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「介護職員配置 基準緩和」が行きつく先は 高額化と二極化

「介護職員配置 基準緩和」が行われると高齢者住宅の高額化が進み、サービスの質の二極化が加速する。多くの事業所で導入しても活用されない「あるだけICT」となり、高齢者住宅でトラブル・介護事故・介護虐待が多発、高齢者住宅業界は更なる混乱に陥ることになる

「介護職員 配置基準緩和」は愚策か 七 (全9回)


高齢者介護は、長い間、経験値のみによって行われてきました。
2000年の介護保険制度の発足によって、個別ケアを原則としたアセスメントに基づく要介護状態の把握や、ケアマネジメントに基づく介護サービスの導入が行われ、この20年で科学的・臨床的な介護サービスの導入が進みました。
しかし、それでもまだ、現代の高齢者介護は、経験値や人海戦術による介護であることは否めません。デジタル機器やロボットの活用は、より一歩進んだ科学的介護の起爆剤となるものであり、輸出可能な先進的な産業・技術としても「介護とICT(情報通信技術)の融合」は重要な視点です。

また、今後は重度要介護高齢者・認知症高齢者が激増する一方で、労働人口は1000万人で減少していきます。ICTの推進によって、より少ない人数でより効果的・効率的な介護を目指し、増大の一途をたどる介護費用を抑制したいという視点も間違いではありません。
しかし、残念ながら、厚労省や規制改革推進会議の想定通りにはなりません。ICTと介護の融合は進みませんし、介護人材の効率的な活用、介護費用の抑制にもつながりません。「介護職員配置 基準緩和」がもたらすものは、高齢者住宅の高額化と、更なる介護の質の二極化によって、劣悪な環境で働く介護スタッフと、劣悪な環境で生活せざるを得ない要介護高齢者が増えるだけです。その先にあるのは、介護崩壊と介護離職の増加による経済・財政破綻です。

介護職員配置 基準緩和がもたらす「高額化」と「二極化」

この介護職員配置の二極化で何が起きるのか・・・。
その一つは、介護付有料老人ホームの高額化です。
ご存知の通り、介護報酬の基本報酬は「職員の指定配置基準」をもとに算定されています。【3:1配置】を【3.3:1配置】【3.5:1配置】にするということは、これまで60名の入居者(要介護)に対して20名分の介護報酬を支払っていたものを、18名・17名にするということですから、その分だけ介護報酬は下がることになります。
ただ、介護保険制度は、医療保険とは違い混合介護が原則です。指定配置基準よりも多く介護職員を配置しているところは、「上乗せ介護費用」として入居者からその差額分を徴収することができます。
いま、【3:1配置】の介護付有料老人ホームは、上乗せ介護費用は取れませんが、基準配置が【3.5:1配置】になると、その差額分は上乗せ介護費用ということになります。例えば、60名定員の介護付有料老人ホームで、【3:1配置】を【3.5:1配置】にすると、20名➾17名となりますから、3人分の人件費が自己負担になるということです。ざっくりと計算すると、すべての介護付有料老人ホームで、月額2万円程度の利用料が上がることになります。

もう一つは、更なる介護の質の二極化、劣悪な介護付有料老人ホームの増加です。
そもそも、介護保険制度は、保険介護と保険外介護の混合が原則ですから、厚労省が【3:1配置】で介護しなさいと言っているわけではありません。それは【3.5:1配置】になっても同じです。介護の労働環境や給与を決めているのは、厚労省ではなく、経営者・事業者です。「介護報酬が低いから給与が低い」「介護報酬が低いから労働環境が劣悪なんだ」と思っている人は多いのですが、大手の高齢者住宅事業者は、投資ファンドが参入したり、上場して株式配当が行われるくらい高い利益を出しています。

「介護はどこで働いても同じ」と思っているかもしれませんが、労働環境や待遇は、事業者・経営者によって違います。それは、介護職の離職率が二極化していることを見ればわかります。

介護職員配置 基準緩和すると、「あるだけICT」になる

そもそも、いまの【3:1配置】でも、重度要介護高齢者が増えてくれば介護はできません。
高齢者住宅の介護は、要介護状態と建物設備によって必要な介護看護スタッフ数は変わってくると述べましたが、どのような効率的・効果的な建物設備をつくっても、【3:1配置】では、中度・重度要介護高齢者が増えてくると介護システムは破綻します。
しかし、特に、大手の低価格路線の介護付有料老人ホームは、介護経験のない、介護の現場を全く知らない経営者たちが、「入居者にとって安全な生活環境か」「労働環境は安全なものか」をまったく検討せずに、「指定基準は【3:1配置】だから、それで介護はできるはず」と、介護現場にできるはずのない無理難題を押し付けているのです。だから、介護付事故やトラブルが激増し、「介護の仕事は最悪だ」「介護の仕事は現場の自己犠牲によって成り立つ」というコメントが溢れているのです。

