緩和」が検討される理由
「介護職員配置 基準緩和」が検討される理由として二つ上げています。
一つは、介護職員の効率的な活用です。
要介護発生率、特に重度要介護発生率が顕著に高くなる85歳以上の後後期高齢者は、2020年の620万人から2040年には1024万人となります。これに対応するには介護職員は2019年度の211万人から280万人へと69万人増やさなければなりません。しかし、今でも、多くの自治体で慢性的な介護人材不足に陥っていますし、高齢人口が増加する一方で、労働人口は1000万人以上減っていきます。そのため、ICTを使って、少ない介護人材で、より効率的・効果的な介護を目指すというのです。
もう一つは、介護ロボットや見守りセンサーなどのICT(情報通信技術)活用の促進です。
ご覧になった方も多いと思いますが、この記事がでる前日(2月1日)に、この方針に呼応するかのように、NHKのクローズアップ現代+では、【最新技術で老後は安心? “デジタル介護”最前線】という番組を放送していました。
最新技術で老後は安心!? “デジタル介護”最前線 (クローズアップ現代+)
介護の未来を想像させたかったのか、施設内を介護スタッフがセグウェイに乗って走り回ったり、ペッパー君のような人型ロボットがドアを開けて見守りを行うようなイメージ映像が繰り返され、苦笑させられるような場面も多くありましたが、介護の分野にデジタル機器やロボットの活用の余地が残されていること、またこれらを上手く活用することで、介護業務の軽減を検討するのは方向性として正しいものです。
また今後は、お隣の韓国や中国、更には多くの先進国で高齢者の介護問題は大きな社会問題になりますから、経済的な側面から、輸出できる先進的な産業・技術としての「介護とICT(情報通信技術)の融合」は、重要な視点です。
ただ、この基準緩和には、新聞やテレビでは報道されていない、もう一つの理由があります。
それは、介護報酬の削減です。
ご存知の通り、介護報酬の単価は、介護の人件費をもとに算出されています。指定基準を緩和すると言えば聞こえはよいのですが、【3:1配置】を【3.3:1配置】【3.5:1配置】にするということは、これまで60名の入居者に対して20名分の介護報酬を支払っていたものを、18名や17名にするということです。
意地の悪い言い方をすれば、それが第一の主眼・目的にあると言っても良いでしょう。
厚労省は、実証事業を行い、介護現場で見守りセンサーや介護ロボットなどICT(情報通信技術)を活用した場合に、どれくらいの業務の効率化につながるのかを数値化し、その上で、配置基準を緩和した場合に、入居者の安全を確保に問題が生じないかや、職員の負担増がどの程度になるのかなど、影響を調べるとしています。
とはいうものの、実証事業をすれば、夜勤帯での見回りの時間が減ったり、事務作業の効率化が表れることは確実ですから、「記録のICT化によって、一人30分の業務削減が可能…」「一日16人働いているから8時間の削減…」「一人分の介護職員の配置基準緩和が削減可能だ…」という論で、この職員配置基準の見直しは行われることになるでしょう。
規制改革推進会議や厚生労働省の思い通りには進まない
この読売新聞の報道は、簡略版がヤフーニュースにもあげられており、数人の専門家の意見と共に、「マンパワーを減らすより介護報酬をあげろ」「現実をわかっていない人間の戯言」と言った手厳しい反対意見のコメントが寄せられています。
しかし、この手の話を議論する場合、賛成か反対か・・・という議論はあまり意味がありません。
「お怒り御もっとも・・・」と思う反面、あえて反対意見を述べると、介護の労働環境や給与を決めているのは、厚労省ではありません。経営者・事業者です。「介護報酬が低いから給与が低い」と思っている人は多いのですが、特に大手の高齢者住宅事業者は、投資ファンドが参入したり、上場して株式配当が行われるくらい高い利益を出しています。
特に、介護付有料老人ホームの場合、「【3:1配置】で介護しなさい」と厚労省に命じられているわけではなく、【2.5:1配置】【2:1配置】と自由に介護システムを設計できるのですから、ゆっくり休憩もとれない、サービス残業しないと記録できないような劣悪な労働環境の介護付有料老人ホームで働かなければ良いだけの話です。
ただ、一つ確実に言えることは、この「介護職員配置 基準緩和」は愚策だということです。
厚生労働省は「基準緩和によって介護報酬を抑制したい・・」、規制改革推進会議は「規制緩和をすれば、参入事業者が増加し、サービスの多様化が進む」と思っているのかもしれませんが、残念ながらそうはなりません。今よりも、劣悪なビジネスモデルが増加し、行き場のない要介護高齢者が増加し、家族の介護離職者が増え、自治体の地域包括ケアシステムが混乱し、経済破綻が近づくだけです。また、介護事業者から見れば結果的に報酬が削減されるだけで、入居者・家族にとっては利用料が上がるだけで、効果もメリットも、何ひとつありません。
何故、確実にそう言えるのか、ここではその課題と論点について考えていきます。
「介護職員 配置基準緩和」は愚策か 一 (全9回)
1 「介護職員 配置基準緩和」の目的は何か
2 「介護職員配置 基準緩和」のターゲットは介護付有料老人ホーム
3 「介護職員配置 基準緩和」の課題と論点 Ⅰ ~【3:1配置】とは何か ①~
4 「介護職員配置 基準緩和」の課題と論点 Ⅱ ~【3:1配置】とは何か ②~
5 「介護職員配置 基準緩和」の課題と論点 Ⅲ ~CITで人員削減は可能か ①~
6 「介護職員配置 基準緩和」の課題と論点 Ⅳ ~CITで人員削減は可能か ②~
7 「介護職員配置 基準緩和」が行きつく先は高額化と二極化
8 なぜ、高齢者の住まいの制度は迷走しつづけているのか
9 「介護職員 配置基準緩和」は、やるべきことと正反対
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