RISK-MANAGE

介護事故の法的責任について考える (法人・個人)


高齢者介護は一瞬のスキ、些細なミスが死亡、骨折など重大事故に繋がる仕事であり、その法的責任は法人・事業者だけでなく、働く介護スタッフ個人にも及ぶ。入居者に、死亡や骨折などの重大事故が発生した場合、法的にどのような責任を問われ、どのような罰を受けるのか。

管理者・リーダー向け 連載  『介護事業の成否を決めるリスクマネジメント』 041


「事業者の責任」を考える場合、その基礎となるのは法的責任です。
法的に問われる責任の中身やその範囲について明確に理解できていなれば、道義的責任(法的には責任ないけれど…)という言葉には意味がありません。どこまで事業者のサービス提供責任が及ぶのかという議論の前に、介護事故が発生した場合、事業者・または経営者・管理者、働いているスタッフに法律上、どのような責任に問われる可能性があるのかを整理します。

法律上の責任は、大きく3つに分けることができます。

刑事上の責任 ⇒ 刑法上の刑事罰(懲役や罰金など)が科せられる。
       ⇒ 業務上過失致死傷、傷害罪、傷害致死罪など
       ⇒ 介護スタッフ、ケアマネ、管理者など個人が対象

民事上の責任 ⇒ 被害者やその家族が受けた損害に対する賠償
       ⇒ 民法上の損害賠償請求
       ⇒ 個人、法人双方が対象 (法人の使用者責任を問うものが多い)

行政上の責任 ⇒ 自治体・行政から事業者・個人に課せられる行政処分
       ⇒ 業務改善命令、指定取り消し、資格はく奪など
       ⇒ 個人、法人双方が対象

介護事故が発生した場合、それぞれ独立した3つの側面から法的責任を問われ、それぞれの視点から罰則や金銭支払いの法的義務を負うことになります。

刑事上の責任とは何か

一つは、刑事上の責任です。
これは、法律を犯した者(犯罪者)に対して、国によって懲罰が科されるというものです。
介護事故が発生した場合に、対象となる刑罰が刑法211条の『業務上過失致死傷罪』です。
「業務上必要な注意を怠り因って人を死傷された者は、5年以下の懲役若しくは禁錮、または100万円以下の罰金に処する」としています。
日本の刑事罰は、法人や企業ではなく、個人に対して科されるものです。検察で起訴されれば、裁判所に出頭し刑事裁判を受け、裁判官によって有罪か無罪か、有罪の場合の罪の量刑を決められます。有罪となれば、懲役刑や禁錮刑、罰金刑に処されることになります。

高齢者介護は、その対象者が身体機能や判断力、認知機能の低下した要介護高齢者であり、小さなミスや一瞬のスキが、死亡などの重大事故に発展する高度の注意義務が課せられている専門的な仕事です。そのため、スタッフの人為ミスによって発生した怪我や死亡事故には、介護スタッフ個人の刑事責任が追及されますし、事故予防に対して必要な対応を行っていなかった場合、経営者・管理者が刑事上の責任を負うことになります。また、安全に配慮した適切なケアマネジメントが行われていない場合、ケアマネジャーも刑事罰に問われます。死亡事故では、介護スタッフだけでなく、管理者、ケアマネジャーも刑事罰に問われ、書類送検されるケースが増えています。

この刑事上の責任、業務上過失致死に問われるのは介護事故だけではありません。群馬県の「たまゆら」の火災死亡事故では、必要な安全確保を怠ったとして、当時の理事長が業務上過失致死罪に問われ、有罪判決を受けたことはご存じの通りです。経営者や管理者は、「知らなかった」ではすみません。
また、最近、報道が増えている介護スタッフによる介護虐待は、過失ではありませんから傷害罪(刑法204条)、傷害致死罪(刑法205条)に問われることになります。傷害罪でも15年以下の懲役、傷害致死では3年以上の有期懲役となります。

