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「介護職員配置 基準緩和」の課題と論点 Ⅰ ~【3:1配置】とは何か ①~ 

この「介護職員配置 基準緩和」の議論の土台となるのは、現在の基準である【3:1配置】とは何か、そして、その配置でどの程度の介護サービスの提供が可能なのか…の二つ。ユニット型特養ホームの業務シミュレーションから読み解く、【3:1配置】の介護システムの限界

「介護職員 配置基準緩和」は愚策か 三 (全9回)


ここからは、「介護職員配置 基準緩和」の論点と課題について整理していきます。
この議論で根本的に欠けているのは、現在の基準である【3:1配置】とは何か、そして、その配置でどの程度の介護サービスの提供が可能なのか…です。

介護看護 職員配置基準の【3:1配置】とは何か

まずは、介護看護 職員配置基準の【3:1配置】 とは何か、どこからやってきたのか。
その答えは単純で、2000年に介護保険制度がスタートするまでの老人福祉の時代の特別養護老人ホームの介護看護スタッフ配置基準をそのまま踏襲したものです。

老人福祉の時代の特養ホームは、要介護認定という仕組みはありません。特養ホームと養護老人ホームの線引きはどこかと言えば、「自分で布団を畳んで押し入れに仕舞えるか…」という非常にわかりやすく、かつシンプルなものでした。笑い話のようですが、これは本当です。養護老人ホームは複数人部屋で和室だったので、「腰痛もちで、布団を上げられない」というだけでも、特養ホームの対象でした。
また、今のように、「優先度の高い人、要介護の重い人優先」ではなく、「福祉事務所に申し込みをした順番」でしたから、今の要介護状態に見直すと、身の回りの生活がほぼ自立している要支援の人が4割程度、一部介助が必要な軽度要介護が3割程度、ほぼすべての生活行動に介護が必要な要介護3以上の重度要介護高齢者・認知症高齢者は3割以下ではなかったかと思います。
加えて、当時の特養ホームは、個室ではなく4人部屋(古い施設は8人部屋もありました)を中心とした多床室だったこと、個別ケア・ケアプランという概念・ノウハウがまだなく、特養ホームのスケジュールに合わせて、一斉排泄介助、入浴介助という集団ケアと呼ばれる介護システムだったことから、十分とは言えないものの、【3:1配置】でも、何とか介護を行うことが可能だったのです。

ただ、当時とは特養ホームの運営・サービスにかかる環境は、大きくかわっています。
現在の特養ホームの入所者は、特別な事情のある方を除いて、要介護3以上の重度要介護・重度認知症高齢者に限定されています。「要介護度=必要な介護サービス量」ですから、要介護状態の重い入所者が多くなれば、それだけたくさんの介護サービス量が必要になります。介護は労働集約的なサービスですから、介護サービス量が増加すれば、それに比例して介護スタッフが必要になります。
また、多床室の介護よりも、個室の介護の方が移動時間・介助時間が長くなること、「10人1ユニット」というユニット型個室になるとより多くの介護スタッフが必要になること、小規模になると更に効率性が低下し、入所者対比でより多くの介護スタッフが必要になることがわかっています。
そのため、指定配置基準は、従来のまま【3:1配置】で踏襲されているものの、従来の多床室型の特養ホームにおいても、実質的な介護看護スタッフ配置は【2.4:1配置】(60人対比で25人)、全室個室で「10人1ユニット」という厳格なユニットケアを行っているユニット型特養ホームの場合は【1.8:1配置】(同33人)、小規模ユニット型では、【1.3:1配置】(同46人)と配置基準の2倍以上の介護看護スタッフ配置になっているのです。

【3:1配置】で、どこまで介護サービスの提供は可能か

どうして、これだけたくさんの人が必要になるのか、それは業務シミュレーションをすればわかります。
60名定員のユニット型特養ホームの建物配置で、基礎的なサービスを提供するために、どの程度の介護看護スタッフ配置が必要になるのか、以下の条件で簡単に計算(シミュレーション)してみましょう。

① 看護スタッフ配置
まずは、最低限必要となる看護師配置です。述べたように、朝食時の服薬管理から眠前の服薬管理までを行う必要があるため、早朝7時~21時まで、少なくとも一人の看護師が常駐するように配置します。一人で勤務することはできないため早出勤務(7時~16時)、遅出勤務(12時~21時)の二交代とします。
一日2名の勤務ですから、一年間に必要な看護スタッフの延べ人数は2名×365日=730日分です。一人当たりの勤務日数は250日ですから、これを割り返すと、常勤換算で2.9人の看護師が必要です。

