RISK-MANAGE

介護事故と民事責任(損害賠償請求)について考える (法人・個人)


高齢者住宅は、有料老人ホーム・サ高住、介護付・住宅型など、事業種別、事業類型を問わず、その入居者が安全に生活ができるよう十分に配慮しなければならないという、契約上の義務(債務)を負っている。『安心・快適』ではなく、『安全配慮義務』を意識した介護サービスの提供が必要となる

管理者・リーダー向け 連載  『介護事業の成否を決めるリスクマネジメント』 042


介護業界で、「裁判」と言えば、そのほとんどが損害賠償請求を求める民事裁判です。
【r41】 「介護事故」の「法的責任」について考える🔗 で述べたように、入居者が事故で骨折など大ケガをしたり、死亡したりした場合、刑事罰に問われなくても、高齢者住宅事業者は、「契約違反(債務不履行)」を原因として損害賠償請求を受けることがあります。それは、直接的な介護サービス中の事故か否かに関わらず、入居者に対して安全に利用、生活ができるよう十分に配慮しなければならない契約上の義務(債務)を負っているからです。

これを「安全配慮義務」と言います。
「サ高住は通常の賃貸アパートと同じだから、介護事故の法的責任はない」という人がいますが、これは全くの間違いです。高齢者住宅の対象者は、身体機能・認知機能の低下した高齢者、要介護高齢者ですから、事業種別を問わず、一般の賃貸住宅とは比較にならないほどの、高い安全配慮義務が求められます。
入居時には「自宅より安心・快適」とセールスしておいて、事故が発生すると「事故は無関係」「安全かどうかは知らない」と言っても、社会的にそのような意見が通るはずがありません。

また、サービス面から見ても、介護関連施設や高齢者住宅のサービスは、24時間365日継続するものですし、住宅サービス、食事サービス、生活相談サービス、安否確認サービスなど、様々なサービスを一体的に提供しています。そのため、高齢者住宅内、サービス管理下において損害(骨折や怪我など)が生じた事故は、ほぼすべて、高齢者住宅事業者として求められる安全配慮義務(債務)を果たしていたか否かが問われるといって良いでしょう。

損害賠償請求(裁判)の流れとポイント

簡単に損害賠償の流れとポイントを見ておきます。
損害賠償請求を求められた場合、まず目指すのは示談・和解による解決です。
事故後に事業者と家族との間で、冷静に話し合いできれば良いのですが、弁護士名で突然、内容証明が送られてくるというケースもあります。法的な拘束力を持つ示談書を提示されることもありますから、こちらも弁護士や保険会社とも連携し、法的な不利益が生じないように、きちんと対応することが必要です。

また、クレームや損害賠償請求に対して、「守銭奴のような家族だ」「モンスターファミリーだ」などと、悪しざまに言う事業者もいますが、骨折や死亡などの事故に対して被害者やその家族が、「安心・快適と聞いていたのに・・」と疑義を持つのは当たり前です。
実際、話を聞いていると、本人・家族よりも事業者・スタッフが、「自分達は間違っていない」「頑張って介護しているのに」と頑強な態度で法的に見れば筋の通らないことを言っているケースが少なくありません。入居者、家族側に損害が生じたことは事実ですし、サービス管理下で発生した事故ですから、瑕疵がなかったとしても、遺憾の意を表すことは当然のことです。

和解に向けて重要になるのは、弁護士による金銭闘争となる前に、「高齢者介護のプロとして、介護サービス事業者としてどのような支援ができるか」を考えることです。
例えば、ショートステイや通所サービスの場合、それまで家でも歩行できていた高齢者が、骨折し、車いすが必要になったり、排泄介助が必要になれば、自宅での生活状況や介護の必要性が大きく変わってしまいます。車いす生活になれば家を改修しなければなりませんし、家族の負担も大きくなります。
高齢者住宅でも要介護状態が変われば、必要となる建物設備環境や介護サービス内容も変化します。家族や本人の負担を減らすために、事業者としてできることを誠意をもって提案することが必要です。


それでも、和解や示談が不調に終われば、裁判ということになります。
介護事故に関する損害賠償請求の民事裁判は、一般的に訴えのあった地方裁判所で審議されます。判決が出る前に裁判官から和解の提案が出されますから、すべて判決がでるわけではありません。ここでの裁判所の示した和解案に納得できなければ判決となります。
それで決定ではなく、その判決に不服があれば控訴して(または相手方から控訴され)、高等裁判所で、もう一度、裁判をすることになります。日本は三審制ですから、更に不服であれば最高裁に上告できるのですが、民事裁判の場合、最高裁の上告理由は憲法解釈の誤りなど限られたものですから、介護事故の損害賠償にかかる裁判では、実質的に高等裁判所までということになります。

損害賠償請求(裁判)で審議・判断されること

この民事上の責任を問う損害賠償請求の裁判で審議されるのは、「事業者の過失の有無」と「原告が受けた損害の大きさ(金銭に換算)」「その過失割合(被告・原告の責任分担)」の3つです。