民事上の責任とは何か

二つ目は、民事上の責任です。
民事上の責任は、刑事上の責任とは違い、発生した損害に対して、その責任は誰にあるのか、誰がどの程度負担すべきかものを決めるものです。基本的には、当事者同士(事業者と利用者・家族)の話し合いで合意することが多いのですが、合意できない場合、裁判所での調停や裁判になります。

注意が必要なのは、上記の刑事上の責任と、民事上の責任は全く別のものだということです。
業務上過失致死には問われなくても、損害賠償が認められるというケースはたくさんあります。それは事業者は、入居契約によって入居者に対して安全なサービスを提供する義務(安全配慮義務)を負っているからです。「介助ミスをしていないから法的な責任はない」と言う人は、すっぽりとこの視点が欠けています。刑法や消防法などの法律に違反していなくても、その安全に対する配慮義務を果たしていないからケガをした・・・債務不履行、契約違反によって損害賠償ということになるのです。

また刑事責任と違い、「誰に損害賠償を求めるのか」を決めるのは事故によって損害を負った人(本人・家族)であり、賠償を求められる(被告)は個人・法人双方が対象となります。
訪問系サービスの場合は、ホームヘルパーや訪問看護師個人が損害賠償を求められるケースもありますが、介護保険施設や高齢者住宅の場合は、基本的に事業者(法人)が被告となります。職員が行った行為については使用者の責任が問われるということ、また契約したのは事業者・法人ですから、債務不履行の責任も事業者・法人が問われるということです。

また、損害賠償はミスに対する「慰謝料」「治療費」と間違えている人が多いのですが、その損害賠償請求の算定基礎となるのは、事故によって生じた「損害額」です。
独歩高齢者の場合、転倒骨折によって要介護状態が重くなった場合の「介護費用」や、事故が原因で死亡した場合は、受け取れるはずだった年金などの「逸失利益」などが算定されますから、裁判となった場合、損害賠償が認められる金額は数百万円~数千万円と非常に高額なものになります。

行政上の責任とは何か

もう一つは、行政上の責任です。
介護保険法上、骨折などの重大な介護事故の場合、行政への報告が求められています。その内容に問題があった場合は、是正勧告が行われますし、万一隠蔽や改竄が発覚した場合、新規入居者の受入停止などの厳しい処分が科される可能性があります。

この行政責任は、軽く考えてはいけません。高齢者介護サービス事業は、公的な介護保険制度に基づく指定を受けて行っている事業ですから、指定が取り消されれば事業の継続ができなくなります。介護サービス事業の最大手だったコムスンが、行政処分で廃止に追い込まれたことを考えても、その罰則の大きさがわかるでしょう。

また、この行政処分は、事業者に対して行われるものだけではありません。
刑事罰を受けた場合、介護福祉士・ホームヘルパーの業務停止・資格剥奪・登録取消が行われることもありますし、介護福祉士を受験する予定のスタッフが、受験できなくなる可能性もあります。



以上、3つの責任を挙げました。
これは交通事故を起こした場合、刑事(刑法、道路交通法違反)、民事(損害賠償請求)、行政(免停、免許取り消し)の三つの法律上の責任が問われるのとよく似ています。
「運転ミスはしていない」「歩行者が信号無視をしたからだ」と言っても、実際に事故が発生すれば、自動車運転過失致死傷に問われますし、刑事罰に問われなくても、損害賠償請求においては運転者が100%免責となることはまれです。また、違反点数が引かれて免停や免許取り消しになることもあります。

そう考えると、「直接的に介護スタッフのミスをしたものではないから責任はない」「高齢者住宅は自宅と同じだから介護事故の責任はない」という考えが間違っていることがわかるでしょう。
また、個人としても「自分はサラリーマンだから、事業者に言われた通りにしているから、責任はない」と安易に考えていると、大変なことになることも理解すべきでしょう。その時に「介護は大変な仕事なのに…」「こんなはずではなかった…」と泣き言を言ってもどうしようもありません。

高齢者介護は、「やさしさ、ホスピタリティ」といったイメージで語られることが多いのですが、重大事故に発展する高度の注意義務が課せられている法的責任の重い事業であり、専門性・リスクの高い仕事だという理解が必要です。


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