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「介護職員 配置基準緩和」は、やるべきことと正反対

特養ホーム・民間の高齢者住宅を含め、現在の「高齢者の住まい」の政策に欠けているものは「公正・公平」と「効率性」。厚労省が検討している介護職員 の配置基準緩和は、やるべき政策と正反対の政策。社会保障費削減と重度要介護向け住宅の整備のために必要だと考えること。

「介護職員 配置基準緩和」は愚策か 九 (全9回)


ここまで、「介護職員配置 基準緩和」と高齢者の住まい施策の課題について述べてきました。
なぜ、こんなことになるかと言えば、目先の「補助金確保」や「規制緩和」「ICTと介護の融合」といった掛け声ばかりが優先され、これからの社会基盤としてどのような高齢者の住まいが必要なのか、現在の高齢者住宅業界は何が問題なのかといった分析や、公平・公正で、効率的・効果的な制度にしようという意識が欠けているからです。
「介護職員 配置基準緩和」は、やるべき政策と正反対の政策です。これからの医療・介護などの社会保障費削減と「重度要介護向け住宅」の整備のために、必要だと考えることを挙げておきます。

「効率性」の前にあるのは、「公平・公正」な制度設計

まず、重要なことは、公平・公正な制度に戻すということです。
現在、「経済格差」が社会問題になっていますが、資本主義経済の中では、労働力(労働価値)も競争資本の一つですから、労働者個々人の能力によって、一定の収入格差が生じることは否定できません。しかし、医療や介護など社会保障制度の使い方によって損得や、格差が生じることは明らかに憲法違反です。
現在のユニット型特養ホームは福祉施策と介護施策と低所得者施策が混乱しています。その結果、莫大な社会保障費を投入して、低価格・高水準のサービスを受けられるのが高所得・高資産の高齢者優先という、考えられないような状況になっています。「たまたま特養ホームに入れた人はラッキー、入れない人はアンラッキー」では、社会保障でもセーフティネットでもありません。

この不公平・不公正は、高齢者住宅ビジネスでも同じです。
介護ビジネス・高齢者住宅事業というのは、【A(行政) to B(事業者) to C(消費者)】という、他に類例のない事業モデルです。制度が安定しなければ、事業は安定しません。行政の役割は、盲目的に補助金をばらまくことではなく、公平で公正な競争環境を整えることです。それがなければ、高齢者住宅・介護ビジネスの健全な発展はありません。
介護保険制度の土台は専門的・科学的なケアマネジメントです。囲い込み型高齢者住宅のように、認定調査やアセスメント、介護サービス利用に、経営的側面から第三者の意図や指示が少しでも入る時点で、その専門性を無視した明確な介護保険法の違反です。今なお「不正ではなくグレーゾーンだ」と抗弁する識者もいますが、制度矛盾を突いたグレーゾーンが大きくなると、健全なサービス競争ではなく悪貨が良貨を駆逐するということになります。
そうして、社会保障費の搾取で莫大な利益を上げ、それは入居者にも介護スタッフにも還元されず、一部の株主や投資ファンドに吸い取られているのです。

日本は、いつの頃からか「規制緩和 神話」のようなものが蔓延っています。
もちろん、業界の既得権益だけを守るような規制は撤廃されるべきだと思いますが、法律・制度が不安定なまま、適正な指導監査体制が整わないまま参入障壁だけを下げると、知識も技術もノウハウもない素人事業者が大量参入し、業界もサービス水準も破壊されてしまいます。それが今の日本の高齢者住宅・高齢者施設の現状です。
その歪みから、湯水のように流れだす社会保障費は、年間数兆円規模になり、結果、どれだけ介護・医療費を投入しても入居者のサービス向上にも介護労働者の労働環境改善にもつながらないのです。

◆ 老人福祉施設と民間の高齢者住宅の対象・役割を明確に分けること
◆ 老人福祉施設の「介護施策」「福祉施策」「低所得者施策」を明確に分類すること
◆ 「囲い込み」などの違法行為を明確に禁止し、罰則の強化を行うこと

「効率性」の前にあるのは、「公平・公正」な制度設計です。
それがなければ、小手先の介護報酬や配置基準の見直しなど、何の意味もないのです。

そもそも、「重度要介護向け住宅」が最も効率的・効果的

もう一つは、効率性の追求です。
わたしは、「ICTによって効率性の強化が図れないか、介護職員 配置基準緩和ができないか」という発想そのものを全否定しているわけではありません。ただ、まず理解すべきは、常時介護が必要になる重度要介護高齢者は、個々の自宅で生活するよりも、集まって生活してもらった方が、財政的にも人的にも、よほど効率的・効果的だということです。
これは説明するまでもないことです。訪問介護の場合、移動時間や手待ち時間がありますから、一人のホームヘルパーは7~8件の自宅を回るのが限界です。それも、食事準備だけ、入浴介助だけ、排泄介助だけ…です。これに対して、介護付有料老人ホームの介護スタッフは、一人で一日に排泄介助、入浴介助、食事介助は、その数倍どころではない量の介護・介助を提供しています。見守りや声掛けなど間接的な介助も同時に行うことができます。
要介護3以上の重度要介護高齢者60人が、それぞれの自宅でバラバラに生活をしている場合と、一つの介護付有料老人ホームで生活している場合とを比較すると、ヘルパーや訪問看護スタッフの必要人員は少なくとも3倍から5倍程度はかわってくるでしょう。介護スタッフでも訪問介護でも一人当たりの人件費は同じですから、高齢者住宅で効率的な介護ができるということは、それだけ介護報酬や社会保障費を削減できるということでもあります。

