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なぜ、「高齢者の住まい」の政策は迷走しつづけているのか

国交省と厚労省の利権争いの中で迷走を続ける「高齢者の住まい」の法制度。拡大する制度矛盾の中で、民間の高齢者住宅は長期安定経営が難しい欠陥商品・不正商品ばかりが拡大し、不適切に、非効率に、不正に搾取・流用される医療・介護などの社会保障費は年間数兆円に上る

「介護職員 配置基準緩和」は愚策か 八 (全9回)


介護保険制度は、それまで社会福祉法人にほぼ限定されていた高齢者介護サービスを、公的な社会保険制度を土台とした営利目的の事業として民間企業に開放した、戦後、最大の規制緩和だったと言えます。
「規制緩和をすれば、民間企業の知恵と工夫によって介護業界が活性化する」
「市場原理を導入することで競争が働き、質の高い低価格の介護サービスが発展する」
既得権益の打破、規制緩和ありきという時代背景の中、介護保険制度はスタートしました。
介護保険制度の功罪は様々あると思いますが、少なくとも、「高齢者の住まい」については、迷走が続いています。それは何故かといえば、「特養ホームの代わりに、民間の高齢者住宅を増やす」ということだけが目的となり、「どのような高齢者住宅を増やすのか…」という視点が全く欠けているからです。

民間の高齢者住宅の八割が、欠陥商品または不正商品という現実

これからの日本で、増加するのは65歳以上の高齢者ではなく、85歳以上の後後期高齢者です。
84歳までの高齢者数は2020年がピークで、なだらかに減っていきますが、85歳以上の後後期高齢者は介護保険がスタートした2000年には220万人程度だったものが、2020年に600万人、2035年には1000万人に到達、後後期1000万人時代は、2070年代まで続くことが分かっています。

この後後期高齢者で顕著に高くなるのが、要介護3以上の重度要介護発生率です。重度要介護発生率は、前期高齢者(~74歳)が1.3%、後前期高齢者(75~84歳)が5.6%に対し、後後期高齢者は23.5%になります。日本が、家族が、介護問題に直面するのは、まさにこれからなのです。

要支援や軽度要介護高齢者は、一人で排泄が可能であれば、一人暮らしであっても、在宅で訪問介護や訪問看護、通所介護、配食サービスなどを利用しながら生活することができます。しかし、要介護3以上になると排泄や移動にも介助が必要となりますから、一人暮らしを維持することは難しくなっていきます。そのため、本来は「重度要介護向けの民間高齢者住宅」を整備するべきだったのですが、厚労省と国交省の利権争いや、責任の押し付け合いばかりで、その反対の政策ばかりが取られてきたのです。

① 民間の参入を阻む超高級福祉施設
 「重度要介護向け住宅」の整備を阻む一つの要因は、特別養護老人ホームです。
現在の特養ホームは、重度要介護・認知症高齢者にとっては、理想の住まいです。
全室個室のユニット型特養ホームを中心に整備されており、その介護看護スタッフ配置は【1.8:1配置】、小規模ユニット型は【1.3:1配置】と、極めて手厚い配置となっています。ただ、民間の高齢者住宅ではなく、老人福祉施設ですから最高でも月額15万円程度、低所得・低資産の高齢者は、より低い費用で入所することが可能です。
まったく同じ基準で、ユニット型特養ホームの隣に介護付有料老人ホームを整備すると、都市部では入居一時金がゼロの場合、月額35万円と二倍以上の価格設定になります。言い方を変えれば、要介護3以上になった時に、まったく同じサービスで「月額15万円の特養ホームと35万円の介護付のどちらを選びますか?」という話です。
また、現在のユニット型特養ホームは、国民年金や厚生年金の平均年金額程度だけでは、入所できないことがわかっており、年金額や預貯金の多い人しか申し込みができず、入所に当たっても優先される傾向にあります。民間の重度要介護向け住宅の参入を、ユニット型特養ホームが拒んでいると言っても過言ではありません。

