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「介護職員配置 基準緩和」の課題と論点 Ⅲ ~ICTで人員軽減は可能か ①~ 

センサーやデジタル記録、ロボットなどのICT(情報通信技術)によって、介護スタッフの業務負担が軽減できることは事実。しかし、「I業務負担軽減ができる」ということと「人員削減ができる」ということは基本的に全く違う。人員の削減はできないし、基準緩和もできない

「介護職員 配置基準緩和」は愚策か 五 (全9回)


厚労省は、現在検討している特養ホーム、介護付有料老人ホーム(特定施設入居者生活介護)の基準配置の緩和に向けて、2022年度中に実証事業を行う方針を示しています。介護現場で見守りセンサーや介護ロボットなどICT(情報通信技術)を活用した場合に、どれくらいの業務の効率化につながるのかを数値化し、その上で、配置基準を緩和した場合に、入居者の安全を確保に問題が生じないかや、職員の負担増がどの程度になるのかなど、影響を調べるとしています。

わたしは、ICTの効果を否定しているわけではありません。
ただ、その論を検証するには、現在の【3:1配置】でも必要最低限の介護サービスが提供できている、介護は過重労働になっていないということが前提です。プラスICT効果によって、効率化を図りこれを【3.5:1配置】まで人員を減らせないか…ということであれば検討する余地はあります。

しかし、現在の【3:1配置】基準でも、平均要介護度2より重くになれば介護できません。いまでも、この基準配置の介護付有料老人ホームでは、事故やトラブルが多発し、介護スタッフは過重労働で疲弊しています。そのため、重度要介護高齢者・認知症高齢者の多い特養ホームは、多床室型でも【2.4:1配置】、ユニット型特養ホームの場合は【1.8:1配置】、小規模ユニット型では、【1.3:1配置】程度と配置基準の2倍以上の介護看護スタッフ配置になっているのです。
「【3:1配置】でどこまで介護できるのか」を全く検証せずに、ICTによって基準を緩和するというのは、ピントがずれている、その論建て自体に意味がないと言わざるを得ません。

ICTで人員軽減は可能か

このICT(情報通信技術)の議論の中で、もう一つ欠けていることがあります。それは「ICTで業務軽減が可能か」という議論と、「ICTで人員削減が可能か」は、全く別の話だということです。

わたしは、根本的に「ICTと介護の融合」には大賛成です。介護スタッフにとって、大きな負担となっているのが記録です。排泄や入浴時の記録だけでなく、事故予防の観点から「これは大切だな…」と思っても、「報告書を書く時間がない…」という言葉はよく聞きます。在宅サービスなどでは、家族への連絡帳、実施報告など、同じことを二度、三度と書くことになります。
介助時に、端末に行ったサービス内容や気が付いたことを端的に話かけると、AIが分析し、きちんと文章にしてくれれば、介護スタッフの業務だけでなく、管理業務は相当改善されることになるでしょうし、データ化することによってケアプランへの反映も進みます。ボールペンで紙にかく、パソコンで入力すると言うこと自体が、明らかに時代遅れです。

センサー機能の充実も、介護負担軽減だけでなく、要介護高齢者のQOL向上に不可欠なものです。
最近は、センサー機器の進化によって、オムツの濡れや排泄の有無、膀胱に尿が溜まっているかなども、わかるようになっています。昔は定時のオムツ交換でしたので、オムツが濡れているかわからないまま、一斉にオムツ交換をしていましたが、それは無駄な業務負担になっているというだけでなく、ぐっすりと眠っている人をわざわざ起こすようなものです。

また、「定期巡回」と言っても、夜中に居室の扉が開いて、「コツコツ」と足音がして、部屋の中に入ってこられるだけで目を覚ます人はいるでしょうし、覗き込むだけでは突然の心筋梗塞で亡くなっていてもわかりません。業務上もそれに何の意味かあるのか不明です。これをセンサーでチェックできれば、オムツ交換の必要性や認知症の高齢者がベッドから起きだす前兆がわかりますから、無駄な巡回も必要ありません。
ICTは介護スタッフの負担軽減だけでなく、介護の質・生活の質の向上にも大きく役立つものであり、進化を続ければ施設・在宅ともに、日本の高齢者介護を大きく変える起爆剤になるでしょう。

ただ、施設系・住宅系の業務を考える場合、ICTで業務軽減ができるからといって、「ICTで人員削減ができる」「職員配置基準の緩和ができる」ということにはならないのです。
もう一度、「介護職員配置 基準緩和」の課題と論点 Ⅰ ~【3:1配置】とは何か ①~ で述べた、60名定員の老人ホームの業務シミュレーションを考えてみましょう。