「だから、高齢者住宅を作ってきたんだ・・」というかもしれません。
しかし、日本の高齢者住宅に関わる行政担当者も素人経営者も理解できていないのが、「要支援・軽度向け住宅」と「重度要介護向け住宅」は、建物設備も介護システムもビジネスモデルも、根本的に違うと言うことです。
それは、学校と言っても、小学校と大学とはハードもソフトも全く違うのと同じです。もし、自立~軽度要介護~重度要介護まで、一つの建物・介護システムで対応できるなら、ケアハウスも特養ホームなどに分ける必要がありません。
本来、補助金を使っても整備しなければならなかったのは、特養ホームでも自立向けのサ高住でもなく、重度要介護高齢者向けの住宅です。しかし、実際は、「特養ホームの待機者が多い」と、莫大な社会保障費を投入して重度要介護向け住宅の代替施設として特養ホームを作り続け、「高齢者住宅の需要が増える」と、補助金を出して自立・軽度向け住宅や、不正な囲い込み高齢者住宅を作り続けてきました。その結果、ここまで高齢者住宅が増えても、特養ホームの待機者は減らず、「重度要介護向け住宅」は一割、二割程度しかないのです。

ポイントを二つ上げておきます。
一つは、効率的な介護ができる建物設備設計の考え方の整理です。
中度・重度要介護向け住宅の基本は、「居室・食堂同一フロア」が原則です。居室と食堂フロアが分離した建物配置では、一日三度の居室から食堂までの移動介助だけで、2~3人の介護スタッフが専任で一時間以上かかりますから、それだけで介護システムはパンクします。
「要介護高齢者向けの建物=ユニット型」だと思っている人もいますが、これも正解ではありません。
現在の特養ホームのような「10人1ユニット」という厳格なユニット型は、認知症高齢者には適していますが、ユニット単位で食事や生活を完結しようとすると、【1.8:1配置】以上という、たくさんの介護スタッフが必要になります。
業務シミュレーションをすると、同じ60名定員でも、厳格な【10人1ユニット、1フロア2ユニット、3フロアタイプ】と、緩やかな【15人1ユニット 1フロア2ユニット、2フロアタイプ】では、同程度の介護サービスを提供するだけでも、10人近くの介護看護スタッフが減らせることがわかっています。
介護の効率性を考えるのであれば、ICTではなく、まず建物設備を見直す必要があるのです。

もう一つの課題は、「介護職員 配置基準」です。
現在の介護付有料老人ホームの介護看護職員の配置基準は【3:1配置】です。しかし、解説したように、この配置基準では中度~重度要介護高齢者に対応することはできませんから、結果的に、指定基準に沿った「軽度要介護にしか対応できない高齢者住宅」ばかりが増えることになります。また、手厚い【2:1配置】にすると、上乗せ介護費用が高額になり、月額費用が30万円以上の高額商品になってしまいますから、対象者・対象エリアが限定され一般化できません。
この状況下で、「介護職員 配置基準の緩和」を行うと、重度要介護高齢者が安全に生活できない、働くスタッフも安全に介護できない欠陥商品が増えるだけです。
やるべきことは、「介護職員 配置基準」の緩和ではなく、強化です。
特定施設入居者介護の介護看護職員の基準配置を、【2:1配置】にして、要介護3以上の重度要介護高齢者の介護報酬を上げれば、20万円程度で身体機能低下を中心とした「重度要介護向け住宅」が整備できます。そうすれば、特養ホームは、本来の要福祉高齢者、認知症高齢者向けにシフトし、介護スタッフも財政もより効果的・効率的に運用することができます。その上で、建設補助ではなく、低所得者に家賃補助をすればよいのです。
それでも、少なくとも数千万円単位での介護報酬・社会保障費の削減ができます。

ここまで、9回に渡って、「介護職員 配置基準緩和」に対する意見を述べてきました。
それは、「緩和の是非」や「ICTと介護の融合」という以前に、現在の高齢者住宅施策の根幹に関わる課題が含まれていることがわかるでしょう。
「経済と社会保障は社会の成長の両輪だ」といわれますが、これからの日本では重度要介護高齢者が激増し、労働人口が減少するというその両輪が逆回転する時代に入ります。介護が崩壊すると、介護離職者が増え経済が崩壊します。公平・公正で、効率的・効果的な介護制度設計は、目先の介護報酬や配置基準を減らすことではなく、どこに財的・人的資源を投入するのかを選択することのです。




「介護職員 配置基準緩和」は愚策か 一 (全9回)

   1  「介護職員 配置基準緩和」の目的は何か
   2  「介護職員配置 基準緩和」のターゲットは介護付有料老人ホーム
   3  「介護職員配置 基準緩和」の課題と論点 Ⅰ ~【3:1配置】とは何か ①~
   4  「介護職員配置 基準緩和」の課題と論点 Ⅱ ~【3:1配置】とは何か ②~
   5  「介護職員配置 基準緩和」の課題と論点 Ⅲ ~CITで人員削減は可能か ①~
   6  「介護職員配置 基準緩和」の課題と論点 Ⅳ ~CITで人員削減は可能か ②~
   7  「介護職員配置 基準緩和」が行きつく先は高額化と二極化
   8  なぜ、高齢者の住まいの制度は迷走しつづけているのか
   9  「介護職員 配置基準緩和」は、やるべきことと正反対





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  4. 地域包括ケアの誤解 ③ ~方針なき地域ケア会議~
  5. 地域包括ケアシステム ~ネットワーク構築の基本~
  6. 「介護職員配置 基準緩和」のターゲットは介護付有料老人ホーム
  7. 要介護対応力(可変性・汎用性)の限界 Ⅱ ~介護システム~
  8. 地域包括ケアの誤解 ① ~安易な施設から在宅~

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