② 介護できない介護付有料老人ホームが全体の半数以上
介護付有料老人ホームで、「重度要介護向け住宅」を整備すると価格競争力の面で特養ホームに負けてしまいますし、より広い居室や「24時間看護師常駐」といったより手厚いサービスにすると月額50万円に近づき、対象者は限られます。そのため、民間の介護付有料老人ホームは、上乗せ介護をしない、20万円程度の低価格路線の「軽度要介護向け住宅」に力を入れます。この【3:1配置】が、大手を含め現在の介護付有料老人ホームの主流です。
しかし、実際に運営を始めると、要介護1・2という軽度要介護だけでは、介護報酬が低いため経営ができませんし、入居時は軽度要介護でも加齢や疾病によって要介護状態は重くなっていきます。「介護が必要になっても安心・快適」と標榜して入居者を集めているのですから、認知症や重度要介護になっても途中退居を求めることもできません。その結果、介護スタッフは過重労働となり、事故やトラブルが多発しているのです。
この中度・重度要介護高齢者の増加に対応できない「介護できない介護付」は、全体の半数以上に上るとされています。

③ 貧困ビジネス化するサ高住・住宅型有料老人ホーム
もう一つ、大きな問題となっているのが、「囲い込み」と呼ばれる貧困ビジネス化するサ高住・住宅型有料老人ホームです。本来、高齢者住宅は介護とは無関係で、「介護サービスは入居者と外部サービス事業者との個別契約」が前提なのですが、実際は、併設・近隣の訪問介護や通所介護が一体的に提供されており、「系列介護サービスしか利用させない」「区分支給限度額一杯まで利用させる」という、介護保険制度の基本であるケアマネジメントを無視したビジネスモデルとなっています。
この囲い込み型の高齢者住宅は、低価格の介護付有料老人ホームよりも更に10万円程度安い(13万円~15万円程度)のですが、その差額以上の介護・医療サービスを強制的に利用させることで収益を上げている、医療・介護保険をターゲットにした貧困ビジネスだと言えます。

しかし、サ高住は国交省の肝入りで補助金を使って作られた制度ですし、厚労省も自治体もこの不正を黙認、放置しているため、その不正なビジネスモデルが主流になりつつあります。結果、住宅型有料老人ホームの要介護3以上の重度要介護高齢者の入居割合は、介護付有料老人ホームを超えており、本来、自立高齢者向けの住宅であるはずのサ高住も、囲い込みを前提にした、重度要介護高齢者をターゲットにしたものが増えているのです。

高齢者住宅に入居する高齢者・家族の最大のニーズは、「重度要介護になっても安心して生活できる」ということにあり、そのほとんどで「介護が必要になっても安心・快適」を標榜しています。しかし、そのビジネスモデルを見ると、介護付・サ高住・住宅型を含め八割以上が重度要介護高齢者に対応できない欠陥商品であり、また住宅型・サ高住の全体の半数が「囲い込み」を前提とした不正商品という現実が見えてきます。
更に、この制度矛盾の中で、不適切に、また非効率に、不正に搾取・流用される医療・介護などの社会保障費は、年間数兆円に上るとされています。行政は、高齢者の住まいにかかる制度を迷走させ、莫大な社会保障費を投入して、欠陥商品や不正商品をつくっているようなものだと言っても過言ではありません。
そして、この「介護職員配置 基準緩和」も、間違いなく混乱に拍車をかけることになるのです。




「介護職員 配置基準緩和」は愚策か 一 (全9回)

   1  「介護職員 配置基準緩和」の目的は何か
   2  「介護職員配置 基準緩和」のターゲットは介護付有料老人ホーム
   3  「介護職員配置 基準緩和」の課題と論点 Ⅰ ~【3:1配置】とは何か ①~
   4  「介護職員配置 基準緩和」の課題と論点 Ⅱ ~【3:1配置】とは何か ②~
   5  「介護職員配置 基準緩和」の課題と論点 Ⅲ ~CITで人員削減は可能か ①~
   6  「介護職員配置 基準緩和」の課題と論点 Ⅳ ~CITで人員削減は可能か ②~
   7  「介護職員配置 基準緩和」が行きつく先は高額化と二極化
   8  なぜ、高齢者の住まいの制度は迷走しつづけているのか
   9  「介護職員 配置基準緩和」は、やるべきことと正反対






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