① 事業者に過失があったか否か
一つは、事業者に過失(安全配慮義務違反)があったのか否かです。
「介護事故は、介護サービス中の事故だけではない」と言いましたが、高齢者住宅内で発生するすべての事故が事業者の責任になるわけではありません。ここでは、事業者の安全配慮義務が果たされていたのかが審議されます。事業者に過失がなければ(安全配慮義務が果たされていた)、当然、その損害を賠償する必要はありません。

② 損害額の精査・算定
二つめは、その損害金額の算定です。
損害額は、実際に支出した費用(医療費など)、これから必要になる費用(住宅改修費用、介護費用など)、逸失利益(その事故がなければ得られた費用)、精神的苦痛に対する慰謝料、弁護士費用などを加算して算定されます。対象者が亡くなった場合、得られるはずだった年金額なども加算されますので、数千万円という大きな金額となります。
損害賠償請求が提起された時点で家族が弁護士を通じて損害額を算定していますが、その金額が正当・妥当なものかを裁判所が算定・判断します。

③ 過失割合の算定
そして三つ目が、過失割合の算定です。
事業者に、一定の安全配慮義務違反があったと判断された場合でも、すべてが事業者の過失、責任になるわけではありません。
入居者側にも損害を回避する義務があったと判断される場合、この「過失割合」が検討されることになります。例えば、特養ホーム入所者の転倒骨折の原因や責任の一端が事業者にあり、その損害の金額が1000万円と算定されたが、転倒した高齢者にも4割の過失があったと判断された場合、その割合が相殺され、実際の支払金額は600万円ということになります。

裁判の判決が「社会的な判断」になる

この介護事故を巡る民事裁判は増えていますが、事業者側にとって想定外の厳しい判決が続いています。
その判決に対して、介護サービス事業者側からは、裁判官は介護現場を知らないと業界内での評判は良くありません。実際、介護の現場にいた立場からすると、「それは、ないよなぁ・・厳しすぎるよなぁ」「ここまで求められると介護現場は厳しいな・・」と思う事例はたくさんあります。

ただ、中立で公正公平な立場の裁判官が、双方の意見から、現在の日本の法令やこれまでの判例に照らし合わせて下した結論だという事実は揺るぐことはありません。介護労働の保護という観点から、介護サービスの責任の範囲は積極的に議論されるべきですが、業界内だけで「一生懸命にやっている」「直接的なミスはしていない」「こんな判決ではやってられない」と感情的に言い張っても、裁判所にも、社会にも受け入れられないのです。

介護事故の示談、裁判を経験した事務長と話をすると、「裁判になれば確実に負けるからなぁ・・」と、自嘲気味に話されますが、そこで止まっては事業者としての成長はありません。仮に、家族が理解を示し、損害賠償請求などの大きなトラブルにならなくても、「ものわかりの良い家族で良かった・・」ではなく、「法的な視点から、事業者の責任が十分に果たされた上で発生したものか」を検証し、課題を改善する冷静さが求められます。

また、「事故対応は、顧問弁護士や保険会社にお願い・・」で済む問題ではありません。
リスクマネジメントの基本は、介護看護スタッフや事業の安定を守ることです。裁判ではどのように考え、何をポイントに判断しているのかを理解し、何が問題なのか、どのように対応すべきか・・といった業務の見直しを進めていかなければなりません。

裁判の結果を見ると「サービス提供責任の範囲・・」「事業者責任の有無をどこで判断するのか・・」は、ある程度整理されてきています。高齢者住宅、介護関連施設の運営を行うためには、「法的なサービス提供責任の範囲」に対する理解を深め、事業者には何が求められているのかを精査し、勉強会などを通じて、介護スタッフにも「法的責任を基礎としたサービス提供」を行っていかなければならないのです。




「責任とはなにか」 介護事故の法的責任を徹底理解する 

  ⇒ 介護施設・高齢者住宅の介護事故とは何か  🔗
  ⇒ 介護事故の法的責任について考える (法人・個人) 🔗
  ⇒ 介護事故の民事責任について考える (法人・個人) 🔗
  ⇒ 高齢者住宅事業者の安全配慮義務について考える 🔗
  ⇒ 介護事故の判例を読む ① ~予見可能性~  🔗
  ⇒ 介護事故の判例を読む ② ~自己決定の尊重~ 🔗  
  ⇒ 介護事故の判例を読む ③ ~介護の能力とは~ 🔗 
  ⇒ 介護事故の判例を読む ④ ~生活相談サービス~ 🔗
  ⇒ 介護事故 安否確認サービスにかかる法的責任 🔗
  ⇒ 介護事故 ケアマネジメントにかかる法的責任 🔗
  ⇒ 「囲い込み高齢者住宅」で発生する介護事故の怖さ 🔗
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  ⇒ 介護事故の法的責任ついて、積極的な社会的議論を 🔗

「介護事故に立ち向かう」 介護リスクマネジメントの鉄則

  ⇒ 業務軽減を伴わない介護リスクマネジメントは間違い 🔗
  ⇒ 介護リスクマネジメントはポイントでなくシステム 🔗
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「なにがダメなのか」 介護事故報告書を徹底的に見直す

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