どんな事業所でもICTを導入すれば介護負担は軽減されるか、またICTの運用が進むかと言えば、それもありません。ICTの導入が機能するのは、いま介護システムやサービスの質が安定している事業者です。
既存の事業所で、新しい記録方法や介護ロボット、センサー機器を導入しようとする場合、必ず介護現場からは反発の声があがります。導入当初すぐに使える人、上手く利用できない人が混在し、トラブルや混乱が発生します。その混乱に対応できるだけの余裕・対応力のある介護システムがなければ、スムーズに導入・定着はできません。
しかし、多くの【3:1配置】の介護付有料老人ホームでは、「現在、介護現場が混乱しているのは介護の効率性が悪いからだ」という判断から、経営者の机上の計画、鶴の一声で「最新のICTを導入すれば職員削減が可能だ」「介護の効率化を図り【3.5:1配置】にしよう…」ということになるでしょう。
その結果、「寝返りのたびにピーピー鳴ってうるさい」「センサーが発報しても、すぐにいけないことの方が多い」「介助時間と記録時間が明らかに異なるのは望ましくない(誤魔化せない)」など、様々な要因から、現場の判断でセンサーを切ったり、また手記入に戻ります。その結果「あるだけICT」となって、かつ介護人員は減らされ、より悲惨な労働環境、生活環境になるのです。

「介護スタッフも賢くなっているから、基準配置のところでは働かない」
「労働環境の悪い介護付有料老人ホームは人材不足で倒産する」

普通であればそうなるところですが、そうならないだろうと思います。
それは、介護の質の二極化は、同時に介護労働者の質の二極化でもあるからです。いまはまだ、多くの事業所で慢性的な人材不足に陥っていますが、コロナ禍の影響もあり、少しずつ介護労働に人は戻りつつあります。「責任を負うのは嫌だ…、いつでも辞められる」と派遣労働で働く介護職員も増えています。また、AIやICTやロボット技術の進化によって、他業種でも事業の効率化が進められ、製造業や金融業、サービス業でも、省力化と言う名のリストラは進んでいます。
いまでも、介護の現場で働いている人は、「専門性の高い介護のプロになりたい…」と高い意欲と情熱、ノウハウを持って働いている人と、「やりたくないけど、仕方がないから嫌々介護の仕事をしている…」という人に分かれており、前者の人が集まる事業所と後者が集まる事業所に二極化しつつあります。
介護職員配置 基準緩和によって、それはより加速し、後者の事業者が増加することになるのです。

この介護付有料老人ホームの「高額化」と「二極化」の先にあるものは、介護離職の増加です。
低価格の介護付有料老人ホームは悲惨な生活環境で、まともなところを探そうとすると、その費用は高額で、親の年金や預貯金だけで対応できません。特養ホームの増加も見込めず、その対象はどんどん狭まっていきます。結果、親の介護のために仕事を辞めざるを得ない、高い老人ホームに入るなら仕事を辞めて自分が介護した方が良いという介護離職者が増えていきます。
それは、働いて税金や社会保険料を支払う人が更に減少し、経済活動も低下、年金も退職金も少ないまま、親が亡くなれば生活保護になるという、経済と社会保障の負のスパイラルに陥ることになるのです。





「介護職員 配置基準緩和」は愚策か 一 (全9回)

   1  「介護職員 配置基準緩和」の目的は何か
   2  「介護職員配置 基準緩和」のターゲットは介護付有料老人ホーム
   3  「介護職員配置 基準緩和」の課題と論点 Ⅰ ~【3:1配置】とは何か ①~
   4  「介護職員配置 基準緩和」の課題と論点 Ⅱ ~【3:1配置】とは何か ②~
   5  「介護職員配置 基準緩和」の課題と論点 Ⅲ ~CITで人員削減は可能か ①~
   6  「介護職員配置 基準緩和」の課題と論点 Ⅳ ~CITで人員削減は可能か ②~
   7  「介護職員配置 基準緩和」が行きつく先は高額化と二極化
   8  なぜ、高齢者の住まいの制度は迷走しつづけているのか
   9  「介護職員 配置基準緩和」は、やるべきことと正反対



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