まず、看護師配置ですが、述べたように、朝食時の服薬管理から眠前の服薬管理までを行う必要があるため、早朝7時~21時まで、少なくとも一人の看護師が常駐するように配置しています。これ以下にすることはできません。
次に夜勤帯の介護スタッフの設定も同じです。1つのフロアに一人の介護スタッフを配置することが必要です。「巡回が必要ないから」「センサーで異変の察知ができるから」といって、2人で対応できるかと言えば、それは不可能です。休憩することもできませんし、入居者が起きだしたり、転倒や急変があった時に対応できないからです。
これは、日勤スタッフ配置のポイントで述べた、「早朝介護」「食事介助」「入浴介助」の人員配置も同じです。起床・排泄・着替え・洗顔などの早朝介護に必要な人員は変わりませんし、朝食・昼食・夕食時の食事介助や見守り介助にも必要な人材を確保しなければなりません。入浴介助もマンツーマンでなければ死亡事故が発生します。

つまり、一日の生活・介護業務に照らし合わせて検討すると、ICTによって個々の介護スタッフの業務負担の軽減はできても、働く介護スタッフ数の削減はできないのです。
これがわかっていないと、
「ICTによって、一人当たりの記録時間が30分軽減できる」
「一日あたり、16人の介護スタッフが働いているので、合計8時間削減できる」
「8時間削減できるということは、一人分のスタッフが削減できるということだ」
という、実際の生活や介護の流れを知らない、トンチンカンな結論が導き出されることになります。
厳しい言い方をすれば、現場を知らない人ほど、そのような間違った思考に陥りやすいのです。

それを強く感じたのが、NHKのクローズアップ現代+の、【最新技術で老後は安心? “デジタル介護”最前線】という番組です。この中で、北九州の小規模ユニット型特養ホームで「ICTの活用で、夜勤スタッフが3人から2人に減らすことができた…」という趣旨の報道が行われていました。
この小規模ユニット型特養ホームは定員29名です。それを現状3名の介護スタッフで夜勤をしています。特養ホームや介護付で働いている人はわかると思いますが、29名定員で3人夜勤というのは極めて手厚い夜勤体制で、普通は二人です。それでも、この施設では、夜間に急変などが起こった場合に備えて、一人は病院付き添えるようにと3人態勢にしています。夜勤回数が増えたり、日勤帯の配置が少なくなりますが、それはそれぞれの事業者の判断です。

繰り返し述べているように、ICTによる負担軽減の効果を否定するものではありません。
実際、センサーを利用することで、夜勤の巡回業務は軽減されたようです。
ただ、この施設では、そもそも同じ規模の同程度の小規模ユニット型特養ホームでは二人夜勤のものを、三人夜勤にしているのです。更に、介護スタッフの要望で、急変が起こった場合は、併設(もしくは近隣系列)のグループホームからスタッフが駆け付けるということを前提に介護スタッフが了承し、二人夜勤になったのです。現場にとっては、「急変時にはグループホームから助けが来る」ということが重要で、「ICTの活用で、夜勤スタッフが3人から2人に減らすことができた」という話ではないのです。
北九州の事例を否定するつもりもなく、北九州市に設置されているICT推進担当者の方も頑張っておられると思いますが、この事例は「ICTの効果を見誤らせる、結論ありきの報道」と言わざるを得ません。

もちろん、業務の効率化やICTの導入、勤務体制の変更などによって、介護スタッフを一人減らす検討ができるかもしれません。ただそれは【1.5:1配置】など「手厚い介護配置」を取っているところです。いまの【3:1配置】でも十分な介護ができていないのに、「ICTによって、効率性を高め、指定基準を緩和する」など、できるはずがないのです。
厳しい言い方をすると、あまりに「基準緩和ありき」「報酬削減ありき」の安直な発想で、厚労省も報道も、介護の現場・老人ホームの介護実務が理解できていないのではないかという気はします。




「介護職員 配置基準緩和」は愚策か 一 (全9回)

   1  「介護職員 配置基準緩和」の目的は何か
   2  「介護職員配置 基準緩和」のターゲットは介護付有料老人ホーム
   3  「介護職員配置 基準緩和」の課題と論点 Ⅰ ~【3:1配置】とは何か ①~
   4  「介護職員配置 基準緩和」の課題と論点 Ⅱ ~【3:1配置】とは何か ②~
   5  「介護職員配置 基準緩和」の課題と論点 Ⅲ ~CITで人員削減は可能か ①~
   6  「介護職員配置 基準緩和」の課題と論点 Ⅳ ~CITで人員削減は可能か ②~
   7  「介護職員配置 基準緩和」が行きつく先は高額化と二極化
   8  なぜ、高齢者の住まいの制度は迷走しつづけているのか
   9  「介護職員 配置基準緩和」は、やるべきことと正反対



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