② 夜勤スタッフ配置
次に夜勤帯の介護スタッフの設定です。1つのフロアに一人の介護スタッフを配置するとして3名の夜勤スタッフは必要です。一日当たり3名の夜勤者、一回の夜勤で2勤務(16時~翌朝の10時まで)ですから、一年間に必要な夜勤者の延べ人数は2190日分(3人×2日×365)となり、これを年間勤務日数の250で割り返すと、常勤換算では8.7人の介護スタッフが必要となります。

③ 日勤スタッフ配置(早出介護・遅出介護含む)
最後に日勤帯でのスタッフ配置です。ポイントは3つあります。
一つは、着替え・排泄・洗顔などの介護業務が集中する早朝の時間帯です。
軽度の要介護高齢者は、一部介助や見守り、声掛けで着替えや排せつ・整容などは可能ですが、要介護3以上の高齢者が多くなると、一人で着替えや排泄ができないため、ほぼ全介助の状態となります。朝の起床介助が遅れて朝食の時間がずれ込むと、その後の通院や入浴などの介助などの予定にも影響します。一人当たり10分~15分程度は必要ですし、加えて朝食の準備にもかからなければならないため、一日のうちで最も忙しい時間帯となります。

二つ目は食事時間帯の介護スタッフの確保です。
軽度要介護高齢者がほとんどの場合、自分で居室からの移動をして、見守りや声掛けがあれば、一人で食事をとることができますが、重度要介護高齢者が増えると介助が必要となります。また、食事は、高齢者の楽しみであるのと同様に、誤嚥窒息などの重大事故が発生するリスクの高い業務です。軽度要介護高齢者が多くても、見守り・急変対応に必要なスタッフ一人(フロアに二人)は確保しなければなりませんし、食事介助が必要な重度要介護高齢者が多くなれば、ユニット毎に二人(フロアに4人)の確保が必要です。

三つ目は入浴です。
入浴介助も、要介護状態に関わらず、転倒や溺水、急変など重大事故リスクの高い介護業務です。
人数が少なくなる夜勤帯に入浴することは難しいので、午前の9時半~11時半、午後の13時半~17時頃に入浴介助を行います。フロア単位(2ユニット)で見ると、一週間に最低2回入浴するとして、延べ入浴回数は40回(20人×2回)、一日あたり6人程度の入浴となります。マンツーマン介助が必要で一人当たり一時間は必要ですから、フロアあたりに入浴専任で1~2人程度のスタッフの確保が必要となります。
その間の時間帯も、各ユニットには排泄や見守りなど一人以上の介護スタッフを確保しておかなければなりません。

それ以外にも、通院介助などの人員も必要となります。
これを考え合わせると、各フロアあたり5名~6名程度、全体では15~18人の介護スタッフが必要になることがわかります。一年間に必要な介護スタッフの延べ人数は15名×365日=6570日分です。一人当たりの勤務日数は250日ですから、これを割り返すと、常勤換算で21.9人の介護スタッフが必要です。
合わせると、看護師(2.9人)、夜勤介護スタッフ(8.7名)、日勤介護スタッフ(21.9名)となり、合わせて33.5人。60名の入居者に対して、【1.8:1配置】ということになります。

同様に、29床の小規模のユニット型特養ホームでは、実質的に【1.2:1配置】程度の介護システムが必要だということがわかっています。このように業務シミュレーションをすると、現在の介護看護スタッフ配置基準の【3:1配置】は、重度要介護高齢者、認知症高齢者が中心の特養ホームにおいては、意味のない数字だということがわかるでしょう。



「介護職員 配置基準緩和」は愚策か 一 (全9回)

   1  「介護職員 配置基準緩和」の目的は何か
   2  「介護職員配置 基準緩和」のターゲットは介護付有料老人ホーム
   3  「介護職員配置 基準緩和」の課題と論点 Ⅰ ~【3:1配置】とは何か ①~
   4  「介護職員配置 基準緩和」の課題と論点 Ⅱ ~【3:1配置】とは何か ②~
   5  「介護職員配置 基準緩和」の課題と論点 Ⅲ ~CITで人員削減は可能か ①~
   6  「介護職員配置 基準緩和」の課題と論点 Ⅳ ~CITで人員削減は可能か ②~
   7  「介護職員配置 基準緩和」が行きつく先は高額化と二極化
   8  なぜ、高齢者の住まいの制度は迷走しつづけているのか
   9  「介護職員 配置基準緩和」は、やるべきことと正反対



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